霊長類賛歌 このページをアンテナに追加

2006-03-20

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 わたしはまた、御座と四つの生き物との間、長老たちの間に、ほふられたとみえる小羊が立っているのを見た。それに七つの角と七つの目とがあった。これらの目は、全世界につかわされた、神の七つの霊である。

(『ヨハネ黙示録第五章』より)

 居心地の悪い座布団の上で正座しながら、おれはあたりを見回した。派手な色のフリースを着た化粧気のない中年女、頭の悪そうな子供とその母親、安いスーツを着た中年ハゲ男の靴下には穴が開いていた。

「キョロキョロしないで、もうすぐお話がはじまるから」

 隣に座った女が目玉を剥いておれにささやいた。おれが首をぐるりと回すとゴキリといい音。思いのほか大きいその音は、正面の演、壇以外にほとんど物がない畳敷きの「研究所」中を反響し、じっと座ったまま身じろぎもしない信者たちの間を通り抜けた。

 換気扇がブーン

 蛍光灯がジジジジ。

 遠くで車がブォー。

 おれの首がゴキリ。

 女がおれを睨んだ。

 この女は昨日まで、おれの恋人だった。互いに愛し合い、人生を約束したはずのこの女は、よりによって新興宗教にハマっていた。女のハンドバッグに入っていた無柄のペットボトルが、その証拠だった。始まりは些細なことだ、ノドが乾いていたおれは、ミネラルウォーターかと思い、その水を呑んでしまったのだ。その水は妙に苦く、舌にからみつく味だった。

「おい、この水、腐ってないか」

 寝室から飛び出した女は、おれの手からペットボトルを奪い取ると、ものすごい形相でおれを睨んだ。

「これは私の水なのに!どうして飲むの!」

「いや、そうじゃなくてさ、その水、腐ってんじゃないの」

「腐ってるわけないじゃない!」

 そう叫ぶと、女は水を一気に飲み干した。

「これは私のための転写水なの、あなたには合わないから」

 その歪んだ顔に驚いたおれは、空のペットボトルを見て、あることを思い出した。日本を震わせた新興宗教、その教祖風呂の残り湯をありがたそうに飲む信者たち、パッケージのない無数のペットボトルに詰められて高額で取引される風呂の残り湯。

「転写水って、何だよ」

 水を飲んで興奮が冷めたのだろう、女はおれの顔色が変わっていることに気付いて、目を伏せた。

 おれは宗教が嫌いだった。連中は安易に救いを求めるし、でたらめを信じて殺し合いをする。直接の被害に遭っていないと文句を言いづらい雰囲気も嫌いだ。あんな連中は全員どこかに集めて火をつけてやればいいと思う、いろいろな宗教の奴を混ぜて燃やせば、たくさんの神様が助けに来るだろうから、どの神様が一番救えるのはよくわかるだろう。そんな冗談ならいくらでも言えるほど、おれは宗教が嫌いだった。

 そのことを、この女は知っていた。知っていながら妙な宗教にハマって、変な水を飲んでいたのか。おれは女を責めた、責めて責めて、ついにその水を高い金を出して買っていたこと、週に一回研究所と呼ばれる集会所で行われる水を飲んだあとの報告会に出席していたこと等を告白させた。

 それの信者になったのはおれと出会う前だったらしい、女は何度もそのことを強調した。考えた末の告白だと泣いて暴れられたときには、もうこの女を恋人としては見られなくなっていた。もちろんこの女にそのことを話してはいない、だまされていた腹いせに、その教団へ乗り込んで、インチキな連中の夢とか希望をブチ壊してやろうと思ったからだ。

 泣き叫ぶ女をやさしく慰めて、おれはその宗教の集まりに連れて行くように頼んだ。

 反省している、君のことが好きだ、君の好きな宗教について深く知りたいんだ。おれはありったけの言葉で女を懐柔した。教祖には会えなくても、牧師とか、師範代みたいなものはいるだろう、一度でいいからそのひとに会わせてくれと、懇願した。

 女は泣きやみ、涙と涎で塗れた顔に輝く笑顔を浮かべた。

宗教じゃないの、とても科学的な集まりなの、きっとお話を聞いたらわかるから」

「ああ、わかってるよ、大丈夫」

 おれは頭にクエスチョンを浮かべながら、笑顔でうなずいた。

 そして今日、おれはここにいる。

 「研究所」と呼ばれる小さな二階建ての家に着くと、一階の事務所に通された。ジャージを着た気の弱そうな青年と、色の白い肥った女が部屋の端と端にいる。向かい合っているのに、机は離れて置かれていて、壁には一面水槽や檻が置いてある。中にいる動物たちは眠っているようだ。部屋の中央に、雑然とした壁とは対象的な、よくわからない空きスペースがある。色が白くて肥った女がおれを見て目を伏せ、小声で何かをつぶやいた。

