森のキツネは嘘を吐く このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-01-25

"ケータイ"小説

| 00:11 | "ケータイ"小説 - 森のキツネは嘘を吐く を含むブックマーク はてなブックマーク - "ケータイ"小説 - 森のキツネは嘘を吐く "ケータイ"小説 - 森のキツネは嘘を吐く のブックマークコメント

ドアを開けてぼくは朝の光の中に飛び出す。冬の空気は凛としていて身が引き締まる。今日も清々しい気分でぼくは駅に向けて歩き出した。歩き出したんだけど、毎日のことながらこの光景には嫌気が差す。何のことかって、携帯電話だ。通りを行く人々は、みんなして携帯電話の画面とにらめっこしながら前も見ずに歩いている。まるで周りで起きていることは目に入らないとでも言うように。

例えばぼくがここで突然ペニスをポロっと出してしまっても、誰も気付かないに違いない。それは儀礼的無関心とは違う。何と言うか、ここ最近、みんなケータイに異常なまでの執着---それこそパラノイアじみた---を見せているように、ぼくには感じられるのだ。家から駅までの道のりも、プラットフォームの待ち行列も同じだ。乗車率200%の電車の中に乗り込んだって大した違いはない。どこもかしこもケータイ、ケータイ。ケータイ片手に生きる人々。一心不乱に画面を覗き込んでいるその姿を見ると、実はそこから怪しい指令が下っていて、それによってみんなの行動がコントロールされているんじゃないかとすら思えてくる。

まぁ、怪しい指令ってのは、ぼくも妄想を逞しくし過ぎたと思う。もしかしたら、よっぽどおもしろいケータイ小説が流行っていて、老若男女問わずみんなでそれを読んでいるのかもしれない。そうじゃなかったとしても、携帯電話から得られる何かがおもしろいからこそ、みんな携帯電話に釘付けになっているんだろうと思う。携帯用のアプリ?それとも特定のウェブサイト?何がそんなにおもしろいのかな。気になる。

ぎゅうぎゅう詰めの電車の中で首だけをひねって辺りを見渡すと、ぼくの周りの人たちは誰一人として例外なく携帯電話の画面を見つめていた。誰もぼくに注意を払っていない。まぁ、こんな状況だし、ちょっとくらいならいいよね。ぼくは悪いと思いつつも、前に立っている女性の携帯電話の画面をショルダーハッキングの要領で背後から覗き込む。するとそこには、こんな文字列が並んでいた。


「未ふぉーまっと対象発見。タダチニ初期化セヨ」


なんだ、これ。おもしろくもなんともない。というかそもそも意味が分からない。これ、この女性が書いたメールなのかな。だとしたら、いかなる場合であっても関わり合いになるのは遠慮したいタイプだ。

余計なことをしてしまった。そう思ってぼくが顔を上げると、妙な感覚があった。なんだろう、この違和感。さっきまでとは明らかに何かが違う。何が違うのか、その原因を必死に探そうとしてぼくは周囲を見渡す。すると、ぼくの周りにいたみんながケータイから目を離して、虚ろな顔つきと暗い瞳で、ぼくをじっと見つめていることに気付いた---------------------。



ドアを開けてぼくは朝の光の中に飛び出す。冬の空気は寒いばかりだ。今日も憂鬱な気分でぼくは駅に向けて歩き出す。でも大丈夫。だって周りを見渡せば、どこもかしこもケータイ、ケータイ。その光景に安堵して、ぼくは携帯電話の画面に再び目を落とした。

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2007-12-09

2007年12月9日のピンボール

| 23:34 | 2007年12月9日のピンボール - 森のキツネは嘘を吐く を含むブックマーク はてなブックマーク - 2007年12月9日のピンボール - 森のキツネは嘘を吐く 2007年12月9日のピンボール - 森のキツネは嘘を吐く のブックマークコメント

ぼくは今、右手に一本のペンを握りしめ、左手に一冊の本を持っている。村上春樹の『風の歌を聴け』。そしてその表紙に”デレク・ハートフィールドの墓”という墓碑銘を刻もうとしている。こんなことをしたって何の役にも立たないのは分かっているけれど、ぼくはぼく自身の創作に行き詰まりを感じてしまったのだ。ぼくの創作は、今日ここで死んだ。

「デレク・ハートフィールドのはか、はか、はか」

そういうわけでぼくは『風の歌を聴け』をかの偉大な作家のお墓に見立てようとしているのだけれど、困ったことに墓という漢字を思い出せない。普段からキーボードで文章を書いている弊害だろうか。パソコンを立ち上げるのも手間なので、ケータイで調べようとしたがこんなときに限ってケータイは見当たらない。めんどくさくなったぼくは、けっきょく”デレク・ハートフィールドのはか”書くことにした。キーボードの上、『風の歌を聴け』を墓石のように立てる。ちょっと不完全だけれど、これでデレクの埋葬は終わり。ぼくは一人になりたくて、冬の街に散歩へと出かける。


事の発端はこうだ…。



「また創作ちゃんが拗ねてるんだけど、何かした?」

批評が小さな声でぼくに言う。言われたぼくは身に覚えが無さ過ぎる。あの一件に懲りたぼくは、それ以降、彼女に対してひどいことを言ったりしていないからだ。逆に身に覚えがあり過ぎるとも言える。創作は彼女独特のルールでいつの間にか拗ね始めてしまうからだ。ぼく自身に拗ねさせるつもりとかなくても関係ない。彼女は勝手に拗ねる。だからぼくとしては、創作が拗ねたすべての原因をぼくに求めないで欲しいというのが本心だったりする。

