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小説蛾螺倶璃砦

2012-02-14

[][] 無理なんだけれども  無理なんだけれども - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

「つまり、あなたはこう言いたいわけですね。ワタシに利する行為はしたくないと」

 そう言うのは楯髪京華先生である。教えている学科は数学で、あたしのクラスの担任。年の頃は二十代後半、とは本人の談。先輩曰く、実際はもう五年ほど二十代後半が続いているとか何とか。その話をすると大層な微笑みで追加補習を通達してくる、といういわくのあるお方だ。あたしとしては授業は分かりやすいものの、冷静と言うよりは怜悧なその性格が苦手な部類に属する先生である。

 部室の中でその京華先生が話している相手は、あたし、では当然無く、先輩だ。先輩は今日も前髪で目を隠して表情が分かりにくくしつつも、一応はにこやかな対応である。

「そうは言ってないじゃないですか、楯髪せんせ。ただ、どうしても時間の関係で今日中は無理だ、って言ってるだけですよ。時間掛かるんですよ」

「今日中でなくては駄目だ、とワタシは言っていますよね。つまりその言はワタシに組しないと同義です。そしてこの場合、敵に回ると言っているも同然です」

 まくし立てる楯髪先生に、先輩は溜息を吐き、肩をすくめてみせる。

「先生、そのドライ過ぎる割り切り方、やめませんか? 味方以外は全部敵、ってわけじゃないでしょう?」

「ワタシだって好きで割り切っていません。ただ、今回の場合は、味方以外は敵しかいないのです。そして、これ以上敵の言葉を聞く理由もありません。失礼しますよ」

「あ、ちょっと……」

 楯髪先生がそれまで立っていた先輩の机(“部長”の文字が躍る三角錐の置かれた机)の前からきびすを返して、入り口で成り行きを見ていたあたしの隣を肩をいからせて通り過ぎ、部屋から出て行った。バタン閉じられる扉の向こうから、怒りの呻きのようなものさえ聞こえてきそうな剣幕である。

「全く。ドライなわりに感情は直情傾向なんだから。だから嫌いなのよ、あの先生は」

「何があったんですか?」

 嘆息する先輩にあたしは部室に入るなり尋ねてみた。あんな楯髪先生、見たのは初めてだ。何があったのか知りたい。

 先輩が答える。

「ん? ああ、なんだか楯髪せんせがねえ、楯髪の、……姉の楯髪朔野の居場所が大至急知りたいんだってさ」

「なんでまた?」

「それは居場所を知りたい理由? それとも何故うちにっていう事?」

「両方です」

 あたしの即答に、先輩は「まあ、贅沢ねえ」とケララ笑いながらも答えてくれた。

「じゃあ最初に何故うちに、かって言うと、今日至近だとうちの部室近くで見かけたってのがあったからだそうよ。それでうちの部の誰かが見てないか、ってことで来たみたいね」

「来たんですか、楯髪先輩」

「まあね。今もいるし」

「へー。……え?」

 今も、いる?

 驚くアタシを尻目に、先輩が後ろを向いて言った。

「そろそろ出てきても大丈夫よ、楯髪」

「おっしゃ」

 掃除道具入れの扉がばあーん開き、件の楯髪先輩がごろり登場した。

「ハエ、あそこの奥に秘密基地なんてないじゃないか! ダマシタネアンタ!」

「学校の備品の奥にそんなのがあると思うあんたのおめでたさは素晴らしいものだわ。褒めてあげる」

「んなのもちっとも嬉しくない! もう、狭くて息が詰まるわ、物音も立てられないから体は硬直してこりこりになるわ、最悪だったぞ! 京華から隠れられる場所、他に無かったのか?」

「別に窓空いてるし、そこから外に出て逃げても良かったんじゃないの? ここ一階だし、すぐ裏山だし」

 楯髪先輩はあー、あー、呆けた声を出して、ぽん手を打つ。そして怒る。

「なんでその手を言い出さなかった!」

「それは、そっちの方が単純だからあなたが喜ばないと思って、っていう親切心よ?」

「なるほど、それもそうだ」

「え? 納得するんですか?」

 あたしはつい変なトーンの声を上げてしまうが、あたし以外の二人はなにを当然な事を? という顔であたしを見る。流石にそんな顔で見られるとあたしが異端みたいなので、反論を試みてみる。

「えと、逃げてるのに面倒な事して見つかったり捕まったりしたら、逃げてる意味が無いんじゃないですか? それとも単なるおふざけで、逃げてる方が面倒が増えるからとかなんですか?」

 楯髪先輩が心外そうな顔をして反論する。

「真剣だよ、アタシャ。真剣に面倒くさくなる方を選んでるよ? そして、面倒になるなら出来る事ならなんだってするよ? 今回の事だって、逃げて時間が掛かれば掛かる程、面倒の度合いが高まるから、逃げてるのさ。その上で更に面倒になるなら、それも余さず取ろうってだけさね。何か問題でもあるかな?」

 なぜか自信満々である。あたしはげんなり。なんというか、ついていけない領域だ。

 そんなあたしを楽しそうに見ていた先輩が「そうそう」と言うと、

「ちなみに何で、楯髪がうちにいるかというのは、私に勉強を教わる為なのよ」

「勉強、ってテスト勉強ですか?」

「ええ」

「テストならこの間終わったんじゃ?」

「追試だよ。それから逃げてるの。全く、追試なんて面倒だねえ」

 当然のように且つ非常にいい笑顔でそんな風に嘯いている楯髪先輩の方が、あたしには面倒に思えた。面倒フリーク(でいいのだろうか?)だとは知っていたつもりだったけれど、ここまで重症だとは。

「ということは、楯髪先生は楯髪先輩に追試をさせる為に探してて、ここに来た、って事ですか」

「まあ、そういう事ね」

「それなら、別に引き渡しても良かったんじゃないですか? こんな面倒な人をかくまうメリットが分かりません」

「あのせんせを困らせられるなら、私はなんだってするわよ?」

 迫真の表情(目は見えないが、たぶん爛々としているだろう)でそんな事をいう先輩を、あたしは溜息でいなす。

「先輩が楯髪先生が嫌いなのは分かりました。で、どうするんです? このまま、匿うんですか?」

「ま、そうなるわね。一応、勉強教える、って名目もあることだし」

「先輩、教えられるんですか」

「わりとどういう意味で言ってるのか問い詰めたいけど……、ノープロブレムよ? これでも学年主席ですからね。万年補習の落ちこぼれの楯髪に教えるなんて、造作も無いわよ?」

 えへん、という擬音が見えるような先輩の所作である。正直ちょっと可愛かったが、それが本筋ではない。

 あたしは楯髪先輩に問いかける。

「先輩がこんな事言ってますけど」

「事実だからねえ。まあ、教えてもらうとその時どころかずっといい点取れるから、こちらとしては付き合うのが面倒だし、頭を下げる価値はあらあね」

「そうですか」

 面倒なのに価値があるとか理屈がちょっと分からないが、流石は学年主席って事なのだろう。と納得する。

 楯髪先輩が突如うーん唸って、そして提案してきた。

「ハエ。ここはちょいとばかし場所が悪いね。京華のやつが何時ここに舞い戻るかも分からないし、勉強はどっか、喫茶店かファミレスでしようじゃないかい」

「奢り?」

 先輩の目が光る、ように見えた。細身だが意外と食べる方の先輩ならではの光の出し方だ。

 楯髪先輩はすぐに笑って答える。

「そういう事には目敏い奴だよな、ハエは。いいよ、教えてもらえるんだから、一食くらいなら奢ってやるよ」

「そういう事なら話は早いわね。早速行きましょう。…えーと」

 あたしを向いて先輩が口を濁すが、この流れなら言いたい事は大体分かる。

「今日の部活はこれでおしまい、ですよね。分かってます」

 そう、と先輩は曖昧な表情を浮かべる。

「ついでにあなたも、奢ってもらったら?」

「流石にそれは悪いですよ。こっちは教える事なんて無いですし」

 あたしが遠慮すると、楯髪先輩もうんうん頷く。

「正直に言うと、ハエに奢るのが精一杯くらいの資金しか今無いから、辞退してくれて大変助かる」

「まあ、私の分存分に奢ってもらえないというのは、私としても願い下げだわね」

「だろ?」

 げはげは楯髪先輩が笑う。笑い所だとは思えないけど。いまいち笑いのツボが分からない人だなあ。

 先輩も釣られるようにしめやかに笑みながら、あたしに言った。

「じゃあ、あなたは筏島君達に連絡とって、帰っちゃいなさい。なんなら二人きりで帰宅とかもありよ?」

「筏島クンとあたしとじゃ、家の方向違いますよ」

 あたしがやんわり断ると、そこに楯髪先輩が食いついてきた。

「それなら尚更じゃないかい。最近物騒だし一緒に来てくれ、一緒に帰ろう、一緒に歩こう、ってやればいいじゃないの」

「楯髪先輩、他人事だからって無責任発言は止めてください。そこまでさせるのは流石に悪いですよ」

「あいつも、そんなに悪い気にはならないと思うがねえ…。ま、それはそれでいいや。っと、準備出来たかい、ハエ」

「ええ」

「じゃあ行こうか」

 楯髪先輩が先輩を連れ立ってあたしの前を通り過ぎ、入り口に手をかけて、勢い良く開いた。

 楯髪先生がそこに居た。

 仁王立ちでこちらを見ている。

 その顔は見事な笑顔である。笑顔だが、笑っていないという矛盾を秘めた表情だった。

「姉さん」

 口を開けば、いつも通り怜悧とすら言える涼やかさながら、存分に恐怖を感じる響きを流してくる。その声で漸く事態に気付いた楯髪先輩が、ぴくんと跳ね、ゆっくりと半回転して視線に背を向け、一気にトップスピードに乗って窓へと駆け出した。

