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小説蛾螺倶璃砦

2010-01-08

[][] 一丁目路地裏暴力奇譚  一丁目路地裏暴力奇譚 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 その日、あたしがいつもの面々、つまり先輩、鹿野子、筏島君と帰っていると、道端でばったり、とに楯髪先輩と遭遇した。

 その楯髪先輩の様子は少しおかしかった。いつも飄然としている表情には若干の焦りの色があるし、なにやら走り回っていたのか額に汗をかいている。息も少し荒いし、なにより手に物騒な木刀を握っている。そんなので歩いてたら職務質問食らうだろ、ってくらいのおかしさだ。

 そんな変化に気付いた先輩が、声を掛ける。

「どうしたの、楯髪。息なんか切らしてさ。マラソンでもしてるの?」

「ああ、ハエ。良い所で会った。……いきなりで悪いんだが、頼みたい事があるんだよ。いいかな?」

「迂遠が好きなあなたのわりには単刀直入ね。その頼みを受けるかどうかは別だけど、聞くくらいならしてあげてもいいわよ?」

「良かった。それなら早速だけど、ちょっと妹がねぃ、どっかのバカなヤツらにさらわれちまったんだよ」

「ええ! 未来さんが! ……ってそれ、私達に頼んでなんとかなることなの?」

 先輩の言う事はもっともだ。さらわれた、とあっては確実に警察沙汰だし、助けようにもあたし達は楯髪先輩みたいに腕に覚えとか、これっぽちの全く無い。筏島君がかろうじてその範疇に入る特技(謎の護身術)があるけど、それ以外は皆、か弱い女の子だし。

 ん? と一瞬疑問系の顔になった楯髪先輩は、すぐさまフォローする。

「ああ、んなこたー分かってるよ。荒事をしろとか、無理は言わないさ。欲しいのは単に人手だよ。ウチの妹がどこにいるかを見つけて、アタシに報告してくれりゃあ、後はこっちでなんとかするから」

「それならなんとかできるけど、流石に警察に言った方がいいんじゃない?」

「あー」

 楯髪先輩はバツが悪そうにする。それを見て、鹿野子が、あっ、と声を上げ、楯髪先輩に問いかけた。

「あのー、もしかして、また未来さんの彼氏絡みなんですかー」

 未来さん絡みってなんだろう? と思っていると、楯髪先輩は、珍しく溜息をついた。

「そうなんだよ。相変わらず、困った妹さ。今回も彼氏にさらわれてねえ。身代金まで要求されちゃってさ。ホント、あいつの男運の無さは筋金入りだよ。それで今回は京華がねえ、あんまりに毎回毎回だから、いい加減怒り心頭に発しちまっててねぃ。それで身内のことでもあるから警察より先に見つけてお説教、って言って聞かないんだよ」