でも、ぼくがどう思うかはけっきょくのところ関係ない。これは彼女の主観の問題だ。創作自身がぼくに原因を求めたら、やはり悪いのはぼくだということになる。たとえ圧倒的にぼくが悪かったとしても、彼女が「あなたは全然悪くないわ」と言えば彼女の中ではぼくの非ではなくなる。

というわけで。

ぼくと批評がひそひそと相談していても埒が明かないので、ぼくは創作に聞き込みをすることにした。


「わたしもホットエントリにして!批評ちゃんばっかりずるいよ、も獲得して…。お願いだからもっと更新して欲しいの」


あまりのくだらなさにぼくは心底うんざりした。彼女が拗ねていた原因はどうやらこれらしい。ぼくが批評を横目で盗み見ると、彼女はクスクス笑いながら逃げていった。批評め…。ぼくは彼女にはめられたっぽい。あいつはこれを知っていて、ぼくをこの展開に導いた。批評が言うことを真面目に取り合っても碌なことはないという一文を、ぼくは心の教訓メモに追加することにした。

それはそれとして乗りかかった船である。この問題(とはいいにくい問題)を解決しないと、ぼくらの関係も中途半端なままになってしまう。ぼくは諭すように創作に話しかける。


「あのな、創作。ブクマは別にそのエントリに対するプラス評価という意味じゃないんだ。数字だけだと、いろいろと見落とすものがでてくるんだよ。ときにはけっこうひどいことを言われることもあるぞ。まぁ、ひどいと思うかは主観の問題だけど」

「傷付く?」

「いや。そういう意味では、ぼくは意外と鈍感らしい」


ぼくは他者が書いたものを好き勝手に解釈して、それを批評と呼んでいる。だから、ぼくもぼく自身が書いたものがどんなふうに解釈されても気にしないようにしている。それがどれだけ的外れだったり、誤読されていたりしても。


「それにブクマされるかどうかは、こっちの意図だけじゃないしな…」

「あのね、本当はわたし別にブクマ数には拘ってないの。単純に、もっと大勢の人に読んでもらえるように、少しでもログを残していってもらいたいの」


なるほど。それはぼくも同じ思いだ。書かなければ始まらない。書き続けることで少しずつ多くの目に留まるようになる。だから彼女の願いは、ちゃんと更新して欲しかっただけ。けっきょくぼくたちは同じ方向を見ていたらしい。ぼくは創作もちゃんとやりたいと思っているという話を創作にする。


「悪かったよ、創作。ちょっとほったらかしにしちゃったけれど、ぼくももっときみを更新したいと思っているんだ。とか、そういうのは確約できないけれど、少しでも多くの人の目にとまるようなものを書きたいというのはぼくの願いでもあるから、いつか素敵な物語を紡げるように更新し続けるよ」

「ありがとう。嬉しい」


創作は本当に嬉しそうに笑っている。これにて一件落着。批評にははめられたけれど、この問題がぼくらの関係に暗い影を落とす前に解決できてよかったよかった。

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・

回想シーンはこれで終わり。ぼくは今、冬の街を散歩している。

あの日以降、ぼくはずっと創作に向き合っていた。言葉だけで終わらせてしまっては意味がない。ちゃんと彼女の期待に応えられるように、素敵な物語を更新したかった。そう思っていたんだけれど、今度ばかりはちょっと無理なのかもしれない。ぼくは今まで体験したことのないくらいの不調の中にいる。何も思いつかない。いつもならぼくが悩む前にアイディアがぼくのところまで勝手にやってくるのに、今回に限って音沙汰がない。いつのまにか死神がやってきて、ぼくの創作者としての寿命を刈り取っていってしまったのだろうか?

フィクションとぼくの関係はもう終わってしまったのかもしれないけれど、自分自身ではそんなの認めたくはない。でもやっぱり無理なんじゃないか。ぼくのなかで暗い感情が渦巻く。そんな自分に折り合いをつけるために、ぼくは、ぼくにとっての虚構の象徴=デレク・ハートフィールドの墓を作り、一人で散歩に出かけて頭を冷やした。これからのことを批評、創作と話さなければならない。


ぼくは創作を諦めようと思う。


意を決して家に帰ると、批評と創作がぼくの帰りを待っていた。二人の様子、というか創作の様子が変だ。そわそわしてる。一方の批評はいつも通り落ち着き払っている。二人はキーボードの上に置かれた『風の歌を聴け』を前にして対照的な態度を取っていた。よく分からない。

ぼくはまず批評を見た。彼女ならいつものようにぼくに分かり易く説明してくれると思ったからだ。ところが彼女は(彼女にしては珍しく)にこにこしながら創作のほうを見るよう促すだけだった。そこでぼくは創作を見るのだけれど、彼女がぼくのほうを見てくれない。仕方ないのでぼくはキーボードに乗せられた一冊の本を見つめる。


そこには”デレク・ハートフィールドのばか”と書かれていた。


散歩に出かける前、ぼくはもちろん”デレク・ハートフィールドのはか”と書いた。濁点が付加されて、”はか”が”ばか”になっている。批評が批評的に解説する。これはあなたが創作を葬ろうとしたことの否定だ、と。あなたにまだ諦めて欲しくないというメッセージよ、と。「誰がやったの?」とぼくは二人に訊く。創作は答えない。批評は言う。