 おれの隣に立った女は、快活な声でジャージの青年を呼んだ。

「西本さん、新しい研究者さん」

「ああどうも、西本です」

 玄関へやって来た青年の顔をよく見ると、小さなシワが沢山あった。髪にも白髪が混じっていたから、見た目よりも年がいっているのかもしれない、それか修行が厳しくてロクなものが食えていないのだろう。おれは笑顔握手を返し、自分の名前を言った。青年はうつろな顔でおれを見て、笑顔に戻ると手に持った書類を差し出した。

「形式的なものですが、研究所へ着た方の芳名帳です、どうぞ」

 ボールペンで名前を書くと、青年は食い入るようにそれを見つめている。

「どうも、ありがとうございます、研究所は二階にありますので」

 そう言うと、青年は部屋の真ん中に進み、芳名帳をジュータンに置いた。青年が机に戻ると、色の白い肥った女が席を立ち、部屋の真ん中へ向かい、芳名帳を拾った。色の白い肥った女が机に戻るまで、たっぷり三十秒はあったかもしれない。おれはその奇妙なふるまいを見て、ますますこの宗教、いや、研究所とやらが嫌になった。

 これは、男女を分離するシステムの幼稚なバージョンだ。狭い部屋の中に年頃の男女を閉じ込めれば絶対に交尾が始まる、そう妄想する老人はこういう奇怪なシステムを思いつくものだ。おれは事務所を出ながら、ジャージ若者と色の白い肥った女が部屋の中央で無数の動物に見守られながらまぐわうところを想像して、軽い吐き気をもよおした。

 二階へ登ると、部屋の壁をブチ抜いた大きな集会所になっていた。全面畳張りで、奥にある演壇以外はほとんど物がない。部屋のスミに大量の座布団が置いてあり、入り口の隣に洗面所がむき出しになっていた。奥の演壇に、坊主頭の中年男が現れた。大きなからだを折り曲げて、演壇の横にある穴からずるりとはいでたその顔は、おれの好きなソビエト食人鬼、アンドレイ・チカチーロによく似ていた。尖った頭、張り出たアゴと頬骨、そして目。見開かれた、白と黒の二重丸のようなその目が、おれを見た。

ホメオパシーを、ご存知ですか」

 その声は太く柔らかく、おれの耳の後で鳴っているみたいだった。おれは黙って首を横に振った。

ホメオパシーは正式な医学ではありません。体内に入った毒素と似たものを飲むことで、体内に巣食った毒素を排出する民間療法です。ホメオは似たもの、パシーは病気をあらわします。ホメオパシーの創始者、ドイツのハーネマンはマラリア特効薬マラリアと似た症状を引き起こすことから、ホメオパシーの基本原理を発見しました。当時のドイツでは医学界の反発を受けながらも大ブームを巻き起こしたんですよ。もちろんヨーロッパだけではなく、アメリカでもホメオパシー医療に適用されたのです」

 くそ、擬似医学じゃないか。おれはその方面には詳しくないが、デタラメを信じる点だけ見れば、宗教と同じようなものだろう。

「基本的には、病気と似た症状をあらわす物質を水に溶かし、飲むことで効果を得るのですが、単なる毒物を体に入れたのでは、逆に病気になってしまいます。そこで、元の成分が検出できないほどまで稀釈して、その濃度を薄めます、通常は十の六十倍、ときには百の三十倍に薄めることもあります、そこまで薄めるともはや元の物質の分子は検出できません……折原さん、それなのになぜ、ホメオパシーの転写水は病気へ効果を持つのですか?」

 化粧気のない中年女が嬉々として答えた。

「転写水というのは、その名前の通り、物質の情報が転写された水のことだからです。現代の科学では解明できない細密な情報が転写されているから、転写水を飲むと私たちの脳は高次元の反応を起こし、知覚精神、そして肉体に影響を与えます」

