2008-03-02
今宵、どこかのバーで。
断片 |
「……だからさ、何でもかんでも横文字で言うのはどうかと思うんだよね、僕は。」
「ふぅん、それが日本語の乱れを引き起こしている、と。」
「そう。大体、大抵のものは日本語でちゃんと表現できるんだから。」
「あらそう? じゃ、これは?『カクテル』。」
「えと、『合わせ酒』。」
「なんかいきなりオヤジくさいわね。」
「いやいや、職人技が必要そうなあたり、的確な表現だと思うね。」
「はいはい。じゃ、『レモン』は?」
「英語じゃない!」
「違う、漢字で書けるから日本語だ。」
「へぇ。じゃ、『ライム』は?」
「もちろん、『緑色檸檬』。」
「強引ねぇ!」
「そんなことないってば。」
「それじゃ、『マスター』は? ……あ、スプモーニください。」
「『ご主人』。……僕は『しょっぱい犬』で。」
「ちょっと!!」
(かしこまりました。)
「マスターも普通に注文受けないでよ! ていうかあなた、日本語にしやすいカクテル選んだでしょ。」
「わかった?」
「だって、付き合いだしてから一回もソルティドックなんて呑んだことないじゃない。」
「そうだっけ?」
「そうよ。この3年間、一度も。」
「もう3年か……早いもんだね。」
「ほんと。でも、あなたといると飽きないわ。」
「それは僕もだけど。」
「ふふ、ありがと。じゃあさ、『合コン』は?」
「『合同懇親会』。」
「うわ、一気にマジメっぽい。でも、合コンで出会いました、っていうより聞こえがいいわね。」
「そうそう、君のご両親にも安心して言える。」
「調子がいいんだから。じゃあそうね、『プロポーズ』は?」
「……『結婚しよう』。」
「それはプロポーズの言葉じゃない! 普通は『求婚』でしょう?」
「いや、そうだけど、だから。」
彼の手が私の手に重なる。真っ直ぐに覗き込んでくる瞳。マスターが静かに一歩下がって、視界の端から消えた。
「結婚、しよう。」