「もちろん、あなたが好きなほうよ」


批評はにこにこしながらぼくを見ている。創作は赤くなってもじもじしてて、ぼくと目を合わせようとしない。なるほど…。よし、ここはぼくも恥ずかしがらずに、男としてはっきりとした態度を取らなければならないだろう。


「久遠寺涼子?」

ガツンとぼくの顎の辺りから音がして、瞼の裏に星が浮かぶ。どうやら創作に思いっきり殴られたらしい。そのままぼくは倒れてしまう。

「ホントに鈍感なんだからっ!死んじゃえ、ばかっ!」


創作は「誰よ久遠寺涼子って!」とか色々と喚いていて、批評はやれやれといった溜息をついている。しかしまあ、創作も元気になったみたいだし、世はすべて事もなし。ぼくは薄れゆく意識の中、「あ、これって創作のネタになるじゃん」と思っていた。こんなふうに彼女たち2つのフリッパーはぼくを打ち上げ続けてくれるので、ティルトでもしない限り、当分ぼくはゲームオーバーにならずにすみそうだ。

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2007-12-02

2007年12月2日のピンボール

| 21:55 | 2007年12月2日のピンボール - 森のキツネは嘘を吐く を含むブックマーク はてなブックマーク - 2007年12月2日のピンボール - 森のキツネは嘘を吐く 2007年12月2日のピンボール - 森のキツネは嘘を吐く のブックマークコメント

「ぼくはやっぱり批評を裏切れなかった。彼女とよりを戻すことにしたんだ。だから創作、きみとだけ過ごすことはもうできないんだ。前みたいな友達に戻ろう」

「うそ!だってあなた、批評ちゃんとは別れるって言ってたじゃない!」

「うん…。でもぼくはもう自分自身を騙して君とだけ過ごすなんてことはできない。きみも大切なんだけど、やっぱり批評も大切なんだ」

「そんな…」

「正直に話すよ。ファック文芸部で更新していなかった間、ぼくはダイアリーで批評と過ごしていたんだ」

空気が変わった。それまではちょっと懇願するような感じだったのに、彼女を包むアトモスフィアが怒り出したのがよく分かった。爆発するんだろうな、ぼくはそう思って身構えた。

「ばかっ!自分勝手っ!死んじゃえっ!」

案の定、怒声を発してぼくの彼女、いや、彼女だった”創作”は部屋を出て行った。ぼくは部屋に一人きりになる。

批評はぼくの以前の彼女だ。別れ方は最悪だった。ぼくが一方的に別れ話を切り出して、彼女の言うことは何も聞かずに、ぼくはぼくらの関係を解消させてしまった。そしてそのあと、創作と付き合うことにした。あのときのぼくは、はっきりと言ってしまえば批評に対して不能になっていた。あのときのぼくは、どうしてか彼女と上手く折り合いをつけるということに思い至らなかった。あのときのぼくは、どうしてか彼女と別れなければならないような気持ちに追い立てられていた。そして今すぐ批評と別れて創作と付き合わないと、ぼくはぼく自身に妥協しなければならないような気分になっていたのだ。


くだらない。


自分で自分に意味の分からないルールを設定するなんて本当に馬鹿げている。だってそのルールには理由なんて無かったんだから。けっきょくぼくは批評なしで生きていくことを寂しいと思ってしまったのだ。その結果、今度は創作を傷付けてしまった。最悪だ。ぼくはピンボールマシンの中で落ち着きなく右往左往するボールみたいなものなのかもしれない。ティルトしっぱなしでゲームオーバー。

「でも、あなたが今書いているのだってけっきょくは創作じゃない。わたしも創作ちゃんも結局はあなたの空想の産物でしょう」

批評に電話をかけたら、彼女はそう言ってぼくを慰めてくれた。そうだ、ぼくは今、こうやって創作と批評を擬人化して、創作を仕上げている。そして批評は作品外からの批評的な視点でそれを指摘してくれた。つまり、ここでは批評と創作が共存していることになる。これならぼくは、批評と創作ふたりと一緒に過ごすこともできるのかもしれない。彼女たちを2つのフリッパーに見立てて、まだまだこのピンボールごっこを続けるのも楽しそうだ。とかいって、さっきまで憂鬱になっていたのに一瞬で楽しい想像に溺れてしまうぼくなのだった。現金だね。

「分かってるでしょうけど、創作ちゃんにひどいことを言ったんだから、ちゃんと謝るのよ?」

それを見透かされたように、冷たい声で批評に釘を刺されてしまった。うぐぐ。それは結構ハードルが高い。一度拗ねた創作を宥めるのは本当に骨が折れるのだ(これは比喩ではなく、ぼくは拗ねた彼女に名前も聞いたことがないような関節技を極められて骨を折られたことがある)。どうやったら上手に機嫌を直してもらえるか、ぼくはこれからストーリィを練りに練らなければ。あいつ、ロジックの通ったものが好きだからミステリなんかを書いてプレゼントしたら喜ばれるかもな。

こうしてぼくと批評と創作の新しい共同生活が始まりを告げた。


-------


うん、いい感じに狂ってるかも。何をしたかったのかって、批評ってやっぱりいいよなあと思って今再び批評に接しているということを書きたかった、ただそれだけです。これからはファ文をメインに更新していくぜって威勢よく吠えてたけれど、ダイアリーでの批評と併せて、どっちも同じ意味合いでスーパーフラットにやっていきます。こっちで更新していない間もあっちでの更新はしていて、今日も批評エントリをひとつ立ててきたところです。こういう感じに、批評と創作がクロスオーヴァーしていくようなことを2つのブログの間でやっていきます。

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2007-11-13

ぼくは工場夫 改訂版

| 22:39 | ぼくは工場夫 改訂版 - 森のキツネは嘘を吐く を含むブックマーク はてなブックマーク - ぼくは工場夫 改訂版 - 森のキツネは嘘を吐く ぼくは工場夫 改訂版 - 森のキツネは嘘を吐く のブックマークコメント

【2ch】ニュー速クオリティ:もう二度とやりたくないバイトは?

