Hatena::Groupneo

小説蛾螺倶璃砦

2012-11-03

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その1  『二人なあたしと宝石の事件』 四”「魔王の赤瞳」事件の解決の顛末” その1 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

「正解は? A? それともB?」

 パタン。

「……A」

「……これで7回連続で正解か」

「……ふふふ」

 どおおおおぉぉん

 爆発音。科学部の一学期に一回程度の頻度でやらかすそれが、室内に軽く響く。

「あー、あそこまた大きいマイナスもらっちゃうわねえ」

「懲りないトコですねー」

「それでも、廃部にはならないんスよね。大手ってのは凄いもんだ」

「ウチが爆発騒ぎなんかしたら、一発だもんね」

 口々に感想を述べる『占術部』の面々は、今日も今日とて暇であった。

 静音はハードカバーの本をゆっくりと読み、覚と澄加は一つの机で一緒に宿題をあーだこーだとしている。鹿野子はそれを澄加の横で眺めている、ふりをしてこっそり澄加の香りを楽しんでいた。

 見るからにいつもの暇の一コマだ。

 最近はちょっと連続で色々あったのが、むしろそれは異端な日々とすら言える。

 カミサンも人探しの一件の後は色々と何かをしたいと訴えていたが、それも喉元過ぎればなのか、今日のところは特に何も言わない。動きの自由度も、ほぼ澄加の意のまま、という状態だ。

「貢献ポイントって言えば」

 静音が何か思い出したのか、読んでいた本を閉じて話し始める。

「最近、生徒会執行部からのお達しがあったのよ」

「何がですか?」

「貴方達も噂とかテレビの報道とかで知ってるでしょう。この間の宝石盗難事件」

 言われて、んなことあったか? と頭にはてなマークを浮かべる覚と澄加。それに対して、鹿野子はすぐに答えた。

「確か、一億円はするといわれる宝石、〝魔神の赤瞳〟が何者かによって奪われた、って話ですねー。ちょっと前に発生して、犯人はあらかた逮捕されたものの、主犯格と宝石は未だに見つかっていないんでしたっけー」

「そうそう。で、それについての新情報が駆け巡ってるのよ。その宝石が、ウチの学校のどこかにある、って」

「「一億がですかっ」」

 同時に声を上げる覚と澄加。それに対して、鹿野子は澄加の横顔を一瞬とろんと見てから、それを微塵も感じさせないくらいに冷静に言う。

「部長、それ、本当の話なんですかー? いくらなんでも、話が大き過ぎますよー?」

「それがどうにも、確度は高いみたいね。探偵部と諜報部が忙しくしてるみたいだし。そのつて経由の情報によると、最近新たに捕まった犯人がいるらしいんだけど、それが宝石を隠した犯人だかかなり近い関係だかで、結構隠し場所の核心を知っていた、んだって。又聞いた話だけどね。で、それによると、学校のどこかに隠した、って話なんだってさ」

「それで、それを見つけたら貢献ポイントが、ってことですかー?」

「そういう話。一万ポイントだってさ」

「「一万ポイントっ」」

 また同時に声を上げる覚と澄加。それに対して、鹿野子は特に興味もなさげに言う。

「それ、ウチレベルの弱小部でも、今年の貢献ポイントランキングぶっちぎりでトップに立てて、部費大幅増になれる量ですねー」

「大盤振る舞いよねえ。まあたぶん、学園内の情報網を活発にすることで、誰かがネコババするのを予防する意味合いもあるんでしょうね。情報系部活上位二つの探偵部と諜報部が本格的に動いてるとなると、学生内でちょっとでも変なことがあったらまずバレちゃうだろうし。ホント、人の善意の分かんない、あの生徒会長の考えそうなことよ」

「一億円……」「一万ポイントっスか……」

 善意的なものが欠如した顔で深刻に考え出す二人を無視して、静音は続ける。

「そういうわけだから、ウチも出来るなら探したい、って思ってるんだけど」

「探しましょう!」「是非探しましょう!」

 意気込む二人をやはり無視して、静音は鹿野子に聞く。

「鹿野子ちゃんはどう思う? ウチも探した方がいいかしら」

「鹿野子は構いませんよー。部長がそれを言い出した、ってことは何か考えがあると思いますからー」

「まあねえ。あてはあるわ。澄加さん。カミサンはご健在だよね」

「え、はい。カミサン?

 当然聞こえているよ。で、何かあたしに用なわけ?」

 澄加の口調がカミサンに切り替わる。それに頷くと、静音はカミサンに問いかける。

「簡単な話よ。この間の棒倒しの要領で、その宝石を探して欲しいの。出来るでしょ?」

「いいよ? しかも端的に言ってしまうけど、今のあたしって絶好調みたいなんだよ。念力だって、ほら」

 と、カミサンが覚に手を向ける途、覚が椅子から頭一つ分ほど、浮き上がる。

 それがしばらく維持され、

「おい、いい加減下ろせよ!」

 という覚の要請があるまで浮かせていられた。

 カミサンは明らかに調子に乗った顔をして言う。

「まっ、こんな状態だよ。どうだい?」

「じゃあ、あの棒倒しも?」

「最高だよ。さっきからあたしの頼みで問題の二択をそれで解いてるけど、全く外れりゃあしないのなんの。ばしっと当てちゃうよ!」

「……となると、これは勝ったわね……」

 静音が見るからにわざとらしく天を仰ぐ。ちょっと大仰過ぎて、周りはどうしたものか、という雰囲気。その中で、澄加は――他が異論を唱える気が無いのが分かっているので――仕方なく、と表情に出しつつ、聞いてみた。

「先輩……、勝利宣言してますけど、一体なんですか?」

「ああ、聞いてくれるの、澄加さん。私がした事を聞いてくれるの、澄加さん」

「ええ。聞かないと話が進みそうに無いですから」

「それなら打ち明けるけど、実はこの宝石探し、あの楯髪とウチの部とで、どっちが早く見つけられるかという勝負をすることになってるのよ」 

「楯髪……、って楯髪先輩のことですよね? ……なんでまた、そんなことに」

 変な展開に脱力しながら問う澄加に、静音はこれでもか、と語りだす。

「あいつさ『こんなヤマ、アタシがあっさり解決して一躍スターダムだぜはっはあん』とかのたまいやがったのよ。で、私は『そんなの無理でしょうに』ってきっちりと要求されたツッコミを綺麗に決めたわけ。なのにあいつは『まあ、アンタにゃ無理だろうけど?』とか挑発してきたから、後は売り言葉に買い言葉というか、単なる意地の張り合いというか、とにかく、私としてはあいつに負けるのはかなり嫌なわけよ。分かる?」

「……いきさつは分からないではないですが、そこまで固執するのが良く分からないです。地道な探索が主になりそうで、そんな楽しそうなことでもないのに、楽しい事とか研究優先の先輩が勝負にこだわるって、……まさか、なんか賭けたりとかしましたか?」

 静音は無言。だが、それはこの場合は雄弁と言えた。

「何を賭けたんですかー?」

 鹿野子が核心に近い質問を投げかける。静音は「別にたいしたものじゃないわよ」とした上で、言った。

「この部を、楯髪の部にする約束よ」

「「ぶっ!」」

「ちょっと部長!」

 鹿野子は椅子から立ち上がる勢いでおののく。

「そ、それって、あの危険人物が鹿野子達の部長になる、ってことですかー!」

「そうなるわね」

「ぶっちゃけ鹿野子は拒否したいんですが! というか絶対にあいつが部長なんて事態は認めませんよ、鹿野子は!」

「安心なさい、鹿野子ちゃん」

 強い拒否反応を示す鹿野子に、静音は優しく微笑みかける。その顔に鹿野子は光明を見た。

「私が勝ったら、楯髪がウチの部に入る事になるから」

「拒否しますー! どっちも拒否しますー!」

「どっちかしか選べないのに何言ってるのよ、鹿野子ちゃんたらわがままねえ」

「だって、鹿野子はあの楯髪にやたら気に入られて、というかお持ち帰りとかされそうなんですよっ。貞操の危機ですよっ」

「楯髪には棒が無いでしょう、棒が」

「そういう問題じゃありませんよー! というか、部長、ちょっと卑猥ですっ」

「まあとにかくそういうことだから、ここはきっちり勝ちにいきましょうか。そして楯髪に恥ずかしい場面をセッティングするわよ。おー」

 静音が一人、右手を突き上げた。


 カミサンの棒倒しがあるとは言え、まるで当てが無い状態で隠された宝石を捜せ、などというのは流石に無理がある。そもそも、静音としても、あれもかなり回数繰り返さないと意中の場所に辿り着けなかった、と言うのを全開で学習している。まずは、可能性を潰していく。

 そう考えた静音は、とにかく情報収集から始めてみる事にした。

 しかし、すぐにそれは頓挫する。

「またどうぞ」

「二度と来ないわよ」

 捨て台詞を残して、静音は探偵部の扉を閉める。

 鹿野子が探偵部に聞こえないように、ひそひそ言う。

「やっぱり、探偵部も諜報部も皆ぴりぴりしてますねー」

「しかも、相当足元見てくるのよねえ。こういうイベント時はかき入れ時だし、物見遊山で参加するやつを排除する為に高いポイント要求する、というのは分かってるんだけど、本気な人にはもう少し良心的でいて欲しいわよねえ」

 静音はメモ帖を取り出して、ペンでそこに書いてある名前に斜線を入れる。既に三人ほどそういった斜線が入れられていた。澄加はそれを横から眺め、肩を落とす。

「これで、情報系大手のツテは全滅ですねぇ。となると」

「残ってるのは、イリーガルなのか、あまり関わりたくないのか、ね」

 名前を一つずつペンで叩き、溜息。

静音はペンの尻で軽く頭を掻きながら話を続ける。

「じゃあ、次はどっちがいい? イリーガルなのか、関わりたくないのか」

 問いに答えたのは覚だ。

「イリーガルなのは盗聴部、……じゃないや無線部っスね? ツテなんて、あるんスか?」

「私の交友関係を甘く見ないで貰いたいわねえ。と、言いたい所だけど、これは実際は私のつてじゃなくて、先代部長のツテなのよね」

「先代、っスか。初耳スね、それ」

「貴方達皆、先代がいなくなってから入ったものねえ。先代の事知らなくても、仕方ないか。名前くらいは聞いたこと無い? 北浪凛っていうんだけど。『まじないの北神』って言えば、わりと知られた名前だと思うんだけど」

