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小説蛾螺倶璃砦

2012-11-02

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹休日” その4  『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹の休日” その4 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 ガラン。

 戸の鐘が鳴る。来店者だ。

(でも、このタイミングで?)

 そういぶかしんだ澄加は来店者の様子を観察する。

 男だ。銃を持っている。ついでに、どこかで見た事のある、というか今言い争っている楯髪姉妹によく似た顔の女子を横に連れている。女子は見た感じちょっと身長が低いが、それが楯髪姉妹の迫力な部分を和らげて、美少女な部分を際立たせている。服装も楯髪姉妹の大人な様相とは違い、少女趣味の強いもので、それもまた可愛い雰囲気を醸し出している。

「おい! 何手間取ってんだよ! なんか警官が寄って来てるってのによ!」

 来客者ではなく、今京華に捕まっている若い男の仲間だ、と気付いた時には向こうも仲間がどういう状態なのか悟ったようで、怒鳴り声を上げる。

「てめえら! そいつを放せ!」

「ああん?」「何ですか?」

 楯髪姉妹はかなりどぎつい睨みで男を見る。あまりにきつい視線に、男はうっと唸って沈黙しかけるが、それでも自分の優位性を思い起こし、銃口を連れてきた女子に突きつけた。

「放さねえと、こいつの命はねえぞ!」

 だが、楯髪姉妹も、銃を突きつけられた女子も、特に慌てる事もなく男を無視して淡々と会話をし始める。

「あっ、朔ねぇに京ねぇ」

「……何やってんだい、未来

――未来って? 似てるけど楯髪の妹か何か?

(そうそう。あれは楯髪三姉妹末っ子の楯髪未来さん。あたしのクラスメイトでもあるよ。ここ何日かで何回か見たでしょ)

――ああ、そういえば見た事あるっけ。

 そういう語らいの側で、状況は動く。京華が溜息。

「何時まで経っても来ないと思ったら、そんな男に捕まってたんですか、あなたは」

「いやー。捕まってたというか、なんか成り行きで、優君とね、あっ、優君って今日紹介しようとしてた彼氏ね? その優君と一緒にいたら……いつの間にかこんな事に」

「その優ってのは?」

「今、京ねぇの下敷き」

「……」

盛大に溜息をついて、朔乃が言った。

未来、前から言ってるだろ? あんた男を見る目が無さ過ぎだから恋人は慎重に慎重を重ねて選べって」

「いや、でも優君って、とってもいい人で」

「いい人がこんな所で拳銃を振り回しますかっ」

 京華の一喝に、未来はしゅんとする。

「……ごめん」

「てめえら、こっちを無視すんじゃねえ!」

 男はいい加減焦れてしまい、銃口を楯髪姉妹に向ける。

「立て! で、そいつを放せ! この女、妹なんだろう。こいつがどうなってもいいのかよっ」

 人質が目の前の二人の妹と分かり、俄然調子が上向いていく男。

(これなら抵抗もなくあっさりと事が運ぶと考えたのだろうけど)

と、人質連れの男が入ってきた段階でそそくさと机の下に隠れた澄加は考える。

(それは甘いと言わざるを得ないなぁ)

――そうなの? 楯髪姉妹のさっきの手並みは確かに見事だったけど。今度は人質付きだし、流石に無理があるんじゃないのか?

 頭に響く声に、澄加はやれやれ、といった風に首を振りながら、小声で馬鹿にしたように言葉を口にする。

「分かってないなぁ」

――うわなんかむかつく。なにさ、なにがあるっていうのさ!

(見てりゃ分かるよ)

 カミサンをそう言って小馬鹿にしながら、澄加は安全圏――机の下がこの場合においてそうであるかどうかは、微妙なラインだが――で、成り行きを見守る。

 男は調子に乗っているのか、へらへらというのがぴったり来る笑みで楯髪姉妹を笑っていた。

「早く立てよー。じゃねえと、お前らの妹をぶっ殺すってんだろ? それとも何か? 妹が殺されるのを黙ってみてるってのか? へへ、趣味わりぃな、お前ら」

 そんな男の挑発も、相変わらず朔乃たちは無視して妹――未来――と会話を交わす。

未来。あんた捕まえてるやつと京華が下に敷いてるやつって、どういう関係?」

兄弟だよ。この人がお兄さん」

「ちょ、お前、何喋ってやがる! 死にてえのか! いいから立ちやがれ! そいつを放せ!」

 拳銃をちらつかせ、真っ赤になって怒鳴る男。それに対する朔乃の答えは、男の予想を超えるものだった。

「……それなら、こっちはこうやってもいいだけどな?」

 と、朔乃は言い出すや、おもむろに床に落ちていた銃を拾う。こっちを狙うつもりか、と人質を盾にする男を無視して、朔乃は京華が優といわれた男を立ち上がらせるのに合わせて、その頭に銃を突きつける。

