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2007-01-29
■ 靄の町

昨日飲んだ睡眠薬の効き目が思ったより長く、昼過ぎになっても頭がぼんやりとしたままだった。人と喋っている間はまだいいが、ちょっと気を抜くとすぐに一人の世界に落ち込んでしまい、わけのわからないことばかり頭に浮かんでくる。せっかくだから、とお話のプロットを考えてみたら、こんなイメージが浮かんできた。
靄の町
(起承)
- あるところに、白い靄に包まれた石畳の町があった。
- (なんとなく中世的な雰囲気)
- 靄は、早朝には周りが何も見えなくなるほど濃い。昼になるとだいぶん薄れてくる。長く住んでいると昼にはまるで靄がないように思ってしまうが、外から来た者にとっては昼でも風景が白みがかっているのが明らかに分かる。
- 早朝、白い靄の中で、赤ん坊を産湯に漬ける女や、道を行く荷車。どこにでもある風景のように思えるが、この町の住民はどこか無気力で、何かを諦めているように見える。
- この町には白い通常の靄の他に、黒い靄がある。
- 黒い靄はときどきそのあたりを漂っている。りんごくらいの大きさの黒い靄がときどき浮かんでいる。手で触れてみるとただの靄であるのがわかる。強く吹くと雲散霧消する。
- 住民は黒い靄のことを全く気にせずに生活している。
- しかし黒い靄が恐ろしいのはそれが集まったときのこと。ときどき風向きの具合か何かで、黒い靄が路地の隅などに吹き寄せられて、大きな塊を作ることがある。大きな黒い靄の塊は人を喰う。
- 人だけではなく生き物なら何でも喰うようだ(犬、猫、鳥、豚など)。大きな黒い靄の中に入ってしまった生き物は溶けたように消えてしまう。生き物を喰うと黒い靄の塊は満足したかのように薄れていってしまう。その後には小さな靄がいくつか残るだけだ。
- 大きな黒い靄は、小さな塊のときとは違ってある程度意思を持って動いているように見える。が、その動きは遅いので、喰われるのは眠っている動物/人間くらいだ。
- 町の人々は黒い靄から身を守るため、できるだけ部屋の気密性を高めている。しかしいくら塞いでも家というものはどこかに隙間はあるもので、一年に何人か喰われて消えてしまう。
- 町の人々は靄に喰われて消えてしまうことについては、どこか諦めている。
(転結)
- 王に呼ばれて都に向かう途中の有名な高僧がこの村に立ち寄る。
- それと前後して黒い靄に喰われて15歳くらいの少女が消えてしまう。母親は泣き叫ぶ。父親は少し涙を滲ませながらも諦め気味。近所の人は、同情しつつも仕方ないねえという雰囲気。20歳くらいの兄はこんな世の中は狂ってると言わんばかりに激昂している。
- 高僧が説法の場で、その靄を退治してみよう、と言う。
- 町の人たちは、半分どうせムリだろうと思いつつも、半分はもしかしたら、と期待する。
- 高僧が、頓知または法力で、その靄を退治する案を出す。その案には多数の町の人の協力が必要。
- だがいまいち協力が集まらない。みんな反対しているわけではないのだが、なんとなく気が乗らない、めんどくさい、と言った感じで、うまく段取りが揃わない。少数の積極的派と、多数ののんびり派の対立。
- 高僧と町の人の齟齬がいくつか。
- 最終的に、高僧は「なんとなく窓が開けっ放しになっていた」などのミスで、黒い靄に喰われてしまう。誰かが意図的に高僧を殺そうとしたわけではなく、みんな自分から積極的に動くほどの気合いはないけれど、なんとなくあいつうざいなあ、というくらいの、消極的な反感、「窓を閉め忘れる」「用心を怠る」といった消極的な怠慢が、高僧を殺してしまう。
- 高僧の死を知った町の人はみんな、やっぱりなあ、と思う。みんな諦めている。妹の死に激昂していた兄ももうおとなしく一人で諦めている。今日もまた靄が濃い。
というお話が浮かんだのだけど、これって俺の気質のままだな。
いつも俺は、何かがダメになってしまえばいいのに、と思っている。いつも何かのせいにして何もやらない。本当はやればできるのに○○のせいで、とか言って何もやらない。でも積極的に何かを壊そうとはしない。消極的に破滅を願っている。何かが壊れていくのを「あーやっぱりなあ」とただ見ている。
己の気質をお話にするということか。そういえば俺は昔から何かが駄目になる話ばかり書いている。それが俺の心の芯にある。何かが駄目になるのを、俺は何もせずに消極的に見ているだけだ。それは嫌だなあ、抜け出したいなあ、と思っている振りだけはする。
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