 問われた三人は黙りこくる。言われても全く覚えが無いのだ。

 静音は「そんなもんか」とどこか納得気に笑うと、気持ちを切り替えて、話を続け始めた。

「まあとにかく、無線部にツテはあるにはあるのよ。そっち行ってみる?」

「でも、無線部を使うのは少々リスキーじゃないですか? 後で無線部を使ったって分かったら、非難を浴びるかも、ですよ」

 澄加は懸念を表明する。無線部のしているとされる盗聴行為は、明らかに法の一線を越えてしまっているものだ。している事の確証がないので風紀委員等の摘発にもあってはいない。が、知っている生徒は無線部のしている事は知っているし、ゆえに利用してその力を知っていたりもする。暗黙の了解というやつだ。

 だから、

「もし解決してポイントもらえたとしても、その後の風評に影響して暇に、ってことにもなりかねませんよ」

「よねえ。暇はいつもの事だけど、拍車が掛かるのは困るわねえ。でも、情報は必要なのよね」

 静音は再びペンの尻で頭を掻く。ゆっくりとだが、何度も何度も。

 しばらくそうしているうちに意を決したのか、頭を掻くのを止めて、言った。

「とりあえず、試すだけ試してみましょう。断られるかもしれないんだし」


 無線部まで占術部の面々がたどり着くと、部室の中には既に楯髪朔乃が居た。

 それを見た鹿野子が覚の背中に隠れれたが、室内中央にあるソファに座っている朔乃は、静音に向かって手を上げる。

「よう」

「何してるの、楯髪」

「それはこっちが聞きたいね、ハエ。って言っても、ここにこの時期に用、ってなると大体の見当は付くけどね。どうせ宝石の情報でも聞きに来たんだろ?」

「まあ、あんたにしてはご明察ね。楯髪」

 朔乃は鼻をフン、と鳴らす。

「褒めてくれなくてもいいよ。んなことより、随分と遅いお出ましじゃないかい。アタシャちょっと待ちくたびれちまったよ」

「なんで待ちくたびれてるのよ。別に、あんたとここで会う約束はしちゃいないけど?」

 静音の言葉に、突然顔を獰猛にほころばせる朔乃。

(何?)

 静音はその変化に警戒心を持つが、何を警戒したらいいのか分からない。とりあえず表情と気構えを警戒レベルに持っていく。

(楯髪って、こと面倒事に関しては貪欲だから、何か仕込んでるのかしら?)

その様子が面白いのかなんなのか、朔乃は更に笑みを深める。

「何よ、何、笑ってるのよ。気持ち悪いわね」

「いやあ、これをする為に待ってたようなもんだからさ。つい嬉しくなってね」

「はあ?」

 意味不明のことを言う朔乃に、更に警戒心だけが強くなる。強くなるが、やはり何を警戒したものか、計りかねる。

 そこに付け込むこともなく、事も無げに朔乃は言った。

「宝石の場所のことだけど、ここのやつらは、何も知らないってさ」

「……そんなわけないでしょう。無線部の情報網なら、学園内で知らぬものは無いレベルよ? 具体的な場所は分からなくても、見当くらいは、ついていてもおかしくないわ」

「そうだねえ。でも、知らない、だってさ」

 朔乃は笑みを深くする。より獣のような獰猛さに。

 その笑顔で、静音はようやく楯髪の意図に気付いた。

「そういうことね。……楯髪、あんたってたまに無茶するわよね」

「なんのことやら」

「……まったく。仕方ない。帰るわよ、みんな」

「え? 聞いていかないんですか」

 澄加がいきなりの展開に戸惑い問いかけるが、静音の答えは明確だった。

「無駄よ。無線部は何も喋らないわ。……楯髪が口止めしてるからね」

「え、そうなんですか、楯髪先輩」

「んー、なんのことやらだねえ」

 楯髪の笑みは、かなりの深度に達していた。澄加にはそれがやけに胡散臭く見えた。沈黙しているのに、笑顔は雄弁ですらある。

 その笑みに。静音は負のオーラを全開にして睨みを入れた。

「そこまでして、力ずくで緘口令しいてでも、名声が欲しいわけ、楯髪」

「力ずくが何の事かは知らないけどさ。名声が欲しいかって言われれば、当然欲しいよ? その方が色々とやっかみやら面倒も増えるだろうし、アタシへの面倒事の依頼も増えるだろう? それはアタシとしては望む所だからね。それに」

「それに?」

「アンタに悔しい思いをさせるのは、後々がとても面倒そうだから、一度やってみたかったんだよ。いやあ、予想以上にいい顔が見れたねぃ」

「……行くわよ」

 笑む朔乃を強烈に睨んでから、静音は無線部部室を出て行く。研究部の三人も、それに続いていった。

2012-11-02

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹の休日” その4  『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹の休日” その4 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 ガラン。

 戸の鐘が鳴る。来店者だ。

(でも、このタイミングで?)

 そういぶかしんだ澄加は来店者の様子を観察する。

 男だ。銃を持っている。ついでに、どこかで見た事のある、というか今言い争っている楯髪姉妹によく似た顔の女子を横に連れている。女子は見た感じちょっと身長が低いが、それが楯髪姉妹の迫力な部分を和らげて、美少女な部分を際立たせている。服装も楯髪姉妹の大人な様相とは違い、少女趣味の強いもので、それもまた可愛い雰囲気を醸し出している。

「おい! 何手間取ってんだよ! なんか警官が寄って来てるってのによ!」

 来客者ではなく、今京華に捕まっている若い男の仲間だ、と気付いた時には向こうも仲間がどういう状態なのか悟ったようで、怒鳴り声を上げる。

「てめえら! そいつを放せ!」

「ああん?」「何ですか?」

 楯髪姉妹はかなりどぎつい睨みで男を見る。あまりにきつい視線に、男はうっと唸って沈黙しかけるが、それでも自分の優位性を思い起こし、銃口を連れてきた女子に突きつけた。

「放さねえと、こいつの命はねえぞ!」

 だが、楯髪姉妹も、銃を突きつけられた女子も、特に慌てる事もなく男を無視して淡々と会話をし始める。

「あっ、朔ねぇに京ねぇ」

「……何やってんだい、未来」

――未来って? 似てるけど楯髪の妹か何か?

(そうそう。あれは楯髪三姉妹の末っ子の楯髪未来さん。あたしのクラスメイトでもあるよ。ここ何日かで何回か見たでしょ)

――ああ、そういえば見た事あるっけ。

 そういう語らいの側で、状況は動く。京華が溜息。

「何時まで経っても来ないと思ったら、そんな男に捕まってたんですか、あなたは」

「いやー。捕まってたというか、なんか成り行きで、優君とね、あっ、優君って今日紹介しようとしてた彼氏ね? その優君と一緒にいたら……いつの間にかこんな事に」

「その優ってのは?」

「今、京ねぇの下敷き」

「……」

盛大に溜息をついて、朔乃が言った。

「未来、前から言ってるだろ? あんた男を見る目が無さ過ぎだから、恋人は慎重に慎重を重ねて選べって」

「いや、でも優君って、とってもいい人で」

「いい人がこんな所で拳銃を振り回しますかっ」

 京華の一喝に、未来はしゅんとする。

「……ごめん」

「てめえら、こっちを無視すんじゃねえ!」

 男はいい加減焦れてしまい、銃口を楯髪姉妹に向ける。

「立て! で、そいつを放せ! この女、妹なんだろう。こいつがどうなってもいいのかよっ」

 人質が目の前の二人の妹と分かり、俄然調子が上向いていく男。

(これなら抵抗もなくあっさりと事が運ぶと考えたのだろうけど)

と、人質連れの男が入ってきた段階でそそくさと机の下に隠れた澄加は考える。

(それは甘いと言わざるを得ないなぁ)

――そうなの? 楯髪姉妹のさっきの手並みは確かに見事だったけど。今度は人質付きだし、流石に無理があるんじゃないのか?

 頭に響く声に、澄加はやれやれ、といった風に首を振りながら、小声で馬鹿にしたように言葉を口にする。

「分かってないなぁ」

――うわなんかむかつく。なにさ、なにがあるっていうのさ!

