さようなら

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2011-11-23

[]ある朝、インターネットは死んでいた

普通の女子大生は、Google+で「日本一」になんかなっちゃいない。|真性引き篭もり

「グローバル化された普通基準」の持つ暴力性

「このことに対して、君たちが同意するかどうかはしらない。同意できないことも多いだろう。だが、君たちがどんな感想を持とうとも、このようなインターネットは確実に存在していたし、それは事実だ。さて始めよう。」

「もうやめるのだ。そんな不毛なことは。不毛だ。不毛過ぎる。君たちはインターネット上で、君たちのことが承認されることを、何処か心の底で望んでいた筈だ。その承認というのは他でもなく、君たちが下らなくて、取るに足らなくて、つまらない存在。忌み嫌われる存在。その忌み嫌われる存在であることを自認することによって、君たちはコミュニケーションをしていた。

俺は何処に行っても、多くの人々が『非リア充であることを自認している。だが、その存在の多くは、『非リア充』を自認しない人々にとっては遥に『リア充であるという嫌らしさを嫌というほど目にしてきた。非リア充を屈託なく表現できるという才能こそがリア充的な才能であるということを、誰も指摘しない。貴方達が何かのキーワードとして仲間になれるという、その事態こそがリア充的素質なのだとはっきりと指摘する。

君たちはリア充だ。

君たちは心の奥底で、自分の不幸を何かしらの形で説明しようとしている。アニメのせい?マンガのせい?それともインターネットのせいか?いや、どれでもない。端的に言ってしまえば、君たちはただただ単純に不幸だったのであり、それ以上の、それ以下でもない。アニメアイコンが云々みたいな偏見馬鹿に食わせておけ。問題はそんな振る舞いをしたとしても、お前たちとお前たちには確実に格差存在する

はっきりと例を出してやろうか?童貞であり非モテを自認する人間とあるイベントで見かけたときの話だ。そいつはこともあろうことに女性三人くらいを引き連れて、いまから食事に行くと言っていた。そういうこともあるのだ。彼が、自分主観では不幸であるという認識があることに対してチャチャを入れようとは思わない。だが、そういう神話はこれから増え続け、そして君たちの好きなインターネットを殺す。

なぜ君たちの好きなインターネットを殺すのか?普通の人が普通として持ち上げられればられるほど、それは新しい神話を作り出す。ヤンキーが教師になるのと一緒だし、隣に座っている女の子AKBに入るのと一緒だ。既にAKBメンバーからAV業界転向している人もいる。それはいいのだ。普通の人が持ち上げられることは珍しくはない。しかし、普通人間普通なりの幸福を持つだろう。

もう普通なのだ。オタクもギークも。電車の中でパソコンで作業し、合コンでは、ITベンチャーというだけで持てはやされることもある。コミケでは華やかなコスプレ衣装で着飾った女性が、カメコと談話したりしている。そういう時代の中で、既に君たちの劣等感の理由は潰されている。もはや、君の劣等感を説明してくれるものはない。剥き出しにされた劣等感が不気味にゴロリと転がっているだけだ。

君たちが匿名掲示板に出入りしていた経験を持っているならば、そこでコミュニケートされる物事は無職の話題であり、ひとりぼっち学生であることを知っていると思う。私たちは孤独だった。孤独だったからこそ、コミュニケーションを望んだのではないか?私が、一人であること。一人であることを通じて、何かにつながろうとすること、それが目的だったのではないか

Mixiが如何に嫌われたのか、といえばそのような「私たちは一人である」という孤独を通じて、もはやコミュニケーションすることが不可能になりつつあることを証明してしまたからだ。そこにあるのは、「私たちは一人である」ということを知らないか、忘れてしまった人々だ。そのように、一人ぼっち人間がその孤独を瓶詰につめて流していたあの魅力的なインターネットは消滅していく。

出発点は「私たちは一人である」ということだろう。例えば、ニコニコ生放送だって、ファンがつくまでは、誰が見にきてくれるかわからないものだ。だが、それがファンを持つに従って、徐々に編成され、総体としての私たちが生まれてくる。多くの人々が取り上げるのは、たった一人ぼっち宇宙戦争ではなく、愛液にまみれたアイドルの姿なのではないか

もう辞めようじゃないか。君たちが愛していたはずのインターネットは死んだ。ソーシャルとはそういうものだ。GREEDeNAを憎んだところで仕方ないのだ。もはや君たちの孤独は誰からも愛されないだろう。スクールカーストみたいなヒエラルキーは依然として存在し続ける。そして、君たちのことは誰も相手にしてくれないだろう。

