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小説蛾螺倶璃砦

2009-12-05

[][] 『間違い下校風景』  『間違い下校風景』 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 今日のあたし、いや訂正しよう。今のあたしは憂鬱だった。

 何でというと、それは今陥っているこの事態が非常に憂鬱なものだから、である。

 あたしは今、何故か学園風雲児こと楯髪先輩と一緒に、自宅への帰路についている。その上、その後ろになにやら不審な人が付かず離れずでくっついてきていたりもする。これから何が起こるのか、あるいは、ろくでもないことしか起きらないだろう事を思うと、とにかく憂鬱が加速する。

 何故こうなった、という事の発端は、いつもの通り先輩の発案である。

『最近、うちの学校の周りで不審者が徘徊しているらしい』

 という、ありていにいえばどの地方においても年に一度や二度はある類のものが、最近のうちの学校にも起きていた。しかも、これがどうもとにかく女子を狙って襲い掛かっている、という趣旨の話が現在学校中に噂として広まっていた。 

 だから、今日の部活帰りに先輩がこう言ってきた。

 

「あなた、今日からしばらくは楯髪と一緒に帰りなさい」

 

「……え?」

 楯髪、と言われてあたしはきょとんとしてしまった。

 えーと、楯髪って言うと。

「楯髪って楯髪先生ですか? それは確かに助かりますけど、でも、先生方も最近は見回りとか、してるんじゃないんですか? いや、そもそもなんで先生を呼び捨てに?」

 あたしの言葉に、先輩は少し苦笑いする。

「フフ。その楯髪、じゃないわよ。いくらわたしがあのせんせを嫌ってるからって、長幼の序を無視して呼び捨てにするわけないじゃない。どこに耳があるか分からないんだからね。言うでしょ? 壁に耳あり障子にメアリさんって」

「言いません」

「そう。まあ、ここは呼び捨ての時点で違うって気付いて欲しい所ね。さて、楯髪先生じゃない楯髪って言ったら、ほら、他にもいるでしょ?」

 他の楯髪、と言われてあたしは更にきょとんとした。

 えーと、他の楯髪、と言うと。

「一年の楯髪未来さんですか? …もしかして、あの子のあたしが護衛するんですか? そりゃ、あの子は学園ランキングでも妹にしたい子ナンバーワンとか取ってますし、いかにも可憐そうで狙われやすいかもしれないですけど、でもその役は、あたしには荷が重いというか、はっきり無理ですよ? 腕っ節に自信なんか無いですし」

 あたしの言葉に、先輩が呆れ顔で笑う。

「ハハ。そんな無理難題、いくらあたしでもあなたにさせるわけないでしょうが。それに、そっちの方は大丈夫よ。彼女にはちゃんと送ってくれる彼氏さんがいるから」

「そうですか。ってそれ、学校内に駆け巡ったら男子の人に衝撃走りまくる、大変な情報なんじゃないですか?」

「そう? あたしにはそれはどうでもいいからどうでもいいわ。で、楯髪ったら、一番有名なのはあの楯髪でしょ? 言わなきゃ分からないってこと、無いわよね?」

 有名な、あの、楯髪。そこまで言われる人となると。

「楯髪先生ですか? でも、先生方には見回りとか」

 あたしの言葉を途中で遮り、先輩が呆れ顔を深くして笑う。

「ハハハ。あなた、思考がループしてるわよ? まあ、意図的に答えに辿り着きたくないのかもしれないけど、ここでいくら粘っても行く末が変わるわけじゃないんだから、すっぱり諦めて思い出しなさい。こう言ったらいいのかしらね。楯髪は楯髪でも、あの楯髪朔乃よ」

 楯髪朔乃。ああ、となるとやっぱり。

「“あの”楯髪先輩、ですか。学園ランキング友達になりたくない、恋人にしたくない、出来れば会いたくないの三冠王の、あの」

「やっぱり知ってるわよね。ええ、その楯髪よ。あなた、会った事とかはある?」

「……。一応、あります。あの人、有名人ですから」

 先輩は「そう」とだけ言って、話を続けだした。

「で、その楯髪なんだけど、実は彼女、私のクラスメイトなのよね。それで、最近、ウチの学校の周りが不審者騒動で物騒でしょ? 一応、警察や先生方とかの他にも、生徒会に風紀委員も警戒してるみたいだけど、一向に捕まる気配が無いし。だから、彼女にあなたの護衛を頼んだわけ。ということで、今日から楯髪と一緒に帰りなさい」

「先輩、わりと話がすっ飛んでる気がするのはあたしの気のせいですか? 物騒なのは分かるんですが、それならあたしも先輩達と一緒に帰ればいいだけじゃないかなあ、とか護衛なんていらないんじゃあ、とか思いますよ」

