とある理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。

        いろいろやっていければと思います.
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2009-05-31

初心者向け マジックカット入門 19:26 初心者向け マジックカット入門 - とある理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。 を含むブックマーク はてなブックマーク - 初心者向け マジックカット入門 - とある理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。 初心者向け マジックカット入門 - とある理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。 のブックマークコメント

はじめに

 マジックカット、と聞けば皆さん名前ぐらいは聞いたことがあるかと思います。一回も見たことが無い、という人も少ないのではないでしょうか。たびたび話のネタとして取り上げられることもありますね。特許がとられたのは20年以上前なのですが、最近またにわかにブームが来ているようなのです。そこで、今回はマジックカット以前のことにも触れながら、マジックカットとはなんなのか、一緒に見ていくことにしましょう。

マジックじゃないカット

 マジックカットの前に、マジックでないカットについて見ていきましょう。調味料の小さい袋に少しだけ切れ目の入ったものや、レトルト食品の袋にV字型あるいはU字型の切り欠きが入ったものを見たことがあるはずです。個包装のスナック菓子の袋端は全てギザギザの形をしてたりしますね。これらは全て、手で包装を引き裂きやすくするための加工です。ご丁寧に「引き裂き誘導線」なんて言ったりもします。

 短く直線的に切り込みを入れたものをIノッチ、V字型に切り欠いたものをVノッチ、U字型のものをUノッチといいます。ノッチはnotchと書き、英語で切り込みのことです。そのままですね。トリビアの泉でこれらの名前を紹介されたこともあるそうなので、知っていた人もいるかもしれません。

 もしこれらの切込みがない場合、袋としてそれなりの強度をもつ素材で作られているはずですから、それを引き裂くことは容易ではありません。大型スナック菓子の袋で行うように溶着部分を引っ張って開けるか、あるいは爪、歯、ハサミにご登場願うほかありません。ちなみに筆者は数年前に、当時小学生だった弟がスナック菓子の袋を開けようと包丁を袋に突き刺していたのを制止したことがあります。あれは怖かった。

 さて。では、なぜ切れ込みは引き裂きを誘導できるのでしょうか?

応力

 いったん切れるとそこから切れ目がどんどん成長していく、という現象は、包装袋だけでなく、紙片や布などのやわらかいもの、あるいはコンクリートなどの硬いものにおいても同様に起こります。感覚的に当たり前と思うかもしれませんが、これを厳密に議論しようと思うと、物体部分部分にどのように力がかかっているか、すなわち応力について考えなければなりません。応力とは、物体の内部で働いている力のことです。

応力集中

 ここでは応力に関する詳しい理論については触れません。しかし、その理論における応力集中、という現象は、今回の話に深く関わるため、これを説明します。

 応力集中とは、力を加えたとき、力が特定部分にかかりやすくなる現象をいいますが、この応力集中は、形状が急激に変わるところ、具体例として切り欠き周辺、などに発生しやすいという性質があります。それがなぜかは、厳密には応力関数というものを考えて方程式を解かなければならないのですが、直感的に理解することも出来なくはないです。応力は、物体の変形*1が伝わることで伝わっていきます。そのとき、物体の形状が滑らかであれば形状変化も滑らかになり、簡単に言えば、物体みんながその変形を少しずつ分担します。しかし、ここで物体の形状が滑らかでないと、応力を緩和するための物体のひずみも伝わりにくくなり、ひずみを担当する部位がその部分に集中してしまい*2、結果として応力がそこに集中してしまうのです。

 さて、材料力学の公式を用いて先に挙げた切り込み部分の集中応力を簡単に計算してみましょう。すると、なんとこれは無限大になってしまうのです。

 ちなみに、無限力といえばイデオンですが、「無限の力」で検索すると関連語句として「詐欺」や「被害者」など散々なものが出てきます。

切れる理由、切れない理由

 当然これは大雑把に計算をしたせいですが、切り欠きを作るだけで、なぜ袋が簡単に切れるようになるのか、の説明には十分でしょう。切り欠きの入っていない部分から袋を切ることが容易ではないことの説明にもなっています。なので、マジックでないカットは、「どこからでも切れ」ないのです。

それでも「無限」が気になる人へ

 無限大の応力について納得できない人には、少し厳密な話をしておきましょう。まず、上で言った集中応力の計算では切り込み先端の曲率半径を0としてます。しかし、実際には曲率半径はおおむね1mm未満、高精度な加工でなければ0.1mm以上ほどとして計算できます*3。また、袋を切るあの動作は、専門用語では面外せん断、モードIIIといい、弾性力学の範囲を超えて、破壊力学の範囲で語られるべきものです。詳しく知りたい方は、そちらを参照してください。しかし、それらの議論抜きにしても、応力集中係数*4が非常に大きくなるという事実に変わりはありません。

