さようなら

2011-11-28その根拠の無い劣等感を殺すために

[]ある朝、起きたらインターネットが生きていた

ある朝、インターネットは死んでいた - さようなら - ファック文芸部

「君たちは馬鹿だ。本当に馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿すぎる。何度も言う。馬鹿だ。

何度でも言うが、俺は俺のインターネットを書いたまでであり、それを懐かしむ一方で、過去インターネットがどれだけクソだったかも知っている。Mp3を落とすのに20分かかったことも、画像を表示させるだけで数秒かかったことも、テレホーダイダウンロードするものを漁って、あらかじめ落としたことも。近所の店でインターネットを触りたいために、何回も足を通ったことも。何もかもだ。Webページはクソみたいなホスティングサービスを使い、メモ帳で打つ。そのサイトが更新しているかどうかは、直接そのサイトを見にいかなければならない。それは全然素晴らしいことではない。

君たちは羨ましいとも思うかもしれないし、羨ましいとも思わないだろう。どっちでも勝手にするがいい。だが、ただ単純に過去インターネットが俺にとってそういうものだったというに過ぎない。そういうインターネットは死んだ。だから、俺は新しいインターネットを生きなければならないと思っただけだ。新しいインターネット不愉快なことが沢山ある。だが、それは古いインターネットが持っていた不愉快さとどう違うのかといえば、明確なことは言えない。

私たちは過去に生きることはできない。それは過ぎ去ったものであり、私たちは現在しか生きていない。現在には、ただインターネットがあり、それは過去インターネットに比べれば良くも悪くもない。もし、現在インターネットを、過去インターネット比較して、過度に賛美したり、あるいは悪く言う奴がいるのなら、それは現在を生きていないからに過ぎない。現在を生きるということは、おそらくは変化を受け入れることであり、それ以上のそれ以下でもない。

しかし、私たちはそんなに人間として変わるわけではない。昔に書かれた太宰治に、やさぐれ高校生が涙するように、ただそのようにしてバトンを受け取っている。それがどのような意味を持つかはわからないが、太宰治に感銘を受けつづける人間はいるし、たったそれだけのことだ。

何度も言うが、”俺の”インターネットは死んだ。しかしまた”インターネット”は生きている。私たちの細胞一つ一つが死に、また復活しているように、インターネットは死に、生きつづける。それは単なる生態系の一つでしかない。あるときニホンオオカミ絶滅してしまうように、空に輝く星が爆発してしまうように、僕の世界がふとした瞬間に消えて、また新しい世界を生きなければいけなくなった。ただそれだけの話なのだ。そして、現在には、「過去が良かった」とか「過去が悪かった」とか言っても仕方ないのだ。ただ、目の前には、朝起きたら歯磨きをするといったような、当たり前の、瑣末な日常があるだけだ。

それでいい。

それでいいのだ。

馬鹿馬鹿しいのは、「インターネットが生きていた」とか「死んでいた」とかいう話ではなく、そのレトリックの用法の問題だ。それに対して「インターネットは死んでいない」とか「殺せない」とか馬鹿みたいな話だ。そりゃ地球はすぐには爆発しないだろうよ。それくらい意味のない話だ。そういう人間は、足しげに通った古本屋が無くなったことを悲しく思わない人間なんだろう。「俺のインターネットはあるとき死んでいた」ということを、「いやインターネットは死んでいないですよ」と薄笑いで皮肉る人間俺は憎む

だが、その感情は肯定したとしても、古本屋が生まれ変わるわけでも、古本屋が復活するわけでもない。もし、俺が好きだった古本屋が復活したとして、それはただ飽きてしまうだろう。何かを固定することは、逆に死に近づいていく。そうではない。私たちは固定されたものではなく、変化していくものを受け入れるべきなのだソーシャルが如何に俺にとって酷くあろうとも、君たちには関係ないだろう。君たちが楽しいのならば、それは君たちのインターネットであり、俺のインターネットとは関係ない。だが、俺は俺のインターネットがあったということだ。それは、きっと君たちのインターネットとは関係ない。

から、私たちは、ただ「ここにあるインターネットを使う」だけだ。それは、貴方がそこで生き、経験することが「私たちのインターネットになる」だろう。そして、ある日突然、その「私たちのインターネット」は死ぬだろう。それでいいのだ。それが流転であり、また新しいものを見つけ出すだろう。新しい芽吹きがするだろう。私たちのときには手に入れられなかったものを使って、新しいものを作り出すだろう。