「たまに無茶言うわね、あのエセ聖職者」

「先輩!」

 あたしは慌てて先輩の口を手でふさいだ。「もが」とか変な声が聞こえたような気がしたけど、ここは無視。それどころじゃない。

「先輩、壁に耳ありっていうんじゃないですけど、こういう公共の場所で楯髪先生の悪口は止めましょうよ」

「もがもが」

「あああすいません、今離します」

 そんなあたし達の行動が面白かったのだろうか、楯髪先輩がプハハと笑い出す。

「あんたらはいいねえ、楽しそうでさ」

 あたしの手から離れた先輩が、「何言ってんだか」と楯髪先輩に食って掛かる。

「そういうあなただって、今の心境、実際は心配より楽しいの方が強いんでしょ?」

 楯髪先輩は「違いない」と苦笑う。

「あの子、未来はアタシにゃあ妹でもあるけれど、それ以上にいい面倒事の種でもあるからね。おかげで、私生活は面倒この上ないよ」

 楯髪先輩、相変わらず変で難儀な趣味してるなぁ。とか思っていると、筏島君が先輩に「どうするんですか」と尋ねた。

「お手伝い、するんですか?」

「私は別に構わないって思ってるけど? 楯髪には色々とよくしてもらってるし、……楯髪せんせには恩が売れるかもしれないし」

 先輩の顔には、恩を売るというより弱みを握るって書いてあったが、あたし達はスルー。触らぬ神になんとやら。そして、その顔を見ていて気付いているはずの楯髪先輩までも、

「じゃあ、頼む」

 とあっさり受け入れた。猫の手も、ってやつなんだろう、とあたしは勝手に納得する。

 楯髪先輩は、

「アタシャ、あっちの方行ってくるからな。見つけたら速攻で報告だからなー。深追いはするなよー」

 と言って立ち去ろうとした。そこに、

「ちょっと待ちなさい楯髪!」

 先輩が一喝をして止める。急ごうとしている楯髪先輩は、不服を顔に貼り付けて振り向いた。

「んだよ、ハエ。もう結構時間使っちまったから、急いでるって分かるだろ?」

「そりゃあね。でもあなた、イマドキ携帯もってない人じゃない。それで、見つけた後どう連絡取れって言うのよ」

「……テレパシー?」

 楯髪先輩は、はぁ、と溜息と、見るからにいんちき外国人風のオーバージェスチャー。

「そんなことだろうとは思ってたわよ。だったら、この子、連れてきなさい」

 先輩はそう言って、あろうことかあたしの背中を押した。

「ええー!? ち、ちょっと待ってくださいよ先輩! なんであたしが!」

「あいうえお順」

「それだったら筏島君のが先じゃないですか!」

あたし『い』の次、『と』ですし! と抗議をしようとしたところで、楯髪先輩に腕をつかまれた。引っ張る力は予想を遥かに超えて強い。引きずられかねないくらいだ。

「さあ、とっとと行くぞ!」

 せかし引っ張る楯髪先輩に、あたしは観念した。

「ああもう、楯髪先輩! 自分で歩きますから引っ張らないで下さいよ!」

 

 未来さん探索は想いの外簡単済んでしまった。筏島君から、先輩がなにやら鴉だか使い魔だかを召喚して周りに多大な被害が、とか意味不明な事を報告されつつ、あたしと楯髪先輩は未来さんの捕まっているという場所に赴いた。

 そこは、町の路地裏にぽっかりと空いた空間だった。元はどこかの店の物置でもあった場所なのが潰されてなくなったのだろう、結構広い。そこに7人ほど、男がいる。年代はぱっと見であたしくらいの子ばかりだ。

 その奥の元階段らしきところに、未来さんがちょこんと座っているのが、角の陰に隠れつつ見ても、確認できる。

 角からこっそり覗いて見える範囲では、特に外傷、および着衣の乱れは見られない。動かないから脅えでもしているか、とも思ったのだけれど、どうにも取り立てて恐れを抱いているようには見えず、ただのほほんと座っているだけだった。

「未来さん、度胸あるんですね。さらわれてるのに、脅えるそぶりもないし」

 あたしの評を、楯髪先輩は鼻で笑う。

「あの子がそういうの鈍感なのもあるんだけど、それ以前に一応、あいつらのボスの女だからね。手を出す奴はいないんだよ。だから脅える必要もない」

「なるほど」

 イメージ的に鈍感というのは分かるが、ボスの女というのは嘘っぽく聞こえるから困る。向こうでのほほんと座っている様からは想像できない。

 あたしが疑念を膨らませていると、さて、と楯髪先輩が肩を回す。

「行ってきますかね」

 それから木刀を片手で一振り。表情もキリッと鋭利になる。どうやら突っ込む気らしい、と気付いて、あたしは慌てて問いかけた。

「行く、ってあの中に、ですか!?」

「他にドコ行くんだよ?」

「でも、人数多いですよ? これだったらさすがに警察を呼んだ方が……」

「なーに行ってんだよ。そんなことしたらあっさり解決もとい京華に怒られちまうじゃないか。アンタ、アタシの楽しみを奪うじゃないカミナリ落とさせる気かい?」

「楽しみたいのは良く分かりました」

 あたしがそう言うと、そうかい? と楯髪先輩は笑う。それはもう、楽しくて楽しくて仕方ない、新しいおもちゃを前にした子供のそれ、って塩梅の顔だった。これは流石に止めても無駄だって分かる。なので、