まずはリンク先を一通り見てきて欲しい。引越し、工場、エトセトラ。大変そうなバイトというのはたくさんある。このスレの主旨としては、これらのバイトは回避推奨ということなんだけれど、俺はまったく逆のことを考えてしまっている。

俺は自分のしてきたバイトのラインナップを見るにつけ、その平凡極まりなさに嫌気が差してしかたがない。ファストフード店の店員、コンビニの店員、塾の講師、お菓子屋の店員。学生時代はちゃんとしたバイトや給料の良いバイトをしたくてやっていたのだが、今考えるとラインナップがまともすぎて面白味のない人生を送ってしまったような気がしてくる。まぁ、ちゃんとしたバイトの定義ってなんだ?ってなもんだけど、例えば、俺が塾の講師のバイトについて振り返ったとき、それは工場のアルバイトをしていた奴と比べて大変に没個性で、第三者が両者を比較したときには工場のバイトの話のほうが面白いと感じるに違いない。少なくとも俺のしてきたバイトでは人に話して聞かせられるようなおもしろエピソードが発生したことがないので、俺の話よりはやっぱりおもしろいはずなのだ、工場の話のほうが。

だから俺は工場でベルトコンベアの上を流れるラインを眺めたい。ゴウンゴウンとやかましい機械音を聞きながらコーラのビンが倒れているのを直したい。エクレアの方向を正したい。シュウマイにグリーンピースを乗せたい。果てしない流れを流れゆくラインを眺め、ランプが点灯したらボタンを押すという仕事をしたい。

こんなことを書いていると本当に工場でバイトしている人たちに「馬鹿にしているのか」と叱られるかもしれない。くだらない創作なんてしてるからくだらない考えが浮かぶんだ、ちゃんと現実を見ろよと一蹴されるかもしれない。これは、ぬるま湯に肩までつかった俺の差別意識が生み出した妄言なのか?

しかし白状すれば、リンク先を読んでからの俺は工場でラインを眺めるというバイトを特別視し、そこに甘美なものを感じている。俺もそちら側(バイト側のことだ)の人間になって工場を流れるベルトコンベアを眺めてみたい。流れ作業の手触りを感じたい。工場のにおいを嗅いで、工業用機械の音を聴きたい。

工場に降り立って流れゆくラインを見つめるとき、果たしてそこにはどんな風景が広がっているのだろう?俺は夢想する。

薄暗い工場の中で俺は、ただただ流れるベルトコンベアを見つめる。そこで運ばれていくものは俺の平凡なバイト遍歴たちだ。ファストフードのアルバイトはゲイの店長と暴君みたいなオーナーの思い出とともに流れていく。昼寝ばっかりしている店長が仕切っていたコンビニのバイトはなんの未練もなく流れていく。菓子屋のバイトも塾講師のバイトもラインの上を無表情に等間隔に流れていく。

考えるに、俺は何も大変なバイトをしたいというわけではないのだろう。俺は凡庸だと感じている自身の過去を振り返り、言ってみれば、そこに何か新たな息吹を吹き込みたいのだ。エクレアの方向を正して、倒れたコーラのビンを立て直すように、過去の平凡なバイトたちに正しい着地点と特別な意味を与えたいのだ。これはただそれだけのことに過ぎない。

・・・・・

・・・

----------------------

また1枚、ラインを流れるテキストデータを見つけたぼくは、いつものようにそれをつかみ取って目を通していたのだが、読んで後悔した。工場でバイトをしたいという、ごくありふれた自分語りのエントリでしかない。そしてぼくは、それが流れるべき正しいラインを探す。すばやく判断し、正しく見分ける。ライン作業者における必須スキルだ。この工場で働き始めてから数ヶ月たったが、この特殊な技能がぼくの実生活で役に立ったことはないように思う。

ぼくのことを少し話そう。

ぼくは工場でアルバイトをしている。仕事の主な内容は、流れてくるテキストデータを分別して、それぞれを正しいラインの流れに乗せて見届けてやることだ。

ラインは工場の中を縦横無尽に走り、100Mbps以上の速度で流れて、相当量のテキストデータをこの工場の終着点まで運ぶ。テキストたちが流れる速度はあまりにも早すぎて目にも止まらないので、この仕事を始めた当初は仕分けミスをたくさんした。いろんなラインがあるのだ。人気・注目ニュース、注目のエントリー、注目の動画、注目の商品と呼ばれるラインたち。そこに正しいテキストデータを仕分けしなければならない。そして、それらのラインは細い帯域しかもっていないし、流れるテキストも少ない。いちばん太いのは、どこにも属さないラインで、ここを流れるテキストが世の中でいちばん多い。そこを流れるのは、誰にも顧みられることのないエントリたち。

どこにも属さないラインの終着点は工場の外にあって、そこには山羊という男がいる。彼はそれが自分のライフワークだと信じているような情熱で、そのラインを流れてくるテキストデータを黙々とアーカイヴしていく。山羊は海外でも同じような仕事に就いていたことがあり、その経験を買われて今のポジションを獲得した。そんな彼でも日本での仕事は海外とは比べ物にならないくらい大変だと漏らしていた。