(見てりゃ分かるよ)

 カミサンをそう言って小馬鹿にしながら、澄加は安全圏――机の下がこの場合においてそうであるかどうかは、微妙なラインだが――で、成り行きを見守る。

 男は調子に乗っているのか、へらへらというのがぴったり来る笑みで楯髪姉妹を笑っていた。

「早く立てよー。じゃねえと、お前らの妹をぶっ殺すってんだろ? それとも何か? 妹が殺されるのを黙ってみてるってのか? へへ、趣味わりぃな、お前ら」

 そんな男の挑発も、相変わらず朔乃たちは無視して妹――未来――と会話を交わす。

「未来。あんた捕まえてるやつと京華が下に敷いてるやつって、どういう関係?」

「兄弟だよ。この人がお兄さん」

「ちょ、お前、何喋ってやがる! 死にてえのか! いいから立ちやがれ! そいつを放せ!」

 拳銃をちらつかせ、真っ赤になって怒鳴る男。それに対する朔乃の答えは、男の予想を超えるものだった。

「……それなら、こっちはこうやってもいいだけどな?」

 と、朔乃は言い出すや、おもむろに床に落ちていた銃を拾う。こっちを狙うつもりか、と人質を盾にする男を無視して、朔乃は京華が優といわれた男を立ち上がらせるのに合わせて、その頭に銃を突きつける。

「ひっ」

 銃口を突きつけられ、優と呼ばれた男は小さく悲鳴を上げる。

「どうだい? そっちが人質なら、こっちも人質、だぜ?」

「お、おまっ」

「どうするんですか? そっちが未来を撃つなら、私達もこの優って子を撃ちますよ? いいんですか? それとも、自分の弟が殺されるのを見たいんですか? 趣味が悪いですね」

 京華は、銃口が妹に向いているとは思えないほど冷徹に言い切る。対する男は赤かった顔を若干青くする。そして酷く動揺し始め、わめいた。

「て、てめえら、どうかしてるぞ! 妹がどうなってもいいってのかよ!」

「弟までこき使って強盗するやつに言われたかぁないねぇ」

「本当に、この男達のどこが良かったんですか、未来」

「そっちのお兄さんはあんまり知らないけど、ホント、優君は優しかったんだってば」

「それは、あなたは可憐で優しく可愛く庇護欲を刺激するタイプだから、男の人皆が丁寧に扱ってるだけです。世間の男というのはそういうのがたまらなく好きな奴らなんです。何度も痛い目を見たのに、まだ分からないんですか?」

「……」

「いいかげんにしろよ、てめえら! んな姉妹喧嘩は後だ! そいつを、優を放しやがれってんだよっ」

 いい加減話の通じない楯髪三姉妹に、青くなっていた男の顔色はまた赤くなり、怒りは頂点に達しようとしていた。引き金に掛かった指が震えを見せている。いまにほ引き絞り、暴発させそうですらある。

 しかし、そんなことに朔乃は頓着しなかった。提案をし始める。

「放すとしたら、同時、でどうだい?」

「ああっ?」

「アタシとしちゃあ、このままこう着状態でいるのも、面倒事でいいんだが……、まあ、さすがに妹の命と趣味を等価にするってわけにもいかないやな。だから、ここはお互いの人質を交換しようじゃないか」

「……」

「兄貴……、ここは逃げて」

「うるせぇ! お前は黙ってろ、優っ」

「……」

 男は考え始める。特に急かすことも無く、朔乃は答えを待つ。

 その間、澄加は頭の中で会話をする。

(ね? こういう変な事になったでしょ?)

――状況が混乱しただけじゃないの。というか、すんなり人質交換して、で、どうするわけよ。お互い銃で撃ち合い? それとも銃も返すの? どちらも御免こうむりたいなあ。

(まあ、お手並み拝見よ。どうせ今のあたし達に出来ることは無いんだし)

――むぅ。

 そんな会話が済む頃には、男は考えがまとまったようだ。おもいっきり嘆息。

「分かった。こいつは放す。だから優を放してくれ」

「兄貴……」

「思ってたより頭はクールだったんだね。冷静な判断で助かるよ。じゃあ早速放すけど、いいな? 三つ数えて、放すからな?」

 どこか悪役な調子になってきている朔乃が、数える。

「一…」

 兄弟と姉妹、お互いにその数瞬の間にてアイコンタクトが飛び交わす。

「二…」

 捕らわれている二人が、それに薄く頷いて答える。

「三」

 と言った瞬間に、事態は動いた。

「だっ」

 放された優がまず動く。狙いは未来だ。放された瞬間に未来を確保しようとしているのだ。

 半ば強引にタックルを仕掛ける態勢で、未来へ突っ込む優。それを止めるかのように、遅ればせながら反応した京華が動くが、まったく迷いの無い動きである優を捉える事は叶わない。

 次の動きは優の兄。

 銃口を朔乃に向け、すぐにそのままではその直線上の優に当たると見て、少し上に向けなおして威嚇射撃。朔乃がひるむのを狙う。

 が、朔乃は全く動じない。撃ち返しもしない。それどころか、銃を手元で弄んですらいた。

 男がその意図が分からず少なからず混乱する。

 その間に優が未来に組み付いた。

 かに見えた。

「っ?」

 組み付いたと思った瞬間に、目標である未来の体が掻き消える。

 いや、上。

 跳び箱の要領で、低姿勢だった優の背中に手を付き、跳んだのだ。

 思わぬ動きに、優は戸惑うが、それも数瞬しか続かない。

 すぐ目の前に、兄。

「あ」

 ダッシュの勢いが殺しきれず、そのまま一瞬の混乱の為に棒立ちだった兄めがけて突っ込む。

 衝突。

「ぎゃっ」「うわっ」

 絡まって転ぶ兄弟。そこを優を追いかけていた京華が駄目押しする。優の兄が衝突の衝撃で取り落としてしまった銃を、蹴っ飛ばしたのだ。

 カラカラ、と音を立てて、兄弟から銃が離れていった。

「くそ、馬鹿、離れろ優!」

「んなこと言ったって」

 口喧嘩が始まるそこに、のっそりと余裕を持って朔乃が近づいて、銃口をこれ見よがしにゆっくりと、兄の頭に突きつけた。

 そして、笑う。とても獰猛に。

「で、どうしてくれようかね、君ら」

 その笑みに、兄弟は震え上がった。


「……なんか散々だった」

――そう? あたしは想いの外楽しめたよ。

 澄加の気鬱な言葉が、カミサンの妙に楽しそうな言葉にかき消される。実際には頭に響く声なので、かき消されてるわけは無いのだが、なんだか全部塗りつぶされたような錯覚に陥ってしまうくらいにはカミサンの声の張りは良かった。

――いやあ、でも、まさかあんなに綺麗に連携するとは思わなかったよ! それに、あの妹の子も、見た目から思った以上に動けるんだね!

(楯髪三姉妹で一番運動神経がいいのは、実はあの子だって話だからね)

――ふーん。人は見かけによらないってホントだね。 

 そんな事を頭の中だけで処理しながら、澄加は気持ちを盛り下げて歩いていた。

 楯髪三姉妹が連携して強盗をのした直後、警察が到着した。京華に言ったように店主が警察に連絡していたのだ。到着した警察によって強盗犯の二人は逮捕され、その後当然のように澄加達は警察に事情聴取された。そして、それが終わってみれば昼食の時間が過ぎてしまっており、ついでに喫茶店でケーキくらいしか食べてないので澄加は空腹のまま、とぼとぼと家路についていた。気持ちが盛り下がろうものである。

 既に街中を見て回る気も無い。とにかく、帰って食事して寝たい。と澄加は考えていた。

 なにしろ、事情聴取が長かった。それも、ほとんどお説教にすり変っていた。土曜の朝に制服姿で喫茶店、というのが取調官の琴線に触れたらしく、やれ今時の若い者は、って話になってしまったのだ。それで今までこってりしぼられ、よって澄加は非常に厭世的な気分になっていた。対するカミサンはそれも物珍しかったのか、大変楽しそうだった。

 事件解決の功労者たる楯髪三姉妹とは、事情聴取の順番の関係でろくに挨拶も出来ないで別れてしまっている。先に終わったので待つという手もあったのだが、そちらの事情聴取は楯髪三姉妹の取った行動の是非や、朔乃の手持ちの木刀がネックになって、長引くだろう、と途中で出てきた刑事に言われたので、澄加はお礼と別れを言わず帰ることを選択したのだ。

(今度学校であったらでも、いいしね)

 そんな打算もあった。それ以上にもうだるい。

「帰るわよー」

――ええー。帰っちゃうのー。そんな怠惰な一日でいいのー。

「そもそも『あたし』って休日って概念が分かってないから、今日出かける羽目になった上に、こういう目にあったんでしょうが。家で寝てたら何も無かったよ」

 漏れる声が、心底から疲れているという響きになる。それを分からせる為とはいえ、澄加が思っていた以上の疲れた声が出たのに、澄加は驚く。

 その辺をカミサンは察したようだ。ちょっと名残惜しそうに言う。

――……帰ろうか。

「勿論よ。帰って寝ましょう」

「あら、澄加さんじゃない」

「ん?」

 声のした方に振り向くと、そこには静音が立っていた。

「部長、どうしてこんな所に? というかなんです、その姿」

 とんがり帽子があれば確実に古風な魔女に見える姿の静音が、澄加の問いに薄く笑って答えた。

「ちょっと野暮用よ。ところであなたの方こそ、休日に制服で街中、って状態じゃない。補習帰りにでも寄ったの? っていうには時間が早いか」

「あー。まあ、色々ありまして。もう終わりましたけど」

「そう。私の方も終わった所だから、良かったら一緒に帰らない?」

「……」

「なにもとって食おうとかそういう意図は無いから、そんな嫌そうな顔しなくても大丈夫よ。なんだか、強盗がうろついてるって話だから、私としても早いとこ帰りたいしね」

「その強盗の件なら、たぶん大丈夫だと思いますよ」

「? なんでそんなことわかるの?」

 きょとん、とする静音を見て、澄加はちゃんと説明しようかどうか悩む。

(あんまり興味本位で聞かれても面倒だしなあ)

「その強盗なら、あたし達の目の前で楯髪が捕まえたから。

 って、『あたし』ねー! どうせそのうち楯髪が言いまわるから言わなくてもいいんだよ!

