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小説蛾螺倶璃砦

2012-11-09

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 終 “事件の後で”  『二人なあたしと宝石の事件』 終 “事件の後で” - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

「この間の事件、悲しい事件だったわね」

 占術部部長、蝿原静音が厳かにそう言った。対して、部室にいる三人の部員の発言は冷ややかだった。

「そうでもないでしょう。結構いい話で終わったんじゃないですか?」

「悲しいのはむしろうちの部ですよねー」

「結局、得る物がほぼなかったしな。俺なんてぶちのめされただけだからマイナスだよ」

「ノリが悪い子達ねえ。ここは付き合ってくれてもいいでしょう?」

 静音が、部長の字の書かれた三角錐を置いた机の上に座り、ぶらりぶらり足を振る。

「でもまあ、いい話にはなるわよね。おかげで空手部はいい目にあったわけだし」

 〝魔王の赤瞳〟事件は意外な形で幕が下りた。宝石を持った白夜は、学校ではなく警察に直接宝石を持ち込んだのだ。その事で、白夜は表彰を受ける事になり、空手部にもその影響で貢献ポイントが振り込まれた。つまり色々安泰であったわけだ。

 しかし、そのおこぼれを我が占術部は受け取れなかった。

「学校に持ち込んだ場合のみでしょ?」

と英美は言って、譲らなかったのだ。実際、表彰を受けた時のポイントは、一万ポイントに比べれば微々たる程度だったので、それを分けるのを嫌がったのだ。

 ぶらぶらぶらぶら足を揺らす静音。そして溜息を何度も何度もしつつ、静音は呟く。

「犯人逮捕の栄誉も得られなかったし」

 宝石強盗の犯人は、あの後最初に気がついたらしく、澄加が到着した頃には既にその姿は無かった。だが、縄で縛られた状態だったのもあり、街中に下りてすぐに警戒中の警察に捕まったのだ。その為、犯人逮捕による貢献ポイントも得られなかった。

 まさに骨折り損のくたびれもうけ。ゆえに、静音はちょっとばかり落ち込んでいる。

 そんな静音を、鹿野子が慰める。

「でも部長、結局勝負がお流れになったんだから、まだ良かったじゃないですかー。というよりは、楯髪がウチの部に絡んでこなかっただけで、鹿野子は大満足な結果ですよー」

「まあそうね。こっちが顎で使われる事がなくなっただけでも、良しとしましょうか。でも、楯髪、顎で使いたかったなあ」

「先輩、あんまり趣味の良い発言じゃないですよ、それは」

「楯髪も、きっとそう思ってるだろうから、おあいこよ。……さて」

 静音はおもむろに服の内ポケットをまさぐってから紙を取り出し、言った。

「カミサン、帰れる方法、見つかったわよ」

 突如の宣言に、ぼんやりと座っていた澄加の体が跳ね起きる。

「ほ、本当にっ?」

「ええ。最後の手段だったんだけど、おじい様に聞いたら分かったわ。色々面倒だから省いて言うけど、とりあえず帰り道をきちんと用意してなかったのが敗因だったらしいの。それを今回用意したわ」

 そう言って、紙をひらひらさせる。

「それで、帰れるの?」

 おずおず聞くカミサンに静音は優しく頷く。

「ええ。でもこれ、何かした後じゃないとって、制限があるのよね。何かカミサンにしてもらうことはあるかしら?」

 静音が面々を見て言うが、誰もが首を横に振る。

「してもらう、って言っても、カミサンスよ?」

「今まで見たのがー、棒倒し占いと念力程度じゃあ、頼める事が限定されますしー」

「確かに、カミサンその程度だものねえ」

「なんだ、こき下ろしたいだけか、あんたら」

 カミサンが澄加の目をジト目とする。アハハと静音は笑ってそれをいなす。

「実際問題、私達には今カミサンにしてもらう事ってないのよねえ。依頼でもあれば別だけど」

 そこに、扉にノック音。来客だ。

「どうぞ」

 静音が入室を促す。入ってきたのは。

「あら、未来さん」

 楯髪未来だった。制服姿でも可愛らしさが減じていない。しかし、どこか焦りが見える。それに気付いた静音が、水を向ける。

「何か、御用かしら?」

「えーと、聞きたい事がありまして。いいですか?」

「もちよ。千客万来よ、うちは。まあ、中に入っていらっしゃい」

「失礼します」

 すすっと、未来は入室する。そして静音の前まで行き、そして机をバン! と叩いた。

 いきなりの展開に、流石の静音もびくっと身をすくませる。

「い、一体何よ。怖いわねえ」

 少し怯えの入った静音の言葉など無視して、未来はずいっと静音の顔に自分の顔を近づけると、張った声で聞いた。

「姉さんをどこいるか、教えてください!」

「……は?」

「姉さんです! 楯髪朔野! 静音さん、居場所知ってますよね!」

 あまりの剣幕に気圧される静音。しかし、ピンと来るものがあったのか、前のめりな未来の肩を持ち、押して距離を作ると、冷静に言った。

「私もあいつとは縁深いけど、楯髪の居場所なんて逐一知ってるわけじゃないわよ。今日とか、顔すら合わせてないし。というか、授業にも出てなかったわね、そういえば」

「知らないんですか?」

「全くね」

 そう聞いて、未来は肩を落とす。なにやら訳ありのようだ。と静音は理解し、聞いてみる。

「楯髪に何か用があるの?」

「今日はちょっと姉さん達に会わせたい人がいるんですけど、朔ねぇだけどこにもいなくて。だから困ってるんです」

「なるほどね。……そういう事なら」

 静音の顔に獲物が掛かった、という色が掛かる。良い案を思いついたのだ。

「カミサン?」

 呼びかけると、カミサンは「どうかした?」と返事をする。それを聞いて、静音は言った。

「楯髪の、楯髪朔野の居場所、例のやつで探ってもらえる?」

「お、おお! それなら出来るぞ! つまり帰れるぞ!」

「……? 何の事です?」

 怪訝な顔をする未来を、「いいから、いいから」と煙に巻きながら、静音はカミサンに促した。

「早速、やってもらえる?」

「いいとも!」

 早速ボールペンと紙と下敷きを用意するカミサン。

「特徴は大体知ってるから、聞かなくても大丈夫だぞ」

 そう言って、すらすらと特徴を紙に書きつける。そして書き上がったそれをボールペンにまきつけ、下敷きに立てて、倒した。


「ここだね」

 倒されたボールペンの方向に進む事、十分程。占術部の面々と未来は、屋上へと辿り着いていた。そしてそこにはベンチに寝そべる朔野の姿が。

「朔ねぇ!」

「んがっ」

 未来の声に、朔野は変な声を上げて目覚める。目をしばしばとして、口元の涎を拭う。

「んあ、未来? どうした?」

「どうした、じゃないよ! 今日は私の彼氏に会う約束でしょ!」

「あ、ああ、そうか。いやあ、陽気が良いもんだから、ついつい昼寝してたよ」

「あんた、朝の授業からずっといなかったでしょうに。何が昼寝よ、寝過ぎだわ」

 静音の言葉に、朔野はアハハ、と笑う。

「そういや、そうだね。でもさ、こんな陽気の日に授業なんて苦行じゃないか?」

「楯髪せんせが聞いたら激怒しそうな事言わないの」

 暢気に会話する二人の間に、未来が割って入る。

「それより朔ねぇ、もう大分待たせてるから急いで来てよ。京ねぇも待ってるんだから」

「ああ、はいはい。分かった分かった急かすな急かすな。じゃあな、ハエと愉快な仲間達」

 そう言うと、未来に引かれるようにして、朔野は去っていった。

「さて、これであたしも帰れるね」

 カミサンが澄加の口でそう言う。静音が頷き、紋様の書かれた紙を取り出した。ついでに小さいナイフも取り出し、前にしたように指先を軽く裂く。そこから染み出した血を紙に落とす。

 すれば、血が紋様を彩り、赤くする。そして光。

「これに触れば、帰れるわよ、カミサン」

「そうかい」

 そう言って、カミサンは紙に触ろうとする。しかし、その手が止まる。

「……。

 どうしたの、カミサン?

