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扉を押し開けると、薄暗い店の中はほの暖かく、静まり返った空気に耳の奥がつんと鳴った。
床板の上に踏み出すとさっきまで軽快に聞こえていた靴音が重量を増してごつりと響いた。ぎいと音を立ててひとりでに扉は閉まり、暗さに慣れない目は謎の生物のような血管の詰まりを映すばかりで辺りの様子を捉えてはいない。それでも歩き出すことができるのは、何度もこの場所に来たことがあるからだ。
「いらっしゃい」
奥のほうで枯れた木の揺れるような声がした。
脚のない椅子、ガラスの抜けた砂時計、取っ手のないマグカップ、背表紙のない本。壊れているもの、壊れているのかどうかさえも分からないものたちと支えあうようにして埋もれながらその人はそこに座っていた。
「こんにちは」
私は無理にそれを掻き分けようとはせず、いろいろな物越しに、その人に返事をした。
「今日は何をお探しかな?」
「お題を探しています」
お題、と彼は繰り返した。考えるような短い間の後、おだい、オダイ、ともう二度、繰り返した。
「右の棚あたりにあったはずだが」
「ありがとう」
物と物の間を上手いこと避けて向けられた指のさし示す先に歩み寄る。ここには探せば大抵の物があるけれど、見つけるのには相当な根気がいる。なにしろ案内してくれる親切な店員はいないし、分かりやすく分類された陳列棚もない。こうして彼の指示に従い目星をつけて、あると思われる周辺を地道に掻き分けて探すしかない。
「どういったお題がお好みかな」
「わかりません。何でもいいんです。お題なら」
「ふむ」
うんうん、そうだな、と彼は一人頷いた。
右の棚からは、猫、枕、本、いろいろな物が出てきたけれど、どれも私の求めているお題ではなかった。政治、音楽、探す範囲を広げてみたけれどどれも皆納得できるものではなく、諦めてお題ではない他のものを探すことにしようかと考えていた時だった。
「そうだ、お前さんに手紙がきているよ」
「手紙?」
ぱさりと置かれたその手紙は、確かに私に宛てられたものだった。そこにはこう書かれていた。
最初のひとかけらのアイデアが制作途中に行方不明になることもよくあることだし、分裂することだってあるし。前作の最後に使った単語から次回作を書き始めるしりとり方式だろうがなんだろうが、完全に自由なのです。言い換えるならばスーパーフリーです。
なんということだろう。私がお題を探し始める前から、もうお題は決まっていたのだ。お題以外の何か、それが私に課せられたお題だ。そしてその手紙を読んだ時、私は何をお題にすればいいのか、はっきりと決まったのだ。
読み終えた便箋を綺麗に折りたたんで仕舞い込むと、右の棚になど目も向けず私は出口へ向かった。
「どうした、お題はもう見つかったのかね」
相変わらず動かないまま、彼は言った。
「ええ、もちろん。ありがとう」
私はさよならの挨拶代わりに手にしていた手紙をひらりと翻して答えた。
封筒にはこう書かれていた。
ファック文芸部 - 論理兵站 - jealousdog さんへの手紙
勢い良く扉を開くと、そこにはまるで私を待っていたように白い世界が広がっていた。