 えー。でも、実際その活躍を見た人間の言葉だって、活躍した本人より貴重かもしれないよ。

 そういう問題じゃないの! 先輩が食いついてくると面倒だって言ってるの!」

「それ、本人前にして口にするって、度胸あるわね。そういう所が大好きよ?」

 静音は朗らかーに笑う。怒りの成分が見えないので、本当に言われて楽しいみたいであるが、それでも澄加はフォローに入る。

「あ、あの。先輩? これはその、あたしが話すより楯髪先輩が話す方がたぶん聞いてて楽しいと思いますしあたしってちょっと説明下手なところもあるからそれに放すと結構長くなって今はもうお昼であたしお腹も空いていて帰って速攻で眠りたいし先輩も用事済んでお疲れでしょうし」

「ここから一番近い喫茶って、ヤシダかしら?」

 腰を落ち着けて聞く気に満ち満ちた静音の声に、澄加はフォローを諦めた。

 その後、澄加はヤシダでコーヒーセットをおごられ、一時間ばかり事の顛末を話す事になった。後、家に帰ったら警察から連絡が来ていたらしく、母親にこっぴどく叱られた。

2012-11-01

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹の休日” その3  『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹の休日” その3 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

「いいか、動くなよ。動くんじゃねえぞ?」

 そう言って店に入ってきたのは、男だった。見た目はかなり若い。澄加より2、3歳上くらいだろう。頭にやたらカラフルなバンダナらしきものを巻いているのが一番目立つ特徴だ。

 その男が、店内をうろつきながら、唾散る勢いで怒鳴る。

「てめえらは人質だ! いいか、下手なことすんなよ! そんときゃ命はねえからな! ぶっ放すからな!」

 男は怒鳴りながら、威嚇として銃口をちらつかせる。よく見れば手は震えていて、それゆえにいつぶっ放してくるか分からない恐ろしさがある。

 澄加はあまりの展開に座ったまま硬直してしまっていた。頭の中が混乱してしまったからだ。

(え? え? なにこれ? テレビ? 銃? 本物? モデルガン? え? え?)

 とりあえず、相手は銃を持っている。本物かは分からない。だが、モデルガンでここまでの脅迫をするやつも、そうはいないだろう。そうだとしたら凄いハッタリだが。

(んなわけないか)

 男の発散する必死さは、狂言や酔狂の域のものではない。というか、そもそもそんなハッタリをする必要が無い。こんな場末色の所で大金が巻き上げられるわけも無いとすぐ気付きそうなものだし、銃を突きつけられても店長は特に動揺もしていない。効果無しである。

 しかし、澄加には十分の脅威だった。徐々に、恐怖が体を染め上げていく。

(そのうち、警察が来てくれるよね。警察の人は優秀だもの)

 そう考える澄加に、カミサンは冷静に返答する。

――でも、そうなったらあたしたち、どうなるのさ?

 カミサンの言葉に澄加は戦慄した。人質、という先程の男の言葉が頭をよぎる。

(えと、これ、まずくない?)

 恐怖を、心が認識する。ここは逃げようか、とも思ったが入り口は男が塞いでいるし、今動いたら多分撃たれてしまうだろう。

(なら、窓)

 と考えたが、生憎澄加の側の窓は嵌め殺しだった。無理やりぶち破って、なんて\澄加に出来る訳がない。というか、余計に大怪我を負ってしまうかもしれない。それに、そんなことをしてる間に多分撃たれてしまうだろう。

 こういうところならあるだろう裏口も考えたが、たぶん店主のいるカウンターの奥だ。そこまで行くには、やはり撃たれるリスクを回避は出来ない。

 ということは。

――逃げ道は、無いねえ。これだと。

(嘘でしょ? マジでこんな所で人質?)

 やたらと分かりやすい現実が、目の前に提示されて目の前が眩みそうになる澄加。あまりに分かりやすい分、腑に落ちる度合いも、そこから湧き上がる恐慌も半端ではない。そして、すぐにどうにか出来ないと悟るのも簡単だった。

――まあ、これはどうにもならないよ。とりあえずコーヒーでも飲んで状況が変わるのを待ちましょうや。

 能天気に囁くカミサン。状況を見ろ、と澄加は怒鳴り散らしたい所だったが、今迂闊に口を開くと、あの強盗を刺激してしまう。それはいかにもまずい。と澄加は判断。口をつぐんでいた。

 そうすると、カミサンは澄加の体を乗っ取りだした。澄加が右腕の感覚におかしさを感じると同時に、腕はカップへと伸び、それを口に運ぶ。制御を取り戻そうにも、強固にそれを手放さない。

(カミサンねぇ! こんな時にそんなに飲みたいって、どうかしてるよ?)

――コーヒーってのは熱くて香りが立ってる時を飲みたいじゃない。それに大丈夫だよ。これくらいは許してくれるよ。

 根拠不明なのに、カミサンはやたら偉そうな言い草だった。動きを奪還できない今はカミサンに全てを託すしかないので、澄加は強盗がこちらの動きを見咎めないように、祈るしかなかった。

 そんな澄加にも、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。ここのは豆がいいのか、配合がいいのか、挽き方が上手いのか、はたまた淹れ方にポイントがあるのか、コーヒー特有の香りが濃い。ここ以外でコーヒーを飲む事も無いし、比較対象もインスタントか缶コーヒーだから、本当にいいのかどうか分からないのだけれども、それでも良いコーヒーであると澄加は思っていたりもする。

 その匂いを堪能したカミサンは、澄加の口を使ってふー、と息を吹きかけて表面を軽く冷まし、それから少しすすった。

 コーヒー特有の苦味と少しの青みが口の中に広がる。ミルクも砂糖も入れてないので苦いには苦いが、その中にほのかな甘みのようなものを感じる。そして、後味はほんのりと苦味が残るくらいだ。

「うん、これこれ」

 カミサンが満足げに、澄加の口を使ってそう言う。それから、カップを置き、フォークを使ってチーズケーキを少し切り取り、一口。

 滑らかな舌触りで、口の中でチーズケーキがとろけていく。と同時にチーズ特有の風味とケーキとしての甘みが、口の中に広がる。それも、甘すぎず、かといってチーズの風味が強すぎずの、絶妙のバランス。それでいて、後味はさわやか。無駄な甘ったるさなんて残らない。女の子ゆえ、ケーキならそれなりに食べるから分かる澄加からしても、これはやはり至福の味であった。

「うーん、やっぱりいいわ、ここのチーズケーキは」

 カミサンは更に満足げに、澄加の口を使ってそんな事を言う。

 勿論、これは男の逆鱗に触れてしまった。男は澄加を睨みつけ、ついでに銃口もつきつけて、詰問し始めた。

「てめえ、何ずいぶんな余裕かましてくれてんだよ。ああ? なんだ? てめえ、これが怖くねえってのかっ? そりゃあすげぇ度胸だなあ、おい」

「うるさい、気が散る」

「なっ?」

「黙ってなさいよ。今あたしはこのチーズケーキを存分に味わってる最中なんだから」

「て、てめえ」

(しまった)

 澄加は自分の失態を悔いた。

 ついつい逃避としてカミサンと一緒に存分に味わってしまっていた。そのせいで、カミサンが変な事を言うのを止められなかったのだ。

(今はそんなことしてる場合じゃないってわかっていたのに。堪能してたら、この人いなくならないかな、とか思ったけど、やっぱりそんなわきゃないか……)

 銃口を向けられ、戦慄と後悔をする澄加の口が、支配権を握り続けるカミサンによって、ぺらぺらぺらぺら勝手に動く。

「それに中途半端に冷めたコーヒーを飲むのはあたしの趣味じゃないから飲んだだけだけど、何か問題があるの? 別に、あんたの行動の妨げにはなってないんじゃないかな?」

「誰もてめえの趣味なんて聞いてねえ! ……ハハ、すげぇな。ホントすげぇ度胸だよ、お前。それとも単なるバカなのか? ニュース、は駄目か。テレビもラジオもねえみたいだし。いいか、教えてやるが、俺はこれでも凶悪犯だぞ? 今警察に追われて……」

「ごちゃごちゃうるさいなあ」

 カミサンはまたコーヒーを飲む。少し冷めてきたので、今度は口に含むくらいの量を口にした。舌でじっくりとコーヒーの苦味を味わう。

「あー、いいわあ」

「だから、下手に動くなと……っ」

 怒りすら露わにする男だったが、カミサンはそんな事には頓着しなかった。

「別に逃げようともしてないんだけど? ただカップを傾けてコーヒー飲み、フォークを使ってケーキを食べる。これのがどう下手な動きなわけ? それに、あたしの隣の人だって、未だにちびちび飲んでるけど、これは問題ないの?」

「ぐっ……」

 一気にまくしたてるカミサンの言い草に、男は悔しそうに口を濁した。が、すぐに銃口を朔乃に向け、怒鳴り散らした。

「うぜえんだよ、てめえら! 俺が動くなってんだから動くんじゃねえ! コーヒー飲むのも駄目だ! とにかく駄目だっ! お前も、そこの隣のも、我慢しろっ」

「あん?」

 それまで静かにコーヒーを啜っていただけだった朔乃が、男の言葉に反応する。

「それは聞き捨てならねえなあ」

 そう言って、席からすっくと立ち上がる。その顔つきが先ほど澄加に怒っていた時よりも、更に剣呑なものに変化していた。そして、通路側に出る。

「なっ? 何を……」

 男が疑問の言葉が出すより先に、楯髪先輩の手は動いていた。

 背中に伸びた手が、背中からモノを取り出す。

 その手に、楯髪先輩の得物が握られていた。

(ああ、あれが噂の……)

 出てきたのは木刀。それもご丁寧に使い込んでいると一目で分かる、所々に人によっては生理的な嫌悪感を刺激するような色合いのものだった。

 その色は、どう見積もって血の色だ。それも、血潮が冷え固まったとき特有の、赤黒い色だ。

名を。

「頼むぜ、三枚颪」

「ださっ」

 そんな声などどこ吹く風で、朔乃はその木刀を一振りすると、その色をどこか愛しさの混じった目で舐める様に見つめてから、それを両手で握り、すっと振りかぶるような態勢をとった。

「てめえ、何やって」

「アタシは」

 男の言葉を遮って、朔乃は滔々と語りだす。

「アタシはね、これでもわりといい人で通ってるんでね、警告はしておくよ。アタシは面倒事が大好きなんだ。それも指名されると特にね。この状況だけでも面倒で良かったけど、あんたに絡むともっと面倒になるようだから、絡ませてもらうよ?」

「な、なに言ってんだ? と、てめえはこれが見えねえのか?」

 男は楯髪先輩の気勢に少し押されて少しどもったが、すぐに自分が何を持っているのかを、その優位性に気づいて気を持ち直した。そして、ケヒヒヒ笑う。

「そうだよ、これだよ。てめえ、これが何か分かっんの? 見てわかんね? そんなので、これと張り合おうって? 単なる木刀だろ? バッカじゃねえの、おまえ」

「分かってるさ。オモチャ……、まあどんだけ行ったとしてもエアガンだろ?」

 男のケヒヒヒ笑いは止まらない。

「あ? 頭がおかしいのは、てめえだろ。これが単なるモデルガンとかに見えるのかよ。最近のは相当出来がいいって聞くから、それと間違えてるのかもしれねーが、これは違う。本物、だぞ?」

