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小説蛾螺倶璃砦

2009-09-19

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「暑い」

 と、あたしが呟くと、それにつられるよう一同が口々に言う。

「暑いですねー」

「暑いわねー」

「暑いねえ。水辺の仕事だから涼しいとか思ってたんだけどね、アタシャ」

「流石に楯髪は馬鹿ですね。そうは問屋が卸しませんよ。ここには日差しを遮る物がなんにも無いんですから」

「でも、底を洗う為とは言え一応水が使えるんだから、涼しいって言えば涼しいと私は思うけど? 実際、ちょっと涼しいし」

「いやさ、アタシャもっとこう、びったびたに水に浸かる勢いで、ってのを想像しててねえ。水着着て来いって言われたから、それを期待したんだけどねえ」

「流石に楯髪は馬鹿ですね。そんな水浸し状態じゃ、掃除できないでしょ。大体、年中使える屋内の第二ならいざ知らず、こっちは冬とか使ってないんだから、水があっても入れ替えも循環もしてない、淀んだ水ですよ」

「いや、うちの学校にはちょっと昔から寒中水泳部っていう奇特な人たちがいる関係で、こっちも冬でも使ってるからちゃんと浄化してたりるするのよ? だから、思ったより汚れてないでしょ?」

「そ、そんな部が……」

「へー、あの部まだあったんだね。たしか、あたしが発起人だったんだっけ。冬でもプールが使いたい、ってのをパッションだけで無理押ししたっけなあ。あれはなかなかに面倒だったよ。いやあ、感慨深い」

「昔からあなたって変な趣味してたのねえ」

「はっはっは」

「……ホント、楯髪って何歳なんですか? 楯髪先生のお姉さんなわけだから、わりと高齢ですよね?」

「高齢って言うなよ。妙齢って言いな。それにレディの年齢を聞くのは」

「ぶっちゃけ30代前半なんだけどねえ」

「ちょっと、ハエー!」

「何よ。そんな不服そうな顔して。今更隠すような歳でも、そんな柄でもないでしょうが」

「じゃあ、楯髪は今は高校14か15年生ってことですか、部長?」

「そうなるわね」

「失敬だね、君ら。休止期間が長くあったから、実際通ってる年数は2年半くらいだよ」

「流石に楯髪は馬鹿ですね。普通は高校に休止期間なんて無いんですよ?」

「知ってるよ、んなこたー! ってか、鹿野子ちゃん、なんでアタシにこうも冷たいんだ? アタシャ、わりとあんたの事が……好き、なんだよ?」

「主に、好かれてる要因が鹿野子ちゃんのロリ要素っていう、鹿野子ちゃんのコンプレックス直撃だからよねえ」

「あー」

「違いますっ! 今回の罰掃除の原因が、楯髪にあるからですっ! あんな事に巻き込んできた事に腹を立てているんです!」

「そういう鹿野子ちゃん、ノリノリの実況役だったじゃない。あのノリ、わたしなんか軽く引いてたのよ」

「あ、あれは、場の空気がそうさせたんです! そういう部長だって、こう言ってはなんですけど、結構ノリノリの解説役だったじゃないですか! あれは鹿野子もわりと引いてましたよ」

「あれは、楯髪にそうしろって言われたから……」

「うん、結論から言うとだな、どっちも同じくらい引くノリだったぞ」

「「黙れ元凶」」

「……」

 女三人寄れば姦しい、とはよく言ったものだなあ、と自分も女であるのを棚上げして考える。

 今、あたし達はこの前の大騒ぎの責任をとる形で、プールの掃除をしている。ほとんど巻き込まれただけのあたしまで、なんだってこんな面倒な事を、とは思うものの、今回の罰決めでは先生側は数日とはいえ停学レベルの措置まで求める人がいたそうなので、折衷案として罰掃除になっただけでも、そう取りまとめた生徒会には感謝しないといけない。あんな馬鹿げた事で停学なんて、内申にどれだけ響くことかと、考えるだけでも怖気が走る。