いやさ、短い間だったが、迷惑掛けてすまなかったね、澄加。思い返せば、本当に迷惑を掛けたって、思うよ。

……そんな今更な事言うわけ?

いいじゃないか、言わせてくれても。一心同体だった仲じゃないか。

……まあ、迷惑だったけど、面白い経験だったよ、一心同体。

そうかい。そう言ってくれると、なんかマシな気持ちだね」

言うだけ言うと、カミサンは紙に触れた。

光が大きくなり、眩くなり、しかし、それはほんの一瞬。すぐに収まり、後には何も残らなかった。

覚が一息つける。

「これで、伊藤さんも面倒な状態からは解放された、ってわけか」

 鹿野子が言う。

「そう言いつつ、ちょっと勿体無いとか思ってんじゃないの、シマ? 先輩と気軽に話せる口実がなくなったもんねえ」

「そんなのが無くても普通に話せるってんだよ」

「それが強がりじゃなきゃ良いけど」

「あんだと?」

 はいはい、と静音が拍手を打つ。

「言い争いは後。殺気の光を見て物見遊山の人が来たら困るから、とっとと退散しましょう。……、澄加ちゃん?」

 静音は先ほどから動きが無い澄加に話しかける。

「とっとと帰るわよ? それとも、もうちょっと感傷に浸りたいのかしら?」

「えと……その……」

 妙に歯切れの悪い澄加に、静音は嫌な予感を覚える。

「澄加ちゃん、もしかして」

「えと、その……」

 口ごもっている澄加の口が、しかし次には明快な言葉を発した。

「その、もしかしてだよ!」

終わり

2012-11-07

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その5  『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その5 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

「さて、と」

 男を縛り上げ終わった朔野は、のびている男の上にどかっ座る。そして滔々と語る。

「あんたの失策は、せっかくこちらの動きを止めれるって切り札を、ついつい手放した事だね? すぐ引き寄せていりゃあ、アタシも迂闊にゃ殴れなかったってのにねえ」

 ハハハ、と笑ってそんな事を言う朔野に対し、白夜の縄を解いている英美が怒った。

「楯髪さん! もしそうなってたらどうするつもりだったんだよ、あなたは!」

「現実はどうだい? 助かってるじゃないか」

「……」

 揺るがない事実を突きつけられ、英美は沈黙する。それを肯定と見た朔野は催促をする。

「さて、それじゃあ貰う物貰っちゃいましょうかね。持ってきてるんだろ、〝魔王の赤瞳〟」

「……ええ」

 そう言うと英美は懐から宝石を取り出し、そして解放した白夜に、それを手渡す。

「白夜、先に行ってて」

「は、はい」

 白夜が受け取り、朔野から距離を取ろうとする。それを追おうとした朔野の前に、英美が立ちはだかり、構える。

「……おいおい、どういうつもりだい?」

「元から、踏み倒すつもりだった、って言ったらいい?」

「なるほどね。そういう事かい」

 朔野と英美は睨みあう。そこに。

「ちょっと楯髪! 良い所だけ持って行こうなんてそんなの許さないわよ!」

 静音達三人がやってきた。常夜灯の下、男達が倒れ、英美と朔野が剣呑な表情をして相対している今の場の状況を見て、三人とも混乱する。

「って、どういう状況なの、これ?」

「あれ、白夜さん、助かって?

 ちょっと待って、今あの子が宝石持ってるよ。

 え? どういうこと?」

 澄加の疑問に、楯髪が答える。

「しゃくな位簡単さ。あの子らも、宝石を狙っていたってわけだ。一万ポイント欲しさにね」

「つまり、あたし達は良い具合に利用されたって事?」

「そうよ!」

 英美は朔野から視線を外さず言った。

「あたし達空手部は弱小。だから当然施設も全然で、それで弱小のまま。だから、ここで一発大きなポイントを貰って、設備拡充して、強くなるんだ! だから、この宝石は渡さない!」

「なるほどなるほど。場合に寄ってはあたし達も倒す予定だったわけね」

 静音が変な所で納得している、その隙を見て英美は叫んだ。

「白夜、行って!」

 言われ、一つ頷くと、白夜は走り出す。

「逃がすかよ!」

 その前に朔野が立ちはだかろうとするのを、英美が蹴り一閃して間に割って入る。

「行かせると思ってか!」

続けざまに突きと蹴りを繰り出す英美の動きを、朔野は冷静にさばく。突きを、蹴りを、紙一重で回避する。英美の攻撃速度は空手部という箔以上の物がある。弱小の中でも気を吐いてきたその修練が可能とする域だった。

 だが、朔野はそれを軽々と回避する。

(流石に、この辺りで喧嘩最強と言われてないか!)

 なら、と英美は策を弄する。一端朔野から距離を取り、叫んだ。

「うらない部!」

「占術部よ」

「依頼はまだ有効だよな!」

「白夜さんを助けるって? それならもう助かってないかしら」

「まだ、この暴漢からは助かってない!」

 英美の叫びに、静音は一瞬呆けて、それからアハハハ笑い出した。

「確かにそうかもね。それに私達はまだ一回も助けてないか。いいわ、請け負ってあげる」

「先輩! いくらなんでも気前良すぎます!」

「大丈夫よ。英美さん、それなら、ポイントは折半ってどう?」

 静音の提案に、牽制しながら間合いを保っている英美は答える。

「五千ポイントあれば、こっちも十分だ。いいよ」

「成立ね、鹿野子ちゃん、澄加ちゃん、行くわよ」

「えー、マジで楯髪と敵対するんですかー!」

「元から敵対してるのよ、今回は。諦めなさい?」

対する暴漢である朔野はこちらもアハハハ笑う。

「なかなか面倒なことになってきたじゃないか! ありがとうよ、ハエ!」

「別にあんたの為じゃないんだけどね」

 そう言って走っていく静音達を横目に、朔野はまたアハハハと笑う。まるで隙だらけに。

 そこを、英美は見逃さない。倒せるなら自分の手で。そう考えて気合一閃。

「せいやっ」

 裂帛の気合で放たれた渾身の蹴りは、しかし当たると思った刹那にしゃがんだ朔野に当たらない。それどころか蹴り抜いて出来た隙を突いて、立ち上がりざまに木刀で英美の腹に一撃を食らわす。

「ぐぶっ」

 おえろえろと胃の中の物を吐き出しつつ、英美は前のめりに倒れる。

「さあ、鬼ごっこと参りましょうか!」

 鬼の如き笑みで、朔野は宣言した。


「勝利条件を確認しましょう」

 走りながらの、静音の言。それに対して鹿野子は明確に答えた。

「とりあえず、学校まで護衛出来たら勝ちですよねー」

「正確には職員室に持ち込んで、宿直の先生に渡せれば、ね。警察に直接だとポイントもらえないから注意よ?」

「途中で楯髪先輩に奪われたら負け、ですね。

 その楯髪、もう追ってきてるけど?」

「英美さん、負けちゃったんですねー。意外といけるんじゃあって思ったんですけど」

「楯髪に勝とうってのはどだい無茶な話よ。あれはもう災害レベルで強いからね。だから、あれに勝とうという考えは意味が無いわ」

 背後でフハハハ笑いながら迫ってくる朔野を感じつつ、静音がそう断言する。

「じゃあどうするんですー? このままだと追いつかれますよー? それとも誰かが足止めするんですかー?」

 鹿野子の冷静な発言に、うんうんと静音。

「とりあえず、澄加ちゃんに鹿野子ちゃん、あんた達で食い止めてもらえる?」

「言うと思ってカウンター考えてましたけど素直に無理です。わりと武闘派な覚君とかが伸されてる段階であたし達でなんとかなるわけないじゃないですか!」

「鹿野子としても、あの変人とどうにか、はごめんですー」

 両者の反発を受ける静音だったが、予想通りの反応だったからか、やはり冷静に言う。

「なに、勝てとは言ってないじゃないわよ。とりあえず少しでも時間稼ぎしてくれれば、後は私がなんとかするわ」

「なんとか出来るんですか? プランは?」

「言ってる暇は無いわね」

 その台詞と共に、背後の声とライトの光が大きくなる。

「フハハハハ! 待て待て待てよー!」

「じゃあ、頼んだわよ!」

 静音は速力を上げて疾走していった。

「うわー、なんか見捨てられた感満載!