 と思われた次の瞬間、こけた。

「だぅ!」

 変な悲鳴付きだ。強かに打った顔を押さえつつ上半身を起こす楯髪先輩に、楯髪先生が近づく。そしてやはり怒りを感じさせる笑みを維持して楯髪先輩の隣まで行き、立ち上がりかけている楯髪先輩を強引に立たせ、言った。

「姉さん? なんで逃げるの?」

「いやあ、京華。今日はテストって感じの日じゃないだろ。夏至だし」

「夏至じゃなくて仏滅とか言いたかったんだのかな? それはは確かにそうだけど、それでもテストの日よ?」

 あくまでにこやかである楯髪先生に対し、楯髪先輩は表情を強張らせている。いつもの人を食った感じが鳴りを潜めてしまっている。なかなかレアな映像だった。

 にこやかな楯髪先生が言う。

「いい? 姉さん? 姉さんの単位ってかなりギリギリで、テストとかの点数もそこまでいいわけじゃないのよ? つまり留年ギリギリ。それでもなんとかなってるのは、ひとえに補習と追加テストのおかげなの。それは分かってるわよね」

「ああ、それはまあ」

「なら、それから逃げるのはまずいって何で分からないのかしら? いや、姉さんならいつも通り、その方が面倒になるって理由でしてるのかしらね?」

「分かってんじゃないかい、京華。ギリギリまでしない方が、後の処理とか色々面倒だろ?」

「そうね。でもその場合、補習とかをする私はもっと面倒なんだけど、その点についてはどう思ってるのかしら?」

「大変だなあ、って、いってててててててて!」

 楯髪先輩の頬が抓り上げられる。なかなかの伸びを見せていて、見るからに痛そうだ。まあ、あの人にはそれ位の罰は必要だろうとは、会話を聞いてると思えてくる。

「姉さん。今日と言う今日は、今回と言う今回は、逃がしたりしませんからね。そして、蝿原さん」

 矛先を向けられた先輩は、しかし優雅に返す。

「なんです? 楯髪せんせ。そんな顔されるような事はした覚えは無いですけどねえ」

「姉さんを匿っていたじゃないですか。それなのに場所を知らないと言いましたよね?」

「知らないとは言ってません。教えるのに時間が掛かると言ったんですよ。その点は記憶違いしておられませんか?」

「……」

「……」

 しばしのにらみ合いの後、先に折れたのは楯髪先生の方だった。

「姉さんを匿った罰を受けてもらおうかと思いましたが、確かに匿っているかは聞いていませんし、知らないとは言ってはいませんでしたから、それは無しでいいでしょう」

「当然です」

「しかし、私が受けた屈辱は、いつか倍にして返します。覚えておくといいですよ」

 そう言い捨てると、楯髪先生は楯髪先輩を捕縛し、引っ張るように部室を出て行った。楯髪先輩のあがあが言ってる様が大変レア映像でありました。

 嵐が去って静かになった部室の中で、先輩がぽつりと言った。

「こっちは、奢られ損なったんだから、その事はちゃんと倍返しですよ、楯髪せんせ」

 前髪の奥の瞳の光に明るい要素が皆無にしつつ、フツフツ笑う先輩を見て、あたしはこの人たちには絶対深く関わりたくないなあ、と思ってみたりした。

2010-07-09

[] 春の釣り人  春の釣り人 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 

 にゃあ。

 

 猫の鳴き声だ。探している猫かと思い、私は泣き声の方へと歩いて行く。

 今いるのは、街の路地裏だ。わりと入り組んだ構造になっているその奥の方から、猫の鳴き声が聞こえてきた。

そこへ向かって歩く。

この街の路地裏を歩くのは、家業の猫探しのおかげで手馴れたものではあるのだが、それでもまだ、この路地裏迷路を完全には把握し切れてはいない。だから今日も、そんな初めて見る場所であるこの路地を、ただ猫の鳴き声頼りで進んでいる。

 

 にゃあ。

 

 鳴き声が近い。その感じからすると、いるのは一匹ではないようだ。猫の溜まり場だろうか。そうであれば、目的の猫を見つける事の出来る確率が上がるし、新しい猫だまり場を見つけて至福を得られるし、一石二鳥である。

 

 にゃあ。うにゃーあ。

 

 鳴き声に近づいていく。期待に胸がはずむ。

 と。

 突如、建物に挟まれていた視界が、開ける。広場、というのは少し手狭な空間が、そこにはあった。

そしてその中心には一本の桜。

それも満開だ。

季節柄からすると桜としては咲くのが遅いが、それもこんな狭い場所に咲いていたら仕方ないのだろう、とも思わせる。それくらい、この場所は中途半端な広さだが、それでもある程度は日照があるようで、その下に猫が何匹か寝転んだり、何匹かは顔を洗ったり、また何匹かはじゃれあったりしている。

わたしがその光景を堪能していると、また不思議なものが目に入った。

その猫達の輪の中に、一人の釣り人がいたのだ。

 特に川に隣接していたりや池があるわけでもないのに、座っているその人を釣り人と称したのは、単にその老人が一本の釣竿を持っていたからだ。老人は微妙に時期外れな麦藁帽を被り、釣り糸を虚空に垂らして、ぼんやりという風に座っていた。

 なんだろう、この人は。

 見ていると、やはり老人はぼうと座っているだけだが、寝ているようではない。目はうっすらだが開いているからだ。だが、それはあまりに細く、よくよく見ないと起きているようには見えない。その上、猫が体の上に登っていたりするのに、それを邪険にすることも無く登るがままにしているから、余計にそう見えなかった。ここまで来ると、置物とかじゃないのが不思議なくらいである。

 その老人は、無防備に寝ていた猫ですら、ちらりとこちらを見る――そしてすぐ興味を失って眠りだす――くらいには闖入者であるわたしには、全く注意を払うことは無い。ただ、どうやらその視線は釣り糸へと注がれているようである。

そんなものを見ていて、どうするというのだ? 水中に沈んでいるなら分かるが、ここには水辺は無い。ただ虚空に浮く釣り針に、獲物などかかるわけがない。ならば釣り糸も動くわけが無い。見ていても意味などない。

そのはずだが、老人の視線は、やはりぼう、と釣り糸に向けられている。

さて、どうしたものか。

しばらくしげしげ観察していたせいで、なんとも声を掛けづらい。向こうがこちらに気づいていないかもしれない、という可能性は低いだろうが、しかし、今更声を掛けるのも、である。何をしているか、は分からないが見るからに集中しているみたいだし。

と思っていた矢先に気づいた。老人に登っている猫の一匹に、見覚えがあったのだ。

携帯を取り出し、画像を確認。

やはり。

頼まれていた迷い猫だ。

となると、これで老人に話しかけないわけにはいかなくなった。流石に、いきなり何も言わずに近づいて猫をむしる行為なんかに出るわけにもいかない。あの猫も、もともと人好きなのもあるだろが、それ以上に老人にだいぶ懐いているみたいに張り付いているから、わたしが捕まえようとして逃げられるよりは、老人から手渡してもらった方がいいだろう。

そう判断して、口を開きかけた、その時、風が、鋭く吹いた。

同時に、老人が動いた。

「ぬはっ」

 声と共に、釣竿を大きく引いたのだ。とは言っても釣り糸は空中に浮いていただけだ。だから、何も釣り上げることは無いので、あっという間に上空へとすっ飛んでいく。

「とっ」

 その釣り糸の動きを、老人はまたも釣竿を動かして制御する。浮き上がり、彼方へと飛び去ろうとした釣り糸は引き戻され、今度は地面に当たりそう、となればまた上空へと上がる。操られる釣り糸はあちらに飛び、こちらに飛び、右に左に上に下に。

そして気がつくと、いつしかそれは老人の手元に戻ってきていた。見れば、あれだけ動いていたのに、糸は全く絡まっている様子が無い。張り付いていた猫も全く落ちていない。

神業だった。

 わたしは、その精妙な動きに圧倒されたからなのか、つい拍手をしてしまった。

 拍手をされた老人は一瞬びくりと体を動かしたが、すぐにどこか照れくさそうに、こちらに会釈を返してきた。そして、言う。

「なにか、ここに御用かな?」

 わたしも一礼して、猫を探してここに来て、その探し猫が老人の体をよじ登っている事を告げた。

「ほう、そうなると、最近ここらに来た、こいつですかな?」

 老人は正確にわたしが探していた猫をつまみあげた。猫はくすぐったそうに、にゃぁああ鳴く。

わたしは老人の所まで行くと、その猫を受け取った。猫は少しいやそうに、にぃあああ鳴く。

と、そこでわたしはあることに気がついた。

老人の釣竿の釣り針に何かがついていることに、だ。

わたしが不思議そうな顔をしたのに気づいたのだろう、老人は「これかな?」と、釣り針をつまむと、わたしによく見えるようにしてくれた。

そこには、何枚もの桜の花びらが、釣り針に突き刺さっていた。

 これは一体、とわたしが問うと、老人は何言っとるんだという顔で、

「桜ですよ。見て分からんかな?」

 と答える。

 それはわかります。とわたしは少し心外そうに言うと、老人はしばし考え、「ああ」と手を打った。

「わしの釣りが気になったのですかな?」

 そうです、とわたしが答えると、老人はうんうんうなずく。

「これは桜釣りと言いましてな。大道芸のように見えたかもしれませんが、これが結構な来歴がある技術なのです」

 と言うと、老人は滔々と来歴とやらについて話し始めた。少し長いので要約すると、古来よりの神事に使うものとして、地面に落ちる前の桜の花びらが必要だったのだそうだ。そして、それを集める為に生み出されたのが、老人の披露した釣り竿の妙技、桜釣りだそうである。

