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2007-02-11
■ ミステリという極端

前のエントリの続き。
こないだ適当にイメージのままに書いた文章を、もっと長く続けていこうとしたら、何故僕はポットを持って運んでいたのかを説明しないといけない。
うーん、なんでだろうー。
会話の内容から、そのポットの中のもの、もしくはポットは結構重要なものっぽい。
- ポットの中に何かを入れて運んでいた→なんでわざわざポットを使う必要が。
- ポットが命を持っている
- 何かの理由で喋るポットだった
- 死んだ友達とかが何故かポットに宿っている
こういうの考えるのめんどくさいしあまり楽しくない。別にハウダニットとかやりたいわけじゃないのよね。適当な設定を出すと後で困るってことか。
小説だとちゃんと回収しないといけないんだな。詩だったらポットが自分の心臓でもポットが鳥に化けて飛んでいっても別に問題ないのに。
よくわからん不思議な設定を現実に回収するというのは、ミステリ的だ。
なんか知らんが死体の首が切られているとか、死体(男性)が化粧をしているとか、空から座禅を組んだ坊さんの死体が降ってくるとか、そういうわけのわからん設定を、ミステリは現実的な説明で回収する。
例えば、作者が本来書きたかったのは、首がない死体が綺麗に椅子に座っているという幻想的な風景だったのかもしれない。
そうだとしても、ミステリならばそれに現実的な説明が求められる。
詩のように、イメージだけ出して投げっぱなしではいけない。
こないだは、詩と小説の違いとして「ストーリー」というものを考えていた。
「ストーリー」というものの要点は、「この先どうなるんだろう」という期待だろう。
ミステリという形式は「謎解き」というものを必ず持つ。不可解な謎とその解決。
この謎解きは、「この先どうなるんだろう」の最たるものだ。
<ストーリー性>
↑
↓
保坂和志とか
詩とか
音楽とか
<ただ読むことの楽しさとか>
<文体の楽しさとか>
<イメージの美しさとか>
江戸川乱歩は猟奇的なイメージが本当に好きだけど横溝正史にとっては猟奇的なモチーフは意匠に過ぎないという話(殊能将之が言ってた)もこのへんに関わるか。
で、俺はもう詩は書けるから、ストーリー性を身につけなきゃいけないのね。お話を語る能力。「この先どうなるんだろう」って思わせる能力。