 実際見捨てられてないかな、これ?

 あくまで感! 感だよ! 先輩に何かプランあるはずだよ!」

「だったらいいんですけどねー。で、どうします?」

 鹿野子が諦念をかもし出しながら、目の前の事態に、つまり常夜灯の下、楯髪朔野と相対する。

「おおっと、ここで時間稼ぎのつもりみたいだね! 面倒だから乗ってやるよ! ってもなあ、鹿野子ちゃんも澄加ちゃんも、殴りたくはないなあ。ないんだけどなあ」

「こっちもそんなので殴られたくないですよー。でも実際問題、鹿野子達でこの暴力魔人をどうにか、ってどうすればいいんですかねー?」

「あー、カミサン、なんとかなる?

 うーん、時間稼ぎくらいにしかならないよ?

 いや、それでいいから。

 じゃあ、やってみるよ」

 澄加の体が自然と動く。手を地面にやり、それから前へと向ける。

 そこには一面の砂利。それが、朔野めがけて降り注ぐ。

「うおおっ」

 思わぬ攻撃に怯む朔野に、続けざまに念力に寄る砂利礫をぶつける澄加(カミサン)。

「流石に面の攻撃は回避できないよね!

 やるじゃない、カミサン!」

「いたたたたっ」

 砂利を持ち上げては、朔野にぶつけるカミサン。何度も何度も、砂利礫が朔野に命中する。

「それそれそれ!」

「いたたたたっ」

しばしそうした砂利攻撃が続いたが、その状況にも変化が起きる。朔野が顔面を防御しながら、にじりにじり接近し始めたのだ。

「うわあ! 近づいてくる!

 まあこれ、痛いだけだしね、これ。どうする?

 上手く行くか、だけど策はあるよ!」

「へえ、見せてもらえるかね?」

 朔野と澄加の距離が、人一人分まで詰まる。そこで澄加は、先ほどから自分の後ろに張り付いていた鹿野子の、その背後を取る。つまり、対峙しているのは鹿野子と朔野という形になる。

 そうなった上で、澄加は言った。

「前に鹿野子を差し出すって話、してましたよね! それが今じゃ、駄目ですか?」

「ちょ、ちょっと澄加先輩っ」

 面食らう鹿野子。だがそれ以上に面食らっていたのは朔野だった。しばし呆けた顔をして、それから我に返って文句を言い出す。

「あー、そりゃ魅力的な申し出だけどさあ、タイミングが悪いよ。別の時にしてくれない?」

「鹿野子としては別のタイミングでも大変嫌なんですけどー!」

「いやいや、そこをなんとか。このまま担いで持って行ってくれて問題ないです」

「鹿野子としては、それは最悪なんですけどー!」

 鹿野子が大変嫌そうに叫ぶが、朔野はその言葉に目を輝かせた。

「担いで、か。悪くない面倒臭さだね! 鹿野子ちゃんも嫌がってるし」

「嫌がってるんだからやめろよバカー!」

 叫んで逃げようとする鹿野子だったが、そこはいつの間にか澄加ががっちりと羽交い絞めにしている。小柄な鹿野子では振りほどけない。そのまま、鹿野子は朔野に移譲された。

「先輩! 澄加先輩! 恨みますよー!」

「ごめんねえ。他に方法が思いつかなかったんだ。

一応、時間稼ぎにはなったんだから、問題ないじゃん」

「そういう問題と違いますよこれはー!」

「じゃあ、アタシは行くよ。大分時間稼ぎされちゃったから、急がないとね!」

 そう言って鹿野子を担いだまま駆け出す朔野。それをただ見送る澄加。

「…まさか本当に連れてくとはね。楯髪ってなんなの?

 まあ、ああいう人だからでいいんじゃないかな。趣味がおかし過ぎてついていけないよ。さて、これからどうしようか。時間稼ぎ終わった後どうするか、って聞いてないし。

覚達を放置してるから、起こしてくる?

 そうしますか」

 そう結論し、澄加は来た道を戻っていった。


「ハハハハハ!」

 鹿野子を担ぎ、朔野はひた走る。

 その走りはまさしく疾走という物だった。鹿野子を担いでいるというハンデを、そして山道だというのを感じさせない、軽快な走り。

だがその心の内には焦燥があった。

(流石に面倒臭くなりすぎたかね。ここで追いつかないと、全くの無駄骨だ。それはそれでありだが、ハエとの勝負に負けるのはしゃくだねぇ)

 楯髪は疾走する。鹿野子は先ほどまで嫌がって動きの邪魔をしようとしていたが、実際に邪魔すると自分が落ちる可能性に気付いたのと、激しい移動による揺れに対応出来ずに酔ってきているので今はおとなしいものだ。

 楯髪は疾走する。その視線の先に、ライトの光が映りこんだ。そちらを手持ちのライトで照らせば、髪は短髪の女子。つまり白夜だ。

「追いついたぜ!」

 そう叫んだ、次の瞬間にライトの光の中にに飛び込んできたのは、見慣れたスーツ姿。

「なにっ」

 気付いた朔野はすぐに停止に入る。そして止まった次の瞬間に目の前を蹴りがかすめた。

「っつ! 危ないじゃないか、京華!」

 蹴りを放ってきたスーツ姿――楯髪京華――が、怒りを滲ませて返答する。

「危ないのは姉さんよ。こんな所でこんな時間に女生徒を担いで更に女生徒を追いかけて。何しようって言うの?」

「今は何もしないよ。後でするんだよ」

 京華は溜息一つ吐いて、言う。

「どっちにしろ、ワタシとしてはそれは容認出来ないから、ここでその子を下ろしてもらいましょうか。その後は当然お説教コースよ」

「下ろすのはいいが、お説教はごめんだね」

 そう言いつつ鹿野子を下ろし、朔野は思案する。

(このタイミングでこんな所に京華が来るなんてありえないよなぁ。つまり、これはハエの差し金、と見るのが妥当か)

 どうする? と朔野は考え、すぐに結論を出す。

(時間が無い。殴り倒そう)

「しゃっ」

 京華の視線が鹿野子に注がれているその隙を突き、朔野は木刀を力一杯振るう。狙うは顎。脳震盪を起こさせようという算段だった。

 だが目論みはあっさりと潰える。京華が上体を後ろに反らし、木刀を回避したからだ。

 木刀は狙いを外れて振り切られ、そして生まれる気まずい沈黙。

「……」

「……」

 朔野は再び思考し、即断する。

(逃げよう)