「えーと、ご武運を」

 と投げやり気味に言ってみた。

「ああ。適当に祈っておいてくれ」

 そう言って、楯髪先輩が角から出ようとした、その時である。

 一陣の風が、あたしと楯髪先輩の横を駆け抜けた。へ? とあたしが思う間に、その風は男達の方に突っ込み、三人でたむろってる内の一人に衝突。吹き飛ばした。

 何事!? と声が出る前に、旋風は二人になった男達を瞬く間に蹴り倒し、異変にいち早く気付いた男の一人が何か得物を出そうとした所を強襲、どてっ腹に棒らしきものをぶち込みうずくまる所で顎を蹴り上げてこれを制圧。翻って後ろから鉄パイプで襲い掛かってくる男の踏み込む足を振り向きざまに棒状のもので綺麗に引っ掛けて転ばし、倒れてがら空きのお腹にこれまた一撃。それから、その横でまだ事態を認識できてない一人の顎を棒の先で引っ掛けるように殴りぬけ、昏倒させる。

 あっという間の出来事だった。あまりにあっという間だったので、あたしはおろか楯髪先輩すらまったく動きが取れなかった。終わってみると残っているのは、未来さんの近くにいた男だけだった。たぶん、楯髪先輩が言っていた、今のされてしまった男達のボスなのだろう。あんぐりと口を開けてしまっている。