新しいネオリベラリズム。それは人気者という自由主義が、インターネットに流れ込んで、マネタライズされるのだ。何処にでも偏在する人気者という名の権威インターネットで一人であることは罪になりつつあるだろう。そして、編成された人気者という権威をじっと見守るしかないだろう。

から、「ボンクラどもが愛されたインターネット」というのは既に終わったのだ。だから、真性ひきこもりの人も同時に終わってしまったのだ。多くの人が見るのは愉快な猫の写真であり、美人画集であり、明日になったらクズのようになるライフハックの山だ。それを見ることのない人間達に幸あれ!もう既に、インターネットは幼年期であることをやめた。それはインターネットを利用していた人間が幼年期をやめたからだ。彼らは学生というモラトリアムから目が覚め、既に就職をした。非モテ話に花をさかせた人間は、ライフハックの記事をブックマークするようになった。既に皆、その平凡で小さな成熟のために適応が行われている。

もはや、不細工が云々であるとか、心が醜いとかどうでもいいのだ。もうやめるんだ。そんな不毛希望を抱くのは。そんなこと、なんどだって繰り返されてきたじゃないか。うすうす気がついていたんじゃないかそんなもの、なんの説明にも、なんの理由にもなっていないんだってヌルオタが云々ではなく、平凡なアニメ趣味に持つ人間達の集まりであり、その集まりは屈託のないコミュニケーションが行われている。その屈託の無さを、俺は憎む。既にもう何もかもが終わってしまったのだ。初音ミク東方まどかマギカに盛り上がれない人間は「ノリの悪い人間である。それを認めるべきだ。そういう人間は容赦なく迫害される。Skypeの裏で語られる陰口。それは普通現実社会だ。そして、インターネットだってもはや普通社会なのだ。そして、初音ミクで集まった人間は、東方で集まった人間は、そこで出会った人間と恋をして、普通に結婚するだろう。それは、ごく普通社会だ。

それに、いい加減気がつくべきだ。かわいいは正義だ。かわいいのためならば、そのコンテンツがどうだっていい人もいる。そういうやつらはいくらでも見てきたじゃないか

君たちは、自分孤独を抱えてインターネットにやってきたのかもしれない。しかし、インターネットは人々を孤独にさせることをやめた。ソーシャルとレコメンドの荒らしは、一人でいる空間を容赦なく剥奪した。その結果、誕生したのは、「数こそ正義である」というろくでもない価値の誕生である。そして、その認識には新しい孤独を作り出すだろう。

そうだ、君たちは所詮リア充じゃないか、という底辺の声はかき消され続けるだろう。なぜなら、その声は空気を乱すことに他ならないからだ!空気!あれほどまでに空気という存在を憎み、その結果としてお互いの意図がすれ違うあの空間は、それこそ正論だけれども、表現が下手な君たちのために用意された舞台じゃなかったのか。しかし、空気は加速しつづける。空気が読めない人間の行く末は、独裁者ボタンのような「ブロック」という機能で簡単に殺されるだろう。空気の読めない人間は、インターネットでも、その存在を殺され続けるだろう。

君たちの「へへへ、非リア充ですから」という薄笑いは、便所で飯を食べる人間を追い詰め、そして首をくくらせるだろう。君たちはそんなことは知らない。なぜなら、君たちが興味を持っているのは、非リア充たちの新しい連帯なのではないからだということを、俺は知っている。

君たちは、ただ単にリア充の真似事をやってみたかったということを素直に認めるべきだ。

僕は君たちのことを愛していた。ネット上でグダを巻くしか脳の無い君たちを永遠に愛しつづけるだろう。それは十分な才能である。誇れ。しかし、それらは振るい落とされ、新しいインターネットになるだろう。それは綺麗なインターネットだ。しかし、その綺麗なインターネットは、ディストピアの様相を見せるだろう。「ネガティブな発言をする人を寄せ付けないようにしましょう」と発言して、何の罪悪感も持たない人間が火炎放射をまき散らしていく。浄化だ。浄火の、炎。

君たちが愛したインターネットは、もう、ここにはない。」

リンク:ある朝、起きたらインターネットが生きていた - さようなら - ファック文芸部

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ブログさんは私に言いました

「お前、最近面白がられてるからっていい気になんじゃねえぞ」