「だっ」

「待ちなさい」

 走り抜けようとする朔野の制服の襟首を、京華は軽々と捕まえてみせる。

「ぐおっ」

 悲鳴を上げる朔野に、京華はたしなめるように言った。

「姉さんの思考なんてワタシには筒抜けよ。それでどうにか出来ると思ったの? さあ、ちょっと学校で説教よ」

 そう言いつつ、京華は朔野を羽交い絞めにして、そのまま移動を開始した。

「いや、ちょ、ちょっと待て京華! これにはさ、深い訳が」

「それは後で聞くわ。聞くだけだけど」

「いや、本当に待てって! これは結構大事な人助けがだな!」

「はいはい、行くわよ行くわよ」

 抵抗する朔野の力を全く感じさせない足取りで、京華は朔野共々学校の方へと進んでいった。

 それを端で見ている視線一つ。静音である。

「いやあ、上手くいったわ」

 そう言うと、静音は森の茂みから現れた。そして、地面に座った状態でぽかんとしていた鹿野子に駆け寄る。

「大丈夫? 鹿野子ちゃん」

「あっ、部長。どうにかするって楯髪先生を呼んでくる事だったんですか。無茶ぶりして逃げたんじゃなかったんですね」

「まあね。前に調べておいたから、今日の宿直が楯髪せんせだって知ってて、おかげで出来た芸当だけど。というか、逃げたと思われるのは心外なんだけど」

 詰め寄る感じの静音を、鹿野子は無視して言葉を続ける。

「でもこれで、楯髪に負ける事はなくなりましたね」

「……そうね。後は白尾さんが宿直の先生の所に行けば万事解決だわ」

「ええ……、え? 部長―、今なんて言いました?」

 静音の言葉に引っかかるものを感じた鹿野子は、静音にそう問いかける。

「何って、白尾さんが宿直の先生の……」

 静音も引っかかりに気付いた。そして叫ぶ。

「宿直って楯髪せんせじゃない! それをなんで呼んできちゃうのよ! 居てもらわなきゃだめじゃないの!」

「したの部長でしょうー! どうするんですか! 学校で鉢合わせ、……あれ? でも白尾さん、あっちに行きませんでした?」

 鹿野子が指差す先には学校は無い。街へと行く道だ。白夜は、そっちの方に行っていたのではないか。そう鹿野子が示唆する。

「えと、つまり……、白尾さんは、どこへ走ってったんでしょうか?」

「……」

 沈黙が場を支配する。白尾白夜は、どこへ?

2012-11-06

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その4  『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その4 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 安田英美は混乱していた。

 英美は明かりの下にいる。犯人に指定された場所は廃屋だが、まだ電気は来ていたのか、近くに立っている電灯からの光が照らしているのだ。

その中で英美は混乱している。

自分のする事は、ここで犯人の気を引き、うまく白夜から引き離すこと。後は覚達(覚と静音がイッパチとニハチと呼んだ二人。共に腕が立つという話しだった)が叩きのめす、という算段だった。

 だが、その叩きのめし要員が、一人の闖入者に叩きのめされていた。ご丁寧に、一人一人の隠れた場所を見つけて、瞬く間に個別で潰していったのだ。

 その闖入者、楯髪朔野は、通話していた携帯電話を倒れている覚の方に投げると、

「さてさて」

 と言って肩をぐるんぐるんと回し始めた。

「ウォーミングアップはこれくらいかね」

 その視線が、英美に向けられる。

「えと、あんた名前は?」

「……はい?」

「ちゃんと聞きなさい。あんたの、名前は?」

「……安田英美です」

「そうか。じゃあ英美ちゃん。あたしゃ楯髪朔野ってんだ。知ってるかな?」

「それは、まあ」

 楯髪朔野と言えば、学校内でも問題児中の問題児である。英美も名前は当然知っていたが、本人を目にしたのはこれが初めてだった。

 その朔野が、話を振る。

「そうかい、それで、だ。あんたどうしたい?」

「……どういう意味ですか」

 朔野がにやり、と笑う。意地のとても悪い顔で、である。

「ここはもう、あたしに頼る以外にないんじゃないかなあ、って言いたいのさ。頼りの強襲部隊が、こうもあっさりとのされてるんだよ? あんた一人で、強盗犯とやりあうのかい?」

「……それは、あなたが」

「そうだね、それは認めよう。あんたの予定を、あたしが一気に崩しちゃったのはね。でも、その元の作戦で大丈夫だと、あんたは思ってたのかい?」

「……それは」

 不安は当然あった。頼れる手が、か細い物でもあるのとも分かっている。だが、他に手は無かった。警察も、先生も、家族にも頼れない。どれに頼っても時間が足りない。だから、この手を取ったのだ。

 しかし、朔野はその手の弱さを指摘してきた。指摘されれば、思っていた不安が、頭をもたげる。実際に闖入者にあっさりやられてしまっているのを見れば、不安は現実のもののようにすら見える。

 その不安を浮かべた表情にうっすらと見た朔野は、そこに付け込む為に言葉をつむぐ。

「思ってたんだろう? 不安だって。思ってたんだろう? 頼りないって。それは、実際この通り。不安的中だろ? そしてどうするんだい。作戦は崩壊しちまった。こいつら起こすにしても、もうあまり時間無いんだろう?」

「……だから、楯髪さん、あなたに頼れっていうんですか」

「その通り。あんたとしては、最終的に後輩を助けられればいいんだろ? その過程ってのは、この際、特に問題ないんじゃないかね?」

 英美は沈黙する。それはその通りだ。結局、助けられなければ、意味が無い。その為になら、パートナーが誰でも、特に問題はない。

この闖入者の腕の方がきっちりと立つのは、ここに倒れる男子が証明している。信用におけるか、という点が重要だが、今更ながらそれを確認する時間が無い。そして、頼らないとなると、一人で犯人と相対しなくてはならない。

結局、選択肢は無いのだ。

 英美は、軽い溜息とともに言った。

「……助けて、くれるんですね?」

「もちろん」

「なら、お願いします。お礼は出来るか分かりませんが」

「礼なら、こいつらにやるはずだったものをくれれば問題ないよ」

「結局、そういうことですか」

「そういうこと。……っと、どうやら来たみたいだね」

 道の方を見れば、ライトか何かの光がこちらに向かってくるのが見えた。


 ちかちかと明滅する常夜灯の光の下に、一人の男と一人の少女がやってきた。少女、白夜、はロープで縛られ、それを男が握っている。

 男は顔に覆面をしている。パーティーグッズの一種だろう、狼男の顔だった。普通の日の下ならそれほどでもないだろうが、常夜灯の薄明かりの中では、それなりに雰囲気がある。

 狼男が、動かない口の下にある口から言葉を発する。

「これは、どういうことだ?」

 狼男視点から見たこの場は、確かにどういうことなのか良くわからないだろう。男子三人があちこちで倒れており、木刀なんかを持っている学生服の女が立っている。その女はとても好戦的な瞳でこちらを見据えているのだ。どうにも宝石と人質の交換、という雰囲気ではない。

 男の質問に、木刀を持った女、朔野が答える。

「ま、色々あったのさ。そしてこれからも、色々あるぜ?」

 そういうと、朔野は木刀を狼男に向けた。視線も鋭く睨み付けるものだ。

 狼男は、その視線にたじろぐ。覆面のせいで表情は分からないが、かなり困惑しているのが動きから見て取れる。

「ちょっと待て。何をする気だお前は。こっちには人質だっているんだぞ」

 声もどもっている。どもりながら、白夜を盾にするように、自分の近くに引き寄せている。このまま殴りに行けば、漏れなく白夜を殴ってしまいかねない位置だ。更にダメ押しと、拳銃が首元に突きつける。