 そう言って、男は銃口を天井に向け、引き金を引いた。

 思ったよりも軽い音。そして、天井に地味な穴が空き、天井を構成する木の破片が、パラパラ、と男に降り注ぐ。その威力に満足したのか、楯髪先輩が沈黙したのを萎縮と捉えたのか、男は大笑いをし始めた。

「どうしたよ。さっきまでの勢いはよ。あ? びっくりして動けないか? だよなあ。こりゃあ本物だもんなあ。こんなのが当たったら、エアガンなんて目じゃねえくれえ痛ぇぞ? どうだ、当たってみるか?」

 自分の優位を信じて疑わない男は、楯髪先輩に銃の照準を合わせたまま、ゲタゲタ笑う。

 対して、朔乃は無言。しかし構えは解かないままだった。見る人が見たならば、そこに一分の隙もない事に感嘆すらする、そんな構えを朔乃はしている。

 だが男にはそんな素養もなく、ただその無言と静止を、朔乃が格好をつけつつ本格的に萎縮したものだと受け取ったようで、更に余裕をもったのか軽い笑いと共に声のトーンを強くする。

「ハハハ。まあ、あれだ。俺もパンパン撃って.死体増やしたくねーんだわ。弾ももったいねえし。だから、その物騒なの、ヒヒヒ、しまって、席に戻って、びくびくしながらじっとしてるってんなら、今なら見逃してやってもいいぞ? どうだ、悪い話じゃねーだろ?」

 余裕の言葉。それに対する朔乃の返答は。

「それはこちらの台詞だなあ。あんたがびくびくしながらじっとして、借りてきた猫みたいにおとなしく捕まるなら、痛くはしないぞ? 悪い話じゃねえでしょう?」

 血管が切れる音がするというのなら、この場面以外には聞ける時は無いだろう。

 それくらいの勢いで、男の顔に憤怒の表情が浮かぶ。だが、それは一瞬にして消え、一転して表情が消える。そして急速に男の声が冷えた。

「あー。わかった」

 男が、引き金に指をかけた。

「てめえは単なるバカだ」

 それを引き絞り、

「死ね」

 言葉と共に、引き金を。

「それはあなたの為の言葉です」

 引く寸前で、声が聞こえた。それと意図せず同時に、カミサンの念力が男の手にある銃に向けられる。がっちり握りこむイメージが、澄加の頭に浮かぶ。

 がっちりと念力に寄ってホールドされた銃は、当然動かない。それに、引いたと思った男が当惑する。

「え?」

 その出来た隙を突くように、声の主が動いていた。銃を蹴り上げる。同時に発砲音。

 パンと音を立て、天上に再び穴が開く。

「あっ」

 下から蹴られた、と男が気付く間もなく銃は宙を待っていた。そして、すぐさま蹴りを放った人物によって男の腕はねじり上げられた。すぐに何者かが男に体重を掛ける。男は床に無理やり伏せさせた。

 床に男を組み伏せた何者かが、男に言う。

「と、言いたいですが、まだここの誰も傷つけたわけでもないですから、そこまではしません。警察に突き出すだけで済ましてあげます。あ、マスター、警察に電話を」

「もうしてるよ」

 そんなやり取りをされている間も、強盗男が呆けている。地面に伏せられているのに、未だに何が起こってたのかわかっていないのだ。一部始終をつぶさに見ていた澄加も呆けてしまっていて、それほどあっという間の出来事だった。

「あ? あ? な、なんだ? だ、誰だお前」

「あなたみたいなのに名乗る名など」

 ことさら格好よくいう何者か、の名前を代わりのように朔乃が言った。

「京華、ナイスだな」

「……無いって言ってる側から言わないでよ、姉さん」

 非難する目をする何者か――楯髪京華――に、朔乃は、けけけ、と変な笑いをしてから、

「こんな小物に名前を知られたくらい、別にどうってこたぁないよ。それを気にするってのは単なる小心だな、京華ちゃんよ。というか、格好付けすぎで生意気だよ」

 と言う。それに対してのいつものスーツ姿な京華はどこか冷めた表情で切り返す。

「小心で生意気で結構よ。あたしは姉さんみたいに、無為無策で無謀無軌道な、危機意識のゆるさの幅が大きい人じゃないもの」

「はは。言うねえ」

「て、てめえ、今までいなかっただろ! 一体どっから沸きやがったっ」

 組み伏された男が、ようやく自分の事態が飲み込めたようで、なんとか逃れようと必死にあがきつつ、京華にそう聞いた。

「それは……」

 と何故か口ごもる京華に対して、朔乃がまた、けけ、と笑う。

「バカだねーお前さんは。そんなことも分からないのかい?」

「だって、確かにいなかったじゃねーか」

「そりゃそうだよ。そいつは」

「姉さん!」

 京華が高めの声で制止の意思表示をするが、朔乃はまるで知った事ではないという風に、答えを明かした。

「いいかい、そいつはね。さっきまでトイレに行ってたんだ。お、手、洗、い、にね。ほれ、お前さんの後ろにある、あれさ。って今は見えないか」

「な……」

(なるほど、あのコーヒーセットはトイレに行ってた楯髪先生のものだったのか)

 などと納得する澄加をよそに、京華は溜息。

「……姉さん」

「なんだい京華。別に隠すことでも無いだろう? 誰だって、聖人君主だってアイドルだって、トイレには行くんだ。それにそのおかげであんたはチャンスが来るまで、というかアタシがチャンスを作るまでだけど、トイレで隠れられてたんだから、結果オーライだろう?」

「事が事だけど、それでもずっとトイレに篭ってた、なんて言われるのが嫌なのよ。分からないの?」

 朔乃のデリカシーの足りない発言に、げんなり、という顔をする京華。その顔を見て、朔乃は更に、けけ、と笑い続ける。

「何を今更清純派ぶってんだよ。いい歳してさ」

「歳は関係ないでしょ歳は。それを言ったら、姉さんだっていい歳して高校生なんてみっともないわよ」

 あん? と朔野が京華を睨む。

「それをさせてんのは、京華、あんただろ? アタシャ、今更学校なんてどうでもいいんだよ」

「それで何時までも浮き草稼業? そんなの出来るわけないし、それを放っておけるわけ無いでしょう。そんな姉を持った私まで、いい笑いものにされちゃうわ」

「けっ。そんなの気にするたまじゃないだろ、お前はさ」

「姉さんこそ、その辺をもう少し気にしなさいよ。まったく、そんなだから何時まで経っても成績上がらないのよ。万年補習組なのよ」

「それは教えるほうが悪いんじゃないかねえ」

「……言ったわね」

「言ったよ」

 どんどん雰囲気が怖くなっていく楯髪姉妹。そんな二人の喧嘩に巻き込まれないように、それと状況が落ち着いた安堵から、澄加は机に突っ伏して、そっと息を漏らした。

「助かったー」

――大したことは無い危険だったと思うけどね。

「『あたし』ってホント能天気だよね……。もしかして、あたしをピンチに追い込んだのすら分かってないの?」

――でも、そのおかげであの女があいつに隙を作れたんだから、結果オーライじゃない?

「たぶん、あたしが何もしなくても隙は作ったと思うけどね」

 妙に楽しそうな声を頭の中に響かせる〝神様〟に、澄加はげんなりする。

(たぶん、このちょっとした〟アクシデントが大層面白かったんでしょう? あたし基準からすると大変に怖かったのに。なんか不公平だよ)

――怖がりすぎだっての。

 だが、それも過ぎてしまった事だ、と澄加は思い、もう一度息を漏らす。

「助かったー」

 それを聞きとがめたのか、京華が言う。

「まだ終わってませんよ、伊藤さん」

 朔乃がそれに同調する。

「そうだよ。こいつを警察に突き出さない事には、ねえ。でもさ、京華。これ、強盗だろ? なんか謝礼とか出るかな」

「姉さん。幾らなんでもそれは即物的過ぎるわよ。せいぜい感謝状くらいってオチだと思うわね、ワタシは」

「銃持ってたのを換算すれば、結構いくと思うけどねアタシは。それにこんな所に入ってくるって事は、何かから逃げてたって可能性もあるよ? 警察がどうとか言ってたしな」

「まあ、それは認めるけど。でも、あんまり期待すると後でがっかりするから、期待はお薦めしないわね、ワタシは」

「全く夢の無い奴よな、京華ってさ」

「これは夢とかの問題じゃないのよ、姉さん。単なる現実だから」

「なんだい京華。アタシが夢見がちなお馬鹿さんだって言いたいのかい?」

「今頃気付いたの?」

 またぞろ険悪な会話を続ける楯髪姉妹。これは流石に止めないとまずいか、と澄加が口を挟もうとした時。

2012-10-31

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹の休日” その2  『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹の休日” その2 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 楯髪朔乃だ。コーヒーを、フーフー、と吹いて冷ましながら、ちびりちびり、と飲んでいる。服装は普段着なのか、単にずぼらなのか、そもそも外に出歩く姿とは言い辛い微妙な感じのくたびれたジャージの上下。それがこんな寂れた喫茶店にいるだけで一気に胡散臭い様子になっていた。

その朔乃が、澄加の驚く声に気づいたのか、澄加の方を見る。それから「ああ」、と言うと穏やかに笑った。

「言うに事欠いて、あっ、とはなんだ。アタシがこんな所にいるのが、それほど意外かい?」

 澄加は〝神様〟に変な事を言われる前に、先手を取って弁解の言葉を述べた。

「いえ、その、それ以前に、知った人とこんな喫茶店で会うなんて、思ってなくて」

「おいおい、こんな、とは流石に言いすぎだろう。そりゃあ、今にも物理的な意味でも金銭的な意味でも潰れそうな、いい感じではあるけどさ」

 朔乃はそんなことを言う。澄加どころか店主にすらしっかり聞こえるだろう、それはとても大きな声で。

(ああもう、何てこというんだこの人)

 澄加は、店主の方をちらちらと見て、こちらの声が聞こえてないか――まあ聞こえてはいるんだろうが――駄目元で確認する。とりあえず、店主に目立った表情の動きはない。表情も先程から特に異変は無い。さらっと無視しているようだ。慣れているのだろうか。

 とりあえず、澄加はほっとする。それから、楯髪先輩に近づきながら、声を絞って言った。

「楯髪先輩、そういうことを言う時は、少し声落としてからにしてください。流石に今のは大声で言う事じゃあ、全くないです」

「あ? なんだね、君。アタシに真実を語るな、そう言いたいのかな? それはそれで面倒で良いけどさ」

「いや、そうはいいません。でも、言っていい事と悪い事、っていうのが世の中にはあるんじゃないかと。今のは確実に悪い事の方ですよ?」

 そこで、澄加の口の制御がカミサンに唐突に移行する。口が勝手に動き出す。

「大体、あんたの方が人生経験長いんだから、そういうのは言わなくても分かるんじゃないのかな? それともまだ若くて無鉄砲なおつもり?」

(ああ、このバカ、言わんでもいい事を!)

