安寿土牢

2006-11-22

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http://alfalfa.livedoor.biz/archives/50686910.html




「そこまでだ!」


ついに栗鼠は立ち上がった。斯様な悪を見過ごしてはならぬ。たった今そこで行われんとしていた悪は、一匹のシマリスのちっぽけな脳の奥底にくすぶっていた何かに火をつけた。燃え上がった炎は脳から心の臓に直結した。炎の名は『正義』であった。

義は栗鼠と共にあった。「このべたべたしたもの邪魔だな」などといったアーモンドチョコを齧りながら感じていた漠然とした想念は、正義によって瞬時に燃やし尽くさ……いや、頭の奥底に丁寧に畳んで仕舞い込まれ、今や正義が栗鼠を駆動していた。そこには栗鼠の姿をしたもはや栗鼠でないもの、一匹の正義が顕現していたのだ。炎は体からほとばしり彼を取り巻いた。正義は果てしなく長い進化の連なりを踏破し、げっ歯類の垣根を粉砕して、その丈夫な門歯の奥から人語を発することを可能にした。


「そこまでだ!」


正義の第一声は常にそうだった。そして栗鼠は正義だった。

栗鼠は彼の体長から考えると途轍もなく高い壁をやすやすと乗り越え、悪党どもに向かって駆け出した。そして目前で跳躍する。かつて『幻の』と冠された左前足の鉄槌が男の顔面に振り下ろされた。男は吹き飛んだ。足元に落ちている人間の臼歯は彼のものであろう。

彼らも相手が猛獣であれば違った。だがこのとき正義は栗鼠の形をしていた。弱者を蹂躙するのに慣れたはずの男たちはそれゆえ対応が遅れた。それは栗鼠の時間では無限の長さだ。押さえ込もうとした二人の顎の骨が砕かれ、蹴飛ばそうとした一人の脛の骨が飛び出し、更に一人が踏み台にされたあとで、ようやくこの『小さな悪魔*1を排除すべしと体勢を整えた。しかし時すでに遅し。栗鼠は頬袋から抜いたFN FiveseveNを両前足にそれぞれ構え高所から狙いを定めていたのだった。乾いた音がして、悪党がさらに二人斃れた。


作用反作用の法則を覚えているだろうか。加えた力と反対向き同じだけの力が作用者にかかる。悪のあるところに正義が現れるように。栗鼠が銃を手に取るこのときにも物理法則は善悪を越えて働く。SB193サブソニック弾を打ち出すエネルギーは銃弾と栗鼠の間で二分される。つまり栗鼠は反動ではじきとばされた。この一匹の栗鼠が英雄足りうるのはこの反動すら戦闘計画に取り込む精密さ故に他ならない。ほとんど自動的に二丁の銃を振り回して体勢を変えるとまた一発発射。栗鼠は鋭角にその軌道を書き換えた。

UFOの目撃情報のように空間をジグザグに移動し正確な狙いで銃弾を発射するその小動物に男たちは戦慄した。背筋に冷たいものを感じながら男たちは銃を抜く。しかし栗鼠にとってそれらは恐ろしくなかった。亜音速で動き回る栗鼠を狙える能力は猿の末裔にはないのだ。恐怖するのは空気銃だけ。子供の持つ栗鼠狩りの空気銃だけが真に恐怖するに値するものだった。男たちは子供時代を終えていた。栗鼠の敵ではない。

「この空の色はあのときのユーゴの青に似ている」

栗鼠には感傷に耽る余裕すらあった。感傷とは別の部分が悪党を機械的に屠っていく。六、五、四……。栗鼠は日本を出たことがなかった。

戦闘が終わったとき、そこに立っていたのは栗鼠と蹂躙されんとしていた美しい姉妹。正義は為された。

「あの……」

我に返った姉が言葉をかけようとしたとき栗鼠の姿は既にそこにない。姉妹は去っていく栗鼠の後姿だけを見送った。駆けていく彼の小さな脳から先ほどの戦いのことなど完全に失われて余韻すら残らず、『どんぐり何処に埋めたかマップ』に完全に支配されていた。畜生の浅ましさというなかれ。ヒーローは振返らないのだ。


《次回予告》
ヒーロー記憶を失うという悲劇。しかしなお悪は栗鼠の前に立ちふさがる!
「僕の中のエゾシマリスの血がそう叫ぶんだ!僕はシベリアシマリスだけれど!」
次回、『ハムスターよ、踏み車を回しても何処にもいけないことにいい加減気づけ!』
門歯は永久に伸び続けるッ!


《既刊》

『エゾリス・ハードボイルド

モモンガ・インターセプター』

デコード・ハダカデバネズミ

ハムスターベムスター

*1:なぜか人類は悪の自覚があってもおのれを害するものに悪のレッテルを貼る!