たぶんに変な来歴だった。

たとえば釣らなくても、お椀とか使えばもっと楽だろうと思える。

その辺を問うと、

「お椀は土器、つまり土で出来ているから駄目なのです。土につかない花びらが必要なのです」

と言われた。なら木の器は? と問うと老人は、

「そういうもので乱獲し始めたから、この技術が失われていったのです。伝統に対する気持ちとともに、ですな。それだけならまだしも、風に吹かれたものだけなのを無視して、わざと木を揺らしてですな」

と、憤懣やるかたない様子で語りだした。ここで怒らせすぎては嫌な別れになると考えたわたしは、適当に、それはよろしくないですね、と話を合わせ、しばらく老人の愚痴を聞いていた。

桜釣りの衰退からどんどん話が脱線して、自分の奥さんとの惚気話から、娘の応対が厳しくなってきたという辺りまで話し終わると、老人は一息つき、謝ってきた。

「いや、すみませんな。年を取るとどうにも愚痴が増えてしまうもので。お引止めしてしまいましたかな?」

 わたしは、いえ、色々興味深いお話でした、と返し、抱っこしていた猫を持参しているケージに入れた。大概の猫はこれに入るのを嫌がるものだが、この猫は特に嫌がることもなく、粛々とケージの中にいる。ぶああとあくびなんかしている。図太い奴だ。

 と、そこで強い風が吹いた。

 桜に、ぶわりと風が吹きつけ、そして花びらが一気に舞い散った。

それに呼応して、老人が再び躍動。

「ぬはっ」

 釣竿が、まさに縦横無尽の動きを見せる。

激しく動くが、針が枝や猫に引っかかったり、糸が絡まったりする様子は見受けられない。わたしの近くを針が通る音なども感じられるが、やはり当たったりすることはない。

竿がうなり、糸が舞い、激しく動くが、針は正確に桜の花びらを突き刺し、捕らえていく。

風が止む。

舞い飛んでいた花びらが、地面へと落下していく。

同時に、老人の動きも止んだ。

わたしは、再び拍手する。それに合わせたのでもないのだろうが、猫達がにゃあなあとあちこちで鳴いた。ケージにいる猫も、ひときわ大きくなあああうと鳴いた。

老人はその賛辞に、にこやかに応え、一礼した。

[] 『春の釣り人』について  『春の釣り人』について - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 久しぶりにここに何か書く、というのでグダグダ考えたりはしなかった。春の時に桜が舞い散ったのを目撃した瞬間に浮かんだイメージを、ざっくりとまとめたものである。

 最初は四季シリーズ第一弾として考えてみたりもしたが、書き終わったのが最近では次が書けるのがいつなのかわからぬわけで、それは頓挫。気分がノレばいけるんだけど、それはそれとしておく。

 製作は実時間で5日間ほどだったのだけれど、間に時間が空いて空いて、だったので完成まで3ヶ月を要する事に。校正はあっという間に終わっただけに、如何につっかえてたかがわかろうものである。でも、書けたのは良かったと思う。頓挫しないだけで上出来だ。

 次、何かあげるとしたら、ライトノベルの賞に送ろうとしてどうにもダメで没ったやつの改訂版でもあげていく事になる。と、書いて退路を立つ遊び。あれは再編集すると結構時間食いそうだけどなー。

2010-01-08

[][] 一丁目路地裏暴力奇譚  一丁目路地裏暴力奇譚 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 その日、あたしがいつもの面々、つまり先輩、鹿野子、筏島君と帰っていると、道端でばったり、とに楯髪先輩と遭遇した。

 その楯髪先輩の様子は少しおかしかった。いつも飄然としている表情には若干の焦りの色があるし、なにやら走り回っていたのか額に汗をかいている。息も少し荒いし、なにより手に物騒な木刀を握っている。そんなので歩いてたら職務質問食らうだろ、ってくらいのおかしさだ。

 そんな変化に気付いた先輩が、声を掛ける。

「どうしたの、楯髪。息なんか切らしてさ。マラソンでもしてるの?」

「ああ、ハエ。良い所で会った。……いきなりで悪いんだが、頼みたい事があるんだよ。いいかな?」

「迂遠が好きなあなたのわりには単刀直入ね。その頼みを受けるかどうかは別だけど、聞くくらいならしてあげてもいいわよ?」

「良かった。それなら早速だけど、ちょっと妹がねぃ、どっかのバカなヤツらにさらわれちまったんだよ」

「ええ! 未来さんが! ……ってそれ、私達に頼んでなんとかなることなの?」

 先輩の言う事はもっともだ。さらわれた、とあっては確実に警察沙汰だし、助けようにもあたし達は楯髪先輩みたいに腕に覚えとか、これっぽちの全く無い。筏島君がかろうじてその範疇に入る特技(謎の護身術)があるけど、それ以外は皆、か弱い女の子だし。

 ん? と一瞬疑問系の顔になった楯髪先輩は、すぐさまフォローする。

「ああ、んなこたー分かってるよ。荒事をしろとか、無理は言わないさ。欲しいのは単に人手だよ。ウチの妹がどこにいるかを見つけて、アタシに報告してくれりゃあ、後はこっちでなんとかするから」

「それならなんとかできるけど、流石に警察に言った方がいいんじゃない?」

「あー」

 楯髪先輩はバツが悪そうにする。それを見て、鹿野子が、あっ、と声を上げ、楯髪先輩に問いかけた。

「あのー、もしかして、また未来さんの彼氏絡みなんですかー」

 未来さん絡みってなんだろう? と思っていると、楯髪先輩は、珍しく溜息をついた。

「そうなんだよ。相変わらず、困った妹さ。今回も彼氏にさらわれてねえ。身代金まで要求されちゃってさ。ホント、あいつの男運の無さは筋金入りだよ。それで今回は京華がねえ、あんまりに毎回毎回だから、いい加減怒り心頭に発しちまっててねぃ。それで身内のことでもあるから警察より先に見つけてお説教、って言って聞かないんだよ」

「たまに無茶言うわね、あのエセ聖職者」

「先輩!」

 あたしは慌てて先輩の口を手でふさいだ。「もが」とか変な声が聞こえたような気がしたけど、ここは無視。それどころじゃない。

「先輩、壁に耳ありっていうんじゃないですけど、こういう公共の場所で楯髪先生の悪口は止めましょうよ」

「もがもが」

「あああすいません、今離します」

 そんなあたし達の行動が面白かったのだろうか、楯髪先輩がプハハと笑い出す。

「あんたらはいいねえ、楽しそうでさ」

 あたしの手から離れた先輩が、「何言ってんだか」と楯髪先輩に食って掛かる。

「そういうあなただって、今の心境、実際は心配より楽しいの方が強いんでしょ?」

 楯髪先輩は「違いない」と苦笑う。

「あの子、未来はアタシにゃあ妹でもあるけれど、それ以上にいい面倒事の種でもあるからね。おかげで、私生活は面倒この上ないよ」

 楯髪先輩、相変わらず変で難儀な趣味してるなぁ。とか思っていると、筏島君が先輩に「どうするんですか」と尋ねた。

「お手伝い、するんですか?」

「私は別に構わないって思ってるけど? 楯髪には色々とよくしてもらってるし、……楯髪せんせには恩が売れるかもしれないし」

 先輩の顔には、恩を売るというより弱みを握るって書いてあったが、あたし達はスルー。触らぬ神になんとやら。そして、その顔を見ていて気付いているはずの楯髪先輩までも、

「じゃあ、頼む」

 とあっさり受け入れた。猫の手も、ってやつなんだろう、とあたしは勝手に納得する。

 楯髪先輩は、

「アタシャ、あっちの方行ってくるからな。見つけたら速攻で報告だからなー。深追いはするなよー」

 と言って立ち去ろうとした。そこに、

「ちょっと待ちなさい楯髪!」

 先輩が一喝をして止める。急ごうとしている楯髪先輩は、不服を顔に貼り付けて振り向いた。

「んだよ、ハエ。もう結構時間使っちまったから、急いでるって分かるだろ?」

「そりゃあね。でもあなた、イマドキ携帯もってない人じゃない。それで、見つけた後どう連絡取れって言うのよ」

「……テレパシー?」

 楯髪先輩は、はぁ、と溜息と、見るからにいんちき外国人風のオーバージェスチャー。

「そんなことだろうとは思ってたわよ。だったら、この子、連れてきなさい」

 先輩はそう言って、あろうことかあたしの背中を押した。

「ええー!? ち、ちょっと待ってくださいよ先輩! なんであたしが!」

「あいうえお順」

「それだったら筏島君のが先じゃないですか!」

あたし『い』の次、『と』ですし! と抗議をしようとしたところで、楯髪先輩に腕をつかまれた。引っ張る力は予想を遥かに超えて強い。引きずられかねないくらいだ。

「さあ、とっとと行くぞ!」

 せかし引っ張る楯髪先輩に、あたしは観念した。

「ああもう、楯髪先輩! 自分で歩きますから引っ張らないで下さいよ!」

 

 未来さん探索は想いの外簡単済んでしまった。筏島君から、先輩がなにやら鴉だか使い魔だかを召喚して周りに多大な被害が、とか意味不明な事を報告されつつ、あたしと楯髪先輩は未来さんの捕まっているという場所に赴いた。