 案の定、怒りの琴線に触れたらしく、朔乃の柳眉がぴくりと動き、口元がぴくりと動き、それからこちらを見上げるように笑顔で睨み付けてきた。

「ふぅん。……君はそういう真正面から喧嘩を吹っかけてくるタイプだったんだねえ。思ったより面倒が無いタイプだったんだねえ。いやあ、付き合い短いから知らなかったや。でもさ、君。君も言ったように、世の中には言っていい事と悪い事ってあるよねえ?」

 怒鳴りはしないが、静かながら怒りのこもった声。そして笑顔。逆に怖い。

 そんなものに、しかし〝神様〟はまるで構わない。だから、言いたい事を言ってしまう。

「これは言っていいことの方だと思うよ? あんたは、自分の年齢について一回、良く考えた方がいいと思うし。もう、そんなに若いふりも出来ない歳なんじゃないっけ?」

(ああもう、何言ってるんだよバカ! カミサンのバカ!)

――いや、ちゃんと言っといた方がいいって。前に危うい目に遭わされたんだし。

(それはそうだけど、あの時はなんとかなったじゃんか!)

 頭の中で騒乱している間にも、暴言を投げかけられた朔乃は言葉も無く、ただ笑顔がふつふつ、という擬音がぴったりくるくらいに、徐々に柳眉を鋭角に吊り上げながら、しかし笑顔のままである。大変レア顔である。

 これはまずい。そう判断した澄加はカミサンが更にいらない口を挟まないうちに、とにかく謝ることにした。支配権を意識して口を動かし、謝罪を口にする。

「す、すいません! 今のはその、出来心というか、口を滑らせたというか。失言でした! とにかくあたしの口が過ぎました。申し訳ありません!

なんだよー、あんたはあたしに真実を語るなっていうの?

あんたは黙ってなさいっ」

「? 何言ってるんだ?」

 澄加の一人芝居に対して怪訝そうにする朔乃。ちょっときょとんそしたその顔に怒りが戻る前に、澄加は「いえ、なんでもないですよ?」ととりあえずごまかして、もう一度謝った。

「それより、本当にすいません。勢いで変な事言っちゃって」

「誤るくらいなら最初から口滑らさないようにな。でも、あんくらいで怒るってのも、ないやな。アタシもちょっとばかし大人気と包容力なかったよ」

 朔乃がとりあえず矛を収めてくれた事に、澄加は安堵する。表情もいつもの、どこかひねた所のある笑顔になっているし、たぶん本当に包容力というのを出しているのだろう。

「でさ。アンタ、まっすぐこっちに来たみたいけど、ここに座るのかい?」

 楯髪先輩が気を効かした風にそう言って、窓際の席を、タンタン、と叩く。

 澄加はちょっと迷う。

 朔乃とは部の先輩である静音との関係――二人は友人関係、もっと言うと莫逆の友レベルの付き合いだったりする――で、澄加もそれなりに面識はあると言えばあるのだが、だからと言ってここで隣同士に座ってコーヒーを飲むまでの仲でもない、とも澄加は思っている。

 それに、カミサンがまたぞろ何か変な事を口走らないとも限らない。そういうところを事情を知らない人に見られるのは、できれば避けたいところだ。

 だから、澄加は遠慮することにした。

「いえ、楯髪先輩もいますし、今日は別の席に」

「何ぃ? アンタ、アタシの隣に座れないのかい?」

 先ほどの怒り笑顔並みに剣呑な顔つきになる朔乃。大人気ない、反省したそばからだが、そこは指摘しない。しても多分また怒らせるだけだ。というか、きっとまだ怒ってるけれど、表面上は怒ってない風を装っていたのだ。と澄加は気付く。それはある意味大人らしいけれど、結局こうなるなら意味があるのだろうか。

 そんな事を考えながら、澄加は次の一手を考えるが、すぐに答えは隣に座る以外になさそうだともすぐに気づいた。だから澄加はカミサンが余計な事を言わないように、しっかり口を閉じつつ、仕方無しなそぶりを出来るだけ見せないようにして、朔乃の隣、つまりいつもの窓側に座った。

「……」

「……」

 座ったものの、会話は無い。視線も合わない。朔野から澄加に語りかけてくることも無く、朔乃はただただちびちびとコーヒーを飲む。

 澄加の方から語りかけることも、特に無い。怒らせた手前変な事をいってはまずいし、いつまたカミサンがくっちゃべるか分からない。だから沈黙せざるを得ないのだ。

 非常に気まずい沈黙だけが、場を支配している。

(こうなるのが嫌だから、遠慮しようとしていたのに……)

――なら、はっきり言えば良かったじゃん。嫌だって。

(それはそれで角が立つでしょうが。先輩との付き合いがある人に不興を買うなんて、愚の骨頂、ってやつだよ。矢面に立たない『あたし』には、わからん事だろうけどね)

 カミサンは沈黙する。いい返せないのか、腹を立てているのか、単に黙っただけなのか。それは澄加には分からなかったが、兎にも角にも喋ってくれないのは助かる。

 カミサンの動向に注意を払いつつ、澄加はコーヒーを待つ。

 やはり、話すことが無い。

 なのでとりあえずの惰性で沈黙を守っていると、不意に頭に疑問が浮かんできた。

(なんで楯髪先輩がこんな所にいるんだろう?)

 ここは朔乃も言ったように、何時潰れてもおかしくなさそうな、というかむしろもう潰れてるんじゃないかって思う時があるくらい、場末と言っていい店だ。それなりに来る場所ではあるので、常連の人はそれなりにいるのは見るし分かるのだが、新規客は、というとこの店の雰囲気から敬遠、以前に開いてると思われてないからか、澄加は見たことが無かった。

 その数少ない新規客だと思われるのが、今の朔乃だった。

(そもそもコーヒーを飲む人だったっけ、楯髪先輩)

 朔乃はたまに『占術部』の部室にやってくる事がある。そんな時は大概においてろくでもない事を静音と企んでいる時なのだが、それはさておき、その時には緑茶を所望するのが朔乃である。コーヒーのオーダーは受けた事がない。

 澄加は横目で不思議な現象を見つめる科学者的目線を持って朔乃を見る。朔乃はひたすらちびちびとコーヒーを飲む。舐めるようにした後は、そのたびに顔がしかめっ面になる。

 苦いのが苦手だからだろうか。それとも、単にコーヒー自体が苦手だからだろうか。緑茶を濃くしても特に問題なく飲んでいたという記憶があったので、多分後者だと澄加は判断した。

 だが、この店にコーヒー以外の飲み物は無い。水さえ出さない。コーヒーだけしか出ないなら、それを飲むしかないだろう。しかし、苦手な物しかない店なら、そもそも居座らなくてもいいのではないか。

(なんでいるんだろ、楯髪先輩)

 とにかく謎な楯髪先輩を見ていると、不意に楯髪先輩がこちらを向いた。

 視線が絡む。

「……何、見てんだい?」

「あ、いえ」

「……まあ、大体言いたいことは分かるよ。アタシがこんなに嫌そうにコーヒーを飲んでるのが不思議なんだろう? 分かる分かる」

 楯髪先輩はそう言って、またコーヒーをすする。そして苦そうな顔。

「コーヒー、苦手なんですね」

「こう見えても、酒も煙草もしないからね」

「それ、答えになってませんよ」

「……皆まで言わせなくてもいいだろ」

 そんなやり取りをしていると、澄加が注文したコーヒーセットがやってきた。店主がやはり無愛想に、無言で、でも丁寧で静かな動作で置いていく。なんでこんなにこの人は無愛想なんだろうか、という疑問が澄加の頭に浮かんだ。この無愛想さは客商売するには致命的である。

(実際流行ってないし、問題じゃないのかな)

 と、そこで気づく。

 二つだ。

 コーヒーセットが、二つ置かれている。一つしか頼んだ覚えの無い澄加は、間違いじゃないのかと店主に言おうとしたが、

「あの、これ」

 と言う前に、店主は無言でカウンター奥に引っ込んでいってしまった。こちらの声など聞こえていないようである。

 澄加がなおも言おうと立ち上がりかけると、「待ちねえ」、朔乃が言ってきた。

「大丈夫だよ、それは。間違いじゃない」

「え? なんでですか」

 その時、がらん、と鐘がなる。誰かが店の中に入ってきたようだ。

 その誰かが、叫んだ。

「てめえ、動くな!」

 手を店主に向ける。

その手には銃が握られていた。


 丁度その頃。

 道を歩く二人の男女がいた。あえて正しく言うと、男子女子。男子の方は背は高く、女子は背が低い。

 勿論、覚と鹿野子だ。両人とも普段着姿で街中を連れ立って歩いている。特に行くあてが無いのか、あちこち寄り道しながら、である。

 これだけ見るとデートのようにも見て取れるが、実態はかなり違う。

 その一例のような言葉を鹿野子は口にする。

「シマ、とりあえず死んでくれないーこの豚野郎?」

「言うに事欠いて、ってやつだな」

 覚が冷静に返す。その返答に、鹿野子は忌々しそうな顔になる。それはわりと凄い形相で、周りにいて「あ、この子可愛いかも」と何気なく鹿野子を見ていた男性が、その顔になった途端に顔を逸らしたほどだ。

