安寿土牢

2008-03-30

海原雄山が「士郎、孫を食わせろ」と言い出さない納得のいく理由 海原雄山が「士郎、孫を食わせろ」と言い出さない納得のいく理由 - 安寿土牢 を含むブックマーク はてなブックマーク - 海原雄山が「士郎、孫を食わせろ」と言い出さない納得のいく理由 - 安寿土牢

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既に経験済みだから。山岡士郎が彼の第一子でなかったとすると、雄山の妻が夫の美食に献身的だった理由に別の説明がつく。彼女はこれ以上食われたくなかったのだ。

それは美味かったのだろうか。不味かったのであれば、一番幸せ未来に繋がるだろう。知識はあっても探究心のなさそうな雄山のことだ、何世代美味いものを喰わせ続ければ美味くなるかなどと実験はしないであろう。

では、美味かった場合は?その場合、危機はまだそこにある。彼の孫が双子であることに何か意図を感じないか。

いや、美食のほうがあとで、雄山の全ては食人から始まったと考えるべきなのかもしれない。世間に認められない若く貧しい陶芸家の陥った狂気。美食はその味を忘れるため、芸術はその記憶ゆえ。雄山の狂気は「喰わなかったほうの子供」である士郎との闘争を通して治癒していったのだ。

荼毘に付されたあと、雄山の骨を息子が一人齧る。海原雄山が脳裏に描く彼自身の物語の終幕はそのようなものであろう。