それでいい。

から、「俺たちはインターネットだった」じゃない。未だに私たちはインターネットであり、その上にたくさんの土台を作っているに過ぎない。私たちはこれからインターネットであり続けるだろう。私たちは、決してビューティフルドリーマーでもなく、永遠に現在を生きられるのではなく、絶え間なく変わりつづけるインターネットという樹木たちの世界をさまよっているだけだ。

そうだ。

から、回顧して「昔は良かった」という人を横目に見るんだ。私たちの現在には価値があるだろう。それは過去にも価値があったのと同じくらいには価値がある。それだけだ。ならば、劣等感を持つ必要もなく、また優越感を持つわけでもなく、目の前にあるインターネットを使えばいいのだし、使うことが足跡になる。「昔はよかった」ということはいい。しかし、それを対比させ、「今は悪い」とコケ下ろすような人間がいれば容赦なく歯を向け。

君たちが俺のインターネットを羨ましがったり、あるいは他の人のインターネットを羨ましいと思うのは勝手だろう。それは君たちの感情に過ぎないからだ。しかし、それを羨ましいと思う気持ちは誰かの優越感のダシにしかならない。そいつが思うそいつのインターネットなど、お前には何の役にもならない。そいつのインターネットに捕まれそうになったら、逃げるんだ。その場から走れ。ただがむしゃらにだ。お前のインターネットのために、そのクソみたいな幻覚を早く叩き潰すべきなのだ

俺がやったのは、俺が俺のインターネットを生きるために過去インターネットを殺したことに過ぎない。それは単に俺の情景、懐古を殺すための儀式的な作業に過ぎない。君たちにはまったくそれは関係ない。前に進むために、重荷になったものを、俺は俺というナイフを切り離したにすぎない。インターネットは、君たちの笑顔を喜ぶだろう。だから……」

「だから?」

「涙で見えない」

「ほら、言って」

  私たちは

 これから

 インターネット

 あり続けるだろう

インターネットの一部であり続ける。」

「そして、きっと、また、どこかで、私たちは君たちと出会うだろう」

「私たちと何処か似ていた、君たちに」

 

      *** Good Bye See you agein ***

DeonDeon2012/01/28 14:51Your posting ralely straightened me out. Thanks!

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2011-11-23

[]ある朝、インターネットは死んでいた

普通の女子大生は、Google+で「日本一」になんかなっちゃいない。|真性引き篭もり

「グローバル化された普通基準」の持つ暴力性

「このことに対して、君たちが同意するかどうかはしらない。同意できないことも多いだろう。だが、君たちがどんな感想を持とうとも、このようなインターネットは確実に存在していたし、それは事実だ。さて始めよう。」

「もうやめるのだ。そんな不毛なことは。不毛だ。不毛過ぎる。君たちはインターネット上で、君たちのことが承認されることを、何処か心の底で望んでいた筈だ。その承認というのは他でもなく、君たちが下らなくて、取るに足らなくて、つまらない存在。忌み嫌われる存在。その忌み嫌われる存在であることを自認することによって、君たちはコミュニケーションをしていた。

俺は何処に行っても、多くの人々が『非リア充であることを自認している。だが、その存在の多くは、『非リア充』を自認しない人々にとっては遥に『リア充であるという嫌らしさを嫌というほど目にしてきた。非リア充を屈託なく表現できるという才能こそがリア充的な才能であるということを、誰も指摘しない。貴方達が何かのキーワードとして仲間になれるという、その事態こそがリア充的素質なのだとはっきりと指摘する。

君たちはリア充だ。

君たちは心の奥底で、自分の不幸を何かしらの形で説明しようとしている。アニメのせい?マンガのせい?それともインターネットのせいか?いや、どれでもない。端的に言ってしまえば、君たちはただただ単純に不幸だったのであり、それ以上の、それ以下でもない。アニメアイコンが云々みたいな偏見馬鹿に食わせておけ。問題はそんな振る舞いをしたとしても、お前たちとお前たちには確実に格差存在する

はっきりと例を出してやろうか?童貞であり非モテを自認する人間とあるイベントで見かけたときの話だ。そいつはこともあろうことに女性三人くらいを引き連れて、いまから食事に行くと言っていた。そういうこともあるのだ。彼が、自分主観では不幸であるという認識があることに対してチャチャを入れようとは思わない。だが、そういう神話はこれから増え続け、そして君たちの好きなインターネットを殺す。