「その通り、よく理解が進んでいますね。麻酔薬が脳のどの部分に効くのかが解明されていないように、転写水の効果は数多くの臨床結果を残しています」

 おれは耐えられず、言葉を挟んだ。

「あのう、彼女に聞いたんですが、専用の転写水って何ですか、彼女が何かの病気だったとは知らなかったんですけれども」

 チカチーロ似の男は心得た顔でうなずいた。

「ええ、われわれの研究所では、通常治療に使われる転写水ではなく、健康な肉体に影響を及ぼす転写水の研究しているのです」

健康な肉体?」

「ええ……『水の記憶』という言葉をご存知ですか?」

 チカチーロ似の男は、おれの反抗的な態度にもひるまず話を続けた。いつの間にか、部屋の中央に座ったおれのまわりをとりかこむ信者の輪が狭まってきている。みな善良そうな目をした普通の人間だ、おれはそれが何より怖かった。

「知ってますよ、コップの下にありがとうとか、ばかやろうとか書いた紙を置くと、味が変わるとか、氷の結晶がきれいにできるとか」

「あれはインチキです、コップの下に紙を置いただけで水に影響を及ぼせるわけがない。もしコップの下にある紙に書かれた文字が影響を及ぼすというのなら、水はまず文字を読めなければならない、残念ながら文字や言葉というものは学習によってしか理解することはできないのです。実は、最近、この手のインチキが、学校教育でも引用され、子供たちに伝えられているのです。そのような指導をする方に科学的な間違いを指摘すると、言っている内容が正しいのだから……ありがとうは良い言葉で、ばかやろうは悪い言葉なのだから、科学的に間違っていてもいいのだ、と答えが返ってくるのです……悲しいことですね……子供たちには本当の科学的思考を理解してほしい、そう私は考えています……」

「そ、そうですね」

 おれは真剣に喋り続けるチカチーロの、憂いに満ちた澄んだ目を見た。じっさい宗教の集まりに来て、本物の宗教者に会うのは初めてだ、こうまで怪しくないものかと不自然さを感じるほど、男の目には邪気がない。だがしかし転写水?水が文字を読めないというのなら、何をどうやって水に情報を転写するというのか?

 おれは頭を振った、もう思考がバカになってきたらしい。そもそも「水に情報を転写する方法」なんてものは存在しない、水の分子は流動的でなにかを固定することなどできないのだ。疑問を持つこと自体が、おれがこいつらに影響を受けている証拠だ。おかしなことを言われたり強制されたりしたら、立ち上がって叫んでやろう。狂った奴らには、狂って見せるのが丁度いい。

「人間の体は、何パーセントの水が含まれているかご存知ですか」

 突然質問をされて、おれは戸惑った。

「水?……八十パーセントくらい、ですか」

「その通り、生体細胞には必ず水が含まれています。生命には欠かせないもの、それが水です。太古の昔、生物は海で発生したと考えられています、生物の体内を循環する水分と……」

「あのう、具体的な話を、していただけますか」

 おれは、勝負に出ることにした。

「具体的な話?」

「ええ、さきほど仰っていた転写水というのは、コップの下に紙を置くのと、どう違うんですか?」

 まわりの雰囲気が変わったのはわかるが、もう止まらない。今日はそのために来たのだ、徹底的に戦ってやる、誰がなんと言おうとも……おれのまわりに、暖かい笑い声が満ちた。

 ハゲた中年男性がおれの肩をやさしく叩いた。

「誰でも最初はそうなんです、心配しないでください、すぐに転写水が何であるのかが、わかりますよ」

 その目は、チカチーロと同じように、澄んでいた。

 ああ、こいつらは……本当に純粋に、このチカチーロ野郎のことを、この宗教を、この空間を信じているんだ。だからこいつらにおれの敵意は通じない。おれが暴力を振るわない限り、おれのこの憤りは、早く続きを聞きたいという欲求に見えるのだ、こいつらには。おれは心の底から寒気を感じた。

「わかりました、関口さん、お願いします」

 チカチーロから関口と呼ばれたのは、頭の悪そうな子供を連れた母親らしき女だった。立ち上がった関口に手を引かれて、子供が立ち上がる。肌の色がそっくりなその親子の掌は、まるで溶けてくっついたように見える。

「いま、関口さんに持ってきてもらいますからね」

 チカチーロが言うと、演壇の後にある小さな穴に、関口が入り込む。もの言わぬ子供は、手をひかれたまま穴の外にしゃがみこむ。そのまま関口とその子供は、ずるりと穴の中に入ってしまう。

「水は情報を記憶します、しかしそれはわれわれ人間が使う言語のかたちではありません、もっと古い、人間になる前の、とても昔の言葉と同じものです……食人族の中には、勇敢な敵を殺し、肉を食べることでその力を得ると言う部族がいます、ご存知ですか?」