「ひっ」

 銃口を突きつけられ、優と呼ばれた男は小さく悲鳴を上げる。

「どうだい? そっちが人質なら、こっちも人質、だぜ?」

「お、おまっ」

「どうするんですか? そっちが未来を撃つなら、私達もこの優って子を撃ちますよ? いいんですか? それとも、自分の弟が殺されるのを見たいんですか? 趣味が悪いですね」

 京華は、銃口が妹に向いているとは思えないほど冷徹に言い切る。対する男は赤かった顔を若干青くする。そして酷く動揺し始め、わめいた。

「て、てめえら、どうかしてるぞ! 妹がどうなってもいいってのかよ!」

「弟までこき使って強盗するやつに言われたかぁないねぇ」

「本当に、この男達のどこが良かったんですか、未来

「そっちのお兄さんはあんまり知らないけど、ホント、優君は優しかったんだってば」

「それは、あなた可憐で優しく可愛く庇護欲を刺激するタイプから、男の人皆が丁寧に扱ってるだけです。世間の男というのはそういうのがたまらなく好きな奴らなんです。何度も痛い目を見たのに、まだ分からないんですか?」

「……」

「いいかげんにしろよ、てめえら! んな姉妹喧嘩は後だ! そいつを、優を放しやがれってんだよっ」

 いい加減話の通じない楯髪三姉妹に、青くなっていた男の顔色はまた赤くなり、怒りは頂点に達しようとしていた。引き金に掛かった指が震えを見せている。いまにほ引き絞り、暴発させそうですらある。

 しかし、そんなことに朔乃は頓着しなかった。提案をし始める。

「放すとしたら、同時、でどうだい?」

「ああっ?」

「アタシとしちゃあ、このままこう着状態でいるのも、面倒事でいいんだが……、まあ、さすがに妹の命と趣味等価にするってわけにもいかないやな。だから、ここはお互いの人質を交換しようじゃないか

「……」

兄貴……、ここは逃げて」

「うるせぇ! お前は黙ってろ、優っ」

「……」

 男は考え始める。特に急かすことも無く、朔乃は答えを待つ。

 その間、澄加は頭の中で会話をする。

(ね? こういう変な事になったでしょ?)

――状況が混乱しただけじゃないの。というか、すんなり人質交換して、で、どうするわけよ。お互い銃で撃ち合い? それとも銃も返すの? どちらも御免こうむりたいなあ。

(まあ、お手並み拝見よ。どうせ今のあたし達に出来ることは無いんだし)

――むぅ。

 そんな会話が済む頃には、男は考えがまとまったようだ。おもいっきり嘆息。

「分かった。こいつは放す。だから優を放してくれ」

兄貴……」

「思ってたより頭はクールだったんだね。冷静な判断で助かるよ。じゃあ早速放すけど、いいな? 三つ数えて、放すからな?」

 どこか悪役な調子になってきている朔乃が、数える。

「一…」

 兄弟姉妹、お互いにその数瞬の間にてアイコンタクトが飛び交わす。

「二…」

 捕らわれている二人が、それに薄く頷いて答える。

「三」

 と言った瞬間に、事態は動いた。

「だっ」

 放された優がまず動く。狙いは未来だ。放された瞬間に未来を確保しようとしているのだ。

 半ば強引にタックルを仕掛ける態勢で、未来へ突っ込む優。それを止めるかのように、遅ればせながら反応した京華が動くが、まったく迷いの無い動きである優を捉える事は叶わない。

 次の動きは優の兄。

 銃口を朔乃に向け、すぐにそのままではその直線上の優に当たると見て、少し上に向けなおして威嚇射撃。朔乃がひるむのを狙う。

 が、朔乃は全く動じない。撃ち返しもしない。それどころか、銃を手元で弄んですらいた。

 男がその意図が分からず少なからず混乱する。

 その間に優が未来に組み付いた。

 かに見えた。

「っ?」

 組み付いたと思った瞬間に、目標である未来の体が掻き消える。

 いや、上。

 跳び箱の要領で、低姿勢だった優の背中に手を付き、跳んだのだ。

 思わぬ動きに、優は戸惑うが、それも数瞬しか続かない。

 すぐ目の前に、兄。

「あ」

 ダッシュの勢いが殺しきれず、そのまま一瞬の混乱の為に棒立ちだった兄めがけて突っ込む。

 衝突。

「ぎゃっ」「うわっ」

 絡まって転ぶ兄弟。そこを優を追いかけていた京華が駄目押しする。優の兄が衝突の衝撃で取り落としてしまった銃を、蹴っ飛ばしたのだ。

 カラカラ、と音を立てて、兄弟から銃が離れていった。

くそ馬鹿、離れろ優!」

「んなこと言ったって」

 口喧嘩が始まるそこに、のっそりと余裕を持って朔乃が近づいて、銃口をこれ見よがしにゆっくりと、兄の頭に突きつけた。

 そして、笑う。とても獰猛に。

「で、どうしてくれようかね、君ら」

 その笑みに、兄弟は震え上がった。


「……なんか散々だった」

――そう? あたしは想いの外楽しめたよ。

 澄加の気鬱な言葉が、カミサンの妙に楽しそうな言葉にかき消される。実際には頭に響く声なので、かき消されてるわけは無いのだが、なんだか全部塗りつぶされたような錯覚に陥ってしまうくらいにはカミサンの声の張りは良かった。

――いやあ、でも、まさかあんなに綺麗に連携するとは思わなかったよ! それに、あの妹の子も、見た目から思った以上に動けるんだね!