「白夜!」

「せ、先輩……」

「おい、お前も言え。変な事はするなってな。じゃないと、命の保障はしないぞ」

 突きつけた拳銃が存在感を出す。一気に男が自信を取り戻したのといい、本物なのは間違いないようだ。

しかし、それを突きつけられている白夜の視線は、強い色をしている。その白夜が叫んだ。

「先輩! 逃げてください! この人は、宝石を奪ったら、わたし達を殺す気です!」

「お前っ! 死にたいのか!」

 男が拳銃に力を入れる。ぐぐっと首に食い込み、白夜は痛みに顔をしかめる。だが、怯えはない。ひるまず、更に言う。

「死にたくなんか無いです。でも、先輩を危険に巻き込むくらいなら、死んだ方がマシです!」

 白夜が、ここぞとばかりに体を動かし、男の体勢を崩そうとする。思わぬ逆襲に、男は一旦白夜を離すが、逃げる間を与えずに、すぐに引き寄せなおし、今度は正面同士の形になると、白夜の額に銃口を突きつけた。

 白夜があがきを止める。先ほどまでは拳銃も良く見えていなかったから、恐怖も少なかったのが、流石によく見える位置にくるとその威圧感はただならぬものがある。

 なので腹をくくったつもりの白夜でも、恐怖で動きが取れなくなってしまった。

 男が、涙目になっている白夜を再び盾にするように捕まえると、拳銃で朔野達を牽制しつつ、いらだたしげに言う。

「無駄な事してる場合じゃないんだが、もう一度言うぞ。下手に動くなよ。こいつが死んでもいいってんならいいがな」 

「先輩……」

 涙目のままな白夜が、申し訳無さそうにする。もう一度反抗する気力は残っていないようだ。英美も、それを咎めるようなことはしない。自分も先ほど銃を向けられた時、とてつもない恐怖を味わってしまっている。あれだけ反抗できただけでも、凄いと分かっているのだ。

 だが、そんな事に頓着しないのが、一人。

 朔野だ。

 腕をぐるんぐるんと回して、表情も獰猛と言う言葉がぴったりとくる笑顔になっている。

 男は、呆れたように言う。

「お前な、こっちの話聞いてたのか? こいつ今すぐ殺したっていいんだぞ?」

「そっちこそ分かってるのかい? その娘殺しちゃったら、あんたの盾はなくなるんだってこと。そして、そうなったらアタシ達も死に物狂いになるってことも」

 笑みのままの朔野の言葉に、英美が慌てて反論する。

「ちょ、ちょっと楯髪さん! 何言ってるんですか! 助けてくれるって言ったのはあなたじゃないですか!」

「ったく。分かってるよ、んなことは。でも、ちょっと脅してやらないと、自分が磐石な所に立ってると勘違いしちゃってるからさ、この馬鹿」

「バカはてめえだろ。この状況を、どうにか出来るとでも思ってんのか?」

 狼男は見えない鼻で笑う。圧倒的に優位に立っている者がする、余裕の笑いだ。

 その笑いに答えるように、朔野もゲハハハ笑う。男以上に余裕を感じさせる笑いだった。

 男は、その笑いを聞くや、。冷静になりいぶかしむ。朔野の余裕に、疑問がわいたのだ。この笑う馬鹿は、一体何がしたいのか。何をするつもりなのか。それが分からない。だから、男は結論した。

「面倒だ。まずお前が死ね」

 銃口が朔野に向き、そして銃声が響いた。

 男の狙いは朔野の体だった。真正面を向けているから、一番面積が広い。死のうが死なまい構わない相手だ。当たれば問題ない。そしてどこに当たっても、黙らざるを得なくなる。面倒な展開にもならない。もう少し早く、こうしておけば話が早かった。

 男はそんなことを考えながら、倒れる朔野を見る。

つもりだった。

 男の視界の中から、朔野が掻き消えていた。

 消えたのではない。と一瞬視界の端に朔野が映る事で、男は気づく。朔野は男が射撃するタイミングを盗んで、男を中心に大きく円を描くように移動したのだ。

 男は、次の射撃をと、狙いを朔野へと向ける。

 が、朔野は円運動を続けている。横に横にと素早く移動する朔野。

「くそっ」

男は捕捉出来ない。横へ横へと銃を向けるが、それより速く、朔野が移動する。

男は捕捉出来ない。盾であるはずの白夜も、今では視界と動きを遮る障害となってしまっている。

 そうこうしている内に朔野の円運動は、徐々に半径を狭めていく。男と朔野の距離が、縮まっていく。

「くそっ」

 男はとうとう、片手と視界を塞いでいた白夜を突き飛ばし、回転する朔野の動きを追う。

 しかし、時既に遅し、だった。

 視界から完全に朔野の姿が消えてしまった。そして、背後から、声。

「どこ見てんだい?」

「くそっ」

 男は振り向きざまに銃を向ける。だが、銃口を向ける間もなく、頭蓋に衝撃。

「がっ」

 男の意識は吹っ飛んだ。

2012-11-05

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その3  『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その3 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 部員三人が更にどよめく中にあっても、静音は努めて冷静を装った。装っているだけで結構動揺はある。

(これが、一億……)

少し狂乱しそうになるのを抑えつつ、静音は問いかける。

「な、なんで貴方が、そんなもの持ってるわけ?」

 再び鞄に宝石をしまいながら、英美は話す。

「話せば、ちょっと長い。いい?」

 当然、と静音達はこくこく頷く。

「どこから始めたらいいかしらね。……発端はおまじないよ。この間からちょっとネット上で流行ってる、あなたの今後の人生を占う、っていう奴ね」

「ああ、それなら知ってるわ。人体模型とか人骨標本とかの頭を使うっていう、ほとんどジョークみたいなやつね」

「ジョークみたい、って先輩も実際にやってたじゃないですか」

 澄加の言葉をごまかすように、静音は咳払いする。

「ごほん! ……で、あなたもそれをやった、ってこと?」

「そういうこと」

「何か悩みでもあったの?」

 英美は軽くため息を吐く。

「進路の事とか、色々とね。……これ、詳しく語る必要があるかな?」

 暗に語らないと表情で語っているので、静音は、「無いわね」と言うと話の続きを促した。

「元の話を続けて?」

 英美はこくり頷く。

「まあ、悩みがあって、そのおまじないを試してみたの。で、実際に学校にあるのが一番効果が高いって話だったから、いちいちウチの学校のやつを拝借したのよ」

「危ないことするわねえ。ばれたら怒られるだけじゃすまないわよ?」

「いや、先輩も学校のを」

「ごほん! それで? なんでそれと宝石が繋がるのかしら?」

「信じてもらえないとは思うんだけど……、その学校の人体模型の頭に、入ってた」

 一同、しばらく静まりかえる。なんとも捉え様の無い沈黙が漂ってしまう。それをきっちりと感じ取った英美が、少し怒りを露わにする。

「本当なんだからね? この通り、本物があるんだからね?」

「そう言ったって、実物があっても信じられないわよ、そんな話。まあ単に拾ったって方が信憑性ありそうだわね」

「それを言うなら、安田先輩が犯人の一味だって方がまだ信憑性がありますよ」

「というかー、なんで人体模型の頭なんかにそれがー?」

 英美はここで表情を固くした。

「それが、白夜の誘拐と関係があるのよ。白夜を誘拐した奴、そいつが宝石強盗の主犯で、宝石を人体模型の頭に隠したのさ。そして、それをワタシが奪っちゃったってわけ」

 聞き手である静音は軽く頷き、疑問を口にする。

「でも、それなら白尾さんじゃなくて、最初から貴女誘拐した方が早く……、ああ、この間のは」

「そう。この間、地下にいたのはその一環。あたしが人体模型をあの地下に放置したのをどっかで見て、で、拉致してどこにあるのか言わせる為にぶち込んでくれたってわけ。ついでにあんた達を突き落としたのも、その犯人よ。あの時は宝石は家に置いてて持ってなかったし、ワタシへの助けが思ったより早く来たのもあって、今は色々警戒してるみたい。だから、代わりに、ワタシと仲良くしてるあの子がさらわれちゃったのよ。抜け目無くあたしを監視して、あの子が浚うに適任だと考えたんでしょうね」