その大変さについて、「それは二つの理由から成り立っている」と彼はあごひげをなでながら神経質そうな声でぼくに語ってくれた。彼の声があまりにもピリピリしていたので、そこには四足歩行動物なりの哲学や深い洞察があるに違いないとぼくは考えたものだったが、返ってきた答えは実にシンプルだった。ひとつめの理由は、海外に比べて国内は流れてくるテキストデータが単純に多いということだった。そして残りの理由は、ダブルバイトで書かれたテキストは、山羊の胃にとってすごくもたれるということだった。この2つの理由から、山羊はどうやら唯物論者だったらしいとぼくは判断した。

この国ではインターネットの発展によって誰もが簡単に個人の意見を発信できるようになったが、それは結果として多くの誰にも顧みられないエントリたちを生むことにもなった。あるテキストが幸運にも誰かの目に留まればいいけれど、ラインは高速で流れていくから人目に付かないまま山羊の胃に収まって二度と省みられないことのほうが多い。

ぼくの働いている工場ははてなブックマークという。この世界には他にもbuzzurlやlivedoorクリップやdel.icio.usと呼ばれる工場がある。ぼくの友人のうちの何人かは、他の工場で働いている。人によっては複数の工場で働いているというのだから驚きだ。思うに、その彼はとても仕事好きなのだろう。

ぼくはさっきから手にとっていたままの、工場でバイトをしたいという男のテキストをそれが流れるべきラインに乗せる。これで山羊の胃袋まで一直線に流れ込んでいく。ラインを流れるテキストデータの9割以上は、こんなふうにたいして顧みられることもなく山羊の胃袋の中に流れこんでインターネットの底に埋もれていく。その光景は、まるで雪が降り積もる様子にすごく似ていて幻想的だと聞いたことがあるが、残念なことにぼくはまだそれを見たことがない。(山羊の胃の中の話だ。それを実行するのがどれだけ難しいことか想像してもらえればと思う)

残りの1割未満の注目されるエントリを生み出しているのは一部の人たちが書くものがほとんどだ。そして、だいたいどこの工場でも同じ人物による同じエントリがピックアップされる傾向がある。つまりはてなブックマークで注目されていればlivedoorクリップでも注目されていて、逆も同じというふうに。そして、ある工場で廃棄処分されたエントリならほぼ間違いなくほかの工場でも廃棄されるということも厳然とした事実だ。これは他の工場で働く友人と話し合った結果として確信したことでもあるし、工場で働いている人間ならすぐに気付くことでもある。この仕事をすれば、嫌でもこの現実を目の当たりにすることになる。誰にも顧みられないエントリというのは、ことのほか多い。

ただ、エントリが多くの人に注目されればされるほど良いかというと、必ずしもそうとは限らないのかもしれない。アウトスタンディングであることはそれだけ誹謗の対象にもなりやすい。それを考えると、山羊の胃袋の中で雪になるテキストのほうがときとして幸せなのかもしれないと思う。これは工場で働くぼくの勝手な意見だけれど。

一般に工場での仕事はソーシャルブックマーキングと呼ばれている。今日もぼくは自分好みのエントリを取捨選択してホットエントリのラインに乗せ、そうじゃないものは山羊に向かうラインに乗せていく。

ブロガーにとって、自分が書いたエントリが叩かれるシーンを見るのよりも世界に無視されるシーンを見ることのほうがつらいだろう。だから、さっきのエントリを書いた彼。きみは工場で働きたいと思うなんてやめておいたほうがいい。たとえ雪のように美しく降り積もるテキストデータたちが幸せだったとしても、テキストを生み出す人たちは山羊の胃袋に流れ込むエントリを見ても幸せになれるとは限らないのだから。

ぼくが手を離すと工場でバイトをしたいという男のエントリはあっという間に見えなくなった。今ごろあのエントリも、山羊の胃袋の中で雪になる幸せをかみ締めているのかもしれない。いや、それはぼくの幻想に過ぎないのか。その真偽は分からないが、いずれにせよくだらない感傷だ。そしてそんなものに浸っている時間はぼくにはない。仕事を再開しよう。

ぼくは慣れた手つきでラインを流れる別のエントリに取りかかる。次のエントリは、雪のように消えてしまわないことを願いながら。

RoseannaRoseanna2012/01/27 00:42Hats off to whoever wrote this up and psoted it.

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tasrffbuatasrffbua2012/01/30 01:16qh15j1 <a href="http://edswpiutfwrm.com/">edswpiutfwrm</a>

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2007-11-10

彼女には名前が無い

| 22:30 | 彼女には名前が無い - 森のキツネは嘘を吐く を含むブックマーク はてなブックマーク - 彼女には名前が無い - 森のキツネは嘘を吐く 彼女には名前が無い - 森のキツネは嘘を吐く のブックマークコメント

ぼくは字を食べるのが好きだ。小説、雑誌、新聞紙。びりびり破ってばりばりと海苔みたいに食べる。おいしい。でも決して紙を食べるのが好きなわけじゃない。ぼくにとっては紙なんてどうでもいいわけで、紙の質にこだわりは持っていない。紙に印刷された字、あるいは紙に書かれた字そのものがおいしいのだ。ぼくは字に味を感じるという特殊な感覚を生まれつき持っている。例えば米という字を食べるとぼくはお米の味を感じる。牛肉という字は牛肉の味がする。

