2008-11-13
■ [female] 朝起きたときの部屋の空気で

あの人の機嫌とかがわかる。あ、今日は機嫌いいなとか。げ、なんか怒ってる。とかとかとか。
(冷蔵庫のプリン食べちゃったせい?!いやでもあれ買ってきたの私だし)
(そいや仕事忙しいから話とかしてないし疲れてるからなーなーになってたなー)
(つーかそもそもわかりやすいんだよなー)
「・・・おはよ?」
いつも決まった位置に座ってる。二人とも朝弱いはずなのに先に必ず起きている。いや起き掛けている?なんかぼーっとしてて。
「ん」
(ほら機嫌わるいよきたこれ。なにが「ん」よ?)
(多少色々考えてさーちょっと伺うように語尾上げておはよってたのにこれだもんなー)
(そりゃ人間色々あるけどさー朝くらいさー)
(やーでも朝は機嫌悪いかそうか)
…
「なーんてね」
(今一瞬飛んでたな…独り言とか言わない人だったんだけどなー)
(頭の中で独り言が多いのは危険?ヤバイ?末期?)
(誰に聞いてんだよ誰に)
(あーもー頭の中うるせー)
疲れきったソファに倒れこむ。めんどくさくて。
(部屋が広い)
(考えんのやめよ思考停止全体ー止まれっ!ぴっぴっぴ)
(だから馬鹿なリズムとかやめなさいよ)
(わかってるよ口に出したり踊ったりしてないからいいじゃん)
…
もう帰ってこないのかな。
■ [male] 喧嘩の理由なんて下らなさ過ぎて忘れた

いつも、少しのすれ違いとか、そもそも話が噛み合って無かったりとかしてる。
仕事じゃもう少しうまく立ち回れるのに、なんでこうも上手くいかないんだろう。
声を張り上げて、詰って、やけに丁寧なメール送ったりして馬鹿みたいだ。
いつも、途方に暮れる、という言葉が正しいのかわからないけど、今の自分にはなんとなくぴったり吸い付く、その言葉。
空に申し訳なく思い、薄目を開けて見上げる。考える。どうやって仲直りしようかと。
いつも、甘い物じゃ芸がないよな。こないだはケーキ投げ返されて潰れちゃったし。
花は?柄じゃないよね。自分は女性に対して花を贈る、という行為がセックスより恥ずかしくて、できない。
花屋に一人で入るのは、アダルトビデオを借りるより恥ずかしい。例え、レンタルショップの店員が女性であっても。
一人で彼女の下着を買いに行くようなもんだとすら思える。
いつも、のドア。
結局、手持ち無沙汰。謝罪のメールも書いては消して繰り返して。
ぎいっと開くのを拒むようにドアが音を出している。
そんなに嫌がるなよ一応家主なんだとドアに申し訳ない気持ちになる。
いつも、の部屋はどこか寂しげで、数日誰も居なかったような、旅行から帰ってきたあの日のようだった。
そのときの彼女は確か窓を一杯に開けて、玄関も開けっ放しで。
吹き抜ける風が、淀んでいた部屋の枯れた空気を一掃してくれたっけ。
風に吹かれて顔を背けるのがとても可愛らしかった。髪が靡いて。
同じように玄関を開けたままにして靴を脱ぐ。ベランダの窓を開けてから気がつく。風が無いことに。
■ [female] 本当は知っていたけど気づかない振りをしてきた

こっそり忍び寄る。仕事が忙しいとちょっとした体調不良に気づかないように、気付かなかった。
小さな事だと思ってた。見て見ぬ振りをした。何度と無く。
二人でよく行ったスノーボード。
深夜に目が覚めて窓の外は新しい雪が積もっていた。
手のひらでは溶けてしまう雪も積もれば家すら押し潰してしまう。
簡単すぎて涙が出る。鼻を啜る。寒い。
窓から入る風が冷たく。現実を突きつける。痛い孤独。
自分の存在が薄くなってく。時計の針がゆっくりと進む。一日、一時間、長い。一秒。
(食べ物の匂いで釣れないかな)
(カレーとか肉じゃがとか好きだったな
(ココアとかも)
(寒くなってきたし指先も冷えたから)
(お湯沸かそ)
窓を閉める。
(なんで)
(あんなこと言ったんだろうな)
(きっと)
(ひとつひとつの台詞が傷つけてたんだろうな)
重かった。忙しさに感けて。言い訳なんて幾らでも出てくるのに、元に戻す方法が思いつかない。
希望のように光るケータイのイルミネーション。
あの人には届かないし、あの人からも掛かってこない。
(もしかしたら)
(ううん)
(掛かってこない)
ケータイなんて無ければよかったのに。
コンロの火が暖かい。
■ [male] 匂いの記憶

最初の記憶。
自動販売機の前。
ぱさぱさした缶のココア。
大袈裟に着膨れた彼女はパースの狂ったマスコットみたいだった。
「お疲れ様です」
(がしゃん)
「はーこれこれお疲れお疲れ」
(かしゅ)
…なんだろうこのイラっとした気持ち。
「自宅は北極ですか」
「愛くるしいと思わない?」
「ペンギンみたいではありますね」
「ペンギンは北極には居ませんー」
「じゃあ熊みたいです」
「嫌なヤツね」
「お互い様です」
…
「だからなんでそんな言い方するんだよ!」
「わからないならもういい!!」
ココアの味。
腕を強く引いた勢いでココアはこぼれてコートに掛かった。
…
「男の子みたいだね」
と悪戯っぽく微笑む。
横目に見る彼女はとても機嫌が良さそう。
今までなんだと思ってたんだ?
みたいって?
???
聞き返しても、突き詰めても、余計にわからなくなるだけだった。
カップホルダーには飲みかけのココア。舌を火傷してひりひりしてた。
…
彼女のミルクみたいな匂い。
香水をつけないからシャンプーじゃない?って言ってたけど違う。女性の匂い。昔から知っているような。
ココアに混ぜて飲んでみたいと。
■ [female] あの人の色

