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2007-08-30

[]2002/11/02 22:43 2002/11/02 - missile++ を含むブックマーク はてなブックマーク - 2002/11/02 - missile++ 2002/11/02 - missile++ のブックマークコメント

新宿駅南口前の横断歩道はいつも人ごみで溢れている。私はその只中を紀伊国屋に向かって歩いている。季節は冬で、とても寒い。私はろくろく前方などに注意を払いもせずに、自分の足元だけを見詰めて、両手をコートのポケットに突っ込み、顎を引いてマフラーの中に顔を埋めると、自分の呼気の音と体温だけに漠然と焦点を合わせて、半ば陶然とした気持ちで人ごみの中を機械的に歩きつづけている。イヤホンを耳に突っ込んで、痙攣するような身振りで見たいものだけを見る。黄色と鈍色を混交した空の色彩や、干からびた毛細血管のように寒空にひびを入れる木々の枝、低音でざわめく湿った獣の群れのような群集の姿。俯いた視界の隅でそれらを茫漠と捉えつつ、秘密の行為に耽るような規則正しい息遣いと足取りで私は音楽風景ささやかな私の欲望で消費してゆく。

電飾の光が街中をにぎやかに塗りつぶしてはいるが、寒いものは寒く、それは視界の中をまるで私を洗脳しにかかるように、無意識の中に音も無く何度も何度も反復的に刷り込まれてゆく。スニーカーゴム底から規則的に伝わるコンクリートの鈍い衝撃が、だんだん私を弛緩させ、なんとも気持ちが良くなる。線路の上をまたがるように作られた駅前の光景は荒んだ空中庭園の様でもある。大型の街頭テレビが毒々しい色を滲ませている。立ち並ぶ高層ビルが人々を撥ね付けている。その空調施設から水蒸気が立ち上りつづけているが、私には有害な煙にしか見えない。有害な煙は冬の冷気に晒されて綺麗になってゆく。冷たいものは清潔である。そんな想念が頭に浮かぶ。

伊勢丹東急ハンズを抜けて紀伊国屋に入る。店内は明るく照らされていかにも清潔そうにみえる。大量の紙が音を吸い取るのか、人の話し声は余り聞こえない。そこで私は気に入った幻想を買い受けコートのポケットにそれを突っ込むと、店を出て来た道を逆に辿り駅に入ると下りの中央線に乗る。歩いていたときと同じ状態のまま、腰だけ折り曲げて座席に座る。イヤホンを耳に突っ込み、眠ければ眠り、眠くなければ幻想を読む。家に帰るとすぐに音楽をかけそのまま布団に潜り込み眠る。次の日大学に行って授業を聞く。大学で他人と話すことは余り無い。大学が終わると中央線に乗って紀伊国屋に行く。それが毎日続く。幻想には切れ目が無いので、私は冬が一番好きである。

或る日何時もの横断歩道の真中で青いセーターを着た女を見かける。人々の間からは後姿しか見えず、私は目を凝らす。女は横断歩道の真中で突っ立っている。黒い頭がふらふらと揺れている。私は頭のどこかでこれは私の作り出した妄想だと感じているが、妄想だろうと現実だろうとそんなことはどうでも良いのだ。事実、それは私に起こったことなので、その点は「現実」であるかもしれないが、それを他の人に証明できない限りは、それは「妄想」であるとも言える。だから、どうでも良い。そして、女には事実現実とも妄想ともつかないような雰囲気が纏わりついている。反復される生ぬるい刺激を与えられつづけた私の脳から漏れ出した何者かが……青い服を着た女……青い服と黒い髪だけが頭にこびり付き、私は女に話し掛ける。「どうかしたんですか?」女はこちらを振り向くが、私の目は女の顔を捉えない。見ているが見えていない。「電飾が眩しくて……」と女は言う。柔らかい胸のふくらみが苦しそうに上下する。青い柔らかいふくらみが上下する。「電飾が眩しくて……」と女は言う。電飾とはなんだろうか。色はすっかり街に滲みきってしまっているではないか。電飾が何だと言うのだ。私の周りにあるものは色のノイズだけではないか。その明滅が私の頭を音も無く反復して犯して麻痺させているだけではないか。それがどうしたのだと言うのだ。「電飾が眩しくて……」女の口元には笑みが浮かんでいる。眩しくて……確かに目が眩んで、光は薄い刃物の光のように鋭くて、それでいて全てが塗りつぶされるようでもある。光は色も音も香りも手触りも吸い込んで私を支配する。女は女は女はその光の中にちらと、何度も何度も繰り返し現れて、私はそれを見ているが実は見ていないので、けれども見ているので、反復的に現れるので何時しかそのことしか考えられなくなって、デジタル信号のように何度も何度も音もなく切り付けられて、痛みは無いのに体はどんどん分断されてゆき分断分断分断されて私は……いや一体私とは誰のことだか知らないが、私と言う入れ物は……そうだ私とは入れ物の事だ輪郭のことなのだ、そこに詰まっていた私の中身は終についに消えてしまう。

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