(楯髪三姉妹で一番運動神経がいいのは、実はあの子だって話だからね)

――ふーん。人は見かけによらないってホントだね。 

 そんな事を頭の中だけで処理しながら、澄加は気持ちを盛り下げて歩いていた。

 楯髪三姉妹連携して強盗をのした直後、警察が到着した。京華に言ったように店主が警察に連絡していたのだ。到着した警察によって強盗犯の二人は逮捕され、その後当然のように澄加達は警察事情聴取された。そして、それが終わってみれば昼食の時間が過ぎてしまっており、ついでに喫茶店ケーキくらいしか食べてないので澄加は空腹のまま、とぼとぼと家路についていた。気持ちが盛り下がろうものである

 既に街中を見て回る気も無い。とにかく、帰って食事して寝たい。と澄加は考えていた。

 なにしろ事情聴取が長かった。それも、ほとんどお説教にすり変っていた。土曜の朝に制服姿で喫茶店、というのが取調官の琴線に触れたらしく、やれ今時の若い者は、って話になってしまったのだ。それで今までこってりしぼられ、よって澄加は非常に厭世的な気分になっていた。対するカミサンはそれも物珍しかったのか、大変楽しそうだった。

 事件解決の功労者たる楯髪三姉妹とは、事情聴取の順番の関係でろくに挨拶も出来ないで別れてしまっている。先に終わったので待つという手もあったのだが、そちらの事情聴取は楯髪三姉妹の取った行動の是非や、朔乃の手持ちの木刀がネックになって、長引くだろう、と途中で出てきた刑事に言われたので、澄加はお礼と別れを言わず帰ることを選択したのだ。

(今度学校であったらでも、いいしね)

 そんな打算もあった。それ以上にもうだるい

「帰るわよー」

――ええー。帰っちゃうのー。そんな怠惰な一日でいいのー。

「そもそも『あたし』って休日って概念が分かってないから、今日出かける羽目になった上に、こういう目にあったんでしょうが。家で寝てたら何も無かったよ」

 漏れる声が、心底から疲れているという響きになる。それを分からせる為とはいえ、澄加が思っていた以上の疲れた声が出たのに、澄加は驚く。

 その辺をカミサンは察したようだ。ちょっと名残惜しそうに言う。

――……帰ろうか。

「勿論よ。帰って寝ましょう」

「あら、澄加さんじゃない」

「ん?」

 声のした方に振り向くと、そこには静音が立っていた。

部長、どうしてこんな所に? というかなんです、その姿」

 とんがり帽子があれば確実に古風な魔女に見える姿の静音が、澄加の問いに薄く笑って答えた。

ちょっと野暮用よ。ところであなたの方こそ、休日制服で街中、って状態じゃない。補習帰りにでも寄ったの? っていうには時間が早いか

「あー。まあ、色々ありまして。もう終わりましたけど」

「そう。私の方も終わった所だから、良かったら一緒に帰らない?」

「……」

「なにもとって食おうとかそういう意図は無いから、そんな嫌そうな顔しなくても大丈夫よ。なんだか、強盗がうろついてるって話だから、私としても早いとこ帰りたいしね」

「その強盗の件なら、たぶん大丈夫だと思いますよ」

「? なんでそんなことわかるの?」

 きょとん、とする静音を見て、澄加はちゃんと説明しようかどうか悩む。

(あんまり興味本位で聞かれても面倒だしなあ)

「その強盗なら、あたし達の目の前で楯髪が捕まえたから。

 って、『あたし』ねー! どうせそのうち楯髪が言いまわるから言わなくてもいいんだよ!

 えー。でも、実際その活躍を見た人間言葉だって活躍した本人より貴重かもしれないよ。

 そういう問題じゃないの! 先輩が食いついてくると面倒だって言ってるの!」

「それ、本人前にして口にするって、度胸あるわね。そういう所が大好きよ?」

 静音は朗らかーに笑う。怒りの成分が見えないので、本当に言われて楽しいみたいであるが、それでも澄加はフォローに入る。

「あ、あの。先輩? これはその、あたしが話すより楯髪先輩が話す方がたぶん聞いてて楽しいと思いますしあたしってちょっと説明下手なところもあるからそれに放すと結構長くなって今はもうお昼であたしお腹も空いていて帰って速攻で眠りたいし先輩も用事済んでお疲れでしょうし」

「ここから一番近い喫茶って、ヤシダかしら?」

 腰を落ち着けて聞く気に満ち満ちた静音の声に、澄加はフォローを諦めた。

 その後、澄加はヤシダでコーヒーセットをおごられ、一時間ばかり事の顛末を話す事になった。後、家に帰ったら警察から連絡が来ていたらしく、母親にこっぴどく叱られた。