「私と鹿野子ちゃんは、方向が同じだから筏島君に家の前まで送ってもらえるけど、あなたは方向の問題で最終的には一人で帰らないといけなくなるじゃない。その間が、危ないじゃない? 楯髪の家はあなたの家と同じ方だって言うから、丁度いいと思うのよね」

「それはそうかもしれないですけど……。それなら楯髪先輩だって、最終的に一人になっちゃうんじゃないですか? そっちの危険はいいんですか?」

 そう言うあたしを、さも愚か者を見る目で先輩は見て、一笑に付した。

「ハッ。この辺りで楯髪を襲うヤツなんてもぐりよ」

「もぐりとかあるんですか……」

 あたしの疑いの混じった視線を、先輩はやはり一笑に付して答える。

「楯髪、この界隈ではかなりの有名人だもの。趣味でやってる用心棒まがいのお仕事で色々厄介を掛けてるから、警察にも顔を知られてるし、ちょっと後ろ暗い事のある人たちにも、軒並み『あいつに関わるな、ろくなことにはならない』っていう意味で知られてるのよ」

「何者なんですか、楯髪先輩」

「本人は面倒事よろず請負、とかなんとか言ってるけど、まあ私から言わせればチンピラね。それも非常に性質の悪い類の、出来れば付き合わない方がいい、チンピラよ」

「ほう? 本人の面前で言ってくれるじゃないか」

 いきなり後方から声が飛んできた。あまり見たくない出来れば見たくない現実見たくないとか思いつつも、でも一応確認しないとなあ、という葛藤をしつつ、ついでに先輩に「早く振り向いてみなさい」とにこやかな無言の圧力で促され、あたしは渋々振り向いた先には、やはり当然、楯髪先輩がいた。

 扉を開いて立っている楯髪先輩は、何故か制服ではなく、上下共にジャージだった。ついでに、なにやら手には木刀のようなものを持っている。見るからに硬そうな木刀のようなものだ。なんとなく、色がくすんでいると言うか、ぶっちゃけ血を吸ってるような雰囲気すら醸し出している。更についでに頭に謎の鉢巻をしていた。文字もあって、内容はよりにもよって『必殺』である。

 はっきり言って、一種異様な風体である。これにはいつもはツッコミを入れることの無い先輩もツッコミをしてしまった。

「ちょっと楯髪、あなたと私の仲だからはっきり言うけど、その格好、正気?」

 先輩の言葉に、楯髪先輩はむっ、という顔をして反論した。

「言うほど変な格好じゃねえと思うんだけどなあ、アタシャ。それに、動きやすい格好で来いって言ったの、アンタじゃないかね」

「動きやすい服装に木刀は該当しないんじゃない?」

「ああ、それはそうか。っても、相手は暴漢だろ? 護身用のものを持ってても問題は無いだろ」

「護身用にしても、もう少し見た目があるでしょうが。そんないかにもな物持ってる女子高生がいますか」

 言われた楯髪先輩は自分の持つ木刀のようなものを見て、じっくり見て、それから言った。

「アタシがいるけど?」

 先輩はハァ、と溜息。

「まあいいわ、あなたはあんまり正気じゃないってのは分かってた事だし」

「その納得はちょっとカチンとくるねえ。正気じゃなさではアンタに負けた事無いって自負があるんだけど?」

「で、本題に入るけど、今日から私のとこの部員ちゃんと一緒に帰ってもらうって話、してたわよね?」

「無視すんな! 付き合えよ! 無駄に迂遠でグダグダで面倒な会話しようよ!」

「はいはい。で、この子が、その部員。一応、会った事はあるのよね?」

「……。えーと、この子かい? うん? うーん。うーん。うん。ああ、確かに見たことある顔だね。何時だったかはちょっと思い出せないけど、まあいずれ思い出すだろうよ」

「なら、紹介は不要ね。じゃあ、今日はもう帰りましょうか。筏島君達ももう校門前にいるみたいだから、合流しましょ」

「そうだねえ。じゃあ、帰ろうかね、キミ」

「……」

 そういう事になった。

 

 あたしがちょっと前の記憶を思い出して再度げんなり、ついでに道行く人にじろじろと見られている状態――高身長、ジャージ、木刀の三点セット状態の楯髪先輩が浮きまくっているのだ――にもうんざりしていると、楯髪先輩が小さめの声で話しかけてきた。