なぜ君たちの好きなインターネットを殺すのか?普通の人が普通として持ち上げられればられるほど、それは新しい神話を作り出す。ヤンキーが教師になるのと一緒だし、隣に座っている女の子AKBに入るのと一緒だ。既にAKBメンバーからAV業界転向している人もいる。それはいいのだ。普通の人が持ち上げられることは珍しくはない。しかし、普通人間普通なりの幸福を持つだろう。

もう普通なのだ。オタクもギークも。電車の中でパソコンで作業し、合コンでは、ITベンチャーというだけで持てはやされることもある。コミケでは華やかなコスプレ衣装で着飾った女性が、カメコと談話したりしている。そういう時代の中で、既に君たちの劣等感の理由は潰されている。もはや、君の劣等感を説明してくれるものはない。剥き出しにされた劣等感が不気味にゴロリと転がっているだけだ。

君たちが匿名掲示板に出入りしていた経験を持っているならば、そこでコミュニケートされる物事は無職の話題であり、ひとりぼっち学生であることを知っていると思う。私たちは孤独だった。孤独だったからこそ、コミュニケーションを望んだのではないか?私が、一人であること。一人であることを通じて、何かにつながろうとすること、それが目的だったのではないか

Mixiが如何に嫌われたのか、といえばそのような「私たちは一人である」という孤独を通じて、もはやコミュニケーションすることが不可能になりつつあることを証明してしまたからだ。そこにあるのは、「私たちは一人である」ということを知らないか、忘れてしまった人々だ。そのように、一人ぼっち人間がその孤独を瓶詰につめて流していたあの魅力的なインターネットは消滅していく。

出発点は「私たちは一人である」ということだろう。例えば、ニコニコ生放送だって、ファンがつくまでは、誰が見にきてくれるかわからないものだ。だが、それがファンを持つに従って、徐々に編成され、総体としての私たちが生まれてくる。多くの人々が取り上げるのは、たった一人ぼっち宇宙戦争ではなく、愛液にまみれたアイドルの姿なのではないか

もう辞めようじゃないか。君たちが愛していたはずのインターネットは死んだ。ソーシャルとはそういうものだ。GREEDeNAを憎んだところで仕方ないのだ。もはや君たちの孤独は誰からも愛されないだろう。スクールカーストみたいなヒエラルキーは依然として存在し続ける。そして、君たちのことは誰も相手にしてくれないだろう。

新しいネオリベラリズム。それは人気者という自由主義が、インターネットに流れ込んで、マネタライズされるのだ。何処にでも偏在する人気者という名の権威インターネットで一人であることは罪になりつつあるだろう。そして、編成された人気者という権威をじっと見守るしかないだろう。

から、「ボンクラどもが愛されたインターネット」というのは既に終わったのだ。だから、真性ひきこもりの人も同時に終わってしまったのだ。多くの人が見るのは愉快な猫の写真であり、美人画集であり、明日になったらクズのようになるライフハックの山だ。それを見ることのない人間達に幸あれ!もう既に、インターネットは幼年期であることをやめた。それはインターネットを利用していた人間が幼年期をやめたからだ。彼らは学生というモラトリアムから目が覚め、既に就職をした。非モテ話に花をさかせた人間は、ライフハックの記事をブックマークするようになった。既に皆、その平凡で小さな成熟のために適応が行われている。

もはや、不細工が云々であるとか、心が醜いとかどうでもいいのだ。もうやめるんだ。そんな不毛希望を抱くのは。そんなこと、なんどだって繰り返されてきたじゃないか。うすうす気がついていたんじゃないかそんなもの、なんの説明にも、なんの理由にもなっていないんだってヌルオタが云々ではなく、平凡なアニメ趣味に持つ人間達の集まりであり、その集まりは屈託のないコミュニケーションが行われている。その屈託の無さを、俺は憎む。既にもう何もかもが終わってしまったのだ。初音ミク東方まどかマギカに盛り上がれない人間は「ノリの悪い人間である。それを認めるべきだ。そういう人間は容赦なく迫害される。Skypeの裏で語られる陰口。それは普通現実社会だ。そして、インターネットだってもはや普通社会なのだ。そして、初音ミクで集まった人間は、東方で集まった人間は、そこで出会った人間と恋をして、普通に結婚するだろう。それは、ごく普通社会だ。

それに、いい加減気がつくべきだ。かわいいは正義だ。かわいいのためならば、そのコンテンツがどうだっていい人もいる。そういうやつらはいくらでも見てきたじゃないか

君たちは、自分孤独を抱えてインターネットにやってきたのかもしれない。しかし、インターネットは人々を孤独にさせることをやめた。ソーシャルとレコメンドの荒らしは、一人でいる空間を容赦なく剥奪した。その結果、誕生したのは、「数こそ正義である」というろくでもない価値の誕生である。そして、その認識には新しい孤独を作り出すだろう。

