安寿土牢

2009-01-16

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「品目:少女 重量:10t」

10光年あまり離れたεエリダニからの返答には誰もが目を疑った。

εエリダニに存在すると思われる異星知性体とのファーストコンタクトから既に数十年が経過していたが、応答のスパンが20年超ということもあり、学術的にはともかく経済的に何かめざましい進展があるなど想像もしていなかった。そんな中、唐突に「積荷を送ったので受領するように」との通信が入った。積荷の中身は前述のとおり。

誤訳の可能性を求めて、ファーストコンタクトチームはこれまでの交信で蓄積したエリダニ星人辞書の点検に入っていた。リソースを可能な限り使って気の遠くなるような情報量に徹底的な再調査が行われた。調査の結果、数十年間の過去のやり取りの中に誤訳による致命的な行き違いがいくつか見つかり、不幸な責任者の首が二つ三つ飛んだ。が、今回の件とは関係は無く、この文は「戯れに送信した音楽に担当者がジョークで要求した対価への返答」に相違ないことが判明した。続いて、世界各地の天文台からの観測結果も「少女」が地球への長い旅路についたことを示していて、解釈に裏づけを与えた。

「10tの少女」がどのようなものであるかは当然のことながら人々の関心を引いた。何しろ著作使用料として送られてきた「少女」である。「人類の少女を遺伝子データから合成したはいいが(人類の遺伝子データを地球はかつて送信していた!)、扱いに困ってこれ幸いと送り返してきた。10tは生命維持システムを含む重量である」などという見解はまだまともなほう。「人類の少女」説だけでも無数のバリエーションを産み、「細菌兵器の苗床」説提唱者が「天の御使い」説論者に暗殺される事件まで発生した。「エリダニ星人の少女」説においても同様に分派が生じてそれ、「人類と交配する目的でやってくる少女」と100年後に結ばれることを夢見て無謀な冷凍冬眠に挑戦した数百人の男性が全員凍死する始末。

エリダニからの加速は終了していて、少女は光速の10%で地球に向かっていた。減速を考慮しないとしても到達には100年かかる。生きている人々が回答を知ることはないのだ。凍死覚悟で答えを知りたいと思う人々が出るのもやむをえない。にしても多い人数ではあったが。

さて問題は受領の方法である。エリダニから詳細な指示はなく、こちらからレーザーで減速してやらねばならないことなど大雑把な仕様のみが後発の通信波で送られてきていた。レーザーの全てのエネルギーが減速に使われたとしても、光速の10%で進む10tの荷の速度をゼロにするには4.5EJ、先進国一国が一年間に発電するのに相当するエネルギーが必要であり、それを供給する関連施設は開発するだけでも天文学的予算を必要とした。コンタクトチームは国際機関とはいえ異星人との交信のためだけに作られた組織だ。その規模の予算を計上することはできなかった。所詮、数十年を情報のやり取りと解釈のみに費やしてきた組織である。

エリダニに対して技術指導を請うことは防衛を理由に禁止された。技術格差があるとみるや次に送られてくるのは兵器や兵士になるやも云々。それが、国防から宇宙防衛にスケールアップしても本質はまったく変わらない、ある種の政治家たちの言い分であった。同じ理由で受領をあきらめ右から左に受け流すわけにもいかなかった。「少女」の受領に太陽系の存亡がかかっていた。彼らに言わせれば。だが彼らにしたところで財布の紐を握っているわけではない。費用は何処からか調達しなければならなかった。

結果からいうとコンタクトチームは―積荷の権利は一応コンタクトチームにあった―証券市場に資金を求めた。積荷から得られるはずの知財をリターンとする金融商品を売り出し、それにより開発費用をまかなったのである。決済が100年以上先になるこの証券は瞬く間に多くの金融派生商品を産みだし、市場は過熱していった。

彼我の技術の差はどれくらいだろうか。こちらからたかが著作使用料を送るのに亜光速船を送れないことを考えると、100年以上の格差は妥当な推測に思われた。この差を埋めるべく、交信のみの学術組織だったコンタクトチームは、膨大な資金をバックに変容を遂げた。新たな組織の元でついに完成した第一号減速レーザーは、必要な出力のわずか1%をまかなうに過ぎなかった。それでも大出力には違いなく、軍事利用を望み恐れる世界各国のバランスの上に危なっかしげに立っていた。新組織は必要なときが来るまで太陽系内の運輸用途として用いることを確約し、宇宙運行局が成立することになった。かくして開拓時代が幕を開け、ライトセイル船団が惑星を行きかい、レーザー施設はその収益で多数建設されていった。

技術の進歩と経済の活況が、人類の進歩を支える両輪だった。だが、いつしかその片方に不安がささやかれ始めた。技術の進歩が予測を上回りつつあり、コンタクトチームが売り出した証券の価値が危ぶまれていた。100年という期間は早く見積もった場合であり、安全を考えて早めの減速を行えば行うだけ到着は遅れ、「荷物」から知見を得るにはそこからさらに時間を要するだろう。このまま行くと手に残るものは時代遅れの技術だけになる可能性すらある。壮大なババ抜きがはじまりつつあった。だがこの長期間の証券はいまや必ず何かの市場に繋がっていて、証券の暴落が起これば市場は崩壊する可能性があった。

そしてXデー。経済は混乱し、人々は困窮し、「少女」は―いまだ減速されることなしに―接近していた。「少女」は重要事項ではあったが減速させるには、ほぼ全てのレーザー施設を1年以上占有しなければならず、系内の運行をストップさせるのは経済にとどめを刺すことだった。それほどまでに宇宙を巡る様相は肥大硬直化していた。人類をここまで発展させるトリガーとなった少女は省みられることなく、故意に忘れ去られようとしていた。

だから少女は何も悪くない。

これは行われなかった計画。多数のレーザーを広範囲に送り、反射光を観測することで焦点を絞って減速する。太陽脱出速度以下になったところで回収する。外惑星軌道上に建設したプラットホームで「少女」とのコンタクトを行う。バックヤードには科学者・技術者・報道関係者が多数控えていて、人類の次の飛躍を……

実際にあったこと。「少女」の観測が行われたのは、太陽光の反射によって。起動計算で衝突の可能性が示唆されたとき、人類に時間の余裕は一秒もなかった。亜光速で地球に落ちてきた少女はその質量を余すところなくエネルギーに変換された。かくして人類は母星を失い、系内に散らばったわずかな人類もゆっくりと死んでいった。

「少女」がなんであるかは誰も知ることがなかった。

objectOobjectO2009/01/16 14:48応募しなかった理由:字数オーバー、時間切れ。
反省点:ネタかぶった。

objectOobjectO2009/01/16 20:23id:harutabe は考えすぎ。特に意味はありません。