 そこは、町の路地裏にぽっかりと空いた空間だった。元はどこかの店の物置でもあった場所なのが潰されてなくなったのだろう、結構広い。そこに7人ほど、男がいる。年代はぱっと見であたしくらいの子ばかりだ。

 その奥の元階段らしきところに、未来さんがちょこんと座っているのが、角の陰に隠れつつ見ても、確認できる。

 角からこっそり覗いて見える範囲では、特に外傷、および着衣の乱れは見られない。動かないから脅えでもしているか、とも思ったのだけれど、どうにも取り立てて恐れを抱いているようには見えず、ただのほほんと座っているだけだった。

「未来さん、度胸あるんですね。さらわれてるのに、脅えるそぶりもないし」

 あたしの評を、楯髪先輩は鼻で笑う。

「あの子がそういうの鈍感なのもあるんだけど、それ以前に一応、あいつらのボスの女だからね。手を出す奴はいないんだよ。だから脅える必要もない」

「なるほど」

 イメージ的に鈍感というのは分かるが、ボスの女というのは嘘っぽく聞こえるから困る。向こうでのほほんと座っている様からは想像できない。

 あたしが疑念を膨らませていると、さて、と楯髪先輩が肩を回す。

「行ってきますかね」

 それから木刀を片手で一振り。表情もキリッと鋭利になる。どうやら突っ込む気らしい、と気付いて、あたしは慌てて問いかけた。

「行く、ってあの中に、ですか!?」

「他にドコ行くんだよ?」

「でも、人数多いですよ? これだったらさすがに警察を呼んだ方が……」

「なーに行ってんだよ。そんなことしたらあっさり解決もとい京華に怒られちまうじゃないか。アンタ、アタシの楽しみを奪うじゃないカミナリ落とさせる気かい?」

「楽しみたいのは良く分かりました」

 あたしがそう言うと、そうかい? と楯髪先輩は笑う。それはもう、楽しくて楽しくて仕方ない、新しいおもちゃを前にした子供のそれ、って塩梅の顔だった。これは流石に止めても無駄だって分かる。なので、

「えーと、ご武運を」

 と投げやり気味に言ってみた。

「ああ。適当に祈っておいてくれ」

 そう言って、楯髪先輩が角から出ようとした、その時である。

 一陣の風が、あたしと楯髪先輩の横を駆け抜けた。へ? とあたしが思う間に、その風は男達の方に突っ込み、三人でたむろってる内の一人に衝突。吹き飛ばした。

 何事!? と声が出る前に、旋風は二人になった男達を瞬く間に蹴り倒し、異変にいち早く気付いた男の一人が何か得物を出そうとした所を強襲、どてっ腹に棒らしきものをぶち込みうずくまる所で顎を蹴り上げてこれを制圧。翻って後ろから鉄パイプで襲い掛かってくる男の踏み込む足を振り向きざまに棒状のもので綺麗に引っ掛けて転ばし、倒れてがら空きのお腹にこれまた一撃。それから、その横でまだ事態を認識できてない一人の顎を棒の先で引っ掛けるように殴りぬけ、昏倒させる。

 あっという間の出来事だった。あまりにあっという間だったので、あたしはおろか楯髪先輩すらまったく動きが取れなかった。終わってみると残っているのは、未来さんの近くにいた男だけだった。たぶん、楯髪先輩が言っていた、今のされてしまった男達のボスなのだろう。あんぐりと口を開けてしまっている。

 すぐに顎を元の位置に戻したボスの人が怒鳴る。

「だ、誰だお前は!」

「答える義理はない」

 一陣の風となって現れた人物は、鈴の音を思わせる透き通るような、それでいてやたら平板な声でそう答えた。その人に、あたし達は見覚えがあった。

「楯髪先輩、あの人」

「ああ。この間からアタシを襲ってくる暴漢さん、だね。また尾行してやがったのか」

 その背格好。その得物。その声。

 まさしく、この間ウチの学校の周りで出たという暴漢、その人であった。

 って。

「楯髪先輩、まだあの人に襲われてるんですか!? それに尾行!?」

「そんなことはいいから。アタシャ、今度こそ行くよ」

 あたしのツッコミを無視して、楯髪先輩は暴漢の人とボスの人がにらみ合っている場に躍り出た。気付いた未来さんが、声を出す。

「あ、朔ネェ」

 視線が集まる。楯髪先輩は嬉しそうだ。

「いやあ、面白そうだねぃ、あんた達。それにどうにも複雑怪奇で、面倒事の予感だよ?」

「楯髪!」「…楯髪」

 二人に同時に恨みを込めた視線込みで呼ばれて、やはり楯髪先輩は喜んだ。

「そうそう。やっぱり突っかかってくるってんなら、それくらいの目はしてくれないとね」

「黙れ! 金は、金はどうした! こいつはなんだよ! 何時来てた!」

 ボスの人が暴漢の人を指差して罵る。大分錯乱してるようで、言葉がどことなくおかしくなっている。気持ちに思考が追いついてない感じ。

 対する暴漢の人は無言。ただ楯髪先輩の方を油断無く睨んでいる。そっちに視線を送りながら、楯髪先輩はまーまーとなだめる。

「今来たとこでこの子のことは良く知らなくて金はない。黙ると話できないから黙らなかったけどいいかねぃ?」

 聞かれた事を一気にまくし立てられ、ついでにまだ頭が混乱しているのか、ボスの人は楯髪先輩の言葉が上手く飲み込めないようだった。しきりに頭をひねっている。

 その間隙で、暴漢の人が楯髪先輩に視線そのままの鋭さで言った。

「何故出てくる。あと一人で終わったのに」

「だからじゃないかね。アタシの分だよ、それは。それに、アタシが出てきたから、ここは面倒になったろう?」

「……」

 暴漢の人はそこで黙ってしまう。もしかすると、いやもしかしなくても楯髪先輩の言動に呆れているのだろう。表情が凪のようになっていて、まるで感情が読み取れないけれど。

 そんな凪顔の暴漢の人に、楯髪先輩は今度はこっちだ、と問う。

「あんた、なんでこいつらをノしたりしてるんだい?」

「答える義理はない」

 短くそう答える暴漢の人に、思わぬ方向、つまり未来さんから声が掛かった。

「あっ、あなたはあーさんじゃない? 久しぶりだね!」

「……うん」

「あーさん? ……誰だい、それ?」

 何を言ってるんだって怪訝な顔で未来さんに疑問を投げる楯髪先輩に、そっちこそ何を言ってるんだって驚き顔で未来さんが返した。

「朔ネェ、覚えてないの? 昔、あたしの家の隣に道場構えてた、阿戸津さんとこの子だよ。阿戸津阿佐美さん。あーちゃんだよ。アタシの幼馴染だよ?」

 未来さんの訴えに、しかし楯髪先輩ははてな顔。その顔を見て、あーちゃんと呼ばれた暴漢の人は凪顔をほんのほんの僅かに歪め、自嘲気味に言う。

「いいのよ、みーちゃん。ウチ、地味だから。この人はどうせ覚えてなんか、ない」

「うん、その通り。覚えてない。けど、それで、幼馴染ってだけでうちの妹を助けようとしてくれたのかい?」

「何か悪い?」

「いや? でも、今時奇特な奴もいたもんだねぃ」

 とか話しているうちに、ボスの人がさっきからのやり取りにとうとうぶちっ切れてしまったのか、大きく叫んだ。

「だー! くそがっ! もうわけがわかんねー!」

 と思ったら、今度は未来さんを引っ張って強引に立たせ、彼女を盾のようにすると、その首筋に、ナイフを突きつける。あー、本当にぶちっ切れちゃったか。さもありなん。

「わかんねーからいいわもう。とりあえずお前ら動くな。得物も捨てろ。こいつがどうなってもいいのか、ああん?」

「……どチンピラね」

「いや、ど三一ってやつだよ。未来さぁ、アタシャいっつもいっつも思うんだけどさぁ、もうちょいっとマシな男見つけられないのかい、アンタ」

「でもでも、今はこんなだけど、普段はいつもカッコイイんだよ?」

「うるせー黙れ未来黙れ! わけわかんなくなるから! おい、お前ら寝てねーで起きろ!」

 ボスの人ががなりたてると、蹴り倒されたのが二人ほどうめきながら立ち上がった。ボスの人が指示を飛ばす。

「そいつらは今動けねー。ぶちのめせ!」

「言われなくても。ってか、終わった後、やっちまっていいんすね?」

「こっちも恥じかかされたからな。それぐらいは利子みたいなもんだ!」

「それなら……」

 男二人が、復讐の機会とエロい方面の機会を両得せんと楯髪先輩達ににじり寄る。うわ、大ピンチ! なのであたしは携帯で警察に連絡しようとする。だけど、男達が手持ちの武器の射程圏内に楯髪先輩達を捕らえるほうが早い。こんな状況で呼んでも、間に合わない? 