 でも、面倒なのは面倒な事は変わりない。夏も始まりかけているから十分に熱気があるし、浄化しているらしいとは言え、春は流石に使ってないからか汚れもそれなりにあるし、なにより今日は日曜日。普通なら休みの日だ。なにが悲しくてこんな作業をしなければならないのか。

 そう思考がぐるぐるさせ始めつつ、でもそれを極力考えないようにできるだけ無心に持って行きながら、ブラシで底をごしごしとする。汚れを落とそうと必死になると、こんなことをしてるというイライラも、あたし以外の三人の喧騒も、夏の暑さも、少し遠い事のように思えてくる。

 そんな達観を得ようとしていたあたしの横に、口論している二人から逃げてきたのか、楯髪先輩がやってきた。

「なあなあ」

 馴れ馴れしい。でも、邪険にするのも気が引けるので、あたしは努めて冷静に応対した。

「……なんですか。何か用ですか。それとも何の用も無いんですか。何の用も無いんですね。分かりました。無いんなら暑いから近寄らないでください」

「……そう邪険にしなくてもいいじゃないか。アタシとアンタの仲じゃないの」

「そんな仲になった覚えは、はっきり言うとまるっきり無いですんですが」

「まあ、それはそれとしてだ」

 楯髪先輩はあたしの頭に腕を回して、ぐば、と自分の方に引き寄せた。自然、耳打ちの距離になる。なにやら頭に不愉快なくらいに柔らかい且つ巨大な感覚が押し当てられ、あたしはその存在感に一瞬イラッとする。だが、楯髪先輩はそれに気が付いた様子も無く、実際に耳打ちしてくる。

「結局、アンタとあの覚ってのとはどれくらい進んでるんだい? お姉さんに聞かせてもらえないかね」

「……あえてあんたって言いますけど、何であんたに言わなきゃならないんですか?」

「なに、そんなに難しいこっちゃないよ。単に、今後あんた絡みの色恋沙汰に関わる時に、どうしたらいいかっていうのの、目安にしようと思ってね」

 楯髪先輩はへらへらーと軽率そうに笑って、そんな一見殊勝なことを言う。けれども、あたしはそれを鵜呑みにすることなく、軽く睨みつけてから尋ね返した。

「信じると思いますか?」

 へらへらー笑いがちょっと後退。笑みが固まり、張り付いたようになっている。

「いやあ、今回の事はアタシなりに反省してるんだよ? アンタ達が付き合ってるってのも、単なるお友達感覚なのかとか、思ってたからこんな事に、な? わりと深い付き合いって知ってたら、あんな事をしようとか思わなかったんだって。信じてくれないかね?」