「なるほどね。それで、警察とかには言うなって言われてたり?」

「そういうこと。実際、言いたくても言いだせないけどね。この宝石を持ってるってだけで、事情聴取とかされちゃうだろうから。そうなると、あの子を助けるのまでに手が回るかどうか……」

 と、それまで沈黙していた鹿野子が口を開いた。

「ええと、いいですかー、安田先輩―」

「何?」

「それにしてもですよー、安田先輩が言うように人体模型君の頭のなかにあったのが本当だとしても、それって学校に宝石強盗にわざわざ進入して、宝石隠したってことになりませんー? うちの学校には人も多いですしー、警備だってしっかりしてますー。事件発生から今までに捕まってない犯人が、そんなリスクの多い方法をするようには思えないんですけどー。その辺はどうなんでしょうかー」

「ワタシだって、そこまでは知らないわよ。犯人も、あれの頭の中に入れた、としか言ってなかったし」

 そこで、澄加が手を上げる。

「あのー」

「何ですか先輩? 鋭い疑問をする鹿野子を惚れ直してハグとかしてくれますかー?」

「んなわけないでしょうが。……ええとね、それって、たぶんなんだけど……、その前に、安田先輩が頭を拝借した人体模型って、第二実験室の準備室に置いてあるやつですよね?」

「そう、だけど、それって話したっけ?」

「いえ。安田先輩、覚えてませんか? その頭を拝借しようとした時、誰かが準備室に入ってきたのを。それで、二階から飛び降りませんでした?」

 英美はほんの少し記憶を遡り、そしてその言葉の意味に気付いた。

「……まさか、あの時のは、あなたなわけ?」

「そうです」

「ということは、……どういうことかしら?」

 静音の疑問に、澄加が答える。

「つまりですね、あの頭っていうのは先に先輩が放置した物で、その時に通りかかった犯人に宝石を入れられて、で、それをあたしが元に戻して、それから安田先輩が取って、ってことなのでは、と」

 澄加はちょっと得意げに解説する。反応は様々返ってきた。

「うっわ、何その楯髪が喜びそうな面倒くさい話」

「でも、辻褄は合いますねー」

「そうか? そもそも、その人体模型の頭に宝石入れるって、発想がおかしくないか?」

「まあでも、実際あったわけだしねー。犯人さんもどっかトンでたんでしょー、その時は」

「そうかもしれないけどな」

 パンパンと静音が手を叩く。

「さて、それはまあそういうことでいいわね。それじゃあ、最大の問題を聞いちゃいましょうかね」

「最大の、問題っスか」

 オウム返しする覚に一つ頷き、静音は目の前に座っている英美に、すっと顔を近づけて、聞いた。

「安田さん。貴女は私達に、一体何をさせたいのかしら?」

 近づけられた顔に、英美は面食らう。だが、すぐに淀みなく言った。

「あの子、白夜を助けたい。前はあの子が助けてくれたんだ。今度は、ワタシの手で助けたい。でも、一人じゃ出来る事なんてたかがしれてる。警察に言うのも危ない。だけど、他の人は信用できない。ワタシが宝石を持ってるって知ったら、何をされるか」

「確かに、どこも殺気立ってるものね。探偵部と諜報部は今は足の引っ張り合いだろうし、柄の悪いのにでも知られたら、って思っちゃうわねえ」

 静音の言葉に、英美は首を縦に振る。

「だから、あんた達に頼むの。ワタシを助けてくれた白夜が頼みにした、あんた達を」

 言い切るその顔に、嘘偽りが入る余地を静音は見出せなかった。

 その事に気を良くした静音は、

「よろしい。引き受けるわ」

 と言うと、自分が常に醸し出す暗い雰囲気に正しい、黒い笑みをした。


「さて、その宝石、犯人さんに何時渡す事になってるの?」

 黒い笑みを一瞬で消して、静音はそう問いかける。

「今日の夜。十時頃」

「場所は?」

「あの、廃屋」

 静音は軽く頷く。

「なるほど。それならとっとと行動した方がいいわね。シマ君?」

 指差された覚は少し姿勢を正して聞き返す。

「なんスか」

「あなたは新聞部で、宝石強盗の情報を大至急。聞く理由は適当にでっち上げときなさい。趣味だとかなんとか」

「分かったス」

 次に指差されたのは鹿野子。そして澄加。

「鹿野子ちゃんと澄加ちゃんはウチの部員で使えそうなの、引っ張ってきなさい。イッパチとニハチならたぶん図書館で自習していると思うから、優先的にね」

「はーい」「わかりました」

 動き出す面々を眺めつつ、静音はほころんだ。

「さて、この話はどういう風に片付けようかしら! なんだか楽しくなってきたわ!」

「楽しんでんじゃないよ」

 英美がそう言うのすら、今の静音には楽しい事だった。


 その日の慌しい夕暮れを越し、夜となる。

 学校の裏山はそれなりの大きさがあるが、野犬など危険な動物はいない。なので、時折耳元を羽虫が飛ぶ以外は、静かなものだった。

 その静寂に、小さいが人の声が割ってはいる。

「先輩、こんな事してて、大丈夫なんですか?」

 澄加の声だ。茂みに隠れてはいるので、声を潜めている。

「こんな事とは失礼ね。そりゃあオーソドックスだけど、だからこそ腕の見せ所なのよ?」

 ちなみに、今回の静音達の作戦は簡単なもので、相手が来る場所に潜み、隙を見て叩きのめそう、というシンプルな作戦だった。犯人を白尾から分離する作戦もきっちり用意してある。後は仕上げをごろうじろ、という段階だ。

 澄加は「違いますよ」と言う。

「そこじゃなくて、本当に来るか、って方ですよ。前にあたし達が安田さんを助けたじゃないですか」

「それで、今回も何かしらの助けが来るかもしれない、って考えると?」

「そうです。ここで待ち構える、ってのは相手も予想してくるんじゃないかなあ、と。それなのに、犯人さん、おとなしく来るんでしょうか」

 今、澄加達占術部の面々は例の廃屋に来ている。宝石泥棒の指定した、澄加達が閉じ込められかけた、あの廃屋である。その少し離れた茂みの中に、澄加、静音、鹿野子が隠れている。

