2009-10-31
■ [疑小説][先輩とあたしシリーズ] 「その日の帰り道」 
プール掃除が終わり、あたしは筏島君と一緒に帰っていた。今日は日曜日だけれど、では何故筏島君もいるのかというと、この間の体育館での騒動のペナルティとして、あたし達女子勢がプール掃除だったように、筏島君と酒本君の男子勢は草抜きを命ぜられていたからだ。
ちなみに、筏島君の家はあたしの家とは方角が真反対なほど違うのだけれど、今日はなんとはなしに一緒にあたしの家の方へ帰っていた。あたしがちょっと風邪気味で熱を出してるのを筏島君が心配したのと、あたしと筏島君との間がぎくしゃくしてるのを知っている先輩達が、無言の圧力を筏島君に掛けた結果だ。
帰り道の途中、二人でぽつりぽつりと話はしていたものの、あたしが熱があるのもあり、いつものように盛り上がる事も無く、ある程度話す事を話してしまった後は無言の時間が続いていた。
どうにも気まずい。
二人の時間が嫌、というわけでは全然無いし、話が盛り上がらなくてつまらないということも、そんなには無い。でも、どうにも気まずい。しかし、気まずいのを打開しようにもどうにも頭がボーっとして、いい案がまるで浮かばない。それは向こうも同じなのか、筏島君も何か言いたそうにしては、その都度口ごもるのを繰り返している。
沈黙のまま、夕日の中を共に歩く。先行する筏島君の後を、ちょっとだけ遅れてあたし。互いに互いをチラチラと盗み見ては、視線を外す。ぱっと見ではお互いが一緒に帰っているのをはにかんでいる、なんとなくいい雰囲気といえないこともない状況ではある。たぶん、あたし達の内情を知らない人達からは、実際にいい雰囲気に見えているだろう。内実は違うんだけど、まあ端から見てる人に内実まで知れというのは無理な事だ。
あたしは何気なく夕日を見る。沈み行く太陽と、その影響で様々な色を見せる雲。いつもは白い雲だけれど、今は暗くも美しい色合いだ。単純一辺倒の晴れでは見られない、空のステージ。こういう光景を、学校帰りに見れるような時期になったんだなぁ。現実逃避は楽しいなぁ。
と、そんなことを考えているうちに、あたし達はあたしの家がもうすぐの所まで来ていた。
そこで、筏島君が立ち止まって辺りをキョロキョロとして確認する。明らかに不審な行為だけど、周りにはあたし達しかいない。あたしも、それどころでないくらいに頭がボーッとしてきたので、とりあえず率直に聞いてみた。
「どうしたの?」
「ん、いや、大したことじゃない。周りに人がいないか確かめただけだ」
「なんで、そんなことしたの?」
「ん、いや、これも大したことじゃない。ちょっとあんまり人に聞かれたくない話を、君としようと思ったから」
「何の話?」
「ん、いや、その。そのだな……。この間の、ことなんだが」
言った筏島君の顔がたちまち曇る。どうやら、あたしの顔が一気に険しくなったのを見てしまったようだ。ついでに、筏島君はさっきまでの会話みたく、またしても口ごもってしまった。
筏島君のしりごみに、カチンときた。だから、あたしはそこで口ごもらない。
「この間って、体育館でのあれだよね。あなたがキスしてきた事。いきなり、人がたくさん見てる中で、唇を奪ったきた事」
あたしが視線を向けて強い調子でそういうと、筏島君は視線を逸らして、それから耳たぶをいじりながら、
「……ああ。それが原因、だろ」
と言ってきた。
「原因?」
あたしがおうむ返しすると、筏島君は耳たぶいじりをしながら、つぶやくように言った。
「最近いつも、俺に対して冷たいというか、ちょっと距離を置いてる原因が、その」
カチンときているあたしは、口ごもらない。
「キスした事だって言いたいわけね」
「ああ」
素直に頷く筏島君に対し、あたしは盛大に溜息を吐いてやった。
「はあー」
「なんだよ」
「はああー」
「だからなんだよ、その溜息は」
「筏島君さぁ、本当にそう思ってるわけ?」
「え?」