 すぐに顎を元の位置に戻したボスの人が怒鳴る。

「だ、誰だお前は!」

「答える義理はない」

 一陣の風となって現れた人物は、鈴の音を思わせる透き通るような、それでいてやたら平板な声でそう答えた。その人に、あたし達は見覚えがあった。

「楯髪先輩、あの人」

「ああ。この間からアタシを襲ってくる暴漢さん、だね。また尾行してやがったのか」

 その背格好。その得物。その声。

 まさしく、この間ウチの学校の周りで出たという暴漢、その人であった。

 って。

「楯髪先輩、まだあの人に襲われてるんですか!? それに尾行!?」

「そんなことはいいから。アタシャ、今度こそ行くよ」

 あたしのツッコミを無視して、楯髪先輩は暴漢の人とボスの人がにらみ合っている場に躍り出た。気付いた未来さんが、声を出す。

「あ、朔ネェ」

 視線が集まる。楯髪先輩は嬉しそうだ。

「いやあ、面白そうだねぃ、あんた達。それにどうにも複雑怪奇で、面倒事の予感だよ?」

「楯髪!」「…楯髪」

 二人に同時に恨みを込めた視線込みで呼ばれて、やはり楯髪先輩は喜んだ。

「そうそう。やっぱり突っかかってくるってんなら、それくらいの目はしてくれないとね」

「黙れ! 金は、金はどうした! こいつはなんだよ! 何時来てた!」

 ボスの人が暴漢の人を指差して罵る。大分錯乱してるようで、言葉がどことなくおかしくなっている。気持ちに思考が追いついてない感じ。

 対する暴漢の人は無言。ただ楯髪先輩の方を油断無く睨んでいる。そっちに視線を送りながら、楯髪先輩はまーまーとなだめる。

「今来たとこでこの子のことは良く知らなくて金はない。黙ると話できないから黙らなかったけどいいかねぃ?」

 聞かれた事を一気にまくし立てられ、ついでにまだ頭が混乱しているのか、ボスの人は楯髪先輩の言葉が上手く飲み込めないようだった。しきりに頭をひねっている。

 その間隙で、暴漢の人が楯髪先輩に視線そのままの鋭さで言った。

「何故出てくる。あと一人で終わったのに」

「だからじゃないかね。アタシの分だよ、それは。それに、アタシが出てきたから、ここは面倒になったろう?」

「……」

 暴漢の人はそこで黙ってしまう。もしかすると、いやもしかしなくても楯髪先輩の言動に呆れているのだろう。表情が凪のようになっていて、まるで感情が読み取れないけれど。

 そんな凪顔の暴漢の人に、楯髪先輩は今度はこっちだ、と問う。

「あんた、なんでこいつらをノしたりしてるんだい?」

「答える義理はない」

 短くそう答える暴漢の人に、思わぬ方向、つまり未来さんから声が掛かった。

「あっ、あなたはあーさんじゃない? 久しぶりだね!」

「……うん」

「あーさん? ……誰だい、それ?」

 何を言ってるんだって怪訝な顔で未来さんに疑問を投げる楯髪先輩に、そっちこそ何を言ってるんだって驚き顔で未来さんが返した。

「朔ネェ、覚えてないの? 昔、あたしの家の隣に道場構えてた、阿戸津さんとこの子だよ。阿戸津阿佐美さん。あーちゃんだよ。アタシの幼馴染だよ?」

 未来さんの訴えに、しかし楯髪先輩ははてな顔。その顔を見て、あーちゃんと呼ばれた暴漢の人は凪顔をほんのほんの僅かに歪め、自嘲気味に言う。

「いいのよ、みーちゃん。ウチ、地味だから。この人はどうせ覚えてなんか、ない」

「うん、その通り。覚えてない。けど、それで、幼馴染ってだけでうちの妹を助けようとしてくれたのかい?」

「何か悪い?」

「いや? でも、今時奇特な奴もいたもんだねぃ」

 とか話しているうちに、ボスの人がさっきからのやり取りにとうとうぶちっ切れてしまったのか、大きく叫んだ。

「だー! くそがっ! もうわけがわかんねー!」

 と思ったら、今度は未来さんを引っ張って強引に立たせ、彼女を盾のようにすると、その首筋に、ナイフを突きつける。あー、本当にぶちっ切れちゃったか。さもありなん。

「わかんねーからいいわもう。とりあえずお前ら動くな。得物も捨てろ。こいつがどうなってもいいのか、ああん?」

「……どチンピラね」

「いや、ど三一ってやつだよ。未来さぁ、アタシャいっつもいっつも思うんだけどさぁ、もうちょいっとマシな男見つけられないのかい、アンタ」

「でもでも、今はこんなだけど、普段はいつもカッコイイんだよ?」

「うるせー黙れ未来黙れ! わけわかんなくなるから! おい、お前ら寝てねーで起きろ!」

 ボスの人ががなりたてると、蹴り倒されたのが二人ほどうめきながら立ち上がった。ボスの人が指示を飛ばす。

「そいつらは今動けねー。ぶちのめせ!」

「言われなくても。ってか、終わった後、やっちまっていいんすね?」

「こっちも恥じかかされたからな。それぐらいは利子みたいなもんだ!」

「それなら……」

 男二人が、復讐の機会とエロい方面の機会を両得せんと楯髪先輩達ににじり寄る。うわ、大ピンチ! なのであたしは携帯で警察に連絡しようとする。だけど、男達が手持ちの武器の射程圏内に楯髪先輩達を捕らえるほうが早い。こんな状況で呼んでも、間に合わない? 

 そう思った時、楯髪先輩がハハハやたら大笑いを始めた。何その余裕、って見れば楯髪先輩は自分の武器を捨てていない。暴漢の人もだ。

 え? と思う間もなく、旋風。楯髪先輩が大振りに木刀を、暴漢の人めがけて振りぬいたのだ。暴漢の人は難なくしゃがんで避けるが、その後ろの男はそうはいかなかった。

「げぴっ!?」

 首筋に一撃を食らい、変な声と共に男(今命名するとA)は倒れた。唖然とする男達を尻目に、今度は暴漢の人が動く。楯髪先輩に向かって突き入れるが、これも難なく避けられ、呆けている後ろの男に命中。「ぐぼあ!?」と呻いて男(B)はうずくまった。