 まだ指定の時間ではないのもあり、三人寄ればな状態になりそうだが、状況が状況なので、三人はこそこそ喋る。

「来るに決まってるますよー。一億ですよー、一億。リスクとリターンを考えれば、来ちゃうのは当然だと思いますー」

「大体、元々が強奪なんて危ない橋渡ってるのよ? その上に二度も誘拐までしてる。そんなのがこの程度の橋くらい余裕で渡るわよ」

「そう言われれば、そうですけれど……」

 澄加が口ごもったその時、静音の手が動いた。携帯を取り出し、相手を確認。通話に入る。

「シマ君? そっちは設営オーケー? よろしい。なら…」

 静音が話を続ける中、澄加は懸念を表明する。

「でも、来るとしたらこんな所に隠れてるのを見つけながら来る、とかも在りうるよね」

「その辺はどうですかねー。自分に近い仲間が捕まって、切羽詰ってるでしょうからー、余裕があるかどうか、って気もしますねー」

「ある方が強かったら……」

「この山の茂みを逐一チェックしながら来る、は流石にないと思いますけどねー。というか、今日はやけに心配性ですねー、先輩」

 そんなことを話していると、静音が通話を終えた。心なしか表情が活き活きとしているように見える。

 澄加が尋ねる。

「向こうの状況はどうでした?」

「ちゃんと出来てるみたい。後は相手が来れば問題ないわ。……と」

 そこに、足音が聞こえ始めた。

「ほら、来たわよ」

 隠れた茂みの隙間から、足元を照らしているのだろうライトの光が見えてきた。澄加達は息を殺して、それが通り過ぎていくのを待つ。

人影は、一人だった。

 慌てた澄加が小声で静音に問う。

「部長、相手、一人ですよ」

「そうね」

「そうねじゃなくてですよ。白尾さん、連れてきてないですよっ。仲間とかいるって話じゃなかったじゃないですかっ」

「まあ、想定内ね」

「え? 想定内なんですか?」

「静かに」

 静音は静かながらも鋭い口調で、ついでに人差し指を澄加の口に当てて、澄加の喋りを止める。見れば、ライトの光が右に左に、何かを探すように動いている。

 澄加が小さく小さく言う。

「バレ、ましたかね」

「こっちを見つけたみたいじゃないから、様子を見ましょう」

 ライトの運行はまだ右、左、と続いているが、澄加達がいる方からは遠のいている。しばらくすると、その左右確認も終わったようで、再び前方に向かって照らし、移動し始めた。

 澄加はほっと一息。

「……一応、見つかりませんでしたね」

「怪しんだ可能性はあるけど、気のせいで済んだくらいでしょうね。最悪の事態は避けられたから問題ないわ」

 そう言う静音の肩を、鹿野子が叩く。

「……何」

「なんだか誰か来るようですー」

 誰かって? と道を注視すれば、確かに明かりが一つ、こちらに向かってくる。暗い中なので見えづらくはあるが、明かりを持つ者以外にもう一人、着いてきているのが分かる。

「どうやら、本命みたいですよー。一人は女の子みたいですし」

「そうねえ。でもそうなると」

「さっきの人は、ですよね?」

 澄加の言に静音は一人頷く。

「そうね。この時間にこんな場所に来る何気なく来る、ってのはいくらなんでも相当可能性の低い行為よね」

 そんな事を小声でささやいている内に、二人は通り過ぎていく。完全に通り過ぎると、静音達は茂みから出る。自分達のする事、見張りの番も終わったのだ。次にすることの用意もある。

静音は携帯を再び手にした。

「シマ君。そっちにもそろそろ到着するわ。誰か一人、闖入者がいるけど、その後に行くから注意すること。オーケー?」

「オーケーもオーケー。万事抜かり無し、だね」

「……」

 思っていた人物からではな返答に、静音は一瞬呆然の顔つきになるが、すぐに表情を真剣なものに変える。そして、問いかけた。

「なにやってんのよ、楯髪」

「なにってそりゃあ、あたしも宝石探ししてるからだよ?」

「答えになってないわよ。答えるつもりはないんでしょうけど」

「分かってんなら聞くない」

「……まったく。それよりも、あなたが手にしてる携帯は、シマ君のもののはずでしょうに。シマ君達は、どうしたの」

「寝てる」

「……気絶してる、の間違いでしょ、どうせ」

「あたしの不意打ち程度で総崩れになるようじゃあ、まだまだひよっこだぞ?」

「あなたが突撃してくるなんて予定外なんだから、総崩れもするわよ、それは」

「そういうことにしときましょうか。そろそろゲストも到着して時間も無いしね」

「到着、ってまさか」

「切るよ」

 その言葉を最後に、通話は途切れた。

「ちい! 楯髪のやつったら!」

「楯髪先輩がどうしたんですか、先輩」

「澄加さん、鹿野子ちゃん、とにかく廃屋まで行くわよ。事態が急変したの」

「え?」

「楯髪が、おいしい所全部持ってくつもりなのよ!」

2012-11-04

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その2  『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その2 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 静音が退室したのと同時に部屋の奥の扉、作業用の部屋から一人、顔を出す。女子だ。長めのポニーテールがゆらり、と揺れる。

「帰ってくれましたか?」

「ああ。言ったろう? アタシに任せておけば大丈夫だってよ。なのに、扉の前にはっついてるんだもんなあ。信用しろってんだよ、光樹ちゃんよぉ」

 光樹、と呼ばれた女生徒は、心外そうにする朔乃よりも更に心外そうなそぶりをする。

「信用たって、楯髪先輩って話をこじらせるのが大好き人間じゃないですか。ウチにもよく来るんですよ、楯髪先輩をきちんと仕事させる〝情報〟を聞く人が」

 暗に脅迫材料を、と言っているが、朔乃は動揺などしなかった。

「その言い分、まるでアタシがちゃんと働かないみたいじゃないかね。仕事自体はしっかりしてるよ、アタシャ?」

「ちゃんと、と思わないひとの方が大半なんです。……でも、今回は珍しく変に揉めませんでしたね。あの蝿原静音を弄んではいましたけど」

 はっはっは、と朔乃が笑った。

「まあな。今、わりと本気のお遊びしてるんだよ。それに言ったけど、あいつを怒らせたら、大変に面倒な事にもなりそうだからね。それも狙ってる」

 こうでもしないとね、と朔乃は呟く。

「いつもは仲がいいし、あいつはアタシに対して一線引いてるとこがあるから、なかなかこういう対立ってなくてね。いやあ、今回は本当にいい仕事させてもらってるよ。、で、情報の根回しの方はいいのかい」

 光樹はポニーテールを縦に揺らした。

「ええ、『楯髪朔乃に力ずくで情報を搾り取られた上に、口止めされている』っていうのを、諜報部にリークしておきました。そっちの情報網で今日中に噂は広まるでしょう。実際に五件も楯髪先輩にあしらってもらいましたし、これでウチに情報を求めてくる人はほとんどいなくなりますよ」

「そうかい。しかし大変だね、アンタのとこも。非合法なのにわりと知られてるなんて中途半端じゃあ、いつかマジで摘発されるよ」

 光樹ははぁ、と溜息。

「だから今回は静観と不干渉なんですよ。出来るならこっちも探したいし情報売りたいんですけど、元々警察沙汰なんて目立つ事件に絡んじゃうと、危険ですから」

「ふうん、色々あるみたいだねぃ。まあそれはいいとして、報酬の話だ。アタシに情報強奪容疑なんて汚れ仕事させた分、きっちり払ってもらうよ?」

「宝石の在り処、ですよね。……他言無用ですよ?」

「分かってるよ」

「それなら」

 光樹が宝石の在り処について話す。

 朔乃は、それを聞いて、満足そうに頷いた。


 部室へ帰る道すがら、静音は憤懣やるかたないといった風に、ぷんすかとしていた。

「たっく、楯髪のやつ。たまに良く分からんことするやつだけど、こんなに分かりやすく妨害してくるなんて、一体どういうつもりかしらね」

「それだけ勝ちたいってことなんじゃないんスか」

 静音を宥める覚がそんな事を言う。静音は、うーん、と首をひねる。

「それだけ、とは思えないこともないから困るのよねえ、あいつの場合。ホントもお、楯髪のお馬鹿は」

 むくれる静音に澄加が問いかける。

「で、どうするんですか、先輩。情報源、また潰れちゃいましたよ」

「なのよねえ。ホントどうしたもんか……。ねえカミサンさあ、頼りにしていい?」

 言われると、澄加の口が返答を紡ぐ。

「任せておきなさい! 今のあたしは出来る子よ!」

 その口調には苦渋が満ちているが、静音はそれ意図的に無視してく、提案する。

「なら、一つ占ってみて。前に使ってたボールペンも下敷きも持参してるし、〝魔王の赤瞳〟のデータの書いてある紙もあるわよ?」

「用意周到だなあ」

 カミサンは澄加の顔で苦笑いをして、静音から受け取ったボールペンを粛々と垂直に立てた。

 手から離れたボールペンが、倒れる。

 倒れたボールペンが示した方向を皆が見る

占術部の部室の方だった。


というわけで、部室までやってきた一同だったが、そこからが動きが無かった。

「ここ、なんだけどねえ」

 澄加(カミサン主導)が、部室を動き回りながら、何度かボールぺンを倒す。そのたびに、ボールペンは違う方向を示す。だが、それに共通している部分がある。

 それは、

「どうにもこの部屋自体を示してるっぽいね」

「ここに、あるの?」

 部長席にいつも通りの着席をした静音が、そう問う。

 対するカミサンの回答は明確だった。

「あったら、幾らなんでも気付くんじゃないの? 一応、あんたらが使ってる部屋でしょ」

「……」

 いきなり沈黙&視線が交錯。誰も彼もが、一瞬で疑心暗鬼になる。

(もしや、誰か隠匿しているとか、かしらね?)