そうだ、君たちは所詮リア充じゃないか、という底辺の声はかき消され続けるだろう。なぜなら、その声は空気を乱すことに他ならないからだ!空気!あれほどまでに空気という存在を憎み、その結果としてお互いの意図がすれ違うあの空間は、それこそ正論だけれども、表現が下手な君たちのために用意された舞台じゃなかったのか。しかし、空気は加速しつづける。空気が読めない人間の行く末は、独裁者ボタンのような「ブロック」という機能で簡単に殺されるだろう。空気の読めない人間は、インターネットでも、その存在を殺され続けるだろう。

君たちの「へへへ、非リア充ですから」という薄笑いは、便所で飯を食べる人間を追い詰め、そして首をくくらせるだろう。君たちはそんなことは知らない。なぜなら、君たちが興味を持っているのは、非リア充たちの新しい連帯なのではないからだということを、俺は知っている。

君たちは、ただ単にリア充の真似事をやってみたかったということを素直に認めるべきだ。

僕は君たちのことを愛していた。ネット上でグダを巻くしか脳の無い君たちを永遠に愛しつづけるだろう。それは十分な才能である。誇れ。しかし、それらは振るい落とされ、新しいインターネットになるだろう。それは綺麗なインターネットだ。しかし、その綺麗なインターネットは、ディストピアの様相を見せるだろう。「ネガティブな発言をする人を寄せ付けないようにしましょう」と発言して、何の罪悪感も持たない人間が火炎放射をまき散らしていく。浄化だ。浄火の、炎。

君たちが愛したインターネットは、もう、ここにはない。」

リンク:ある朝、起きたらインターネットが生きていた - さようなら - ファック文芸部

2007-09-28

[][]それなんていうエロゲーか?

多分エロゲー趣味でありライフワークである我が友人は、常にエロゲーのことばかりを考えていたといってもよい。そして、彼には天性の才能があるのかもしれないが、初めてやったエロゲーでも、だいたい選択肢フラグの見当が付き始めた。どの選択だったらフラグが立つのか、あるいはフラグが立ったのかを理解していた。彼自身はそれを自覚していたが、単なるエロゲー中毒者のなれの果てだろうと納得していた。

しかし、彼に異変が起き始めたのはその後だった。差し当たり結論を急ぐならば、彼は人と人を見て、その間にフラグが立っているのかいないのかが理解出来るようになってしまっていた。それは彼の数少ない友人である人物が彼に好きな人がいるという相談をしたときであった。彼は友人に打ち上げられた直後、「ああ、それはフラグ立っていないな」と解ってしまったのである。最初は自分自身の、エロゲー脳の酷さにがっかりしていたのだが、自分が予測しているようにことが運んでしまった。ほぼ例外無しに。いつしか、彼は町行く人々のフラグですら理解してしまうようになってしまっていた。

そのとき、彼が気がついたのは如何にフラグが折られ傷付けられるということであり、そして、フラグが立っていないのにも関わらず突進したり、あるいはカップルですらフラグの成立していないときすらあるという事実であった。彼は眩暈がした。フラグを折ったり踏みにじったりするということは、日常茶飯事のことなのだということを彼は理解してしまった。それは愛という上に交わされる残酷ゲームだということを思い知らされた。

そんななか、冒頭に出て来た、彼の友人が相談に来た。彼は一目見て理解した。これはフラグが立っていると。しかし何のフラグかは解らなかった。友人は重い口を開いてこう延べた。

「私の好きな人が振り向いてくれないのです」「そんな筈は無いよ。好きな人は君に恋心を持っているはずさ、絶対に」「本当に?」「そうさ、かけてもいい。告白したら絶対にうんという筈だ」「もし失敗したら責任取ってくれる?」「ああ、いいさ」「……好きです」

そうか、だから解らなかったのか。自分のことをプレイヤーとして見る視点に欠けていたのだ。自分もまたこの世界のキャラクターだったのだ。彼女に立ったフラグは他ならぬ自分のことだったのだ!