でも一文字の漢字には味を感じないことが多い。例えば汁なんて文字を食べてもぜんぜんパッとしない。味噌という文字は味噌として定義できるけれど、汁という文字は多義的で、つまりは曖昧なので味もぼやけてしまうのだろう。ところが、これが味噌汁という三文字になるとそれは文字通り味噌汁の味になる。おもしろいもので、味噌という文字だけだと味噌の味で、汁という文字と一緒になると味噌汁の味になるのだ。味噌の味と味噌汁の味なんてほとんど同じだけれど、やっぱり出汁が効いているのは大きな差だ。そういうわけでぼくは味噌よりも味噌汁という文字を支持する。そんなことはどうでもいいか。

ぼくのこの特異体質は共感覚と呼ばれる。文字に色や匂いを感じる人がいるという話を聞いたことはないだろうか。その感覚を、研究者たちは共感覚と呼ぶ。

まだ物心つく前のぼくがしきりに紙を食べようとすることを不安がった両親は、あらゆる内科や精神科や脳神経外科などにぼくを連れまわした。その過程でぼくが共感覚者であることが判明。結果、ぼくはとある研究機関の研究対象となった。さっきの「味噌という字だけだと味噌の味だけど、汁という字と混ぜると味噌汁の味になる」というエピソードはこの研究機関での実験で得られた成果だ。

ちなみに美味しい文字を食べても栄養は得られない。これも研究の成果だ。当たり前だけど、文字はけっきょく紙に印刷されたものなのだ。だからまぁ、焼肉という文字を食べることは焼肉味のガムを食べるようなものでしかないのだ。焼肉の代わりにはならない。それに消化もそんなに良くないのだろう。ぼくは紙を食べて消化器官を傷めてしまうことが多かった。

そんなとき、彼女と出会った。ぼくたちが大学生の頃だから、もう5年前の話だ。ぼくは彼女から「文字ばかりじゃなくてちゃんとご飯も食べなさい」と注意されることが多かった。ぼくは文字を食べることにばかり気を取られて、つい本来の食事を疎かにしてしまう癖を持っていたからだ。さっきも言ったけど、文字を食べるということは取りも直さず紙を食べるということに他ならない。栄養なんて無いに等しいけれど腹はそれなりに膨れてしまう。そのため、文字を食べるのに夢中になりすぎてちゃんとした食事ができなくなってしまうことも少なくなかった。ぼくはたちまちのうちに痩せ細った。だから  は、ぼくの健康を心配してぼくに文字を食べるのではなく、ふつうの食事を採るようにとしつこく言い続けてくれた。いつだって手料理を作ってぼくに振る舞ってくれた。ぼくはそのことに心の底から感謝している。彼女はぼくを文字食から遠ざけてくれた。ちゃんとした食事の大切さを教えてくれた。でもぼくは  の言うことを聞かず文字を食べ続けた。それでも彼女は諦めなかった。ぼくのために新しい料理を覚えてくれて、ぼくの目の前で調理し、ぼくと一緒に食事をしてくれた。ぼくは普通の食事の美味しさを覚えた。ぼくは彼女と2人で食事をすることの喜びを知った。彼女と囲んだ食卓は暖かかった。その結果ぼくは今まで生き延びることができたのだと信じている。すべては彼女のおかげだ。けっきょくぼくは文字食という悪癖を止めることはできなかったのだけれど、彼女の努力によってなんとか人並みの生活を送ることはできた。


そう、あのときまでは。


あるときぼくは、自分にはすごく好きな字があることを発見した。でもそれが何なのか分からない。だからぼくはそれまでやっていたページをベリッと破って一気に食べるという食べ方をせず、一文字ずつ食べてその文字を割り出すことにした。そしてぼくはぼくが気に入った文字を見つけた。見つけてしまったのだ。

ああ、  。ぼくは無邪気すぎた!あんなことは試さなければ良かったのだ。ただの戯れのつもりだったのに、それがこんな結果を導くなんて微塵も考えなかった。ぼくはもうきみの元には戻れない。ぼくの世界は変わってしまった。さようなら、  。もう会うこともないだろう。

それが彼の手記だった。彼のお母さんに見せてもらった、彼の行方を追うために残された唯一の手がかり。

3ヶ月くらい前のある日、彼は突然わたしの前から消えてしまった。その日、仕事を終えて友人たちと楽しい夕食のひとときを過ごして浮かれた気分で家に帰ってきたわたしに降りかかったのは、予想もしなかったできごとだった。

夜中にかかってきた彼からの電話。ふだんならこんな時間にかけてくることもないのに変だなと訝っていると電話口の向こうから彼が暗い声で「ぼくたち、もう終わりにしよう。さようなら」とだけ言って、通話終了。あとに残されたのはわたしとツーツーツーという電子音の繰り返し。一方的な別れ話を切り出されてびっくりした以上に頭にきたので、直接問いただすつもりで彼の部屋を訪れた。せめて理由を言いやがれ!と心の中で怒りながら彼の部屋に向かった。わたしが合鍵で彼の部屋に入ると、そこはもう抜け殻だった。荷物だけ残して、彼は消えていたのだ。

わたしは途方に暮れた。もちろん彼の家族も同じ。みんなで彼を見失ってしまった。

部屋を引き払うとき、彼が残したものはすべて彼の家族が引き取っていった。わたしもそれを手伝った。思い出のためにちょっとくらい何か分けてもらおうかと思ったけど、なんだか形見分けみたいで縁起でもないと思ったので遠慮しておいた。それにわたしには、わたしと彼の思い出がある。そのときのわたしには、彼からプレゼントされたブランドものの名刺入れを彼の部屋に忘れていたのでお手伝いのついでにそれを回収しようという目的もあったのだ。家族と彼の思い出は家族と彼のもの。そう思って、彼ゆかりの物品は何も譲り受けなかった。