 そう思った時、楯髪先輩がハハハやたら大笑いを始めた。何その余裕、って見れば楯髪先輩は自分の武器を捨てていない。暴漢の人もだ。

 え? と思う間もなく、旋風。楯髪先輩が大振りに木刀を、暴漢の人めがけて振りぬいたのだ。暴漢の人は難なくしゃがんで避けるが、その後ろの男はそうはいかなかった。

「げぴっ!?」

 首筋に一撃を食らい、変な声と共に男(今命名するとA)は倒れた。唖然とする男達を尻目に、今度は暴漢の人が動く。楯髪先輩に向かって突き入れるが、これも難なく避けられ、呆けている後ろの男に命中。「ぐぼあ!?」と呻いて男(B)はうずくまった。

 ボスの人はまたしても口をあんぐり開け、すぐ閉めなおしてがなりたてる。

「お前ら、動くなって! 物捨てろって! 言っただろうが!」

 受ける楯髪先輩はにこやかだった。獰猛さを隠しもしない笑顔で、

「ああすまないね。アンタの言う通りにこいつをやっつけるつもりだったんだが、あっさりかわされちまって、その後ろにいやがるんだもの。不可抗力だよ」

 などと言う。当然、ボスの人は更にがなった。

「そんなこと、言ってねえよ! 動くなって、武器捨てろって言ったんじゃねえか!」

「そうだっけ?」

「さあ」

 コントみたいなやり取りだ。大変だなぁ、ボスの人。戦う相手が間違ってたとしか言い様がない状態だもの。

 間違った相手と戦う事になっているボスの人は、しばしあうあうと口を動かして言葉にならない言葉を漏らしていたが、次第にその顔に凄惨なものすら浮かぶようになり、最後には未来さんの首に再びナイフを突きつけた。そして怒鳴る。

「お前ら! 今度こそ武器捨てろ! そして動くな! じゃねえと殺す! 殺す!」

 最初にナイフを突きつけた時より確実に目がヤバい色を発していた。やると言ったらやる顔、とでも言うのだろうか。とにかく、本気だ。追い詰めすぎだよ、楯髪先輩。

 流石にまずいと分かったのか、暴漢の人は手持ちの棍を投げ捨てる。しかし、楯髪先輩は武器を持ったままだった。置く気配すらない。なにしてるのこの人! 

「ちょ、ちょっと!」

 暴漢の人もいままで凪しかなかった顔色を明確に変える。それほどのことだが、でも楯髪先輩は、ただ獰猛に笑っている。

「……ふ、ふざけやがって! お前、俺に出来ないとか思ってるだろ!」

「出来るのかい?」

 とどめの挑発だった。ボスの人の顔が、一気に温度を無くす。そして何もわめかず、ナイフを横に引いた。

 血が、しぶく。

 かと思ったが、そんなことはなかった。ただ、ボスの人の胸元がナイフで切れ、シャツが赤く染まりだしただけだった。

 って、どういうこと? 未来さんは? と、痛みを感じて叫びだしたボスの人の事をとりあえず無視して、あたしは状況をよく観察した。

 見れば未来さんは、いつの間にかボスの人の側で、また段差の上にちょこんと座って泣いている。いつの間に? どういうことなの? というあたしの疑念をよそに、未来さんは泣きながら楯髪先輩を糾弾する。

「朔ネェー、いつも趣味悪すぎだよぉ。こんなにする事ないじゃんかぁ」

「いや、最後のはその男が悪いんだよ? 本気でアンタを殺そうとしたんだよ? 自業自得ってやつ」

「んなのー、あぁーん」

 なおも泣く未来さんと楯髪先輩の間に、ボスの人を棒の一撃で昏倒させた暴漢の人が、立ちふさがった。棒を、楯髪先輩に向かって構える。

「みーちゃんを、泣かせたな」

「泣いたっていうか、未来が勝手に泣いてるだけで、その子もそこの奴が怪我してる一因だし。アタシが泣かせたってのは濡れ衣に近いっていうか」

「あぁーん」

「泣かせた」

「ああもう、いいよそれで! だから未来、泣き終わったらとっとと帰ってきなよ。京華の説教が待ってるんだからな!」

 そうだけ言うと、楯髪先輩はあたしの方にやってきた、と思ったらあたしに「後、頼む!」とだけ言って走り去っていった。

 あたしは、とりあえず救急車を呼ぶ手配をしながら、糾弾される楯髪先輩の顔を思い出す。楯髪先輩は困った顔をしていた。付き合いそんな長いわけじゃないけど、初めて見る表情だった。いつもなら、これだけ面倒なら喜びそうなのに。泣く子と地頭には、ってやつなのだろうか。それとも、未来さん絡みだと、そうなってしまうのだろうか。

 そんなことを考えながら、あたしは救急車を呼んだ後、泣く未来さんと怒る暴漢の人に「早くここを離れた方がいいですよ」と言い置いて、その場を後にした。

後で聞いた話では、暴漢の人は未来さんと同じ学校つまりあたしの通う学校に編入してきて、未来さんとは何年越しかの親友関係を築いて、ついでに楯髪先輩と面と向かって喧嘩したりしているそうだ。

[] 『一丁目路地裏暴力奇譚』について  『一丁目路地裏暴力奇譚』について - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 発案1分、煮込み1日、完成まで一月。総時間で言うと5,6時間くらい。途中置きの時間がわりと長かったので、完成が遅れたけれど、その分やることは進んだ、と思ったら失敗した。ので、こちらをここにきて完成させてみましたよ。見事な現実逃避と言えよう。

 一個前のBサイド的な話。同じタイミングで起きた事を、日にちを分けてみた。合わせたら長くなるなー、って思ったらこれでも十分に長くなってしまった。要要約。ということを今後の指針としたい。後、今回三女の未来が出せたので、楯髪三姉妹は残りは次女京華だけだ。名前でしか出てないので、いつかちゃんと出さないとなー。とは思っているが、いい話が浮かばない。グダグダになりそう。

2009-12-05

[][] 『間違い下校風景』  『間違い下校風景』 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 今日のあたし、いや訂正しよう。今のあたしは憂鬱だった。

 何でというと、それは今陥っているこの事態が非常に憂鬱なものだから、である。

 あたしは今、何故か学園風雲児こと楯髪先輩と一緒に、自宅への帰路についている。その上、その後ろになにやら不審な人が付かず離れずでくっついてきていたりもする。これから何が起こるのか、あるいは、ろくでもないことしか起きらないだろう事を思うと、とにかく憂鬱が加速する。

 何故こうなった、という事の発端は、いつもの通り先輩の発案である。

『最近、うちの学校の周りで不審者が徘徊しているらしい』

 という、ありていにいえばどの地方においても年に一度や二度はある類のものが、最近のうちの学校にも起きていた。しかも、これがどうもとにかく女子を狙って襲い掛かっている、という趣旨の話が現在学校中に噂として広まっていた。 

 だから、今日の部活帰りに先輩がこう言ってきた。

 

「あなた、今日からしばらくは楯髪と一緒に帰りなさい」

 

「……え?」

 楯髪、と言われてあたしはきょとんとしてしまった。

 えーと、楯髪って言うと。

「楯髪って楯髪先生ですか? それは確かに助かりますけど、でも、先生方も最近は見回りとか、してるんじゃないんですか? いや、そもそもなんで先生を呼び捨てに?」

 あたしの言葉に、先輩は少し苦笑いする。

「フフ。その楯髪、じゃないわよ。いくらわたしがあのせんせを嫌ってるからって、長幼の序を無視して呼び捨てにするわけないじゃない。どこに耳があるか分からないんだからね。言うでしょ? 壁に耳あり障子にメアリさんって」

「言いません」

「そう。まあ、ここは呼び捨ての時点で違うって気付いて欲しい所ね。さて、楯髪先生じゃない楯髪って言ったら、ほら、他にもいるでしょ?」

 他の楯髪、と言われてあたしは更にきょとんとした。

 えーと、他の楯髪、と言うと。

「一年の楯髪未来さんですか? …もしかして、あの子のあたしが護衛するんですか? そりゃ、あの子は学園ランキングでも妹にしたい子ナンバーワンとか取ってますし、いかにも可憐そうで狙われやすいかもしれないですけど、でもその役は、あたしには荷が重いというか、はっきり無理ですよ? 腕っ節に自信なんか無いですし」

 あたしの言葉に、先輩が呆れ顔で笑う。

「ハハ。そんな無理難題、いくらあたしでもあなたにさせるわけないでしょうが。それに、そっちの方は大丈夫よ。彼女にはちゃんと送ってくれる彼氏さんがいるから」

「そうですか。ってそれ、学校内に駆け巡ったら男子の人に衝撃走りまくる、大変な情報なんじゃないですか?」

「そう? あたしにはそれはどうでもいいからどうでもいいわ。で、楯髪ったら、一番有名なのはあの楯髪でしょ? 言わなきゃ分からないってこと、無いわよね?」

 有名な、あの、楯髪。そこまで言われる人となると。

「楯髪先生ですか? でも、先生方には見回りとか」

 あたしの言葉を途中で遮り、先輩が呆れ顔を深くして笑う。

「ハハハ。あなた、思考がループしてるわよ? まあ、意図的に答えに辿り着きたくないのかもしれないけど、ここでいくら粘っても行く末が変わるわけじゃないんだから、すっぱり諦めて思い出しなさい。こう言ったらいいのかしらね。楯髪は楯髪でも、あの楯髪朔乃よ」

 楯髪朔乃。ああ、となるとやっぱり。

「“あの”楯髪先輩、ですか。学園ランキング友達になりたくない、恋人にしたくない、出来れば会いたくないの三冠王の、あの」

「やっぱり知ってるわよね。ええ、その楯髪よ。あなた、会った事とかはある?」

「……。一応、あります。あの人、有名人ですから」

 先輩は「そう」とだけ言って、話を続けだした。

「で、その楯髪なんだけど、実は彼女、私のクラスメイトなのよね。それで、最近、ウチの学校の周りが不審者騒動で物騒でしょ? 一応、警察や先生方とかの他にも、生徒会に風紀委員も警戒してるみたいだけど、一向に捕まる気配が無いし。だから、彼女にあなたの護衛を頼んだわけ。ということで、今日から楯髪と一緒に帰りなさい」