 大嘘吐くな。ということで、もう一睨み。睨まれた蛙の楯髪先輩は横を向いて口笛なんか吹き始める。でも、見事に吹けていない。なんという分かりやすい動揺。

「正直に言ったらどうですか。あたしと筏島君の間に、あなたの大好きな面倒事の匂いを嗅ぎ取ったって」

 あたしの言葉に、楯髪先輩は遺憾の意を顔に浮かべた。

「アタシャ、犬じゃない。匂いなんて分からないよ。たださ、なんというかこう、長年の勘が告げているのさ」

「怪しい、と?」

「そう」

「……いきなりはぐらかすの止めましたね」

「まあ、バレバレだとは分かってたからね」

 それなら最初からしなければいいのに。

 と思ったのを悟ったのか、楯髪先輩が、にぱぁ、といやに華やかに笑って言ってきた。

「いちいちこういうやり取りするのも、それはそれは面倒で、楽しいと思わないかい?」

「……こう言ってはなんですけど、先輩のその趣味、あたし全然分かりません」

「そうか。そうだろうなあ。ほとんど誰も賛同してくれないんだよなあ、これ」

 そりゃそうだ。いや。

「ほとんど、って賛同する人、いたんですか」

「何その意外そうな顔、ってまあ気持ちは分かるよ。アタシ以外にこの高尚な趣味を理解する人がいるなんて、想像の埒外だろうから」

「よくそんな曲がった解釈できますね」

「はは。まあ、それはいいとして。アンタと覚とやらとの間には、一体どんな面倒があるのかな? アタシに教えてみない? するっと解決するかもよ?」

「流れの勢いで喋るような事は、何一つありません」

 あたしはぴしゃりと言い切った。が、楯髪先輩は笑みを変えることなく、小さく呟く。

「そうだよなあ。そりゃそうだよなあ。なにせ、公衆の面前で堂々とキスするくらいだから、関係は良好なんだろう。なあ?」

「ぐっ…」

 痛い所を突かれて、あたしは苦鳴にも似た声を漏らしてしまう。それに気を良くしたのか、楯髪先輩は畳み掛けてきた。

「それともまさか、そのキスの一件で、実は関係が微妙にギクシャクとしてきてたり、微妙に距離が出来たりとか、そんな典型的なことになってるのかな? かなー? まあそれはまさか、だよなあ。グー出せ! で信じてしっかりグー出したりするだけ、結構な信頼感のある二人だもんな? まさか、そんな典型にはまってないだろう。」

「……」

 あたしは黙して語らず、だが、どうにもこの沈黙は悪い方向に向かっている気もする。まるで反論できないみたいに見えているだろう。……実際その通りだったりするけれども。

 そんな沈黙とにやにや笑いの間に、言い争いを止めた先輩と鹿野子がこちらにやってきた。やってくるなり、鹿野子があたしと楯髪先輩の間に割り込み、その隙に生じた隙間に間髪入れず先輩の手が伸び、あたしを楯髪先輩から引き離した。ひしっ、と抱きついてくると、これまた柔らかい且つ巨大な存在感が体に押し付けられ、あたしはまたぞろイラッときたが、先輩はそんなことなどお構いなしで、あたしを抱いている。そして、それを護るように鹿野子が牙をむく勢いで楯髪先輩と相対していた。

 やや一触即発なムードが流れる。楯髪先輩はあたしを奪われたからかちょっとむくれているし、鹿野子は犬歯剥き出しだ。先輩だけが特にいつもと様子が変わることなく、いる。あたしを抱くと言うのが、いつもとちょっと違うけど。

 そのちょっと違う先輩が、あたしを護るように抱きながら、穏やかながらも楯髪に食って掛かった。

「なにしてんのよ、楯髪。あたしの可愛い後輩に、ご自慢の胸なんて押し当てたりなんかしたりしちゃって。誘惑でもするつもりなの? あなたは鹿野子ちゃんの方が気になってると思ってたのに、わりあい節操が無いのねえ」

「失敬だね、ハエ。胸の大きさってんなら、アンタの方がアタシより、確実にえげつないじゃあないかい。それでその後輩ちゃんとか現生徒会長様とかを、散々たぶらかしてんだろ?」

「そっちこそ失敬よ、楯髪」

「フフフ」

「ふふふ」

 先輩と楯髪先輩が、フフフ笑いしながら睨み合いを始める。最初に睨んでいた鹿野子は、蚊帳の外にやられて、犬歯の行き場を失わせていた。キョロキョロオドオドし始める。レアな光景だけど、それはおいておくとして。

 レアと言えば、こんな先輩もレアだ。やっぱりいつもの先輩らしくない。いつもはもっと軽く面白くおかしく、そして優雅に(先輩主観で)ってノリを大事にする人のはずだ。こんな嫌味ばしった言い合いなんか、楯髪先生以外でするなんて、本当に見たことが無い。それなのに、今こんな口論を。

 と、そこでふと一つの推測に行き着いた。なんとなくそういうことか、と腑に落ちたので、それを確定させるべく、あたしはその推測をついでに思った事と共に素直に口にした。

「先輩、今やってるのはいちいち面倒事にして楯髪先輩を楽しませてる為だと思いますけど、そんなことを続けてたらいつまで経ってもこの仕事が終わらずに、あっという間に日が暮れるだけだと思います。まだやるんですか?」