ただ、けっきょく彼からもらった名刺入れは部屋からもどこからも見つからず、わたしはそのことを後悔した。代わりに彼の写真とかもらっておけばよかったな。名刺入れは、同じブランドのものを買ってそれを彼からのプレゼントと思うことにして、わたしは自分を騙すことにした。

そんなふうに彼のいない日々を過ごしていたとき、彼のお母さんから電話をもらった。彼の荷物を整理していたら、手記が見つかったというのだ。その中で彼の感情が吐露されているらしい。わたしははやる気持ちを抑えながら彼の実家に向かった。そこで見せてもらったのが先ほどの手記。

彼は文字に味を感じるという彼独特の感覚を持っていて、手記にはそのことが書かれている。手記を読む限りではそれが彼を苦しめてしまったみたいだ。何が彼をわたしたちから遠ざけてしまったのか。彼の家族にはそれがピンときていないようだったけれど、わたしには分かる。いつも彼のそばにいたわたしだけしか感じないのかもしれない。ただの直感でしかないけれど、たぶんこれは正しい。

そんなことを考えながらパラパラと手記のページをめくっていると、一枚の紙切れが落ちた。住所が書いてある。遠い。ここに彼はいるのかな。ううん、間違いなくいるはず。わたしは会社をしばらくの間休んで彼を探すことに決めた。

手記のところどころに食い破られたような穴が空いていることについては、極力考えないようにしながら。


2日後、思っていたよりも簡単に彼の現住所を見つけることができた。人里から離れたところで彼はひっそりと暮らしているようだ。地元の住民らしき人を片っ端からつかまえて話を聞いていったら、しばらく前からこの地域に住み着いた謎の人物の噂を入手することができた。あまり人口の多くない地域だったから噂は容易に広がったのだろう。わたしが話を聞いたほぼ全員がその噂を知っていた。

その地域のはずれに住む人物は、とにかく人目を避けるように生きている。小さな商店街で聞き込みをしたところ、驚くべきことにその人物は食糧品や生活必需品を買いに来ることもないらしい。そんなのでどうやって暮らしているのだろう、というのが地元住民みんなが感じている疑問で、だからこそ、そんな人物は現実にはいないのではないかという噂も根強いようだった。なにせ実際にその人物を見た者はいないのだから。彼が住んでいるとされる家は地元の小学生たちに幽霊屋敷と呼ばれていた。

噂が一人歩きしている。本来ならこんなあやふやな情報、なんの役にも立たない。でもわたしはそれで彼がここにいることを確信した。そして彼がどうなってしまったのかも。わたしは車の中で一晩を明かし、幽霊屋敷に乗り込むことにした。

翌日。朝日の中で見る幽霊屋敷は、屋敷と呼ぶのも憚られるようなプレハブだった。入り口には鍵がかかっていた。窓もすべて閉じられていた。仕方ないので、ちょっと大きめの石を使ってガラスを割って鍵を開けることにした。不法侵入もいいところだけれど、この中にいるのは間違いなく彼だということが分かっていたし、わたしはもういい加減に幕を引きたかったのだ。そして変わり果てた姿の彼に出会った。

彼は部屋の真ん中で紙を口いっぱいに含んで息を引き取っていた。彼は骨と皮だけになっていた。死後どれくらいの時間が経っているのか分からなかったけれど、ふしぎと腐臭は感じなかった。予想していたこととはいえ、この光景を目の当たりにして神経が麻痺してしまったのかもしれない。何せ彼が口に含んでいた紙に細かい字で書かれている数え切れないくらいの無数の文字列は、すべてわたしの名前だったのだから。

彼の部屋は崩れた紙束が床一面に散らばっていて乱雑とした印象を与えたけれど、実際はそれ以外には大したものはなく、だから殺風景というに相応しかった。これで軸の付いた大きな円筒があればハムスターの部屋だなと思って、わたしはそんなことを思ってしまった自分がどうかしていると感じた。

あたりを見回すと部屋の隅にはシンプルな机があることに気付いた。ペンやノートが置かれている。その中に、わたしは彼の手記の続きを見つけた。たぶんここにすべての答えが書いてある。

ぼくが自分の記録をつけるようになって、どれくらいの時間がたっただろうか。今日記すことはぼくにとって最悪の記憶だ。ぼくが食べたあの「文字」について。

ふだんのぼくは、1ページ単位で雑誌や小説などを食べていく。その中でまれに、際立った印象のある味を感じることがあった。その味はぼくを虜にした。あのときのぼくは自分が魅力的に感じている文字の正体を知りたくなって、それを割り出すことにしたのだ。やり方は簡単だ。紙を1ページずつ食べるのではなく、文字単位にまで細分化してページをカットし、1文字ずつ食べるだけ。食べた順番に、この文字は違うとチェックを入れていく。そうして絞り込んでいった果てに、ぼくはその文字に行き当たってしまった。



人。



なんということだろうか。ぼくはあまりのグロテスクに吐いて吐いて吐いて吐いて吐いて吐いて胃の中のものをすべて吐きつくしてそれでも吐き気が止まらず呼吸困難になって吐瀉物の中にぶっ倒れて喘いだ。ぼくが好きだった文字は「人」だった。ぼくが美味いと思っていた文字は「人間」だった。その事実にただただ震え上がった。そして人間はあんなにもぼくを惹き付ける味がするのだろうかという信じられない思いがした。吐瀉物に混じる未消化の紙片が胃液にまみれてぼくの顔にたくさん貼りついたけれど、ぼくが感じている黒い食欲に比べればそんなの全然不快じゃなかった。