外を走る車のヘッドライトが部屋に入ってくる。
棚に置かれた小瓶が反射して部屋をその色に染める。海。ヒビの入った小瓶。
あの人の色はこの香水と同じ色だ。私の中で。
夏の海。決してそんな爽やかな性格じゃないんだけど。なんだかそんなイメージ。
足を入れても冷たくなくて。恐れなくて良い海。穏やかで。空色とは決して交わらないで。
一人で街を歩いていて、すれ違う人から同じような匂いがすると振り向く。
自分も同じになりたくて、手首に付けてみたけれど、ちょっと違くなる。悔しい。
同じになりたい。
子供の頃に木登りしてる男の子がカッコ良くて楽しそうで羨ましくて、真似をして怒られた。
その日のお風呂にその香水を入れてみた。
お風呂場の水蒸気の一粒に、仕事で遅くなるあの人が居るような気がした。
帰って来てお風呂に入ったあの人はなんか怒ってた。
「風呂青いんだけど…」
「うん?」
「何入れたの?」
「うん?」
「正直に言えば怒りません」
互いの視線が瓶に向かう…
「ちょ、瓶空っぽナンデスケド?」
「いいじゃん減るもんじゃないし」
「思いっきり減ってるから!」
「怒ってるじゃん!バカ!嘘つき!お店に行けばまだありますー!」
「…」
口開けたまま湯船に戻っていくあの人はなんだか可愛かった。
「変り種のバスクリンだと思ってー」
返事が無いただの屍のようだ。
■ [male] 毛布に包まって

考え事をするのが習慣になっている。
寝付くまで時間が掛かるのはこの癖のせいだ。
手や足の先が冷たい。冷え性の彼女より冷たいのはなぜなんだろうか。
眠ると彼女は暖かくなるのに自分は冷たいままだ。
自分と同じ毛布。安心する。犬みたいだって笑われる。半分ずつなのに。
何がしたいんだろうか。何が間違ってた、かはそんなに重要じゃない。
でも、どこか上辺を撫でるだけの付き合いに思えて。
どこまでも続く砂浜を歩いていた。
灯台の灯りと、海の向こうの島の灯りだけ。
波の音がこんなに大きいなんて初めて知った。海の寝息。
夜の空よりも暗い砂浜に二人のくぼみが延々とできていった。
もう歩き始めた位置なんて見えなくて、戻るなんて事は考えてなかった。
そのまま、歩き続けて、ホテルの軒先に着いた。雨が降ってきたから中に入ってセックスをした。
とても良くて、とても悲しかった。セックスは死の象徴という人が居た気がするが、彼女とのそれはどこか終わりを思わせた。延々に続く砂浜。
シーツに擦れた皮膚が赤く剥けた。背中には彼女の立てた爪の跡から血が出ていた。彼女のサイン。
腕の中で彼女はずっと窓に当たる雨を見ていた。大きな眼を開いて。猫。
明日が来て。明後日が来て。そして終わる。寄せては返す波。
互いに分かり合えないから、気持ち良くて。
話す事も諦めて、ただ待ってた。それが来るのを。予感。それだけで繋がって。
すれ違ってすり減って疲れて。体液のないセックス。
あんなに気持ちいいのに、こんなに下手くそで。
■ [female] 感覚が浮いちゃって

地に足がついてないというか、体から心が離れてる。響く余韻。
「月は羨ましいんじゃないかな?こっちが。海が欲しいんだよ。」
なんか妙に納得した。
いや科学的なんかじゃ全然ないし、御伽噺でもないし、なんだけどなんだけど、なんか納得した。
はーなるほど。と思ってしまった。思ってしまったものはしょうがない。そんなもんだ。
上になってあの人を揺するのは羨ましいからなのかなってしながら思った。流れる雲。朧月。
瞬きしてる間にもう重たい雲に包まれて見えなくなった。
もしかしたらまた見えるかなって、ずっと見てた。どこか今の自分と似ている気がしたから。
もしかしたらそう言ってもらえた事が羨ましかったのかもしれない。わかんない。
窓には水滴がくっついて、にじんで、流れてた。同じ形にならなくて飽きない。
雨は好きだけど雲は好きじゃない。
この時間が続けばいいのにと思う。時間を知らせるベルが鳴る。
■ [male] 空

仰向けに寝返りをうつ。
天井が透けて空が見えるようだ。
まだ外は暗い。夜は夜が明けて朝が来る事を知っているのだろうか。
眠い。体の芯から心地よい眠気がたち込める。
眠気も愛情も同じ所から発生しているような気がする。どこなんだろうか。頭の中?心臓?骨?皮膚?そのどれもであってどれでもないのかもしれない。
「ねぇこれで本当にいいの?」
おかっぱの子供。
「ああ、またお前か」
汚れた半そでのポロシャツに半ズボン。
手や足にすり傷を作っている。
「ねぇ、いいの?」
苛められて泣きながらよく家へ帰った。
情けない過去。自分が無力じゃない事を証明する為に。小動物や虫を殺して遊んでいた。
「幸せ?それともこれから幸せになるの?」
歪んだ笑顔。口が裂けてにちゃにちゃと肉が蠢く音。
「お前に何がわかる!」
苛立っていた。不甲斐無さに。情けない自分に。
「それが大人?きみは大人?」
答えなんてない。
衝撃。光。空。
あ、さっき見てた空。
空が沈む。
ああ、そうだ、帰んなきゃ。
彼女の淹れてくれたココアが飲みたい。謝らなきゃ。