「先輩、わりと話がすっ飛んでる気がするのはあたしの気のせいですか? 物騒なのは分かるんですが、それならあたしも先輩達と一緒に帰ればいいだけじゃないかなあ、とか護衛なんていらないんじゃあ、とか思いますよ」

「私と鹿野子ちゃんは、方向が同じだから筏島君に家の前まで送ってもらえるけど、あなたは方向の問題で最終的には一人で帰らないといけなくなるじゃない。その間が、危ないじゃない? 楯髪の家はあなたの家と同じ方だって言うから、丁度いいと思うのよね」

「それはそうかもしれないですけど……。それなら楯髪先輩だって、最終的に一人になっちゃうんじゃないですか? そっちの危険はいいんですか?」

 そう言うあたしを、さも愚か者を見る目で先輩は見て、一笑に付した。

「ハッ。この辺りで楯髪を襲うヤツなんてもぐりよ」

「もぐりとかあるんですか……」

 あたしの疑いの混じった視線を、先輩はやはり一笑に付して答える。

「楯髪、この界隈ではかなりの有名人だもの。趣味でやってる用心棒まがいのお仕事で色々厄介を掛けてるから、警察にも顔を知られてるし、ちょっと後ろ暗い事のある人たちにも、軒並み『あいつに関わるな、ろくなことにはならない』っていう意味で知られてるのよ」

「何者なんですか、楯髪先輩」

「本人は面倒事よろず請負、とかなんとか言ってるけど、まあ私から言わせればチンピラね。それも非常に性質の悪い類の、出来れば付き合わない方がいい、チンピラよ」

「ほう? 本人の面前で言ってくれるじゃないか」

 いきなり後方から声が飛んできた。あまり見たくない出来れば見たくない現実見たくないとか思いつつも、でも一応確認しないとなあ、という葛藤をしつつ、ついでに先輩に「早く振り向いてみなさい」とにこやかな無言の圧力で促され、あたしは渋々振り向いた先には、やはり当然、楯髪先輩がいた。

 扉を開いて立っている楯髪先輩は、何故か制服ではなく、上下共にジャージだった。ついでに、なにやら手には木刀のようなものを持っている。見るからに硬そうな木刀のようなものだ。なんとなく、色がくすんでいると言うか、ぶっちゃけ血を吸ってるような雰囲気すら醸し出している。更についでに頭に謎の鉢巻をしていた。文字もあって、内容はよりにもよって『必殺』である。

 はっきり言って、一種異様な風体である。これにはいつもはツッコミを入れることの無い先輩もツッコミをしてしまった。

「ちょっと楯髪、あなたと私の仲だからはっきり言うけど、その格好、正気?」

 先輩の言葉に、楯髪先輩はむっ、という顔をして反論した。

「言うほど変な格好じゃねえと思うんだけどなあ、アタシャ。それに、動きやすい格好で来いって言ったの、アンタじゃないかね」

「動きやすい服装に木刀は該当しないんじゃない?」

「ああ、それはそうか。っても、相手は暴漢だろ? 護身用のものを持ってても問題は無いだろ」

「護身用にしても、もう少し見た目があるでしょうが。そんないかにもな物持ってる女子高生がいますか」

 言われた楯髪先輩は自分の持つ木刀のようなものを見て、じっくり見て、それから言った。

「アタシがいるけど?」

 先輩はハァ、と溜息。

「まあいいわ、あなたはあんまり正気じゃないってのは分かってた事だし」

「その納得はちょっとカチンとくるねえ。正気じゃなさではアンタに負けた事無いって自負があるんだけど?」

「で、本題に入るけど、今日から私のとこの部員ちゃんと一緒に帰ってもらうって話、してたわよね?」

「無視すんな! 付き合えよ! 無駄に迂遠でグダグダで面倒な会話しようよ!」

「はいはい。で、この子が、その部員。一応、会った事はあるのよね?」

「……。えーと、この子かい? うん? うーん。うーん。うん。ああ、確かに見たことある顔だね。何時だったかはちょっと思い出せないけど、まあいずれ思い出すだろうよ」

「なら、紹介は不要ね。じゃあ、今日はもう帰りましょうか。筏島君達ももう校門前にいるみたいだから、合流しましょ」

「そうだねえ。じゃあ、帰ろうかね、キミ」

「……」

 そういう事になった。

 

 あたしがちょっと前の記憶を思い出して再度げんなり、ついでに道行く人にじろじろと見られている状態――高身長、ジャージ、木刀の三点セット状態の楯髪先輩が浮きまくっているのだ――にもうんざりしていると、楯髪先輩が小さめの声で話しかけてきた。

「キミキミ」

「なんですか?」

「おっと、こっちは見ずに」

 前を向いたままの楯髪先輩の要請どおり、前を見たまま小声で聞いた。

「……なんですか? っても、大体なんなのかはわかりますけど」

「おお、思ったより勘がいいねえ、キミ。じゃあ、どういう事態か言ってごらん?」

「……思いっきり尾行されてます。どこのどなたかは存じませんけど、たぶん例の暴漢ですね」

「ご明察。さて、こうなったらばどうしようかねえ」

「とっとと家に帰るか、警察に連絡しましょう」

 はあ、と溜息を吐く楯髪先輩。

「0点だね。ここは誘い込んで不意を打って、打ち倒すべきだよ。それが100点の答えだ」

「それ単なる楯髪先輩の趣味ですよね。そんなのには付き合いきれないんで、帰りますよ、あたし」

 あたしが毅然とした態度でそう言うと、楯髪先輩はやけに嫌な笑みをした。まるで、先輩を見るかのような、そんな底意地の悪い笑み。

「アタシとしてはね、ここであんたを放っておく事も出来るんだぜ? そうしたらどうなるかなー?」

 そうなると、暴漢があたしに向かってくる可能性が出る。楯髪先輩の格好が格好なので、うちの学校の生徒には見えない。そして生徒を襲っているという暴漢なら、あたしの方に来る目は高いと言える。

 あたしは壮絶に溜息を吐いた。

「そんなこと言われたら、どうしようもありません」

「なら付き合いな」

 

 大通りをまっすぐ歩いていたあたし達は、突如路地裏に向かって走り出す。

 一瞬振り向いて見たら、背後の暴漢は呆けることも無く走って着いてくる。

 あたし達は、路地裏へ入るとそのまましばらくまっすぐ走る。

 後ろがきっちり走って追いかけてくるのを確認しつつ、である。それからまっすぐ走り続ける。

 とみせかけて、突如横道に逸れた。

 そして、その場で反転。追っ手を待ち構える。

 走ってきた追っ手が、角を曲がって来る。そして、待ち構えるこちらに驚き、止まった。

「っ!」

「よお、暴漢さん。何を驚いてんだい? ……、って、あれ?」

 楯髪先輩はすっとんきょうな声を上げる。それも当然だ。登場した暴漢と思しき人物は。

「女、だあ?」

「……」

 女性は、口を開くことなく、ただ楯髪先輩を睨みつける。その射抜くような視線に、楯髪先輩は獰猛に笑い返した。

「いいねえ、その目。そういう目で恨み辛みの入った目で見られたってのは、久しぶりだよ」

「恨み辛み、って楯髪先輩、この人に心当たりあるんですか?」

 問いに、楯髪先輩は首を横に振る。

「いや、見たこと無い顔だけど。それに男ならかなりの数で心当たりはあるけど、女にゃねえ」

「覚えてないのも、無理はない」

 静謐の中に響く鈴の音のような声。涼やかである。なのに、それには人が持ちうる黒い感情を高純度で溜め込んでいるような、嫌な澱みがあった。謎の女性は、確かに楯髪先輩に悪感情を持っている。

 声が、裏路地に響く。

「阿戸津流。覚えは?」

「無いねえ。なんの流派だね?」

「これ」

 そう言って、謎の女性は手にしていたものを突き出してきた。楯髪先輩にそれの先が向かい、額の前という所で止まった。額の鉢巻の布一枚、というレベルでのギリギリで止まっている。

 女性の突き出したものは、棒である。棍、と言ったほうがいいか。

 楯髪先輩は目の前に、というか額を紙一重で捉えられ、いきなり突き入れられたにも関わらず、動揺することなく、ただ困った顔になる。

「棒術? んー、ますます覚えがないねえ」

「そう。なら」

「ああ」

 言うなり、楯髪先輩は手にしている木刀を所謂正眼で構える。対して、謎の女性も後ろに飛んで距離を取ると、棒を構えた。

 どう考えても、今から一戦交える形である。

 あたしがまだ、二人の間にいるのに。

「あの、」

 という言葉が、図らずも開始の合図になってしまった。

 棒の鋭い突きが、あたしの横を通り抜ける。あまりの速さに、通った、くらいしかあたしには認識できない。

 その突きを、楯髪先輩はあるいはかわし、あるいは木刀で受けて対処する。二合、三合と打ち合った辺りであたしは叫んだ。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 待ってはくれない。打点の低い突きが、あたしの左足スレスレの位置を通り過ぎる。それを、楯髪先輩はあたしの影に隠れるように避ける。そして、そのまま棒のある方とは反対側、つまりあたしの右半身の方に出て、接近を試みる。

 だが、謎の女性の棒を戻すスピードの方が速い。そして、戻した棒を再び楯髪先輩に向けて突きこむ。これも楯髪先輩はあたしを盾にするようにして、避ける。そして今度も突きのあった方の逆から体を出す。

