Hatena::Groupneo

pour away このページをアンテナに追加 RSSフィード

掴めそうで掴めない情景、淡く、うっすらと。

記憶の中にぼんやり灯る物語。

2009-02-22

[] 若さの値段 03:07  若さの値段 - pour away を含むブックマーク はてなブックマーク -  若さの値段 - pour away

「ねぇ?好きだよ?」

ちょっと待って。それは彼女の台詞じゃないだろう。オレの台詞のはずだろう?。自分の気持ちを表明するのにどうして相手に尋ねるようなそんな聞き方を…違う、違うだろう?そうじゃなかった。そうじゃない。オレの台詞でもない。あれ?オレ何してんだろう。横顔には見覚えがある。そうだ。次の瞬間、髪を耳に掛ける。笑う口元。赤い。唇。笑った?誰?違う違う違う違う違う…

天井に仕掛けられた星空が淡く揺れている。どこだっけ。ああ、そっか、そうだ。ガラス張りのバスルームからシャワーの音が聞こえる。目頭を押さえる。隣人が親しげにするノックのような頭痛。バスローブを着て、ベランダに出る。意外。目に入ったものから頭が弾き出した単語。朝から夜まで人でごった返している街。今は廃墟か、時間と空間の隙間に存在しているような非現実感。区画された道路。純粋培養されたビルはどこまでも育ちそうで。街並みを決して乱す事無く天へ伸びる。赤い光が点滅している。港に大型の客船のようなものがひとつ。橙に染まったコンビナート。コンビナートの息遣い。いやこの港街の呼吸。ビルも港も船も同じタイミングで光を点滅させている。なんだか面白い。押し殺せない存在感を申し訳なさそうにしている。謙虚で潔くて。規則正しくて、遊びつかれた子供が眠っているようにも見える。


「あれ?起きたの?」

「うん」

細い腕が首に絡む。いつもと違う匂い。それにも慣れている妙な感覚。ぬれた髪が冷えた頬をさらに冷たくする。

「タソガレてるの?」

「ううんいい写真が撮れそうだなって」

「ウソ。写真なんてやらない癖に」

「どうかな」

「ね。キス」


汽笛の音。


「寒いよ中でしよ?」

「キス?セックス?」

「できれば両方」

「それはいいけど、喉渇いたよ」

「さっきの残り、まだあるよ?冷やしといたから冷たいよ」



水滴がきらきらしている銀の器。お酒はまだそんなに得意じゃなくって。それほど知らなくて。苦いか酸っぱいか甘いか。自分の中でアルコールは信号のようにはっきりしたものだった。酸っぱい炭酸を飲み干す。喉越しの意味はいまだにわからない。

「今日はなんかお酒ばっかりだ」

事実。そうだった。どう見ても学生にしか見えないはずなのにどうなっているのか。種も仕掛けもおそらく、彼女にあるのだろう。男がゼンマイで動く太鼓を叩くサルのぬいぐるみだとしたら、女は精巧なからくり人形だと思う。

「酔った方が楽しいでしょ?」

「あんまり飲むと勃たなくなるって言うよ?」

語尾が上がる会話。どこもかしこもそうだった、他聞に漏れず。

「男の人は酔わないと信用できないから?」

「ぶ、なにそれジョーク?」

「イマドキノジョシコーセーの処世術?」

むせた。

「イマドキ、か」

「これもイマドキノジョシコーセーの秘密のひとつかなんか?」

「女は謎なのよ」

「あはは」

「えへへ」

「ひとつ聞いてみたいんだけど、」

「うん、?」

「その仕方どこで覚えたの?」

「何、仕方ってこれ?」

「そうそれ全般」

「どこでって自然に?」

「なんかねー」

「なんか?」

「嘘っぽい」

「容赦ないね」

「だってーきみ、巧いんだよそこいらのオヤジより、絶対おかしい」

一瞬彼女の目に他の女性がちらつく。あれ?酔った?まさか。

「そこいらのオヤジとやんなよ」

「きみだって噂知ってるでしょ?それでここに居るんじゃないの?」

「あーウリやってるとか、?」

「ほら」

「気にしてないというかそんな事考えてなかったよ?」

「さっき、気配が消えてた」

「?ベランダに居たから」

「ううん、違うそうじゃない」

「?」

「あなたとあなたのそれがずれてる気がする」

「え?」

「あなたは誰なの?」

「オレはオレだよ。キミのカレシ」

「あなたは甘くなくてとてもやさしい人」

泣きたかった。声を上げて。代わりに心臓が悲鳴を上げる。どくん、と脈打つ、心のやわかい場所に針が刺さって空気が抜ける。縮む。嫌だ。戻りたくない。何に?安っぽい鍍金が剥がれる、なんて容易く。星空のイルミネーション。知らない天井。逃げてた。死ぬくらいなら死ぬ気で逃げようと。あっという間に追いつかれた。逃げられない。軽かった夏の空気が堆積していく、淀んで金属のような煌きを放つ。




「オレとのは有料なの?」

「体は売らないよ。心は売るけど」

「何で払えばいいのかな」

「あとでわかるから」

「たぶんさ?あたしたちは大人になる前に、大人を知りたいんだ」

「うん」



それから彼女とは会わなかった。学校にも来なかったし、ケータイも繋がらなかった。懲りもせず飽きもせず番号が変わるだけ。

一緒に居た時間が少なかろうが多かろうが、その度に持っていかれる質量。それは常に一定だった。誰に惚れても惚れられても。それは未来の自分でも過去の自分でもおそらく同じ。面白いよな恋愛って。

彼女は自分なりに社会を知ろうと関わろうとしているのだろう。実際の所、何をしているかなんて知らなかったし、どーだってよかった。ただ、彼女も自分も、やっぱり子供で、まだ自分というものすらわかってなかったんだと思う。それすら。けれど、その辺りがやっぱり落とし所ではあって。夏休みの終わりに、チョーカーを投げ捨てた。