 ボスの人はまたしても口をあんぐり開け、すぐ閉めなおしてがなりたてる。

「お前ら、動くなって! 物捨てろって! 言っただろうが!」

 受ける楯髪先輩はにこやかだった。獰猛さを隠しもしない笑顔で、

「ああすまないね。アンタの言う通りにこいつをやっつけるつもりだったんだが、あっさりかわされちまって、その後ろにいやがるんだもの。不可抗力だよ」

 などと言う。当然、ボスの人は更にがなった。

「そんなこと、言ってねえよ! 動くなって、武器捨てろって言ったんじゃねえか!」

「そうだっけ?」

「さあ」

 コントみたいなやり取りだ。大変だなぁ、ボスの人。戦う相手が間違ってたとしか言い様がない状態だもの。

 間違った相手と戦う事になっているボスの人は、しばしあうあうと口を動かして言葉にならない言葉を漏らしていたが、次第にその顔に凄惨なものすら浮かぶようになり、最後には未来さんの首に再びナイフを突きつけた。そして怒鳴る。

「お前ら! 今度こそ武器捨てろ! そして動くな! じゃねえと殺す! 殺す!」

 最初にナイフを突きつけた時より確実に目がヤバい色を発していた。やると言ったらやる顔、とでも言うのだろうか。とにかく、本気だ。追い詰めすぎだよ、楯髪先輩。

 流石にまずいと分かったのか、暴漢の人は手持ちの棍を投げ捨てる。しかし、楯髪先輩は武器を持ったままだった。置く気配すらない。なにしてるのこの人! 

「ちょ、ちょっと!」

 暴漢の人もいままで凪しかなかった顔色を明確に変える。それほどのことだが、でも楯髪先輩は、ただ獰猛に笑っている。

「……ふ、ふざけやがって! お前、俺に出来ないとか思ってるだろ!」

「出来るのかい?」

 とどめの挑発だった。ボスの人の顔が、一気に温度を無くす。そして何もわめかず、ナイフを横に引いた。

 血が、しぶく。

 かと思ったが、そんなことはなかった。ただ、ボスの人の胸元がナイフで切れ、シャツが赤く染まりだしただけだった。

 って、どういうこと? 未来さんは? と、痛みを感じて叫びだしたボスの人の事をとりあえず無視して、あたしは状況をよく観察した。

 見れば未来さんは、いつの間にかボスの人の側で、また段差の上にちょこんと座って泣いている。いつの間に? どういうことなの? というあたしの疑念をよそに、未来さんは泣きながら楯髪先輩を糾弾する。

「朔ネェー、いつも趣味悪すぎだよぉ。こんなにする事ないじゃんかぁ」

「いや、最後のはその男が悪いんだよ? 本気でアンタを殺そうとしたんだよ? 自業自得ってやつ」

「んなのー、あぁーん」

 なおも泣く未来さんと楯髪先輩の間に、ボスの人を棒の一撃で昏倒させた暴漢の人が、立ちふさがった。棒を、楯髪先輩に向かって構える。

「みーちゃんを、泣かせたな」

「泣いたっていうか、未来が勝手に泣いてるだけで、その子もそこの奴が怪我してる一因だし。アタシが泣かせたってのは濡れ衣に近いっていうか」

「あぁーん」

「泣かせた」

「ああもう、いいよそれで! だから未来、泣き終わったらとっとと帰ってきなよ。京華の説教が待ってるんだからな!」

 そうだけ言うと、楯髪先輩はあたしの方にやってきた、と思ったらあたしに「後、頼む!」とだけ言って走り去っていった。

 あたしは、とりあえず救急車を呼ぶ手配をしながら、糾弾される楯髪先輩の顔を思い出す。楯髪先輩は困った顔をしていた。付き合いそんな長いわけじゃないけど、初めて見る表情だった。いつもなら、これだけ面倒なら喜びそうなのに。泣く子と地頭には、ってやつなのだろうか。それとも、未来さん絡みだと、そうなってしまうのだろうか。

 そんなことを考えながら、あたしは救急車を呼んだ後、泣く未来さんと怒る暴漢の人に「早くここを離れた方がいいですよ」と言い置いて、その場を後にした。

後で聞いた話では、暴漢の人は未来さんと同じ学校つまりあたしの通う学校に編入してきて、未来さんとは何年越しかの親友関係を築いて、ついでに楯髪先輩と面と向かって喧嘩したりしているそうだ。