嫉妬する雑種犬 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-12-28

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1時間ほど行ったところで揺れはさらにひどくなった。クルーの1人までもが船酔いしている。私は何ともない。ずっとレールにもたれてしぶきを浴びていたせいで半分塩漬けになってはいたが、袋を持ってうずくまっている奴に「海に飛び込めば楽になると思うよ」と言ってヒンシュクを買う余裕さえあった。

いく枚か写真を撮ったが、陸がもう見えないので同じ写真ばかり。見渡す限り海だけの写真イルカサメのヒレを探して水面に目を凝らしてみたりもしたが、船のつくる水しぶきの中から数匹のトビウオが逃げ去ったのが1度見えただけだった。彼らはまるで木の葉のように軽い。

さらに1時間、海ばかりを眺めて過ごす。なぜ飽きないのか自分でもよくわからない。眠ろうとしてみたが、目を閉じることができなかった。私は波が果てしなく生まれたり消えたりする、それだけのことから目を離すことができない。それらを見ているとき、私はいったい何を考えているだろう。何も考えていないのではないかと錯覚させられる時がある。実際には……私は忘れるだけかもしれない。実際、あと10分で最初のポイントに到着です、というアナウンスが入り立ち上がったとき、私からすべての思考が、「思考していた」という感覚が、消え去った。

レールから身を乗り出し進行方向を見やると、広い範囲で波が白く砕けている。それは水面下にリーフがあるということを意味する。私はあの下に何があるか、どんなものがいるかを瞬間的に想像して身震いした。

私たちはブリーフィングを受けたあと器材の準備を始めた。私はまだ慣れていないので、さっきのガイドのS……に手伝ってもらう。彼は私よりも小柄だ。クルーは皆なぜか彼のことをケニーと呼んでいる。

今日は少し荒れているので、透明度は低いかもしれません。」

と、彼は私のBCDをチェックしながら言う。

「運がよければ、ウミガメが見れますよ。ところで、ジャイアント・ストライドはできますね?」

「はい。」

私は緊張していた。

エントリーのとき、水面まで1メートルほど距離があり、私は一瞬恐怖にとらえられた。落下感。浮力確保。私には波が高すぎる。それに、質の悪いレンタルシュノーケル。海水を飲み込んでしまい、息が上がってくる。ロープにしがみつき必死で呼吸しようとしていると、S……が私の腕をつかんだ。

「レギュレーター咥えて。さっさと潜降しちゃいましょう。」

と、見る間に沈んでいく。私は慌ててあとに続いた。ほんの数メートル潜っただけでさっきの波を感じなくなったのが不思議で……しかし私はマスクに海水が入ってくることを恐れて上を見上げることができない。

細かい塵が雪のように舞っていて透明度はよくない。幾匹かの魚がアンカー・ラインのまわりを行ったり来たりして、私たちをじろじろ見ている。水中では、私たちが魚を見ているのか、魚が私たちを見ているのかわからなくなる。思うに、いったん潜ってしまえば、1匹のアザラシも1人の人間も変わらない。私たちは海洋生物なのである。

前方を見ると、S……がホンソメワケベラに掃除されていた。海底に到達した私たちは大シャコ貝を触って遊ぶ。呼吸がやっと落ち着いてくる。私はふわりと浮き上がり、まるでしつらえれられたように殻にソフトコーラルをいくつもくっつけたシャコ貝の上を難なく飛び越えた。まるで濃い霧の中をすすんでいるようだった。これは、テレビ映画で見る海とは全然ちがう。美しくない、ということではない。それは美しい。だが、私自身が、いま海の中にいると言う感覚、まるで肺の中に海水が流れ込んでくるかのような感覚の方がより美しい。私はもうすでに傍観者ではなく……もしあなたがテレビで海の中を見ているとすれば、わたしはテレビ画面の中にいる。私はそれを感じていたのか、あとで感じていたことを知ったのかは知らない。だが、その感覚は確かに私に深い印象を与えた。文字通りに「深い」印象を。

私たちは聳え立つ珊瑚を見、天然のトンネルをくぐった。途中、クリスマスツリーワームに水を送り込んで遊ぶ。S……は珊瑚の隙間にいたカクレエビを探し出して私に見せた。彼らは透明で、繊細な赤い縞がついていてとても美しい。

私には珊瑚や海底ギリギリのところを泳ぐクセがあり、今度も柔らかいふくらはぎ珊瑚で擦ってしまう。

S……が何かを指さした。バラクーダがいた。近い。私たちとの距離は10メートルもない。私ははっきりとその姿を見ることができ、以後それは焼きついている。それは、その大きな丸い目で私を睨んでいた。鰓のまわりに小さな掃除屋が幾匹か。私には巨大に見えた。巨大な矢。そしてその銀色。私はそれまで本物の銀色を知らなかったのではないか?本物の銀色それはバラクーダ。

S……がまたもや私を呼ぶ。もっとバラクーダを見ていたかったのに。しかし直後私は2匹のサメが自分の真下をにいるのを見た。ホワイトチップだ。さっきの擦り傷のことが頭をかすめる。しかしその流線型の黒い影は、私たちの下を悠々と通り過ぎ、岩の向こうに姿を消した。