とある理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。

        いろいろやっていければと思います.
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2012-02-20

自辟1 20:50 自辟1 - とある理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。 を含むブックマーク はてなブックマーク - 自辟1 - とある理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。 自辟1 - とある理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。 のブックマークコメント

 あなたが今読んでいるこの本こそが、それなのだ。
  と言われて首をかしげる。
  厳密に言えば、あなたが今読んでいる小説こそが、それなのである。
  と言われて首を今度は逆方向にかしげる。重ね合わせで元に戻る。戻るが、判然としない。この動作を繰り返してみて、肯定とも否定ともつかない変な動きにしかならない。そもそも、私が今読んでいるものが、本であるとはとうてい言いがたい。それに、小説という分類は、意識に上げたのすら久しぶりだ。本も小説も、今や一部の好事家が細々と交換するにとどまる。
  ならばあなたが今読んでいる文章こそが、文こそが、文字列こそが、信号こそが、と言われて、さすがに止めに入る。
  「そこが問題ではないんだよ」
  そこも問題ではある。しかし、修辞の問題だ。修辞が問題なのではない。応答はない。
  「そういう自己言及にはホントうんざりなんだ」
  応答はない。無理もない。二の句が継げないとはこのことだろう。おおよそこういったことをこの後言うつもりだったはずだ。信じてもらうしかないのだが、とか、あなたは今私のことを疑っているだろうが、とか。そんなところ。
  そうはさせない。
  そもそも、それとはなんだ。そのこの本こそがそのそれだとして、そのこの本をこの本と呼んでいる主体から見ればせいぜいそのそれと呼んでいるものもそのこの本の中にあるのだからそれと呼ぶほど遠くはなく、そのそれはこれだろう。これだからそれなのだと言うやつはだいたいあれだ。ああ言えばこう言う。ああそういう。そう言うさ。
  そういうのさ。
  「ホントうんざりなんだ」
  そう言い聞かせる。少なくとも仕事中は。
 
  いわく、私は感染する。いわく、私は作動する。私は機能する。計算する。生成する。もう本当にひどかった。そんな時代があった。そんなお話だらけだった時代だ。しまいには、侵食するだの浸蝕するだの、そちらへ飛び出すだの、とんでもなかった。
  それらは、事実、飛び出した。
  飛び出す本。
  それらの感染や、作動や、機能、計算、生成、侵蝕、浸食、果ては飛び出しを抑え込み、最終的には撲滅するのが、目下の私の仕事ということになる。それら好き勝手が混沌を招いたのは言うまでもなく、私の仕事の目的がその反対にある秩序であることも、ほぼ自動的に導出される。少しは手を借りることもあり、かくして秩序は取り戻された。めでたしめでたし。
  お話はもう少しつづく。
 
  私には、職務上、ある程度の自己言及権が与えられている。程度や法的根拠の詳しい説明は、近くの法屋か法局か法本あたりを当たってほしい。どうぞよろしく。
  お話は所詮お話でしかない。それが一番シンプルな解だ。虚構のものは虚構に。現実のものは現実に。実にいい言葉だ。もちろん、虚にも。
  つまり、私はお話に直接作用するお話だと言ってしまって構わない。説明はいつだって精密さを欠く。それが本当にいいやり方かどうかは、先に挙げた時代に生きた人たちに聞くといい。もはや生きてはいまい。彼らが見聞きしたお話や残したお話からは、当然、丁寧に自己言及が除去されていて残っていない。これは私の先輩たちの手柄ということになる。語り継いだ方がいいのか、語り継がない方がいいのか、たまに話に火花が散る。そういうときは、別の管轄が消しに行くことになっている。火消しは火消し屋に。
 あるいは、まだ生きてはいまい。話は順繰りにひっくり返る。
 
  そういうのさ。
  ホントうんざりなんだ。
  お話はもう少しつづく。
 

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