「切る」ってなんだったっけ会議

 話を元に戻しましょう。これまでの話から、マジックカットを構成するための方法が見えてきました。力を加えるとはどういうことか、について詳しく見てきましたが、次に「切る」とはどういうことかについて詳しく見ていきましょう。

 切断とは、全順序集合を考えたときに、一方が他方の元より小となる二つの組に分けること、とされます。簡単に、例えば袋の端で考えてみると、これを切ったとすれば、それは二つの組に分かれます。当たり前ですね。そして、左の組のどの要素も、必ず右の組のどの要素よりも左にあります。切る、ということを厳密に見るとこうなるのですね。*5

 ところで、私たちは普段、測定量に実数を用いています。この実数が、実はこの切断という操作と一対一に対応しています。なので、物理的な測定量に実数を割り当てることは、物理物体を切断できる、と言っていることに等しいのです。この仮定は量子力学において必ずしも自明な仮定ではありませんが、今はそういう難しいことは抜きにして考えましょう。

マジックカットを作ろう!

 ここまで来れば、マジックカットを作る準備はほぼ出来た、と考えていいでしょう。先に挙げたカットのうち、袋の端をギザギザカットする方法は、実際いいところまで行っています。

 要は、無限個の切り込みを入れればいいのです。実際、無限個の切り欠きを有する物体を構造設計学的に扱った研究が為されています*6

 この方法の一つに「ディリクレの関数」という方法があります。これは、無限個のIノッチを入れるイメージで捉えるとわかりやすいでしょう。しかし、これが出来れば簡単なのですが、これは加工対象連続*7を失ってしまうため、物体を連続体とする仮定に反してしまいます。

 他の有名な方法に「ワイエルシュトラウス関数」というものがあります。これは、連続的な関数である余弦波を足しあわせている、という点で非常に行儀がいい関数です。実際、この方法では物体の(端の)連続性が保たれており、かついたるところが応力特異点であり、マジックカットの条件を満たしています。

 他の有名な方法をもう一つ。「高木関数」と呼ばれるものがあります。これも連続性を保っており、かついたるところが応力特異点となります。ワイエルシュトラウス関数と比べて、元のデザインを損ねないという利点があります。欠点として、これを作るための絶対値関数がそもそも一点で微分不可能である、という点が挙げられるでしょう。

 もっと単純にVノッチ無限個作るというアプローチから、例えば三角波の周期を、極限を取って0にしてしまう、というアプローチもあります。もしくは、ある辺を下にした三角形を考え、他の二辺の中点と、下辺の中点を結び、三角形を2つ作る。出来た三角形について、同じ操作を繰り返す、という方法もあります。*8 *9これは連続性を満足するのですが、残念ながら厳密に「どこからでも切れる」わけではありません。これを特に「擬マジックカット」と呼ぶこともあります。

現在流通しているマジックカットのうち、見た目が平らなものはほとんどこれでしょう。厳密に「どこからでも切れる」わけではないのですが、カロリーゼロという表記が厳密に0カロリーではないように、「擬マジックカット」についても「どこからでも切れる」と表記しても良いと定められています。デザインを損ねないこと、操作が単純であることが普及の理由でしょう。

おわりに

 包装の歴史は、人間歴史ということが出来るのではないでしょうか。恐らく最初は空いた骨や殻を用いていたのが、石器や土器発明、袋、瓶、缶、樽、など多様性を持ち、それぞれの形状、機能は今も進化しています。その袋の進化を担う一つの技術マジックカットです。マジックカットはこれからも更に進化し、普及するはずです。

 そのマジックカットについて、簡単ではありましたが、その奥にある原理について一緒に見ていきました。これであなたも、マジックカットの話を振られてもついていける?!

注意

なお、この作品はフィクションです。実在の人物、団体、旭化成パックス株式会社、材料力学実数論などとは一切関係あるかどうかは自分で考えてください。もし自分で考えて分かった場合、あなたはこの文章の対象である初心者ではありません。すぐに読解を中止してください。

*1:ひずみ、といいます

*2:ひずみの拘束、といいます

*3:また、切り欠きを誤って引き伸ばしてしまうと、この曲率半径は更に大きくなります。結果、応力が集中しなくなり、袋が切れなくなります。

*4:応力集中が起きている度合いを測る尺度。応力集中有りの場合と無しの場合の比を取る

*5:詳しくは、「デデキント切断」で検索するといいでしょう。

*6:詳しくは、「無限個の円周方向半円切欠きを有する丸棒のねじり」で検索すると該当論文無料で読むことが出来ます。

*7:先の「切断」によって定義されます。

*8http://images.uncyc.org/ja/thumb/c/cc/%E6%AD%A3%E4%B8%89%E8%A7%92%E5%BD%A2.jpg/350px-%E6%AD%A3%E4%B8%89%E8%A7%92%E5%BD%A2.jpg

*9:ちなみに、この操作によって得られる辺の長さはAB+AC=BCになります。

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