「キミキミ」

「なんですか?」

「おっと、こっちは見ずに」

 前を向いたままの楯髪先輩の要請どおり、前を見たまま小声で聞いた。

「……なんですか? っても、大体なんなのかはわかりますけど」

「おお、思ったより勘がいいねえ、キミ。じゃあ、どういう事態か言ってごらん?」

「……思いっきり尾行されてます。どこのどなたかは存じませんけど、たぶん例の暴漢ですね」

「ご明察。さて、こうなったらばどうしようかねえ」

「とっとと家に帰るか、警察に連絡しましょう」

 はあ、と溜息を吐く楯髪先輩。

「0点だね。ここは誘い込んで不意を打って、打ち倒すべきだよ。それが100点の答えだ」

「それ単なる楯髪先輩の趣味ですよね。そんなのには付き合いきれないんで、帰りますよ、あたし」

 あたしが毅然とした態度でそう言うと、楯髪先輩はやけに嫌な笑みをした。まるで、先輩を見るかのような、そんな底意地の悪い笑み。

「アタシとしてはね、ここであんたを放っておく事も出来るんだぜ? そうしたらどうなるかなー?」

 そうなると、暴漢があたしに向かってくる可能性が出る。楯髪先輩の格好が格好なので、うちの学校の生徒には見えない。そして生徒を襲っているという暴漢なら、あたしの方に来る目は高いと言える。

 あたしは壮絶に溜息を吐いた。

「そんなこと言われたら、どうしようもありません」

「なら付き合いな」

 

 大通りをまっすぐ歩いていたあたし達は、突如路地裏に向かって走り出す。

 一瞬振り向いて見たら、背後の暴漢は呆けることも無く走って着いてくる。

 あたし達は、路地裏へ入るとそのまましばらくまっすぐ走る。

 後ろがきっちり走って追いかけてくるのを確認しつつ、である。それからまっすぐ走り続ける。

 とみせかけて、突如横道に逸れた。

 そして、その場で反転。追っ手を待ち構える。

 走ってきた追っ手が、角を曲がって来る。そして、待ち構えるこちらに驚き、止まった。

「っ!」

「よお、暴漢さん。何を驚いてんだい? ……、って、あれ?」

 楯髪先輩はすっとんきょうな声を上げる。それも当然だ。登場した暴漢と思しき人物は。

「女、だあ?」

「……」

 女性は、口を開くことなく、ただ楯髪先輩を睨みつける。その射抜くような視線に、楯髪先輩は獰猛に笑い返した。

「いいねえ、その目。そういう目で恨み辛みの入った目で見られたってのは、久しぶりだよ」

「恨み辛み、って楯髪先輩、この人に心当たりあるんですか?」

 問いに、楯髪先輩は首を横に振る。

「いや、見たこと無い顔だけど。それに男ならかなりの数で心当たりはあるけど、女にゃねえ」

「覚えてないのも、無理はない」

 静謐の中に響く鈴の音のような声。涼やかである。なのに、それには人が持ちうる黒い感情を高純度で溜め込んでいるような、嫌な澱みがあった。謎の女性は、確かに楯髪先輩に悪感情を持っている。

 声が、裏路地に響く。

「阿戸津流。覚えは?」

「無いねえ。なんの流派だね?」

「これ」

 そう言って、謎の女性は手にしていたものを突き出してきた。楯髪先輩にそれの先が向かい、額の前という所で止まった。額の鉢巻の布一枚、というレベルでのギリギリで止まっている。

 女性の突き出したものは、棒である。棍、と言ったほうがいいか。

 楯髪先輩は目の前に、というか額を紙一重で捉えられ、いきなり突き入れられたにも関わらず、動揺することなく、ただ困った顔になる。

「棒術? んー、ますます覚えがないねえ」

「そう。なら」

「ああ」

 言うなり、楯髪先輩は手にしている木刀を所謂正眼で構える。対して、謎の女性も後ろに飛んで距離を取ると、棒を構えた。

 どう考えても、今から一戦交える形である。

 あたしがまだ、二人の間にいるのに。

「あの、」

 という言葉が、図らずも開始の合図になってしまった。

 棒の鋭い突きが、あたしの横を通り抜ける。あまりの速さに、通った、くらいしかあたしには認識できない。

 その突きを、楯髪先輩はあるいはかわし、あるいは木刀で受けて対処する。二合、三合と打ち合った辺りであたしは叫んだ。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 待ってはくれない。打点の低い突きが、あたしの左足スレスレの位置を通り過ぎる。それを、楯髪先輩はあたしの影に隠れるように避ける。そして、そのまま棒のある方とは反対側、つまりあたしの右半身の方に出て、接近を試みる。

 だが、謎の女性の棒を戻すスピードの方が速い。そして、戻した棒を再び楯髪先輩に向けて突きこむ。これも楯髪先輩はあたしを盾にするようにして、避ける。そして今度も突きのあった方の逆から体を出す。