 と見せかけて、突きのあった方の半身から出るフェイント。だが、これは読まれていたのか、突きが楯髪先輩めがけて(当然、あたしの至近をめがけて)飛んでくる。楯髪先輩はそれを木刀で受けて難を逃れる。そして、楯髪先輩はあたしの背中にぴったりとくっついてきた。

 硬直状態になる。女性があたしを回り込むように動けば、楯髪先輩もその動きに合わせて、あたしの周りを回る。そして、決してあたしから離れようとしない。

 少しの間、緊張に満ちた空気が辺りに広がる。

 それを破ったのは楯髪先輩だった。

「どうした? 突いてこないのかね?」

 挑発とも取れる言葉だが、謎の女性は冷静に答える。

「突けるわけが無い。それより、そっちは、そのまま前進させないのか?」

「いやあ、たぶん言ったら怒るだろうからねえ。それに、そうしたらさすがに突いてくるだろ。となるとそれは無理だ。これが精一杯だよ」

「そうか」

「そうだよ」

 なんだか、お互いに意思疎通しているみたいだけど、あたしには会話の意図が理解できない。

 なので、

「ちょ、ちょっとホントに待ってください!」

 と再度叫んでみた。今度は動きが無いからなのか、聞き届けてくれたのか不明だけれど、楯髪先輩が聞き返してきた。

「あん? どうしたね」

「あのですね、どうもあたしはお二人の邪魔になっているようなので、退避しますからこの手合わせ、ちょっと待っていただけませんか?」

 あたしの懇願に、楯髪先輩は耳を傾け、うんうん頷き、言った。

「大丈夫だぞ。次で決めるから」

 いや、離れてからにしてください。

 という言葉は出せなかった。その前に動かれたからだ。楯髪先輩はあろうことか、あたしを謎の女性に向かって押し込んできた。不意を完全に突かれてしまって、あたしはたたらを踏んで、謎の女性側に、一歩、二歩。

 三歩、で止まったけれど、謎の女性の懐近くにまで移動してしまった。そのまま当たってしまう、と思ったが、謎の女性の方が先に動いた。あたしに当たらないよう、一足飛びに後ろに下がり、あたしの両横に視線を送る。

 と、あたしの耳に声が聞こえた。

「すまんね」

 同時に、あたしの体は屈まさせられ、肩に足を掛けて、あたしの上を楯髪先輩が跳ぶ。

 人の身とは思えない、大跳躍。痛みより先に、驚愕があたしを包む。

 しかし。

「甘い」

 謎の女性はその動きを予測していたのか、空を行く楯髪先輩の落下点に地帯なく狙いを定め、突きを入れる。

 刺さる。そうあたしが思った次の瞬間。

「甘甘っ」

 太陽を背にした楯髪先輩の影が、謎の女性の体に掛かった。と同時に、突如謎の女性の動きが止まる。突きも当然止まった。その隙に、楯髪先輩は着地。まだ動きの止まっている謎の女性の首に木刀を突きつけた。

「これは、アタシの勝ちかね」

「……、くそ」

 勝敗が決した。


「で、いいんですか、あのまま帰しちゃって」

 あたしは楯髪先輩にそう尋ねた。楯髪先輩は勝利した後、謎の女性を尋問する事も、警察に不審者として突き出すこともなかった。ただ、

「次からはちゃんとアタシだけを狙いなよ?」

 と言ってその場を離れたのだ。

 あたしとしては、色々他にも言いたいことはあったのだが、あっさりと見逃した事に対しての疑問がそれよりも大きかったので、上のように尋ねたのだ。

 楯髪先輩の答えは、あたしには良く分からないものだった。

「その方が面倒くさそうじゃないか?」

「……は?」

「だからさー、名前も所も良く知らないやつに襲われる、狙われるって、対処しにくくて面倒だろ? それがいいんじゃないか。警察になんか渡してみろ。居場所も名前も分かっちまうし、裁判とかで懲役食らわなかったにしても、しばらくは警察にお世話になって、アタシを襲うどころじゃなくなるぞ?」

「それが嫌なんですか?」

 あたしは信じられないって顔をする。楯髪先輩は、その顔が信じられないって顔をする。

「当然だろ? アタシャ、面倒事が大好きなんだからね! あんたをあいつとの戦いの場に残したのも、そういう理由だよ? いやあ、なかなか近づけなくて大変面倒だったな」

「……そうですか」

 あたしは、まるで理解できない理屈に巻き込まれて、閉口するだけだった。

 その後、その謎の女性は幾度も楯髪先輩を襲い、今でも狙っているという話を聞いて、あたしはなんだかなぁ、と思うのだが、それは余談である。

 

[] 『間違い下校風景』についてのエトセトラ  『間違い下校風景』についてのエトセトラ - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 構想一日、書くのに一月ちょっと、実働5~6時間くらい。今現在、絶賛WAAAAANNABEEEEEE中なので、だいぶ凍結気味だったが、そっちのめどが立ってきたのと、息抜きの為に残りを一気に書いてみた。ノリが違う所があるとしたら、たぶんそのせい。

 本当は楯髪三姉妹編として、前後編構成を考えていたのだけれど、なんとか一話で収まった。一応、一回読みきり形式を崩すのはいやいやだったけど無理そうとか思ってたので、それが何とかできた、というのはなんとなくすきるあっぷしてるのだろうか。だったらいいなー。

 楯髪三姉妹編としては一応、その前後編構成の後編をまたちゃんと形にしたい。できたらいいなー。

2009-10-31

[][] 「その日の帰り道」  「その日の帰り道」 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 プール掃除が終わり、あたしは筏島君と一緒に帰っていた。今日は日曜日だけれど、では何故筏島君もいるのかというと、この間の体育館での騒動のペナルティとして、あたし達女子勢がプール掃除だったように、筏島君と酒本君の男子勢は草抜きを命ぜられていたからだ。

 ちなみに、筏島君の家はあたしの家とは方角が真反対なほど違うのだけれど、今日はなんとはなしに一緒にあたしの家の方へ帰っていた。あたしがちょっと風邪気味で熱を出してるのを筏島君が心配したのと、あたしと筏島君との間がぎくしゃくしてるのを知っている先輩達が、無言の圧力を筏島君に掛けた結果だ。

 帰り道の途中、二人でぽつりぽつりと話はしていたものの、あたしが熱があるのもあり、いつものように盛り上がる事も無く、ある程度話す事を話してしまった後は無言の時間が続いていた。

 どうにも気まずい。

 二人の時間が嫌、というわけでは全然無いし、話が盛り上がらなくてつまらないということも、そんなには無い。でも、どうにも気まずい。しかし、気まずいのを打開しようにもどうにも頭がボーっとして、いい案がまるで浮かばない。それは向こうも同じなのか、筏島君も何か言いたそうにしては、その都度口ごもるのを繰り返している。

 沈黙のまま、夕日の中を共に歩く。先行する筏島君の後を、ちょっとだけ遅れてあたし。互いに互いをチラチラと盗み見ては、視線を外す。ぱっと見ではお互いが一緒に帰っているのをはにかんでいる、なんとなくいい雰囲気といえないこともない状況ではある。たぶん、あたし達の内情を知らない人達からは、実際にいい雰囲気に見えているだろう。内実は違うんだけど、まあ端から見てる人に内実まで知れというのは無理な事だ。

 あたしは何気なく夕日を見る。沈み行く太陽と、その影響で様々な色を見せる雲。いつもは白い雲だけれど、今は暗くも美しい色合いだ。単純一辺倒の晴れでは見られない、空のステージ。こういう光景を、学校帰りに見れるような時期になったんだなぁ。現実逃避は楽しいなぁ。

 と、そんなことを考えているうちに、あたし達はあたしの家がもうすぐの所まで来ていた。

 そこで、筏島君が立ち止まって辺りをキョロキョロとして確認する。明らかに不審な行為だけど、周りにはあたし達しかいない。あたしも、それどころでないくらいに頭がボーッとしてきたので、とりあえず率直に聞いてみた。

「どうしたの?」

「ん、いや、大したことじゃない。周りに人がいないか確かめただけだ」

「なんで、そんなことしたの?」

「ん、いや、これも大したことじゃない。ちょっとあんまり人に聞かれたくない話を、君としようと思ったから」

「何の話?」

「ん、いや、その。そのだな……。この間の、ことなんだが」

 言った筏島君の顔がたちまち曇る。どうやら、あたしの顔が一気に険しくなったのを見てしまったようだ。ついでに、筏島君はさっきまでの会話みたく、またしても口ごもってしまった。

