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小説蛾螺倶璃砦

2006-06-03

[] 我はバカ小説の虜なり。  我はバカ小説の虜なり。 - 小説蛾螺倶璃砦 を含むブックマーク

 中学の頃、我は一つの小説に出会った。

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)

 ホームズ夏目漱石中二病と言う言葉がまだなかったが、今思えばこれはかなりの中二病罹患例だろう。

 さておき。

 最初の2ページを読んで、我の脳髄に電撃のごとく何かが流れ込んできた。名状しがたい何かが。

 深堀骨を越えた今なら分かる。

 バカだ!あいつバカだ!

 そう、これは紛う事なきバカ小説であったのだ。最初の2ページの二行を、引用してみよう。

 世に発表されている「シャーロック・ホームズ冒険譚」は、長短編合わせてちょうど六十編ある。しかし未発表ワトスン手記は、この他にもまだ存在することが充分に予想されていた。(p6)

 この書き出しで始まる2ページは、まさにこの小説存在をおのずから言い表した名シーンである。ここで書かれることは以下の通り。

 今様に言うならば、その様、まさに「伝奇小説家」の如し。架空の人物達に歴史上の人物が絡む。これによって引き起こされる事態は、当然のように「俺歴史の製造」に他ならない。

 その「俺暦」において、夏目漱石ホームズと出会う。だが、その出会い方は一通りでないのも、またこの小説のバカな所である。なぜか。

 既に上記において「ワトスンの未発表原稿と、漱石の未発表原稿」と書いていることからもお分かりの通り、この小説は「ワトスン視点」と「漱石視点」の二つから成り立つ。ここが、バカのポイントだ。

 「ワトスン視点」はホームズ譚の流れで書かれる。この時、ホームズは当然あの「簡単な推理だよ、ワトスン君」のホームズである。

 だが、もう一方。「漱石視点」では、ホームズ「真実」ホームズとして描かれている。そこにいるホームズは、「ワトスン視点」のホームズとはそりゃもう全然も全然、まるっとまるきり違うホームズなのだ。しかし、バカなのはそのギャップではない。

 真にバカなのは、この見る方からは単に楽しい趣向が、書くほうからすれば一転、HELLの如き難しさを帯びる事にある。なんでこんな面倒な事を書こうとしちゃったんだよおい、という点が、バカなのである。しかも、これで更にミステリーとしてきちんとしているのが、輪をかけてバカなのである。

 かくして我は、バカ小説の味を知ってしまった。

 そんな中学生がまともな小説なんて、読めるようになると、おもうかい?