 あたしの問い掛けに反応して、先輩と楯髪先輩の睨み合いがいきなり終わる。

「それもそうね。面倒な事は止めましょう、楯髪」

「そうだねえ。でも思ったより面倒でもなかったね」

「やっぱり、あなたの趣味って変わってるわ」

「そうだろ?」

 さっきの一触即発な雰囲気から一転、いきなり和気藹々だ。ウフフ笑いなんかし合っている。そして、そのムードはあたしにまで波及してくる。

「それはそうと。あなた、シマ君と上手くいってないの? 普段のあなた達ってわりと喧嘩とかに無縁な雰囲気なのにねえ」

 つまり、先ほどの楯髪先輩の問い詰めの再開である。なんとなく和気藹々のノリで喋らせようってのが見え見えだ。そんなのに付き合ってられない。なのだけど、最悪なことに、今は先輩に捕まっている。先ほどの楯髪先輩の拘束より力は弱いんだけれど、何故か逃れようとするこっちの力が入らない。なんだこれ?

 あたしが疑問を浮かばて四苦八苦してる中、先輩達は慣れ慣れしくあたしに顔を近づけて、他人の恋路に踏み入る者特有の笑みを浮かべて問い詰めてきた。

「ねえ、上手くいってないの? どうなの?」

「どうなんだい? もし上手くいってないなら、アタシらで何とかできるかもしれないよ?」

「そうよ、可愛い後輩の悩みなんだもの。先輩としてはきちんと解決してあげないとね」

「あの先輩、掃除の方は……」

「掃除? それはあれに任せておけばいいわ」

「あれ?」

 先輩の指差す先には、ええと、なんだろう。何かいる。何かとは何か、と言われても困る。何かとしか言い様が無い。なんだろ、あれ。球体のような、それが微妙に潰れたような姿で、全体的に水っぽい、というか水そのもののようにも見えるけれど。

 ああ、あれって、ええと。

「スライム系のものですか?」

 先輩がうなずく。

「うん、スライム系のものよ。あれに汚れを舐め取らせるから、掃除の事なら気にしなくていいわよ」

「いつの間にあんなものを? というか、そんなのがあるなら最初から出しててくださいよ」

「いやあ、思ったより大きくなるまで時間が掛かったのよ。でもまあ、あれくらいになれば移動能力も上がるから、掃除なんてすぐに終わるわ」

「……大丈夫なんですか、あれ。襲ってきたりしません?」

「大丈夫。あれは単純な命令しかわからない単細胞だし、人を襲うまでの知性とか野生があるものじゃないから、心配いらないわよ」

 それでも、あたしはそれの動きを見ながら、懸念を口にした。

「でもあれ、微妙に鹿野子に寄っててませんか?」

「そうみたいね」

「ゲェー!? ほ、本当だ! なんか足元に寄ってきてます! ちょ、ちょっと部長、どういうことですかー!」

「知らない。まあ、捕まっても着てるものが溶かされるくらいだから、生命の危機を感じなくても大丈夫よ」

「おお! そんな眼福が得られるのかい。それは是非捕まって欲しいな」

「流石に楯髪は馬鹿ですねー!そんなこと言うから嫌いなんですよー!」

「それ、そんなに足早くないから、適度に歩いてれば捕まらないわよ。上手く誘導して、効率よく掃除させおいて。私たちは忙しいから」

「そ、そんな、って、うわ! 足に、足に!」

「早く逃げなさい」

 言われるままに、鹿野子は逃げ出した。歩いてでも大丈夫と言われたのにダッシュだ。まあ気持ちは分かるけど。

 鹿野子との距離を一気に離されたスライム(仮)は、近いあたし達ではなく、やはり鹿野子の方へと移動し始める。知性は無い、とか先輩は言っていたけど、それにしては確実に鹿野子に迫っていく。どうなってるんだろう、これ。何か、生成方法とかの問題か何かなんだろうか。

 という逃避行動を、先輩達は許してくれない。右に先輩、左に楯髪先輩の配置であたしをサンドイッチして、更に問い詰めてきた。

「上手くいっていない、ってのは実は私も感じてたのよね。なんか最近、あなた達二人の間にどこかよそよそしい雰囲気が流れてたし。あんまり話もしてなくないかしら?」

「アタシも見たよ、昼休みに学食で一緒に、向かい合って飯食べてるのに、会話ゼロだったよな。なんだいあの寒々しいさまは。イマドキどころか四半世紀前の高校生だって、もう少し色のある昼の過ごし方をしてるよ?」