 おれはふと、チカチーロが自己紹介をしていないことに気づいて、その二重丸みたいな目を見て、言った。

「あ、あんた、自己紹介もしないで」

 おれの言葉を予期したように、チカチーロの人差し指がおれの唇に触れた。

「名前とは、穢れなのです。ここにいる方たちはまだ名前を持たなければならないステージにあるのです。ですから私は名前を呼びます、呼ばなければならないのです……しかし、あなたや私は違います」

 チカチーロの顔が近づいてきた、その皮膚はなめして染めた牛の革のようにぬるりと光っていた。おれは唇にあてられた人差し指がはなれると、つばを呑んだ。

「なるほどね、法名、ですか?出家したら新しい名前がつく、そうやって現実世界と隔離して、独自の価値観を植えつけるわけだ。でもね、私はこの宗教に入ったわけじゃないし、出家だってするつもりはない、だから名前を」

 チカチーロの顔がすっと引いて、丸い目が更に丸くなった。

「とんでもない、新しい名前?確かに便宜上、守護獣の名前で呼ぶことはありますが、それは区分するための別名にすぎません、あなたがただ一人そこにいるとき、あなたを区分するための名前は必要ないのです」

 おれが反論しようとすると、いつの間にか穴から出てきていた関口とかいう女が、透明なガラスのビンとコップをチカチーロに差し出した。ビンの中にはにごりのない水、チカチーロはビンのふたを開け、コップに中身を出し、おれに差し出した。

「あなたのための調整水です、どうぞ」

 部屋中に羨望のためいきが広がった。おれはコップを受け取って、飲まないための言い訳を考え出している自分を笑った。何を考えているんだ、たかが水じゃないか、こいつらの言っている通りならそれは本当の意味でただの水でしかない。しかし理性はもう一方で当たり前のことを予測する、これはどこにあった水だ?不衛生な腐ってる水だったらどうする?水の中には何が入っているんだ?教祖の入った風呂の残り湯、という言葉がおれの脳をよぎった。

 そんなおれの逡巡を見抜いたのか、チカチーロがおれの肩を抱くように近づき、耳元でささやいた。

「お願いですから飲んでください、これはただの水道水です……私は頼まれてやっているだけなのです、私を助けると思って、ね」

 その言葉はまるで、今まで目の前にいた男から発せられたようには思えなかった、舞台裏で、カメラの裏側で、望まない役を演じさせられた役者が愚痴るような、そんな言葉だった。

 おれから離れたチカチーロが声を張った。

「さあ、お飲みなさい!そして知るのです、真実を!」

 一斉に拍手が鳴り、おれはせかされるようにコップを口もとへ運んだ。水が流れ込みノドをうるおした。コップの中の水は意識でもあるかのように次々おれのノドへと流れ込み、おれはむせることなく全てを飲み干した。

「おめでとうございます!」

 盛大な拍手がおれの周りに渦巻き、耳が悪くなりそうだった。拍手はいつまでも鳴り止まなかった、鳴り止みそうになるとまたはじめから鳴り出すのだった。

「おめでとうございます!」

 口もとから水が流れ出していた、あわてて口をぬぐうと、手の甲には何もついていなかった、ぴちゃぴちゃと水音がした、おれはとても汗をかいているような気がした、ワイシャツがひどく濡れていた、ネクタイをゆるめ襟を開こうとすると、濡れていたのはシャツではなくておれの手のひらだということに気づいた。

「おめでとうございます!」

 拍手の渦はどんどんと感覚をせばめておれの周りを高速で回転し始めた、目から鼻から口から水が流れてているように思えた、おれはぐにゃぐにゃになった頭で「やられた」という言葉を繰り返した。

「やられた」

 実際に口に出した声と、頭の中で考える声の区別もつかなかった。おれはドラッグの経験がないので比べようもないのだが、おそらく水の中には何かの薬物が混ぜ込まれていて、おれはまんまとそれにひっかかったというわけだ。ここまでカルトだとは思わなかった、タチが悪い、このあとバッドトリップに突入したおれは変な映像を繰り返し見せられたあげく教祖の素晴らしさを叩き込まれるのか、ひどいもんだ、どれだけ知識があったって太刀打ちできないこの暴力、股間がびっしょりと濡れているのは幻覚かそれとも本当に恐怖で漏らしたのか。

 視界が歪み、視界が歪んで分裂した、手足が膨らんでいった、指足が胴が針金のように伸びていった、吐き気が止まらず口からねっとりとしたものがどんどん出て畳に落ちた。

 視界の端に、チカチーロの笑顔が見えた。手には大きな広口のビン、ビンの中に詰まっているのは、何匹も何匹もからまった大きな女郎蜘蛛。

 ちくしょう、何を飲ませやがった。そこでおれの意識は途切れた。

 目が覚めると、赤い夕陽が部屋の天井を照らしていた。幻覚は収まっていて、ただピントがぼけていた。左目がひどく痛む、瞼が開けられないほどだ。指でなぞると目玉がなかった。

