安寿土牢

2007-09-20

[]講談砂漠事変 講談・砂漠事変 - 安寿土牢 を含むブックマーク はてなブックマーク - 講談・砂漠事変 - 安寿土牢

忠臣蔵四谷怪談清水次郎長に森の石松があるように」といったのは鏡明だったか。ファック文士が血池地獄で嬉々としてのた打ち回る『ファ文サーガ』にも勿論、外伝外典の類がある。

表と違い、裏ファック文芸部員は書かれるべき名を持たぬ。記述は即ち虚構。虚構を駆る表、虚構を狩る裏。語られてもいい裏文士は死んだ文士だけ。そう、これは死んだエージェント物語。今我が手にある『オッカムの剃刀』の直近の由来。これより騙るは虚構と現世との分水嶺

f:id:objectO:20070920174853j:image

時は200X年、蝉すら息絶えそうな暑い夏の日のこと。処は砂漠、赤い砂礫に岩塊が転がり生きるものは欠片も見えぬ。わだつみも見放す荒野。地に立つは二人の男。記述すべき名を持たぬ。彼らは斥候。死地に真っ先に潜入し状況を把握、主力の到達を待ちこれに替わる。既に任務の半分を終えており、後は主力の到着を待つのみ。

男たちが見詰める空隙に、場面展開(ロジックジャンプ)によって現れたは唯一人。男達は顔を見合わせる。彼等は知っている。既に一人で対処できる状況に無いことを。たとえそれが魔女と陰口叩かれる女であろうと。

投入された戦力、一名。白のライダースーツに身を包み、臍まで下げられたジッパーから覗く膚はそれよりなお青白い。重厚なブーツと手甲といったほうがよさげなグローブは並々ならぬ戦闘力を語る。ショートというにも短すぎる灰色の髪の下に酷薄そうな目、鼻筋細く唇は薄い。全体を統一した無彩色は光を吸い込みそうな錯覚を起こす。ただ一点黒いヒップホルスターにはオッカムの剃刀今日死ぬはこの女。

姐さん、あんたでも一人じゃ無理だ。」

男のその忠告に答える様子を見せず

「状況報告を」

「……浸食は世界型。強度7。象徴は複数。多次元に亘るため境界も不明瞭。近実点はここから北東に3キロの一点のみ」

「了解した。上は当事象対応をDミッションとした。観測員の即時退去を命じる」

今度こそ男は言葉を失う。決死任務。男の前にいるのは死人だった。

投入された戦力、一命。

男たちは居住まいをただし、一礼するとクライシスエリアから姿を消した。残った女は北東に目をやる。蜃気楼に浮かぶ緑のオアシス。そこが元の現実に一番近い場所。そこに女は跳んだ。

水こそ見当たらないが、広い砂漠のここだけに緑がある。女はそこに立つと、適当な石くれを手に取り地面を叩き始めた。小さく三つ、大きく一つ。とんとんとん、どん。とんとんとん、どん。呪術的に繰り返される音は徐々に辺りを変容させていく。赤い砂礫が白い砂丘に変わる。そして、彼方より響く咆哮。八方から呼応する雄叫び。女は冷静に、反響差し引いてカウントする。その数は8。口を笑いの形に歪め、覚悟を決めた。生還の望み無し。なおも女は地面を叩く。リズムは変容から誘引にかわる。やがてうねる砂を割って現れるはサンドワームに変容させられた巨大な虚構。白く輝いているのは高熱のせい。こいつは意味を食って熱を吐き出していた。女はヒップホルスターからオッカムの剃刀を抜き出し、サンドワームに切りつける。現実であれば瞬時に蒸発してしまうであろう女の体は虚構に縫いとどめられている。女はその身を焼き焦がしながら白熱する虫を切り裂き、無害な断片にしていく。2、4、8、16、32、64、128……。次に襲い掛かってきた虫もまた。その次は三匹まとめて……。全ての虫を無害な意味断片の堆積にし終えた頃には、女の身体で炭化していないところは何処にも無かった。女は虚構により生かされていた。もう判別もつかない動く消し炭になった女は、最後に世界を切り裂き、その傷にオッカムの剃刀を投げ入れると、自らの存在ごと世界を折りたたんでいった。そうして赤い砂漠オアシス現実に戻った。オアシス現実での名を熊谷気象台という。

かくしてこのポイント日本で最も暑い一日暑い場所として記憶され、虚構と共に女はこの世から消えた。熱帯夜の空には闇に切りつけたかのような三日月

デューン砂の惑星 (1) (ハヤカワ文庫 SF (76))

デューン砂の惑星 (1) (ハヤカワ文庫 SF (76))