 そんな怖い顔の鹿野子は、覚に食って掛かった。

「だってさ、何が悲しくて鹿野子はあんたと休日を過ごす事になってるのー? 本当なら、先輩とお部屋でキャッキャウフフの雨あられだったのにー。先輩家にいないし、学校に出かけたってお母様が言うから学校に行ってもいないし。で、あんたとなんかと先輩を探して町を散策―? 何よこの罰ゲームはー」

「お前が勉強教えろ、あわよくば伊藤さんと一緒に教えろ、そしてその途中で消えろ。後はこっちがなんとかする。みたいな意味不明な事を言い出すからだろうが。その罰だよ」

「なんだよー。それくらい出来るでしょ。鹿野子は認めてないけど、一応付きで先輩とシマは付き合ってるんだし、それに、シマはあたしの舎弟じゃないのー」

「お付き合いしてても出来る事と出来ない事がだな、って待て。何時から俺が舎弟になった何時から。物凄く初耳だぞ」

「無論、今からー」

 覚は、心底からの溜息をつく。

「お前の独りよがりっぷりには頭が下がるよ」

「そのまま頭下げて地面にめり込ませて死んで? それか先輩にこっぴどく振られて悲しみに胸が張り裂けて死んで?」

「誰が死ぬか」

「なら……、?」

「……どうしたんだよ、いきなり黙って」

「いや、そこのテレビ」

「ん?」

 言われて見れば、野外モニターに映像が映っている。そこには、

『伍代松市内で強盗事件発生。現在犯人は逃走中。銃を所持している模様』

 というテロップと共に、ニュースキャスターがなにやら喋っていた。

「強盗だって。ということで強盗に出くわして死んで? あるいは捕まえようとして撃たれて死んで?」

「ホント死んでしか言わないな今日のお前は。壊れた機械か何かか。……しかし、このまま街中をうろつくのも危険かもな」

「まあ、強盗に遭遇、それで人質、みたいな運の悪い事には、そうそうならないよ。鹿野子は運は強い方だからね」

「お前のは、巻き込まれてからなんとかなるタイプの悪運ってやつだと思うがなあ」

「悪運だって運のうちよ。それに加えて鹿野子は、君子危うきに近寄らずタイプだから、そういう危険には基本的に巡り合わないの」

 えへんと胸を張る鹿野子に、覚は(胸無いなー)と口にしたら確実に鹿野子の逆鱗に触れる事を頭の中で思い浮かべる。ついで、質問する。。

「でも、伊藤さんが絡んでたら、どうするんだ。強盗に人質にされてたりしたら」

「そんな事になったら……先輩の為に喜んでこの手を血で染めます。シマがー」

「なんでだよ。ってか、この手って言っただろう」

「細かい事はどうでもいいのよー。大事な人がピンチなら、手段を問わず絶対に助ける。これだけが重要なのー。他の事よりも最優先事項なのー。そんなことも分からないのー?」

「勝手にその手段にされる方はたまったもんじゃねえよ」

 そんな未来を想像して、覚はもう一度溜息を吐きつつ、今後の事について言った。

「とりあえず、このままうろついても危ないから、ここは帰った方がいいな」

「えー」

「えー、じゃねえよ。あちこちで強盗のことが話題に出てるから、伊藤さんも危ないと思ってたぶんもう帰っちまってるよ。このまま探すより、一旦家の方に行った方が間違いはないさ」

「言われてみればそうかもしれないわねー。偉いわーシマ。あんたにしては頭働かせたじゃない。偉い偉いー」

「どっかの誰かがまるで本能だけで動くから、仕方なくな」

 そう言うだけ言って、覚は澄加の家の方へと進路を取り始めた。それに、鹿野子が渋々と着いていく。そこで、鹿野子がぽつり、「でも」と言う。

 それを、覚は聞き逃さず拾った。

「でも、なんだよ」

「良く考えると、先輩ってあんまり運が良い方じゃないわよねー……」

「……」

 二人して、嫌な予感を覚えてしまった。

 その予感は大体において的中している。

2012-10-30

[][] 『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹の休日” その1  『二人なあたしと宝石の事件』 三 “街にて。あるいは楯髪三姉妹の休日” その1 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 目覚めると、澄加は道を歩いていた。知らない道ではなく、いつもの通学路だ。

 それはいい。

 問題はそこではなく、澄加には昨日布団に入った所までしか記憶が無いことだ。布団から出たり、朝食を取った記憶が無いにも関わらず、目を覚ましたらいつの間にか通学路を歩いている。

 それを何故、と澄加は思わない。この場合は、理由は決まっている。〝神様〟のせいだ。

 頭に声が響く。

――おはよーう、澄加。

「……おはよう。『あたし』」

 一応、小声で――周りに聞かれたら困るが、口にしないとイライラが伝わらないので、あえて言葉を口にしているのだ――返事はしておくが、澄加は口をへの字にする。その言い方が気に入らないのか、カミサンは澄加の口を使って、ごほん、と咳払い一つ。

「えー、本日、おひぃっ」

 澄加は高速で口の支配権を奪え返し、勢いよく口を閉じた。だが、勢い少し唇を噛んでしまい、痛みに悶絶してしゃがみこむ。同じ体を共有する〝神様〟は痛みも共有するらしく、一緒に悶絶する。

――いってー! 痛ええええええよ! なにすんのさ、いきなりなにすんのさ!

 抗議に対し、澄加は引き続き小声でイライラを混ぜた声で返答する。

「つーっ。それはこっちの台詞。何を意味の無いこと叫ぼうとしてるのよ」

――いやあ、あたしったら、全っ然声が出てないんだもの。朝っぱらからそんなのでどうするんよ。ここは腹ん底から声を出して、さっぱりとした朝をねえ。

「TPOを考えなさいよ。そういうのは人のいない時間か、いない場所か、問題ない状況でするものよ。なんで天下の往来で剛の者ロールしないといけないのよ、このバカ」

――たまにはバカになりなさいよ。あんたってちょっと堅苦しいよ。

「はっ。御免被るよ、そんな進言」

 澄加は〝神様〟に、ぴしゃり、と言い切ると立ち上がり、何事も無かったかのように歩き出した。このバカ神様に付き合っていては、らちが明かない。そう判断したのだ。

 しかし、それでもこの三日で何度もした苦情を小声で申し立てている。

「大体あんたねえ、勝手にあたしの体を動かすなって、言ってるでしょうが。特に寝てる時は!」

――でも、あたしが動かなかったら、学校に遅刻しちゃうんじゃないかな、って時間だよ?

 澄加は溜息を吐く。基本が強情な〝神様〟には、幾ら口をすっぱくして言っても全く効果が無い。のれんに腕押しってやつである。

 澄加は携帯を取り出し、それを見ながら歩き出した。確かに、今まで寝ていたのであれば、学校に遅れる時間ではある。その点は認めざるを得ないのが、更にイライラさせる。

(でも、ちゃんと学校行く方向に歩いてるから、放っておいても学校に着いたのかな? それなら、寝たままで学校に着いてたのかも。なら、楽だったかな?

 そうそう、と言うカミサンにイライラしながらもそう考えて気分を少し持ち直した矢先、ふと気がつく。

(……今日は、何曜日だっけ? あれ?)

 あたしは、恐る恐る、携帯を取り出し、開き、曜日を確認する。

 そこには『日曜日』ときっちりと記されていた。

 澄加はショックに打ちひしがれ、よよ、と近くにあった電柱に倒れ掛かった。

――どったの?

 カミサンが尋ねてくる言葉も、頭の中をぐるぐるするだけだ。澄加は、怒りを込めて、少し大きな声でのたまう。

「『あたし』さあ、バカなの? バカなのかしら?」

――な、なんだよう。

「いい、『あたし』。あんたは、今何してたの?」

――学校行ってるだけだよ? 分かってるって。だから、いつも通り学校に行ってるよ。

「そう、それはいつもの事だよ。確かにそうだね。でも、それは但し書きがあるんだよ。平日の、ってのがね」

――どういう意味だよ?

 こいつの知識面どうなってんだよ面倒くさいなぁ、と頭の中で連呼して嫌がらせしながら、澄加は〝神様〟に諭すように言った。勿論小声。

「学校にはね、行かなくてもいい日があるの。休みの日があるの。休息日があるんだよ。そして、今日はその休息日。行かなくてもいいんだよ。いいのに、何が悲しくて学校に行かなきゃなんないんだよ!」

 徐々に怒りが、もう少しもう少しで昼まで寝れる喜びを奪われた怒りが盛り上がってきたのか、澄加の声は大きくなる。さすがに最後の方で大きすぎると気付いて、慌てて周りを見回したが、人がいないのを確認して一応安堵する澄加である。

 その怒りには、流石のカミサンもなにやら自分の行動に問題があったと気付いたようで、澄加にあやすように語り掛ける。

――ま、まあいいじゃない。早起き出来たわけだしさ。それにあたしはそういう日があるって学習できたし、これで次回はこんなことは起きないわけじゃない? その必要経費とかそういう類のものってことで、その、ねー?

