嫉妬する雑種犬 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-04-05

[][]もしもラヴクラフトホテルカリフォルニアを自分語に翻訳したら もしもラヴクラフトがホテル・カリフォルニアを自分語に翻訳したら - 嫉妬する雑種犬 を含むブックマーク はてなブックマーク - もしもラヴクラフトがホテル・カリフォルニアを自分語に翻訳したら - 嫉妬する雑種犬 もしもラヴクラフトがホテル・カリフォルニアを自分語に翻訳したら - 嫉妬する雑種犬 のブックマークコメント

夕陽の最後の光も消え去った時刻、私は人気のない寂寞とした街道をあてもなく彷徨っていた。夜のひんやりとした風がまるで不可解な手のように私の髪をかき上げ、湿気を含んだ夏草の臭いが陽炎のように立ち昇って私の鼻をつく。

私はもう何時間も、暗い街道を足元に目を落として黙々と歩いていた。しかし、ふと何かの視線を浴びているように感じて目を上げ、数百フィートほど向こうに明滅するか細い明かりが見えることに気がついた。吸い寄せられるように近づくうち、頭に疲労がのしかかってくるように感じ、突如として視界が靄がかったようにぼやけ、突然の眩暈に襲われるかと思い、夜ごと無法者の行きかううらさびれた街道で意識を失えばどのようなことが起こるかを考えて私は恐怖にかられた。

泊まる場所を探さねばならないと私は思った。

幸いなことに近づくにつれ、先ほど私が見た光は、少なくとも100年以上も前に建てられたと思われる、今や蔦がいたるところに繁茂し白壁を半ば隠すように覆っている古ぶるしい正教派の教会を改築したホテルだということがわかった。往時は美しかったであろう聖母マリアの生涯を描いた一連のステンドグラスは歳月を閲してどす黒くにごっており、ちょうどその上の梁の部分に、いささか場違いな鮮やかさを放つネオンサインが煌々と輝いていた。

ホテルカリフォルニア

私はこみあげてくる不快感に圧倒されつつも、足は戸口に通じる重々しい石段を上っていた。

戸口には、高貴な家柄を思わせる洗練された顔立ちながらもどこか人工的な、仮面のような微笑を浮かべた女性が立っていた。その美しさと肢体の若々しさに相反して、彼女は落ちぶれた貴族を思わせる奇妙に落ち着いた雰囲気をそなえている。

彼女が私のためにドアを開け、私は来客を知らせるベルの乾いた音を聞いた。

彼女は蝋燭に火をつけ、その不気味な影をつくるゆらめく黄色い光で廊下を照らしたが、ランプひとつない真っ暗な廊下を奥まで照らせるはずもない。そしてその暗がりから、何かこの世のものではない、異界的な声を持つものたちの詠唱が湧き上がるかのように感じたのは、私の膨れ上がった想像力のなせる業だったのだろうか。

――われら汝を歓迎するものなり

――選ばれしもの集う甘美なる地にして

――汝眠るものに夢見る場所を与えたり


私は彼女について暗い廊下を進み、やがて無数の蝋燭で明るく照らされた中庭に行き着いた。私は急な明るさに目を細めた。

中庭の中央には1969年という銘の読める苔と地衣類に覆われた背の低い石碑が不可解にも横たわっており、それを中心にして儀式めいた正確さでテーブルが配置されている。テーブルの上には贅沢な飲み食いの饗宴を行ったとおぼしき跡が見受けられ、彼女はそこにいるたくさんの、どれも同じような薄い唇と浅黒い肌をした、どこか魚を思わせる容貌を持つ男たちを“仲間”だと私に紹介した。

男たちの何人かは浮かれて踊っており、その踊りは私がいままでに見たことも聞いたこともない、まこと奇怪でグロテスクな踊りだった。

私は居心地の悪さを感じながら壁際のテーブルに腰かけ、給仕係を呼んだ。

ワインをくれ。」

と私が言うと、他の男たちと同じ魚めいた容貌のこの給仕係は、

1969年以来、スピリッツは置いていないのです。」

と、薄い唇をゆがませてにやりと笑った。

私は再び頭痛と眩暈を感じ、部屋に案内してくれと頼んだ。彼女が私をまたあの暗い廊下へ導き、修道女たちが使っていたであろう質素な部屋に案内した。

私はすぐに硬い簡易ベッドに横になり不安な眠りについたが、何か怖ろしい、原初的恐怖を感じさせるような地獄めいた悪夢にうなされ、真夜中ごろ目を覚ましてしまう。私の目は恐怖によって見開かれ、不快な冷や汗を感じながらも身動きもままならず、その悪夢原因は何なのかと一心に耳を澄ました。するとあの、震えるような異界的な声で唱えられる詠唱が――

――われら汝を歓迎するものなり

――此は選ばれしもの集う甘美なる地

――夢見るもの逃れること能わざる歓喜を見出す地なり

私は飛び起きて彼女の部屋をノックしに行った。

ドアが開き、私は鏡張りの天井と、テーブルの上のシャンパングラスに入った赤い液体を見た。

「私たちは呪われているの。」

彼女が言った。

「中庭にあった墓を見たでしょう。私は……」

私はその先を聞く前に駆け出していた。彼女が何を言わんとしているのかがわかったのだ。私は彼女の部屋の本棚にただひとつ置かれている本が聖書などではないということを見てしまったのだ。ありえない事だが、私はその分厚い歳月を感じさせる禍々しい表紙に「ネクロノミコン」という文字を読んでしまったのだ。

私は暗い廊下へと方向もわからずに逃げ出し、別の部屋の扉を見つけてノックした。とにかく彼女以外の人間に助けを求めたかったのだ。

私のためにドアを開けたのは魚めいた容貌をした男たちの一人で、部屋は狭苦しい調理場だった。彼の背後では男たちが鋭い肉切り包丁で何か大きな肉塊を切り分けているのが見え、ドアを開けた男の白衣にははなはだ当惑させられる大量の血の染みがついていた。そして、調理場全体に漂っているむっとする不快な臭い……。


最後に憶えていることは、出口を目指してあの暗い廊下を、やみくもにひた走っていたことだ。私はとにかく、元の場所、あの平凡なハイウェイに戻りたかった。

するとひとりの夜警が私を呼びとめ、……その夜警も同じ魚めいた容貌をしていたが……こう言った。

「落ち着きな。それが運命なんだよ。チェックアウトはいつでもできる。だが絶対にここから出られないんだ。」

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