 静音はそう考えるが、すぐにそれは無いと思い当たる。

「貴方達がそんな大層なもの持ってて、顔色一つ変えずに、なんて無理よねえ」

「部長なら、持ってても何かの研究に使おうとして、すぐ分かるスよ」

「覚ならすぐに部長に差し出しちゃうよねー」

「バカノコはその辺に落とす位のドジはするかな」

 はっはっは、と皆が笑う。お互いをかなり疑ったのを笑い話として処理する為の儀式みたいなものだ。単にお互いに疑った事を気まずく思っているだけでもある。

 だが、そんなことをしても根本的なものが解決していない。ボールペンの指し示す方向の意味、である。

「その占いが示すのはここ、ってみていいわけよねこれ」

 澄加=カミサンが頷く。

「そうだね」

「藁でもつかみたいのが現状だから、信じさせてもらうけど、でもどういう意味?」

「わかんね」

とりあえず、と、静音は手近な椅子に座る。他の面々も思い思いに席についた。そこで鹿野子が口を出す。

「で、どうするんですかー、部長ー。このまま、ここで待機でもするんですかー?」

「じゃあ、ここ、家捜しでもする? 無いこと分かってるのに?」

「流石にそれは。でも、ここで休んでても時間の浪費ですよー?」

「……、カミサン、もう一度、やってみて?」

「無駄だと思うけどね」

 そう言いつつも、カミサンは再びボールペンを垂直に立て、倒した。その方向に、皆の視点が集まる。

それは部室の戸に向かっていた。

 その戸が開く。

「失礼、……何?」

 入ってきた女生徒が、いきなり視線を集められて面食らう。

「あなた……」

 その女生徒の名前を、静音が言う。

「安田英美、さん?」


「で、何の用かしら」

 部長席に座りなおした静音が、面と向かっている英美に問う。静音は今回、おどろおどろしさは特に出していない。既に会った相手にはやらない、というのもあるが、突発的に入ってこられた上に、一気に接近&着席されたので、する暇なかったのだ。

 それを少し悔しみながら、しかしおくびにも出さずに静音は対応する。

 だが、英美は勢いよく静音の前に座ってから、何も喋らない。

「私達もそんな暇ではないから、話があるなら早くしてもらいたいんだけど」

 静音が話すように促すが、英美はやはり喋らない。うつむいて、固まったままだ。

 静音は溜息。

「……決意がいることみたいではあるし、自分の話したいタイミングでもいいけどさ。でも、出来るだけ早くしてね? さっきも言ったけど、こっちもすることあるんだから」

 それでも沈黙する英美。遠巻きの三人は小さな声で話す。

「どう思いますー、先輩。ボールペン、あの人指してたわけですけどー」

「偶然じゃないかな? それに仮に持ってたとしても、持ってたら光るとか、そういうのでも無いとわかんないじゃない?」

「そんな魔法みたいのがあるかよ」

「馬鹿ねー、シマ。部長は前に魔法みたいなの使うじゃない。それをやれば」

「それ、あたしが何故か関わる事になるから嫌駄目却下」

「えー。澄加先輩、それじゃあ、分からないままじゃないですかー」

「直接聞ければ早いんだけどな」

「よね」

「ですねー」

「だぁー! うるさい!」

 突然、英美が後ろの三人にキレた。声が聞こえていたのだ。三人も聞こえてるだろうなー、くらいのつもりで話していたので、いきなりキレられても特に脅えることも無く、でも目線は合わせず、なんのことやら、といった風に立ち振る舞う。

 一通り睨んでも効果が無いと見た英美は、静音に噛み付いた。

「あんたとこの部員、教育なってないんじゃないの?」

「そうかしら? いきなり尋ねてきていきなり座っていきなり何も言わないよりは、マシだと思うけど」

「……んなわけねーでしょうが」

「まあ、そういうことにしときましょうか。で、ここに来た理由、話してくれるのかしら。それとも、まただんまり? いつまでも詮索されてるつもり?」

 静音は少しねちっこく尋ねる。対して英美は答える。

「……まあ、黙ってても仕方ないってのは分かってる。たぶん、あんたしか頼みになりそうなのがいないことも、ね」

 そこで、英美はかくっとうな垂れる。

「それがいちいち悔しいのよ。何が悲しくて『うらない部』の手を借りないと……」

「でも、あなたはうちに、『占術部』にやってきた。ウチにくるんだから、それだけ切羽詰まってるんでしょう? 大変なんでしょう? そして、他ではやってくれそうんにないんでしょう?」

 畳み掛ける静音に、英美は反論出来ずに頭を垂れる。

「なら、とりあえずウチで話してみなさいな。なんとかしてあげられるかもよ?」

 ここで静音は優しい口調を。その顔には優しい笑みを。それぞれ用いる。それがいかに怪しいかは、部活の面々には分かるが、ほぼ初対面の英美は分からないようで、顔を上げてそれを見て、簡単に騙されてしまう。

「……分かったわよ」

 英美は決心したのか、浮かなかった表情を鋭いものに切り替える。

「これ、他言無用だからね? 誰にも、話しちゃ駄目だからね?」

「分かったわ」

「録音とか盗聴とかもなしだからね?」

「諜報部とかじゃないんだからしないわよ。それに、この部屋に盗聴器をしかける暇人は存在しないから安心なさい」

「……なら話すけど、ワタシの後輩の白尾白夜、当然知ってるわよね?」

「そりゃあね、あなたを探すって依頼、最近だったんだから忘れるわけがないでしょうに」

「その子が、白夜が、……誘拐されたの」

「……ふうん。いきなり剣呑な話ね」

 誘拐というのっぴきならない言葉に部員がどよめく。静音も内心では、

(これは思ったより大事ね。それも、楯髪が好きそうな感じに)

 と考えていたが、態度の方は特に動揺する様子も見せず、応対する。

「それって、どういう理由で誘拐されたの? あの子の親が金持ちだとか、そういう類なら、流石に警察の方がいいと思うけど」

「あの子の家とかは関係ないわ。関係あるのは、ワタシ」

「どういうこと?」

 英美は、少し躊躇する。その躊躇を敏感に感じ取って、静音は言った。

「その核心部分、聞いておかないと後で困るかもしれないんだから、当然、話してくれるわよね?」

「……」

 英美は弱く頷く。そして口を開いた。

「それは、ワタシが宝石を持ってるから」

「宝石? 宝石……。……って、まさか」

「そう、今話題の〝魔王の赤瞳〟。それを、ワタシが持ってるのよ」

 そういって、英美は鞄からそれを、宝石を取り出した。

 手の平ほどの宝石は、赤く紅く、輝いている。