 おれは驚いて声をあげた、痛む身体をゆっくり起こしもう一度左目のあった場所をそっとなでた。下まぶたの残骸がぺろりと残っていて、上まぶたは奥に引っ込んでいた、眉毛の上から頬にかけて切り傷がある、何かで切りつけられて目玉がつぶれたのだ。

 おれは残った目玉であたりを見回した。次第にピントが合い、その惨状があらわになった。部屋が赤いのは夕陽のためだけではなかった、いくつもの折り重なった肉塊と、その肉塊から流れ出る血潮が部屋を赤く染めていたのだ。

「目が覚めましたか」

 ごぼごぼひゅーと音をたてながら、肉塊のひとつが声を発した。

 チカチーロだったと思われる肉の塊から、おかしな角度で首が飛び出していた。

「おめでとうございます、適合者第2943号、蜘蛛。名状しがたき世界へようこそ」

(つづく)

DanyelDanyel2012/05/25 16:27Hey hey hey, take a gadner at what' you've done

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2006-03-18

[]コラーゲン:海に生きる コラーゲン:海に生きる - 霊長類賛歌 を含むブックマーク

 上下する、蠕動する、捕獲して吸収する。首の周りにのびたカサをふるわせて、私は海中を進む。頭の周囲にずらりと並んだ目玉、その間に配置された耳線と鼻穴、首のカサから下は、腕が足の先まで伸びている。股間の総排泄口にプランクトンを吸い込んで、私は満足げに身をふるわせる。

 私がくらげになってから、どれくらいの月日が経つんだろうか。はじめに施術を受けたときは、まだ世界征服の理想に燃えていたような気がする。全身の皮膚が半透明になり、目玉が増えたあたりから、まともにものが考えられなくなった。思考のほとんどが食欲で、性欲も睡眠欲もない。睡眠欲に関して言えば、眠っているときと起きているときと意識レベルに大差がないから、あるといえばあるのかもしれない。性欲はまったくなくなってしまった、今確かめたら性器は切除されていた。切除?私は男だったのか?

 次々と蘇る記憶に私は慄然とした。脳に何かの損傷を負ったのだろうか?人間だった頃の記憶が戻ってきているのだ。それがなぜ恐ろしいのかを、今の私は知っている。変形した四肢、改良された感覚器官、もはや人間とは言えぬ肛門での捕食活動……まともな精神では数分も耐えられはしないだろう、わたしは人間よりもくらげに近い生き物なのだ。

 理想を忘れて生きることが、私の人生にとって正しいことだとは思わない。改造によって失われた理性を取り戻せば、あの男に復讐することも可能だろう……私が常軌を逸した改造を受けているのでなかったならば。

 このまま、誰もいない海の中で正気を取り戻し、一人ふたたび狂って死ぬのか。私は叫び出しそうになり、その結果に絶望した。私には口がないのだ。

 基地の壊滅、あの男との戦い、組織での活動、そして改造。私の記憶が次々と巻き戻されていく。身体的な記憶は脳の奥底に眠っているのだろう。厳しい訓練、組織へのスカウト社会からのドロップアウト。他人事のように自分の過去が思い起こされる。まだ記憶の中の私は、いまの私ではない。学生時代、青年、少年、そして幼年期。そろそろ終りが近づいてきたようだ。私は暖かい波にゆられながら、覚悟を決めた。

 いよいよ来るのだ。決定的な記憶、私が私の体を私であると認識した、あの瞬間がやって来る。それは、今海中に浮かんでいるこの半透明の体の中で、私の記憶が全て蘇り、発狂することを約束してくれる。

 その時が来た。初めて知った、自分の体、掌を動かし、足を蹴り出す。私の体、私の目、私の耳……私は分裂した。

 めりめり、と音を立てて私の脳は裂けた。これは比喩ではない、ものの見事に私の頭は上下に裂けたのだ。眼球を上へ向けると、数センチ上に、裂けた頭蓋が浮かんでいくのが見える。

 底面には脳の断面と、その断面を覆うやわらかい半透明の組織。その組織から伸びていく、四本の触手が生えている筒状の胴。

 精神は安定している。頭部の切断面にはもう皮膚が張りはじめた。もうすぐ骨質が形成されるだろう。

 私はどうやら、子を産んだらしい。