2007-09-26

[]夜の終わり 03:57

深夜の二時だった。これからも自分の人生はこのまま続くであろうということを彼は漠然と考えていたし、それで特に不満もなかった。もちろん彼の人生がこのまま続くであろうかどうかはわからないしそれを保証するものは何もないし、事実そうであるのだが、往々にして日常生活における反復においての固定化であった。何も考えない夜の終わりには天井を眺めながらただ自分の人生には何かが足りないように思えた。それは去年の御盆に弟と会ったことに要因があるような気がした。彼は弟を憎悪していた。彼が弟を憎悪していたのは明らかであった。弟を憎悪していた理由は単純に金銭を軽視していたことであった。彼は人生における幸福の度合いの中心として金銭があるように考えていた。もちろん……愛も重要さ……。寝返りを打ちながら呟いた。もちろん、弟に対して疚しさがあることは否定ができない。彼は天井の一点を見ながら、だんだんと一点へと結論が結び付けられていった。決して金銭は愛を保証しない。確かに愛は金で買えるかもしれない。また寝返りをうった。だから、今後も彼女はできるわけではない、と考えていた。今夜は寝付けそうにもない。そうしているうちに、彼は昔のことを思い出していた。弟が彼女を紹介したことであった。彼はうれしそうに、幸せそうに話していた。彼女は決してかわいいとはいえないものであったが、しかしそれでも彼にとっては十分なほどであったようだった。化粧のあらが目立つ初々しい女子!そのときはただ苛立ちしか覚えなかったが、歳を取るにつれてそういうことだったのか、と合点し始めるようになった。確かにCDを買ったり、あるいは書籍を読んですごしている時間は芳醇であるという自負はある。自分が何をするにも一人であるわけだし、何をするにも一人であることが当たり前である気はしていた。しかしそんなことはどうも当たり前でもないみたいだった。このように自分がとめどなく考えているときも、誰かはセックスをしているということだった。セックスが愛情ではないことは頭ではわかっている。しかし頭ではわかっているが、しかしそれもまたそれを愛情として構成されていることはわかっていた。自分は孤独であった。孤独。彼はいつのまにか涙を流していた。夜が明ける。明日もまた会社である。一人きりの。ただ一人きりの。みながいるのに一人。愛情がないということがこれほど辛いことか。夜ですら慰めるものがないのか。そう思うと涙した。深夜の二時だった。これからも自分の人生はこのまま続くであろうということを彼は漠然と考えていたし、それで特に不満もなかった。もちろん彼の人生がこのまま続くであろうかどうかはわからないしそれを保証するものは何もないし、事実そうであるのだが、往々にして日常生活における反復においての固定化であった。しかし、何も考えない夜の終わりには天井を眺めながらただ自分の人生には何かが足りないように思えた。それは去年の御盆に兄と会ったことに要因があるような気がした。彼は兄を憎悪していた。彼が兄を憎悪していたのは明らかであった。兄を憎悪していた理由は単純に金銭を軽視していたことであった。彼は人生における幸福の度合いの中心として愛情があるように考えていた。もちろん……金も重要さ……。寝返りを打ちながら呟いた。もちろん、兄に対して疚しさがあることは否定ができない。彼は天井の一点を見ながら、だんだんと一点へと結論が結び付けられていった。決して愛情は金を保証しない。確かに金は愛で買えるかもしれない。また寝返りをうった。だから、今後も貧乏から抜け出せそうにもない。今夜は寝付けそうにもない。そうしているうちに、彼は昔のことを思い出していた。兄が新しいテープレコーダーを紹介したことであった。彼はうれしそうに、幸せそうに話していた。彼のテープレコーダーは新しいものではなかったが、しかしそれでも彼にとっては十分なほどであったようだった。グレー色に光る安っぽいテープレコーダー!そのときはただ苛立ちしか覚えなかったが、歳を取るにつれてそういうことだったのか、と合点し始めるようになった。確かに彼女と何処かをふらついたり、あるいは二人並んですごしている時間は芳醇であるという自負はある。自分が何をするにも金銭には不自由するわけだし、何をするにも貧乏であることが当たり前である気はしていた。しかしそんなことはどうも当たり前でもないみたいだった。このように自分がとめどなく考えているときも、誰かはCDを良い音響器具で聞いているということだった。音楽音響ではないことは頭ではわかっている。しかし頭ではわかっているが、しかしそれもまたそれを音楽として構成されていることはわかっていた。自分は孤独であった。孤独。彼はいつのまにか涙を流していた。夜が明ける。明日もまたバイトである。一人きりの。ただ一人きりの。みながいるのに一人。金がないことはこんなにつらいことなのか!金がないことがこれほど不安なものだったとは!そう思うと涙した。

ブログさんは私に言いました

「お前、最近面白がられてるからっていい気になんじゃねえぞ」