 と見せかけて、突きのあった方の半身から出るフェイント。だが、これは読まれていたのか、突きが楯髪先輩めがけて(当然、あたしの至近をめがけて)飛んでくる。楯髪先輩はそれを木刀で受けて難を逃れる。そして、楯髪先輩はあたしの背中にぴったりとくっついてきた。

 硬直状態になる。女性があたしを回り込むように動けば、楯髪先輩もその動きに合わせて、あたしの周りを回る。そして、決してあたしから離れようとしない。

 少しの間、緊張に満ちた空気が辺りに広がる。

 それを破ったのは楯髪先輩だった。

「どうした? 突いてこないのかね?」

 挑発とも取れる言葉だが、謎の女性は冷静に答える。

「突けるわけが無い。それより、そっちは、そのまま前進させないのか?」

「いやあ、たぶん言ったら怒るだろうからねえ。それに、そうしたらさすがに突いてくるだろ。となるとそれは無理だ。これが精一杯だよ」

「そうか」

「そうだよ」

 なんだか、お互いに意思疎通しているみたいだけど、あたしには会話の意図が理解できない。

 なので、

「ちょ、ちょっとホントに待ってください!」

 と再度叫んでみた。今度は動きが無いからなのか、聞き届けてくれたのか不明だけれど、楯髪先輩が聞き返してきた。

「あん? どうしたね」

「あのですね、どうもあたしはお二人の邪魔になっているようなので、退避しますからこの手合わせ、ちょっと待っていただけませんか?」

 あたしの懇願に、楯髪先輩は耳を傾け、うんうん頷き、言った。

「大丈夫だぞ。次で決めるから」

 いや、離れてからにしてください。

 という言葉は出せなかった。その前に動かれたからだ。楯髪先輩はあろうことか、あたしを謎の女性に向かって押し込んできた。不意を完全に突かれてしまって、あたしはたたらを踏んで、謎の女性側に、一歩、二歩。

 三歩、で止まったけれど、謎の女性の懐近くにまで移動してしまった。そのまま当たってしまう、と思ったが、謎の女性の方が先に動いた。あたしに当たらないよう、一足飛びに後ろに下がり、あたしの両横に視線を送る。

 と、あたしの耳に声が聞こえた。

「すまんね」

 同時に、あたしの体は屈まさせられ、肩に足を掛けて、あたしの上を楯髪先輩が跳ぶ。

 人の身とは思えない、大跳躍。痛みより先に、驚愕があたしを包む。

 しかし。

「甘い」

 謎の女性はその動きを予測していたのか、空を行く楯髪先輩の落下点に地帯なく狙いを定め、突きを入れる。

 刺さる。そうあたしが思った次の瞬間。

「甘甘っ」

 太陽を背にした楯髪先輩の影が、謎の女性の体に掛かった。と同時に、突如謎の女性の動きが止まる。突きも当然止まった。その隙に、楯髪先輩は着地。まだ動きの止まっている謎の女性の首に木刀を突きつけた。

「これは、アタシの勝ちかね」

「……、くそ」

 勝敗が決した。


「で、いいんですか、あのまま帰しちゃって」

 あたしは楯髪先輩にそう尋ねた。楯髪先輩は勝利した後、謎の女性を尋問する事も、警察に不審者として突き出すこともなかった。ただ、

「次からはちゃんとアタシだけを狙いなよ?」

 と言ってその場を離れたのだ。

 あたしとしては、色々他にも言いたいことはあったのだが、あっさりと見逃した事に対しての疑問がそれよりも大きかったので、上のように尋ねたのだ。

 楯髪先輩の答えは、あたしには良く分からないものだった。

「その方が面倒くさそうじゃないか?」

「……は?」

「だからさー、名前も所も良く知らないやつに襲われる、狙われるって、対処しにくくて面倒だろ? それがいいんじゃないか。警察になんか渡してみろ。居場所も名前も分かっちまうし、裁判とかで懲役食らわなかったにしても、しばらくは警察にお世話になって、アタシを襲うどころじゃなくなるぞ?」

「それが嫌なんですか?」

 あたしは信じられないって顔をする。楯髪先輩は、その顔が信じられないって顔をする。

「当然だろ? アタシャ、面倒事が大好きなんだからね! あんたをあいつとの戦いの場に残したのも、そういう理由だよ? いやあ、なかなか近づけなくて大変面倒だったな」

「……そうですか」

 あたしは、まるで理解できない理屈に巻き込まれて、閉口するだけだった。

 その後、その謎の女性は幾度も楯髪先輩を襲い、今でも狙っているという話を聞いて、あたしはなんだかなぁ、と思うのだが、それは余談である。