「ぐっ……」

 あたしが呻く。なんでそんなこといちいち観察されているんだ、という疑問は、それだけあたしと筏島との間が見るからにギクシャクしていたんだろう、という解答にたどり着く。迂闊だった。上手く話せない状態からまさか、こんな事になろうとは。

「一緒に帰る時も、無言の時間が長いんですよ」

「なんでそんなこと知ってるのよ、鹿野子!」

「先輩の行く所に鹿野子はいつでも寄り添いますよ、って、なんかこれ大きくなってますよ部長ー!」

「そう? 気のせいじゃない? ……で、そうなの? 一緒に帰ってるのに、話もしてないの?」

「登下校なんて、学生時代の甘酸っぱい思い出量産タイムじゃないか。何、気まずくしてるんだい」

「そうよねえ、他の子がいないのを見計らって手を繋いだりとか、存分にハラハラ且つラブラブできる時だものねえ。これはやっぱり、いきなりキスされたのがそんなにしこりになってるの? なっちゃってるの?」

「じゃないのかね。あー、やっぱり男は駄目だな。ちょっとのことですぐ欲情しやがるから。ホントあいつらは獣だわ」

「そうですよー、あいつはそういう奴ですよ。だから先輩、ここは鹿野子と清く正しい、って、うわ、足にー!」

 切れた。

「だあー! うるせー! 人の恋路にずかずかずかずか入ってくるなバカヤロ-!」

 と、叫んだ拍子に、あたしの声に驚いたのか、先輩の拘束が緩んだ。あたしはその隙を見逃さずに先輩から離脱した。

 らば、押さえ込まれていて狭かった視界が開け、そして気が付いた。

 そのスライムも先ほど見た時より、確実に大きくなっていた。明らかに、鹿野子より一回りの大きさである。そして鹿野子が、そのスライムに捕獲されている。丁度すっぽりと全身を包まれるように、である。

 鹿野子が絶叫する。

「せ、先輩! 部長! 捕まっちゃいましたよー! た、助けてくださいー!」

 あたしは一もニもなく、先輩に問いかけた。

「ちょ、ちょっと先輩! これはいったいどういうことですか!」

「あー、思ったより成長が早かったみたいね。ほら、あそこ見て。ホースから垂れ流しになってるのが、水溜りになってるわ。鹿野子ちゃんを追いかける時に、あそこで水分とか吸っちゃったのね。いやあ、これは予想外予想外」

「鹿野子が捕まってるのに、そんなのんきな事言ってる場合ですか! それにこれ、なんだか今度はこちらに来ているみたいなんですけど、あたし達まで捕まるような大きさになったりしないでしょうね!?」

「……」

「否定してください!」

 そんなやり取りをしてる間にも、スライム(仮)は近づいてくる。捕まっている鹿野子も、なんとか逃げ出そうともがいているけれど、その中自体が水のようなものなのか、ほとんど溺れている人のような、むなしいもがき方しか出来ていない。っていうか、このままだと、鹿野子が溺れちゃうんじゃないか? でも、じゃあどうやって助けるんだ? 普通にかかっていったら、一緒に取り込まれるのがオチだろう。どうすればいいかを考える為にも、もう少し様子を見ないと。逃げないと。でも、早く助けないと、鹿野子が……。

 と、あたしが思考を堂々巡らせ始めた時、動く影一つ。

 楯髪先輩だ。あたし達とスライムの間に、仁王立ちしている。片手には今まで底を磨いていた長ブラシ。ブラシの方を自分側に、柄の先をスライム側に向けている。槍を持つような体勢だ。

 そして、楯髪先輩の発する雰囲気は、先程まであたしをからかってた時のような軽い感じが一切無い、一種異様とも言える程の気迫に満ちたものになっている。短い付き合いの中でも何度か見た事のある、戦闘態勢時の雰囲気だ。

 その楯髪先輩が、先輩に問う。

「ハエ。こいつ、やっちゃっていいよな」

「そんな顔になってるんだから、今更駄目とは言っても止まる気無いくせに。いいわよ。ここまで大きくなっちゃうと、流石に色々と都合が悪いのよねえ。一思いにやっちゃって」

