安寿土牢

2006-12-18

[]昔の日本人には常に身近に死があった 昔の日本人には常に身近に死があった - 安寿土牢 を含むブックマーク はてなブックマーク - 昔の日本人には常に身近に死があった - 安寿土牢

xx - 続・インターネットの殺人 - 人はなぜ街中で日本刀を持った気違いに追いかけられたくなるのか

# 2006年12月15日 shirokuma_x (0゚・∀・) 俄然、逢いたくなりました。ネオ辻斬り。ターゲットさえ私と無関係の人ならば。流れ斬り(?)がこっちに来なければ。映像化したらあるいは素晴らしい作品が出来るかもしれませんよ。もちろん東京でロケ敢行。

# 2006年12月15日 keshiki ネタ その問いが有効な人ってどれくらいいるんだ

昔の日本人、つまり俺やお前等の幼少のみぎりだ。当時、俺等のようなガキはよく死んでいた。下校の途中で路石を踏み外しては死に、横断歩道の白いラインが踏めなくて死に、同級生に見つかっては死に、缶を蹴られては死んでいた。毎日のようにげらげらと哄笑する人外に追い立てられ叫びながら全力で逃走しただろう。汗にまみれ狂ったように人の群れを追い立てなかったか。

俺たちはよく死んで沢山殺してそしてたまに生き返った。群れのなかで年少のものは不死ですらあったが、殺すものは殺されねばならぬという不文律をまだ体得できない彼等は常に不満顔だ。危機回避能力を認められて初めて、死の危険と引き換えにこの小さな殺戮ゲームに真に参加できる。肉体と頭脳のすべてを使って命をチップに興じるゲームはとても充実していた。


それに比べ、今の日本人はなかなか死ななくなった。無論、年を食った俺やお前等のことだ。

昔の日本人より力があるので、並大抵のものでは反撃可能性が生じてしまう。逆襲可能な危険は対応の幅を広げる替わりに高揚を奪う。それでもたまに死んだりするが、残業でじわじわと死んだり、恋人に攻められてだったり、搾り取られてだったりで境目もはっきりしない。そんな今の日本人に直死を予感させ、行動をとらせるには異物を、それも圧倒的なものをもってしかない。

日本刀を持った狂人は、昔の日本人にとっての鬼と同じものだ。ちなみに、アメリカ人にとっての同様の事物である何処までも追ってくるトレーラーやヴィンテージカーが日本で機能しないのは、道路事情が逃走を許さないからであろう。

# 2006年12月15日 jituzon ネタ 日本刀は目立つから持ち歩きませんが、カッターは常に携帯しています。辻斬りにはカッターでも十分です。

そういったわけで辻斬られにはカッターでは不十分なのだ。

蛇足:上記を踏まえると"Catch Me~"→"Cut Me If You Can"の改変がいかに優れているかわかる。でも本当の動機は二つ名の"Fuck Me If You Can"を返上したかったからに違いない。

蛇足:何で逃走で高揚するかは進化論創作の得意な人々に任せたい。

objectOobjectO2006/12/18 18:09奈須きのこ語は極力使うまいと心がけてきたが、つい適当な語が思いつかず使ってしまった。