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2006-10-13

「茂吉に謝ってください」と彼女は言った。

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トンネルを抜けるとそこは茂吉だった。

「あたり一面に茂吉が咲き乱れていた」というのが正確だろうが、そう思ってしまうほどに見渡す限り一面の茂吉だった。

「こんなに……、初めて見たな」

うつぶやくと、視界の端で何か動いたような気がして、そちらに顔を向ける。

つばの広い真っ白な帽子、同じく真っ白なノースリーブワンピースと、そこから伸びるそれに負けないくらい白い腕。そして、真っ黒で長い髪。

信じられないくらい美しい女性がそこにいた。

「こんにちは」

ハスキーな声。返事をするのを忘れてしまっていた。

「あなたも摘みに来たんですか? ここを知ってる人がいるなんて思いませんでした」

「あ、いや、ちょっと道に迷って」

「そうなんですか。それはラッキーでしたね、ここに来られて。凄い景色でしょう、いまが一番いい時期なんですよ」

歓迎してくれている、のだろうか。抑揚の乏しいその声からは感情を読み取りにくい。

「もし良かったらうちに来ませんか?」

「え?」

「ちょっと採りすぎてしまって。こんなに食べきれないので」

そういって、手に提げたバスケットを見せる、なるほどそこには大量の茂吉が詰められていた。しかし茂吉が食べられるとは知らなかった。

「へえ、食べれるんですか」

「意外と美味しいんですよ。癖になります」

「いやしかし、初対面の方にそこまでお世話になるのは……」

それでも体は正直でぐう、と僕の腹が鳴った。

「あはっ」

彼女は、笑った。

茂吉の束を持った右手で口元を隠しながら。


「ちょっと、母にも持っていくので先に食べててください。」

僕の前に茂吉尽くしの料理を並べて、彼女はそう言って居間を出てしまう。

正直言って、平凡な料理だ。味噌汁天ぷらに漬物。しかし、空腹の僕にとってはかなり魅力的に見えた。

彼女のお母さんはどこか悪いのだろうか。先に食べろといわれても、さすがにそれは失礼だろう。待つことにしよう。

数分後、彼女は戻ってきた。

「あら、食べてなかったんですか? 冷めちゃいますよ」

言いつつ僕の向かいに座る。

「いただきます」

そういって彼女は食べ始めた。僕も慌てていただきますを言う。

味噌汁をすすると、なんともいえないふくよかな香りが鼻梁を通り抜ける。出汁も効いている。うまい

天ぷらをかじる、衣のさくさく感と、茂吉のシャクシャク感が絶妙だ。止まらない。

無言でたいらげてしまった。

「おかわり、ありますよ」

笑いながら彼女に言われてしまう。ここまできたら恥ずかしがってもしょうがない、恐縮しながらも器を差し出す。

ひととおり食べて、会話をする余裕ができる。

「いやーご馳走様でした」

「いいえ、お粗末さまでした」

「うまかったなあ。知りませんでした、こんなにうまいなんて」

「素材がいいんですよ。採りたてだし、時期もいいし」

「いや、料理の腕もなかなかのもんですよ、すごく手際よかった」

「それは……、母のおかげです」

そういって俯いてしまう。会話が止まる。しまった。やはりお母さんのことは、話したくないんだろうか。話題を変えなければ。

「それにしてもほんと美味かったなあ茂吉。僕も帰りに摘んでいこうかな」

「えっ?」

彼女が僕を見つめる、驚いた顔をして。またまずいこと言ったか。

「いま、なんて言いました?」

その質問の真意が汲み取れないまま僕は答える。

「いや、茂吉摘んでいこうかなって」

「もきち?」

「ええ、茂吉」

すると彼女はいきなり立ち上がり、信じられないスピードで僕の後ろに回りこむ。そして僕のみぞおちあたりに両手を回し、強く組んだ。

「え、え、なにして……」

そして「ふっ」という気合とともにいきなりみぞおちに両手を押し込まれた。

思わず吐いた。

ああ、テーブルが、絨毯が、彼女の細くてきれいな指が、僕の吐瀉物で汚れてゆく

「全部吐きましたか」

「なん、で、こんな……」

「あなたの食べたのは、もきちじゃありません」

そう言って、また力を込める。もう黄色い胃液しか出ない。

「しげよしです」

僕は、胃液を吐き続けた。




(第一回茂吉王非決定戦参加作品)

comnnocomcomnnocom2006/10/13 21:18どうも茂吉分が足りない気がする。
もっと茂吉を盛り込めればよかった。

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