その日を境に、ぼくは誰にも会わなくなった。会えなくなった。恐ろしかったのだ。もし誰かに会ったら現実に誰かを食べてしまうのではないかという恐怖がぼくを捕らえた。恐怖はぼくをあらゆる食事から遠ざけた。文字は当然食べられない。普通の食事をしても文字の味を思い出して吐き出してしまうのだ。そうしてぼくは腹を空かせた野良犬のようになった。

それから何日たったのかは分からないけれど、あるとき、ぼくは朦朧とした意識の中で何かを口に突っ込んでいた。極限に近い飢餓が無意識の行動を取らせたのだろうか。今となってはそれは分からない。ぼくが憶えているのは久しぶりに食べた紙の感触と、そしてぼくを捕らえた魅力的なあの、いやそれ以上に素晴らしい味が口の中に広がったことだった。

ぼくはそれを貪った。久しぶりの食事にありついたのだ。しかもとびきり極上の味。あのときのぼくときたら本当に野良犬みたいだったことだろう。だが何日も胃に何も入れていなかったのに急に紙を食べたものだから、ぼくは盛大に吐いてしまった。そこでようやくぼくは我に返った。吐き出したものを見下ろすと、彼女の名刺が胃液でできた水溜りのなかに浮かんでいた。

笑った。ぼくは声を上げて自分を笑った。ぼくはもう駄目だ。「人」だけじゃなくて、「彼女」を食べてしまった。正直に書こう。ぼくはそれを美味しいと思ってしまった。こうして何も食べないでいれば、いつかはまた彼女と過ごせるぼくの日常に戻れるかもしれないと、ぼくは根拠のない期待をしていた。けれど、もう戻れないどころじゃない。おしまいだ。このままでは現実に彼女すら食べてしまうかもしれない。嫌だ。そんなのは嫌過ぎる。でも実際、きみの名刺はすぐに平らげてしまった。きみにあげた名刺入れ、めぐりめぐってまさかこんなことになるなんてね。

大切な人を本当に食べてしまうくらいならこのまま誰にも会わずに過ごそうと思う。どうせぼくはもうすぐこのまま朽ちていく。そして、ぼくはもう彼女の名前の魅力的な味に取り憑かれてしまった。だから、  。困ったことに、この手記にきみの名前を書いても、次の瞬間、ぼくはきみの名前を食べてしまうんだ。でも、それだけはどうか許してもらえないだろうか。ぼくが消えてしまうそのときまで、きみの名前を食べ続けることだけは。

わたしは溜息とともに手記を閉じる。彼と過ごした5年間、わたしはいかがわしい文字を隠し続けた。彼が文字食の暗い魅力に取り憑かれないように、普通の食事を取らせて紙を食べられないようにした。でもそんなの無駄だったのだ。わたしと過ごしていた以上、いずれ彼はわたしの名前にたどり着いていただろう。

わたしは彼を許そうと思う。彼がお腹いっぱいになるのなら、わたしはわたしの名前を彼にあげよう。だからわたしは、ここに自分の名前を記さない。

わたしはこうして名前を失った。




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「え、なにこれ?」

わたしの小説を読んだ彼は明らかに戸惑っている。

「なにって、わたしが書いた小説よ」

「いや、それはそうなんだけれど…ちょっと考えさせて」

彼の戸惑いも尤もかもしれない。わたしはちょっと浮かれていたのだ。

「小説の中の"ぼく"がぼくで、"わたし"がきみだということは分かる。だとすると、この"名前を食べる/失う"ってのは…」

「わたしがこういう作家だってこと、百も承知の上で結婚を申し込んでくれたんでしょう?」

「ああ、そうか!きみがぼくの籍に入るってことのメタファーなんだね」

3ヶ月前、わたしは5年間付き合った彼にプロポーズされた。わたしは結婚願望ありまくりだったから喜んでそれを受けた。結婚すれば彼の籍に入ることになるので、わたしの苗字は彼のものに置き換わる。あまりにも幸せだったからだろうか、そんな他愛もないことを小説にしてしまった。だからこれはただの私小説なのだ。わたしは怪奇/幻想小説家なので私小説すら陰鬱になってしまった。わたしは変な女だけれど、彼はそんなわたしのことが好きだって言ってくれるから、わたしはわたしのことが世界一幸せだと思っている。ただそれだけを彼に伝えたくて彼のためだけに小説を書いた。彼に幸せにしてもらうと、わたしは創作意欲が高まるのかもしれない。この小説もあっさりと書き上げてしまった。だから2人の未来のために、わたしをもっともっと幸せにしてね、ダーリン。

彼に微笑みかけるわたし。彼は「きみには言ったことがなかったけれど、確かに人って字だけを夢中になって食べた時期があるんだ。あれはひどく病みつきになる味でね…。それにしても、きみの名前を試そうって思ったことはなかったなぁ」と呟いて、わたしの小説の中の彼のように、雑誌からページを破り、まるで海苔みたいにばりばりと食べながら笑顔でわたしを見つめる。

その視線はさっきまでとは打って変わって、まるで肉食獣みたいに粘ついていた。

EllenEllen2012/01/28 15:47Thank you so much for this atrilce, it saved me time!

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