 筏島君のしりごみに、カチンときた。だから、あたしはそこで口ごもらない。

「この間って、体育館でのあれだよね。あなたがキスしてきた事。いきなり、人がたくさん見てる中で、唇を奪ったきた事」

 あたしが視線を向けて強い調子でそういうと、筏島君は視線を逸らして、それから耳たぶをいじりながら、

「……ああ。それが原因、だろ」

 と言ってきた。

「原因?」

 あたしがおうむ返しすると、筏島君は耳たぶいじりをしながら、つぶやくように言った。

「最近いつも、俺に対して冷たいというか、ちょっと距離を置いてる原因が、その」

 カチンときているあたしは、口ごもらない。

「キスした事だって言いたいわけね」

「ああ」

 素直に頷く筏島君に対し、あたしは盛大に溜息を吐いてやった。

「はあー」

「なんだよ」

「はああー」

「だからなんだよ、その溜息は」

「筏島君さぁ、本当にそう思ってるわけ?」

「え?」

「だからさぁ、自分が冷たくされてるっぽいのが、あの時キスしたことにあるとか、本当に思ってるわけ?」

「そうだ。そうだ、けど、……違うのか? 他に思い浮かばないんだが」

 またぞろ素直に答える筏島君に対し、あたしはまたぞろ盛大に溜息を吐いてやった。

「はあああー」

「だーから、なんだよ」

「分かった。良く分かったよ。あなたが何も分かってないことが、よーく分かった」

「分かってない、って何がだよ」

 そうのたまう筏島君に、あたしは「うーん」とか「そうかぁ」とかちょっともったいぶってから、余裕の笑みを顔に浮かべておいて、言った。

「知りたい?」

 筏島君はあたしの笑顔を見て、何故か妙な顔をして一瞬黙りこくったけれど、一つ頷いて、口を開いた。

「知りたいというか、……できれば仲直りしたい所だ」

 よろしい。それはあたしもだ。微妙に牽制しあうのは今日で終わりにしたい。

 だから、あたしは言う。

「なら聞かせてあげるよ、その理由。だから、ちょっとこっち来なさいよ」

「別に近く無くてもいいだろ。今のところは、周りにそんなに人がいるわけじゃないんだし」

「いいから」

 あたしは胡散臭げにしている筏島君の手を強引に引っ張って、あたしのすぐ近くまで引き寄せた。

「っと、あんまり強く引っ張るなよ。……だからさ、なんなんだよ、怒った理由は」

 彼我の距離を確認する。これはちょっと。

「……届かないな」

「なんだって?」

「ちょっと屈んで。目線合わせなさい目線」

「なんでだよ」

「いいから屈めこの無駄ノッポさんが。理由、聞きたくないの? 仲直りしたくないの?」

「あーもう、分かったよ」

 そう投げやりに言って、筏島君は屈んでくれた。目線が合う高さにまで屈んでくれたので、目と目が合う。その顔は、どうやら照れくさそうで、でも真剣な目であたしを見ていた。

「屈んだぞ」

「ありがと」

 そう言って、あたしは筏島君にキスをする。最初はなにをされているか分からなかったのか、筏島君は微動だにしなかったけど、あたしが唇を離す頃には何があったのか気付いたようで、屈んだ態勢から立ち上がって、ちょっと声を裏返らせた。

「なっ、おま、ちょっと、どういう」

「ねえ、どんな気分」

「気分ってお前」

「どんな気分かって聞いてるの」

 あたしの問いに、筏島君はあーとかうーとか意味の無い言葉を出す。上手くまとまらないみたいだ。

 じゃあここはひとつ、核心を聞いてみよう。

「ねえ、もしかして、……嫌、だった?」

 あたしはちょっと拗ねた所を見せつつ、そう聞いた。途端に筏島君はぶんぶんと顔を左右に振る。

「そういうことはない。そういうことはないぞ。びっくりはした。けど、……嫌ではない」

「そう。そうでしょ? あの時のあたしも、嫌じゃなかった。ちょっとびっくりしたけど。でも、あのキスの後、体育館裏まで連れ出しておいて、筏島君はなんて言ったっけ?」

 あたしが筏島君に記憶の確認を促す。目線は鋭利に、口元は引き結んで。さっきの拗ねた所なんて一切見せない。あたしの表情の変化に、筏島君もこれはまずいという表情になり、視線を宙に彷徨わせて記憶を洗う。そして、おずおずと、思い出したことを口にした。

「……確か、忘れてくれ、だったか」

 あたしは顔をきつめの表情に変貌させて、記憶があいまいになっている筏島君を睨む。

「違うよ。『ごめん、あれはちょっとした気の迷いというか、気持ちが昂ぶってその……、とにかく忘れてくれ』だよ」

「……」

 押し黙る筏島君に対し、あたしは追撃の手を緩めない。

「そう言われたあたしの気持ちを考えた事、はないよね。何が理由であたしが微妙に距離取ってたか分かってなかったんだから」

「……はい」

「あれはあなたとしては気の迷いでやってやり捨てて忘れたい事かもしれないけどね。そりゃあ、場面が悪いとか、衝動的に過ぎるとか、問題点もあったし、言いたい事が分からないでも無いよ。でも、それを上回る量でさ。

 あたしは……とっても、嬉しかったんだよ?

 男の人とキスなんて初めてだから、軽いキスでもされた時は一瞬何がなんだか分からなくなって、それから、あなたがしてくれた事が嬉しくて嬉しくてついでに恥ずかしくて心臓バクバクいってさ。その上でその後で体育館裏に呼ばれた時は、きちんとしてくれるのかと思って胸が弾んだのよ、夢心地だったのよ? それなのに、あなたの口から出たのは『忘れてくれ』だなんて言葉だった」

「いや、あれは決してそんなわけじゃあ」

「じゃあどういうわけだったのよ、あの言葉は」

「……」

 またも押し黙る筏島君に対し、あたしは溜息で答える。

「はあ。まあ、いい。これであたしがなんであなたに対して距離とってるか、分かってもらえたと思うから、それに対してのあなたの反省の行動が見たいね」

「……行動?」

「あなたから、キスして」

 筏島君はまたまた押し黙る。ここは、あたしも睨んだりせず、むしろにこりと笑って、黙って筏島君の動向を見守る。無理強いする場面ではなく、筏島君の反省の度合いを見る場面だからだ。状況的にかなりの無理強いな気もするけれど、それはそれ。

 筏島君はしばらく天を仰いだりして逡巡していたけれど、あたしの笑顔に冗談の気配が無いことにやっと気付いたのか、溜息を吐いて、言った。

「分かった。……するよ。それで機嫌が直るんだな?」

「うん」

「じゃあ……」

 筏島君が屈んできた。また目線が合う。今度はさっきよりも遥かに照れた顔をしている。

 その顔が接近してきて、あたしは自然に目をつぶり、

「いやー、若いっていいねえ」

 

「「うおわっ!」」

 あたしと筏島君は同時に声を上げて、慌てて距離を取った。

 誰だ! と周りを見ると、いつの間に登場していたのか、楯髪先輩があたし達のすぐ側にいた。にやーっと、かなり憎たらしい顔をしている。

 あたしは、努めて冷静に楯髪先輩に話しかけた。

「たたた、楯髪先輩。な、な、なんで。せ、先輩達とかか、帰ったんじゃあ?」

「なんで、ってアタシん家、こっちの方向だし。にしてもアンタたち、隙だらけだよ。好き好きしてるだけに」

「いや、全然上手く無いです」

「ツッコミ入れる時になると途端にいつもの調子なのな、アンタは」

「というか、何時から見てたんですか、楯髪先輩! 最初からですか、最初からなんですか! アタシと筏島君がキスしたの、見てたんですかっ!」

「落ち着きねい。アタシが見てたのは、アンタが嬉しかったがどうだか言ってた辺りだから。というか、一回キスしたのにまたするのかい? いいねえ、好きあってるってのは」

「うわあ、墓穴!」

 楯髪先輩はあたしの醜態にひとしきりゲラララと笑い、それから筏島君に尋ねた。

「シマ君や、仲直りは出来たのかい?」

「えーと、その最中でした」

「そうかい、そりゃ悪い事したかもね。ああ、なんだったら、今から続きしたらどうだい」

「台無しにした人が言いますかね、それ」

 筏島君のツッコミに、楯髪先輩はゲラララと笑うことで答えて、「じゃあ、また」と言って現れた時と同じように唐突に去っていった。

 二人、取り残される。あたしが呟いた。

「何がしたかったんだろ、楯髪先輩」

 筏島君も呟く。

「偶然だろ、単に」

「そうかぁ」

 あたし達の間に、なんとも言えない空気が流れる。するとなんだか、さっきまでのあたしの言動が全て恥ずかしくなってきて、顔が熱くなってきた。ついでに熱が何℃か上がったようにすら思える。

「帰るか」

「うん」

 筏島君の言葉に頷き、あたしは家の前へと歩いていく。

 と、あたしの手を筏島君が引く。

 何? と振り向いて言おうとした瞬間、唇がふさがれた。

 しばらくそれが続いて。

 唇が自由になると、何か言おうとしても口がパクパクするだけで何も言えないあたしは、なんとなくいたたまれなくなって俯いてしまった。なんか、顔がやたら熱い。さっきよりも更に熱が上がったのかな? というくらいに熱い。

 ちらり、と筏島君を見れば、そっちも顔を赤くして耳たぶをいじっていた。

 その筏島君が、呟くように言った。

「えと、これだけは言っとく」

「な、何」

「さっきの君の笑顔さ」

「う、うん」

「……部長そっくりだったぞ」

「……帰れ」

 そういう空気の読めない筏島君も、あたしと同じ期間、風邪で学校を休んだらしい。

[] 『その日の帰り道』について  『その日の帰り道』について - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 『VSプール掃除』の後の話。『VSプール掃除』が書き終わってからしばらくして、ほぼ同時期に二つくらいの話の案が出来たのだけれど、どっちも平行して書いてたら時間を食った上にもう片割れの完成はまだ未定というこの諦念……。今回は大体12時間くらいで書けたと思うが、ちまちましすぎた為に一ヶ月以上期間が開いてるんだよなあ。反省せねばならないところ。

 良く考えると、このシリーズで“先輩”が出てないのは初だった。書いてて気がつかなかった。あの人、基本的にデウス・エクス・マキーナってやつだから、出てくるとわりと問答無用力が出てしまう、とか感じてはいるので、今回みたいな話ではわりと出番が無いのかもしれない。

 次のは、出来れば近いうちに、と言っておきたい。予定は未定なんて言葉は便利だなー。