 その語り掛け方があまりに頭が悪く、澄加は脱力させられる。カミサンは基本的に澄加と知識を共有しているみたいなのだが、たまにそういうのが抜け落ちている部分がある。一昨日、コーヒーを飲んだ時などは、最初、あの黒さを恐れてあたしの体を金縛りにしたぐらいくらいだ。ちなみに、一回飲んで以降はすっかりお気に入りになって、あたしに積極的に飲まそうとするようにすらなった。澄加自体は、コーヒーはそれほど好きじゃないのだが、お構いなしだ。この辺の嗜好の違いからも、神様と言うより単なる別人格じゃないかと澄加が思ったのだが、それは余談。

 脱力した澄加は小さく呟く。自分に喝を入れて大声で叫びたい衝動を堪えつつ、だが。

「あーもう。なんで? なんでこういう嫌がらせするの。バカなの。やはりバカなの? あんたやはりバカなの?」

――何度もバカバカいうなよー。それより、学校が無いなら、どこか行こうぜどこか。具体的に言うと街中行こう街中。遊びに行こうぜ。

「……」

 カミサンの言う事に従うのは非常にしゃくだが、確かにこのまま帰るのも、それはそれでしゃくだ。と澄加も考える。今日は天気もいいのだし、ちょっと街中をうろつくのも良いかもしれない。そんな気分になった。

「……じゃあ、行きますか」

――やった! ならこないだの喫茶店のコーヒー飲ませてくれよ。インスタントのじゃなく。あそこの!

「……」

――なあいいだろう? 美味いコーヒーってやつ、また飲んでみたいと思わないのかい?

 ウィンドウショッピングだけで安く済ますつもりで、喫茶店に寄るなんて考えは欠片も無かった澄加だが、カミサンがやけに嬉しそうに騒ぐのを聞くと、まあそれくらいなら、と思ってしまった。学校から近いとはいえ、街中まではそれなりに歩くから、着いた頃には休憩を入れるのが適切だろう、という判断も働いている。

 澄加は軽く諦めたように溜息を吐いた。

「一杯だけよ」

――わーい!

カミサンは相当テンションが上がったのか、澄加の体を有効活用して、喜びを表現する。何の脈絡も無くいきなり諸手をあげる澄加は、端的に言ってちょっと頭のゆるい子に見えた。他に誰もいなかったのが幸いであった。


 伍代松市は、一応今年で政令指定都市の仲間入りをするくらいには大きい都市だ。だが、他の町村を無理やり組み込んだりしてだいぶぎりぎりで指定都市に滑り込んだ所があり、首都圏などはもとより、他の政令指定都市よりも、規模では格段に小さい。

 とはいえ、澄加自体はは首都圏はおろか、隣の県の街にも行った事は無いので、街の規模がどう違うかは詳しく分かりなんかしない。それでも、この街が生活する分には、あるいは物見遊山するくらいには十二分に開けている、という印象はある。

 澄加は、そんな街中の賑わっている所に到着した。すぐさま、カミサンが頭の中で囁く。

――コーヒー、コーヒー、コーヒー! 後、ケーキとかあったよな? チーズケーキが。

 テンションが最高潮なカミサンに対して、澄加は少しげんなりとする。

(うるさい。『あたし』はただ食べるだけだけど、お金を払うのはあたしなのよ? この所お金の飛び具合が酷いんだから、そんな贅沢出来るわけねーでしょうが。喫茶店ってのはね、コーヒーだけでも結構するものなんだから)

――えー。

(えー、じゃない。今日はとにかくコーヒー一杯で我慢しろ)

――いいじゃない、食べれば一緒に味わえるんだし、損は無いって。

(だーかーらー、そういう問題じゃないの。というか損するって言ってるでしょうがっ)

――でもさー、喫茶店でコーヒーだけってのは、女子高生の選択じゃないんじゃないかな? 行くとしたら一昨日行ったあそこだろ? あんな辺鄙な店で女子高生がコーヒーだけ。これは無駄に目立つと思うなあ。目立つのって、あんたは好きじゃないだろう? だから何か甘い物でもあれば、いい偽装にはなるんじゃないかなー、と思うんだけど。

(カミサン……、普段ズレてる癖に、こういう時に限って勘で正答を言い当てやがるね)

 そりゃ確かに、今行こうとしている喫茶店『ヤシダ』は本格コーヒーを売り物にしている――というより店舗規模が非常に小さい、うらぶれた喫茶店なので、それ以外に無いのだろう。でもチーズケーキは絶品だったりするのだが――場所で、だから当然、それ目当ての客が比率的に多い。

そんな中、一人黙々とコーヒーを飲む女子学生、というのは確かに幾分に難易度が高い光景だというのは、澄加にも分かる。分かりすぎる位に。

 部内の面々で外で集まる時に、その『ヤシダ』には行っており、それでそれなりの回数行った事があった澄加でも、今まで部内の人間以外の女子学生にお目にかかったことは無い。というか、澄加は以前、『ヤシダ』にふらっと行ってコーヒーのみを頼む、というのをやったことがあるが、その時は澄加がレアとして周りから見かけられる立場だった。あれはかなりの針のむしろだった、と澄加は記憶している。某コーヒーチェーン店なら女子高生がいる光景というのは常態だが、澄加はああいう所は何故か苦手である。注文が呪文のように思えて、拒否反応が出たのかもしれない、とは思っている。

 それはともかく、返答に困る澄加に、カミサンは勝ち誇り始めた。

――はっはっは。どう? あたしの考えは悪くないでしょ? これなら何の問題もなくコーヒーを飲む女子高生を演出できるよ。

(……単にケーキも食べたいだけで、よくそこまで恩を売る言い方出来るわな)

――はっはっは。それほどでもない。

 褒めてない、と言いたいが、言っても堪えないのは分かっているから、澄加は沈黙する。

 そして一路『ヤシダ』に向かいながら考える。

(どうしたものか)

 ヤシダに行って、ケーキは頼まずにコーヒーだけ飲むだけ飲んで速攻で離脱する、という手もある。隙を見せなければ、行動の自由は大体澄加の手にあるのだ。だが、そんな強攻策に出れば、カミサンが今後どういう報復にでるかも分からない。また休日に学校に行くという嫌がらせに発展するかもしれない。

(……それはそれで困るな。というより、非常に困る。出来れば回避したいなあ)

 そもそも、こう考えている事自体、無意味ではある。何せ、澄加が考える事はカミサンは筒抜けなのだ。カミサンの考える事は澄加にはまるでわからないから、酷く不公平である。でも、考えずにはいられない。

(どうしたものか)

 そう考えているうちに、澄加は『ヤシダ』に到着した。

 相変わらず一目見れば、うらぶれている、というのがどういうことかがばっちり分かる外観である。これで営業中の立て看板が無ければ、いや、仮にあったとしてもここが営業しているとはちょっと思えない。雰囲気は廃屋そのものだ。なんだってこんなになるまで放置していたんだろうか。それくらい、ぼろい店だった。

 申し訳程度にある階段を上がり、扉を開ける。

 ガラン。

 と入店を告げる鐘がなる、この音もやたら仰々しく、かつ古めかしい、もっと言えばちょっと壊れてんじゃないかってぐらい、余分な音が多いのものだ。この店の雰囲気に似合ってるといえば似合ってはいるけれど、もっと軽い音は出せないのだろうか。来るたびにそう思うが、これが直される気配は一切無い。

 そんな音に導かれるように、店内に入る。店内にはカウンターに五席と、テーブル席が三つあるが、今はどれも空いているように見える。朝とも昼ともとれない、ティータイムには中途半端な時間だからとはいえ、店主以外誰もいない店というのは流石に気後れするものがある。でも、今更引き返すのも、それはそれで気後れがする。

 澄加は覚悟を決めて、店内を進んだ。ギシ、と床のきしむ音。来る度ごとに床が抜けるんじゃないか、と疑心を抱かせる音だ。

(そうなるのは勘弁願いたいなぁ。弁償とか、出来そうにも無いし)

 とか考えてしまう澄加である。

「いらっしゃい」

 入ってきた澄加に、店主がそっけない調子で言った。この突き放してる感が堪らないのだ、と静音辺りは言うのだけれど、澄加は単に店主に無愛想なだけだと思っている。

 その店主が続けて言う。

「何にする?」

「えーと」

 店主が無愛想に、突き放したように言ってくる。

 ちなみに、ここはコーヒー単品かケーキセットしかない。こだわりなのかメニュー作りを諦めてるんだかは、藪の中であると言える。多分後者だとは、澄加は思っているが。

(さて、どうしようか。言いなりになるのは嫌だけど……)

 と悩む澄加の口が、勝手に動いた。

「うん、セット! チーズケーキで」

 カミサンが、機先を制して、そう言ってしまった。ここの店主は融通が利かないので、一度注文したら途中で変えるというのが出来ない。その弱点を突いた、先制攻撃だった。

 澄加は、カミサンに文句を――当然小声で、且つ怒りを込めて――言う。

「ちょっと、『あたし』さ、何勝手に頼んでるのよ。こっちはセットにしていいって言ってないよね。言ってないよねえ!」

――ケチケチしなくてもいいじゃん、おいしいんだしさ。それより、注文したんだし、何時までも突っ立ってないで席に行こうよ。

 そもそも、ここに来た時点で敗北していたようなものか、とも澄加は理解する。そして諦念。

「……はぁ。わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」

 澄加はカミサンの横暴に溜息を吐いて、奥のテーブル席へ行くことにした。

 そこは、ここに来た時の部の指定席みたいなものだ。大体の場合でそんなに人がいないこの店でも、特に空いている場合が多い場所なので、部の面々とよくそこに陣取るのだ。そこまでに、何度か床の強度の怪しい場所を通ることになるのだけれども。これだから、おそらく常連の人は近づかないのだろうと、澄加は思っている。

 席に辿り着く。その前に、澄加は気づいた。

 いつもの席には、今日は人がいた。入ってきた時には気づかなかった――入り口からこの奥は見づらいのだ。なので、出来れば人にじろじろ見られたくない部の面々は、良くこの席を選ぶのである――けれど、どうやら先客はいたらしい。澄加がいつも座る窓際の席の、その隣に人は座っている。

 その顔を見て、澄加は「あっ」と声を漏らしてしまった。