「OK。で、ちいと聞くが、こいつに弱点とかあるのかね? スライムだけに打撃無効とか、ないだろうね?」

 油断無くスライムを見据えたまま、楯髪先輩はそんな事を聞く。先輩の返答は明快だった。

「それ、あたしの想定以上に膨れてるのよね。たぶん、水も吸い過ぎてる。だから表皮が予定の強度に至って無いと思うわ」

「なるほど」

 楯髪先輩は一つうなずく。それから、スライムにとっ捕まって鹿野子に向かって叫んだ。

「鹿野子ちゃん、ちょっと動くな! それと、できるだけ体を縮めてな!」

「でも、動いてないと沈んで溺れちゃうんですよー! な、何をする気なんですか楯髪ー!」

「なぁに、ちょいとあんたを助けるだけさ。とにかく、警告したからな。怪我したくなかったら動くなよ!」

 それ以上言う事が無い、とばかりに楯髪先輩はブラシを両手で持ち、それを地面と水平に。半身を前にしつつ腰を落として、突きの体勢を取る。

「え、ちょ、……あーもう! 失敗したら後で酷いですからね!」

 その姿を見て観念したのか、鹿野子は大きく息をして、それから足を畳み、手で体を抱くようにして体を縮みこませた。

 楯髪先輩の反応は素早かった。それを見た瞬間、体が動く。

「しっ」

 一歩踏み込み、その勢いのままに、手にしたブラシの柄をスライムの鹿野子のすぐ側の辺りに突き入れた。

 一瞬、表皮に阻まれ跳ね返ってしまうかに見えた柄だったが、すぐに、ぶちっ、という音と共に表皮を貫通。穴が空く。すると。

 ぱん。

 と、いう音を立てて、スライムは水ぶくれのようにはじけた。同時に、中身がでろん、と流れ出す。それと一緒に、鹿野子もスライム(の残骸?)の外に出る。

 ……。

 あたしは、疑問を先輩に問うた。

「先輩、これの廃棄法って、元々はどうするつもりだったんですか?」

「そうねえ。そういえば、そういうのって、適当に誘導して河にぽい、くらいしか考えてなかったわ」

「こんなもん不法投棄したら大問題ですよ、先輩」

 はっはっは、と何故か妙な笑いをする先輩。大混乱するのが目に浮かんで、なにやら愉快スイッチでも押したのだろうか。

 その横から、割って入る人影。

「おいぃ? それより先に、ここはアタシの妙技を褒める所だろ?」

「それ以前に、鹿野子の無事を確認する場面です!」

 二人の抗議に、先輩はふむふむと耳を貸し、まとめて答えた。

「はいはい、楯髪は凄くて、鹿野子ちゃん、大丈夫だった。それでいいわね?」

「「よくない!」」

「はいはい」と先輩はやはり適当にいなして、それから突如深刻な顔になる。声のトーンも落とし気味だ。そんな先輩が言う。

「それより、皆落ち着いて? そして見て? この、どうしようもない惨状を」

「……」

 あたし達は一様に押し黙るしかなかった。そこには、見事な汚れの池が生まれていた。それもあちこちに。

 先程のスライムが溜めに溜めた汚れが、ここを中心としてぶちまけられてしまっているのだ。そのどれもがいい具合に、あるいは悪い具合にどろり黒々としており、こうしてみるとこのプールも見た目以上に相当汚れていたんだなあ、ということが良く分かる。それと、その汚れの中にいた鹿野子も、存分に汚れているのも分かる。それが、鹿野子のテンションを大幅に下げているのも。

 先輩は、トーン落としたまま続ける。

「鹿野子ちゃんは、とっととシャワーからやり直してきなさい。あたしたちはその間に、これをどうにかしてるから」

「最初からそのつもりです。……それはいいですけど部長。これ、どうにかってどうするんですか?」

「安心なさい。こんなこともあろうかと、スライム君は実は二体」

「「「どこだー!?」」」

 結局、掃除は夕方まで掛かった。冷えてきた中でやっていたせいで、あたしは次の日風邪を引いて寝込んでしまったのだった。