安寿土牢

2006-12-13

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炎の中で茂吉がのたうっている。耳障りな高周波は彼奴の断末魔ではない。産声だ。

茂吉は山火事と共に現れる。後に火と雷を司る荒ぶる神に姿を変え、今も茂吉信仰として一部地域に残っているが、それは故なきことではない。茂吉は火によって生じ野火のように広がる。

業火に踊る茂吉にまっしぐらに迫る影は三つ。石布に包まれた狐の面。貞吉五番、十八番、そして二十八番であった。ちりちりと衣の表を焦がす火を潜り抜けた三人は三発の砲声で茂吉を沈黙させた。代償に十八番が腹を貫かれて絶命した。

「あれが茂吉か」

高みからすり鉢状の窪地の底を見下ろしていた男がつぶやく。その声は冷淡で、だがかすかに震えていた。男の脇にはもう一人狐面が控えていたが応えはない。

「しかし、無様だ。一人一殺などとうそぶく余裕などないのだぞ」

「……存じております」

「ふん、水野様によると天文方が数多の茂吉の襲来を予想したそうじゃ。その数見当もつかぬと」

「当方にも土御門様よりそのような警告が御座いました」

「禁裏に通じておると申すか」

「我ら、狐狸の類に御座いますれば」

人外の化生ゆえ政事とは関わりを持たぬ。そのように男は理解した。

「では行くか。案内せい」

「は」

2006-11-29

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断片2

シャッフル


貞吉二十七番の一番古い記憶はこの日のような夕暮れの光景だった。赤い光線に占められていただけで、朝焼けに照らされた光景だったのかもしれないし、単に血がぶちまけられたところにいただけなのかもしれない。あとから、自分は茂吉に襲われた村落のただ一人の生き残りであったことを知り、それはそのときの光景なのだと理解している。

記憶の中で貞吉二十七番はまだ貞吉ではなく、ひたすら泣きじゃくっていた。誰かの手が優しく頭に置かれていたのを覚えている。目を上げると恐ろしげな白い狐の面が居た。恐ろしくてまた目を伏せた。息を殺して居なくなってくれと願った。

「行くあてはあるか、わらし」

声が聞こえた。子供の世界はまだ狭く、家族が殺されたときに縋るものは全て失っていた。首を左右に振った。

「ならば一緒に来るか」

目を上げて狐の面を見る。心なしか狐の目が優しく感じた。あとでそれがまったくの勘違いであったことを悟るが、子供が次の一歩を踏むにはその錯覚で十分であった。

やがて童は戦い方と敵を学び狐の面を付け二十七番の番号を振られることになる。


シャッフル

2006-11-27

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断片1

シャッフル


遅かった。

薄暮直前の夕日の中、茂吉は既に血に塗れていた。数刻前まで人であった物の、人間たちであった物の上で茂吉は血に塗れて歓喜に震えていた。たおやかな女の腕、小さな童の脚、恐怖に眼を見開いた男の首、もはや誰のものともわからぬ腸(はらわた)。山と積まれた人体部品の上でぬたぬたと蠢いている。放って置けば茂吉は死体の山に潜りこんで――


増殖を始める。


それだけは食い止めねばならぬ。一度増殖した茂吉は何者にも押しとどめることはできない。群れは疫病のごとく近隣に広がり食い尽くす。そうして版図を拡大する。十分と思える兵力でさえ、茂吉に餌を与えるだけの愚行に過ぎず、増殖した茂吉に対しては焦土戦術を取るしか術はない。それは幕府にとって忌避すべき選択肢であった。

それだけのことが頭に入っているはずであるのに、このときそこにいたただ一人の生きた人間、貞吉、あるいは二十七番と人から呼ばれるその人間は一向に焦る様子もない。蓑の前をしっかりとあわせ笠の奥に見えるその眼は細く――いや、これは仮面――狐面である。白く塗られた口吻を持つ面は微動だにしない。案山子のほうがこのとき蓑笠姿の貞吉よりも生きているように見えた。


烏が啼いた。


死体の山に恍惚となっていた茂吉は動きを止め、あたりに注意を払う。貞吉はなおも動かない。緊張が弛緩に移り変わる瞬間を貞吉は狙っていた。茂吉の注意が死肉に再び向いたそのとき、貞吉は走った。常人ではありえない速さだった。だがそれでも数瞬遅く、貞吉の足首が茂吉の触腕につかまれた。そして高く振り上げられる。叩きつけられたら死体の数が増える。貞吉は残る足を引き離すと勢いをつけて茂吉の触腕にたたきつけた。返り血でぬらりと光っていた触腕は貞吉の足首から三寸程のところで粉砕された。茂吉は耳障りな悲鳴を上げて飛び退る。茂吉が占めていた場所には貞吉が降り立つ。死体の山の上。

夕日の照り返しか、茂吉がにたりと笑ったように見えた。いきなり、貞吉は男の腕に後ろから羽交い絞めにされた。男は既に死んでいたが、その体からは幾本ものの糸が伸び死体の山に消えていた。茂吉の操り糸であった。

自分より大きな男に抱えられたまま、貞吉は跳んだ。損傷していた男の死体は腹でちぎれたが、引っかかった腕でなお蓑にぶら下がっていた。信じなれないほど高く飛んだ貞吉は茂吉の背後に着地するやいなや、茂吉の腹をおもいきり蹴り上げ、その巨体をどうと裏返す。

うねる白い腹を前に蓑を開くとそこに現れたのは二つの腕で抱えられた不気味に光る砲身。『どらがん種子島』であった。一丁作るのに二人の乙女の贄がいると噂されだ忌まわしき砲が火を噴く。打ち出された鉄球は寸分たがわず茂吉の本体をえぐる。絶叫を残して茂吉は息絶えた。


茂吉を屠ることができるのは貞吉と『どらがん種子島』だけであった。


シャッフル

hachi_gzkhachi_gzk2006/12/09 02:17ご参加有り難う御座います。死体の山と狐面とは相性が宜しゅう……、かどうかは分かりませんが、死体の山と茂吉は相性が宜しゅう御座いますね。

objectOobjectO2006/12/09 23:03そのまんまエロスとタナトスですからねぇ。でもまだちょっとだけ続くんじゃ。