さようなら

2011-12-13その閉塞感は嘘っぱちだが、嘘であるからこそ、君たちはその閉塞感を

こりん星は殺された

「俺は情報弱者であり、情報弱者であるが故に、いまさらながらに小倉優子こりん星という設定を止めて、普通女の子になったということを聞いた。そのときに顔を君たちに見せてあげたいよ。俺はなんだから惨めな気持ちになったよ。冷えてしまったマクドナルドポテトをモソモソと食っているような気分だといえばわかるのかね。

俺は妖精が見えている。妖精というとおかしいが、妖精の気配を感じることが多い。でもそういうことは普段から言わないことにしている。そのようなことを言う奴はネタとして扱われるか、頭の弱い子として扱われるかのどちらかである。そのように自分が如何に常識人であり、常識であることをダシにして笑う奴等の醜さだよ。

地球は余りにも汚すぎたんだよ。こりん星は余りにも美しかったんだ。だってこりん星想像上の産物なんだろう?君たちは二次元女性こそが理想的だと言ってはばからなかったじゃないか。ならば、こりん星を認めるべきだったし、それを守りぬくべきだったが、実際はそんなことにはならない。「二次元が好きーロリコンもの最高っすねー俺たちは変態ですからフヒヒ」みたいな奴等が「そういうので差別されるのはよくない!」といったところで、2chスレで「マジキチ」とか言われるのは、獣を対象とした漫画であったりする。または男同士はまじありえねーとかいう話よ。君たちの二次元は美しいが、他の二次元が汚いという話なんだろう。

その延長上としてこりん星は死んだのだ。こりん星は、殺されなければなかった。俺が妖精を掴み、握りつぶしたときと一緒だ。妖精の血は緑色で、拳に力をいれるたびに、口からどろどろと液体をはきだし続けた。妖精の羽が美しいというのは嘘っぱちで、どちらかといえば蛾の澱粉に近いものだ。そういう風にして、おれは妖精を殺した。

小倉優子が「こりん星にいること」を持ってして普通自分に戻りたいとした。ここから過程であり妄想であるが、普通自分とは、なによりもまず「こりん星にいるとは信じない」という多くの人々の声を受け入れることである。その声を受け入れるならば、「こりん星」を心に持ちつづけるのは「普通」を手に入れた代償としての「孤独なのだ。もはやこりん星タブーになるだろう。

Wikipediaにはアメリカザリガニが「仕事がなくなったならこりん星に戻ればいいじゃない」という。それが事実かどうかはわからんよ。でもこりん星を辞めた途端に、そういうことを言うのに嫌気がさす。そういう人間こりん星を殺したのだとはっきりいう。おもちゃをいじっていたら壊れてしまったときに「もうすこし大切にしけばよかったねー」とゴミ箱に捨てるようなものだ。

ここからは平行世界の話であり、平行世界における小倉優子の話だが、小倉優子はきっとそういうのを感じていたのだろう。賢いのは、小倉優子はきっと釈由美子的なキャラで押し通すのも、ただただ痛さを積み重ねるしかない、ということに気がついたのかもしれない。それはわからない。だが、こりん星は殺された。

こりん星を殺すことは、大人になることであるんだろう、と思う。なぜなら大人のルールとして「こりん星が見えてはいけない」とかかれているからだ。見せてはいけないのだ。黙って、ただひたすらに赤子のように育てなきゃいけない何かなのだ

つい最近、赤く月食した。俺は見ることはできなかった。こりん星防波堤だった。小倉優子こりん星を恨むのだろうか?俺の平行世界における小倉優子は、こりん星を真面目に信じている。しかし、人間社会にいきるためには、こりん星を出身と言い張ることは軽蔑まなざしなのだ。だからこりん星隠蔽されなければならない。こりん星を守るために、こりん星は嘘でしたと言いつづけること。それによってしか自分こりん星を守りきれないとするならば?

こりん星は殺されたのだ。あなたたちによって。しかし、人は殺したことに、案外罪悪感を感じない。それは蟻に虫眼鏡太陽光線を浴びせたときに、確かに「虫をおもちゃにすること」に対して同上はするが、次の瞬間に、余命いくばくかのセミを捕まえて、貧弱なむしかごの中にいれておくのだ。そういうものだ。

何処かの詩人が書いていた。「自分感受性くらい自分で守れ」と。全くそのとおりだ。だからこそ、こりん星を守り続けなければならないだろう。それが俺の感受性の問題だからであるからだ。

ブログさんは私に言いました

「お前、最近面白がられてるからっていい気になんじゃねえぞ」