「だからさぁ、自分が冷たくされてるっぽいのが、あの時キスしたことにあるとか、本当に思ってるわけ?」
「そうだ。そうだ、けど、……違うのか? 他に思い浮かばないんだが」
またぞろ素直に答える筏島君に対し、あたしはまたぞろ盛大に溜息を吐いてやった。
「はあああー」
「だーから、なんだよ」
「分かった。良く分かったよ。あなたが何も分かってないことが、よーく分かった」
「分かってない、って何がだよ」
そうのたまう筏島君に、あたしは「うーん」とか「そうかぁ」とかちょっともったいぶってから、余裕の笑みを顔に浮かべておいて、言った。
「知りたい?」
筏島君はあたしの笑顔を見て、何故か妙な顔をして一瞬黙りこくったけれど、一つ頷いて、口を開いた。
「知りたいというか、……できれば仲直りしたい所だ」
よろしい。それはあたしもだ。微妙に牽制しあうのは今日で終わりにしたい。
だから、あたしは言う。
「なら聞かせてあげるよ、その理由。だから、ちょっとこっち来なさいよ」
「別に近く無くてもいいだろ。今のところは、周りにそんなに人がいるわけじゃないんだし」
「いいから」
あたしは胡散臭げにしている筏島君の手を強引に引っ張って、あたしのすぐ近くまで引き寄せた。
「っと、あんまり強く引っ張るなよ。……だからさ、なんなんだよ、怒った理由は」
彼我の距離を確認する。これはちょっと。
「……届かないな」
「なんだって?」
「ちょっと屈んで。目線合わせなさい目線」
「なんでだよ」
「いいから屈めこの無駄ノッポさんが。理由、聞きたくないの? 仲直りしたくないの?」
「あーもう、分かったよ」
そう投げやりに言って、筏島君は屈んでくれた。目線が合う高さにまで屈んでくれたので、目と目が合う。その顔は、どうやら照れくさそうで、でも真剣な目であたしを見ていた。
「屈んだぞ」
「ありがと」
そう言って、あたしは筏島君にキスをする。最初はなにをされているか分からなかったのか、筏島君は微動だにしなかったけど、あたしが唇を離す頃には何があったのか気付いたようで、屈んだ態勢から立ち上がって、ちょっと声を裏返らせた。
「なっ、おま、ちょっと、どういう」
「ねえ、どんな気分」
「気分ってお前」
「どんな気分かって聞いてるの」
あたしの問いに、筏島君はあーとかうーとか意味の無い言葉を出す。上手くまとまらないみたいだ。
じゃあここはひとつ、核心を聞いてみよう。
「ねえ、もしかして、……嫌、だった?」
あたしはちょっと拗ねた所を見せつつ、そう聞いた。途端に筏島君はぶんぶんと顔を左右に振る。
「そういうことはない。そういうことはないぞ。びっくりはした。けど、……嫌ではない」
「そう。そうでしょ? あの時のあたしも、嫌じゃなかった。ちょっとびっくりしたけど。でも、あのキスの後、体育館裏まで連れ出しておいて、筏島君はなんて言ったっけ?」
あたしが筏島君に記憶の確認を促す。目線は鋭利に、口元は引き結んで。さっきの拗ねた所なんて一切見せない。あたしの表情の変化に、筏島君もこれはまずいという表情になり、視線を宙に彷徨わせて記憶を洗う。そして、おずおずと、思い出したことを口にした。
「……確か、忘れてくれ、だったか」
あたしは顔をきつめの表情に変貌させて、記憶があいまいになっている筏島君を睨む。
「違うよ。『ごめん、あれはちょっとした気の迷いというか、気持ちが昂ぶってその……、とにかく忘れてくれ』だよ」
「……」
押し黙る筏島君に対し、あたしは追撃の手を緩めない。
「そう言われたあたしの気持ちを考えた事、はないよね。何が理由であたしが微妙に距離取ってたか分かってなかったんだから」
「……はい」
「あれはあなたとしては気の迷いでやってやり捨てて忘れたい事かもしれないけどね。そりゃあ、場面が悪いとか、衝動的に過ぎるとか、問題点もあったし、言いたい事が分からないでも無いよ。でも、それを上回る量でさ。
あたしは……とっても、嬉しかったんだよ?
男の人とキスなんて初めてだから、軽いキスでもされた時は一瞬何がなんだか分からなくなって、それから、あなたがしてくれた事が嬉しくて嬉しくてついでに恥ずかしくて心臓バクバクいってさ。その上でその後で体育館裏に呼ばれた時は、きちんとしてくれるのかと思って胸が弾んだのよ、夢心地だったのよ? それなのに、あなたの口から出たのは『忘れてくれ』だなんて言葉だった」
「いや、あれは決してそんなわけじゃあ」
「じゃあどういうわけだったのよ、あの言葉は」
「……」
またも押し黙る筏島君に対し、あたしは溜息で答える。
「はあ。まあ、いい。これであたしがなんであなたに対して距離とってるか、分かってもらえたと思うから、それに対してのあなたの反省の行動が見たいね」
「……行動?」
「あなたから、キスして」
筏島君はまたまた押し黙る。ここは、あたしも睨んだりせず、むしろにこりと笑って、黙って筏島君の動向を見守る。無理強いする場面ではなく、筏島君の反省の度合いを見る場面だからだ。状況的にかなりの無理強いな気もするけれど、それはそれ。
筏島君はしばらく天を仰いだりして逡巡していたけれど、あたしの笑顔に冗談の気配が無いことにやっと気付いたのか、溜息を吐いて、言った。
「分かった。……するよ。それで機嫌が直るんだな?」
「うん」
「じゃあ……」
筏島君が屈んできた。また目線が合う。今度はさっきよりも遥かに照れた顔をしている。
その顔が接近してきて、あたしは自然に目をつぶり、
「いやー、若いっていいねえ」
「「うおわっ!」」
あたしと筏島君は同時に声を上げて、慌てて距離を取った。
誰だ! と周りを見ると、いつの間に登場していたのか、楯髪先輩があたし達のすぐ側にいた。にやーっと、かなり憎たらしい顔をしている。
あたしは、努めて冷静に楯髪先輩に話しかけた。
「たたた、楯髪先輩。な、な、なんで。せ、先輩達とかか、帰ったんじゃあ?」
「なんで、ってアタシん家、こっちの方向だし。にしてもアンタたち、隙だらけだよ。好き好きしてるだけに」
「いや、全然上手く無いです」
「ツッコミ入れる時になると途端にいつもの調子なのな、アンタは」
「というか、何時から見てたんですか、楯髪先輩! 最初からですか、最初からなんですか! アタシと筏島君がキスしたの、見てたんですかっ!」
「落ち着きねい。アタシが見てたのは、アンタが嬉しかったがどうだか言ってた辺りだから。というか、一回キスしたのにまたするのかい? いいねえ、好きあってるってのは」
「うわあ、墓穴!」
楯髪先輩はあたしの醜態にひとしきりゲラララと笑い、それから筏島君に尋ねた。
「シマ君や、仲直りは出来たのかい?」
「えーと、その最中でした」
「そうかい、そりゃ悪い事したかもね。ああ、なんだったら、今から続きしたらどうだい」
「台無しにした人が言いますかね、それ」
筏島君のツッコミに、楯髪先輩はゲラララと笑うことで答えて、「じゃあ、また」と言って現れた時と同じように唐突に去っていった。
二人、取り残される。あたしが呟いた。
「何がしたかったんだろ、楯髪先輩」
筏島君も呟く。
「偶然だろ、単に」
「そうかぁ」
あたし達の間に、なんとも言えない空気が流れる。するとなんだか、さっきまでのあたしの言動が全て恥ずかしくなってきて、顔が熱くなってきた。ついでに熱が何℃か上がったようにすら思える。
「帰るか」
「うん」
筏島君の言葉に頷き、あたしは家の前へと歩いていく。
と、あたしの手を筏島君が引く。
何? と振り向いて言おうとした瞬間、唇がふさがれた。
しばらくそれが続いて。
唇が自由になると、何か言おうとしても口がパクパクするだけで何も言えないあたしは、なんとなくいたたまれなくなって俯いてしまった。なんか、顔がやたら熱い。さっきよりも更に熱が上がったのかな? というくらいに熱い。
ちらり、と筏島君を見れば、そっちも顔を赤くして耳たぶをいじっていた。
その筏島君が、呟くように言った。
「えと、これだけは言っとく」
「な、何」
「さっきの君の笑顔さ」
「う、うん」
「……部長そっくりだったぞ」
「……帰れ」
そういう空気の読めない筏島君も、あたしと同じ期間、風邪で学校を休んだらしい。
■ [blog文豪日記] 『その日の帰り道』について 
『VSプール掃除』の後の話。『VSプール掃除』が書き終わってからしばらくして、ほぼ同時期に二つくらいの話の案が出来たのだけれど、どっちも平行して書いてたら時間を食った上にもう片割れの完成はまだ未定というこの諦念……。今回は大体12時間くらいで書けたと思うが、ちまちましすぎた為に一ヶ月以上期間が開いてるんだよなあ。反省せねばならないところ。
良く考えると、このシリーズで“先輩”が出てないのは初だった。書いてて気がつかなかった。あの人、基本的にデウス・エクス・マキーナってやつだから、出てくるとわりと問答無用力が出てしまう、とか感じてはいるので、今回みたいな話ではわりと出番が無いのかもしれない。
次のは、出来れば近いうちに、と言っておきたい。予定は未定なんて言葉は便利だなー。