霊長類賛歌 このページをアンテナに追加

2006-04-17

[][]決戦前夜。 決戦前夜。 - 霊長類賛歌 を含むブックマーク

 春のなまあたたかい夜風が、公園によどんでいた。夕立が湿らせた砂が靴底にまとわりつき、木立がゆっくりと風の中でゆらめいていた。午前三時、月はなく、銀色のあかりがやみを照らしていた。滑り台によりかかったぼくは、色を失った公園の、ばねのついた動物をながめていた。

 やがて、くらやみから、学生服を着た短髪の少年が現れた。

「真夜中に目がさめると、時間がとまっているように思えるだろ」

 彼は手袋の甲を撫でながらぼくに言った。白い手袋の甲には赤いしるし……彼がファック文芸部の隠密である証が染められている。見た目は年下なのに、まるでぼくより百は年上に思える。もちろんそれは比喩って奴で、彼はやっぱりぼくより背が低いし、ぼくより声が高い。

「君、まさか、本当にやるんじゃないだろうね」

 少しだけ、彼の言葉にいらだちを感じた。珍しいことだと、ぼくは思った。そして、いじわるな気持ちになった。

「何を?何をやるっていうの?」

 ぼくが乱暴に答えると、彼は息がかかるほど近くに寄って、ぼくの両手をつかんで滑り台へ押さえつけた。

「ファック文芸だよ、ファック文芸を、あの舞台に持ち出そうって言うんだろ」

「……それのどこがおかしい?」

 必死の抵抗、もう泣きそう。こいつ細い腕してるくせに何て馬鹿力なんだろ。それでもぼくにしてみれば、ずいぶん頑張った方だと思う。冷静なフリして言い切ったら、彼はふしぎそうにぼくの顔を見て、目を伏せた。水銀灯に照らされて、長いまつげが彼の眼球に影をおとした。口のはしが歪んで、息がもれた。

「……おかしいかって?おかしい?ああ、おかしいね」

 両腕の拘束がとけたのに、彼はぼくの目の前から離れなかった。

「君はアタマが相当におかしい」

「ありがとう、ぼくには上等の賛辞だよ」

「本当に、やるつもりなんだな」

「ああ、どこまでいけるかは、わからないけどね」

「成分は?基本組成は……」

プロップでいくよ、慣れているからね。そこに山口と板垣をブチ込む。もちろんセリフはオタ系ヤンキー語でヤオる」

「乱暴だ、オタ系ヤンキー語は不得手なんじゃなかったかな」

「冒険も必要だよ……やったトキねーしわかんねーけど、どーにかなんじゃね?」

「そうだね。漢字の配分に気をつけて、君は画面を黒くするのが好きだから……」

「わかってる、他の連中は?」

 ぼくが振り向くと、もう彼の姿はなかった。ぼくは手首にのこった軽いしびれを撫でて、彼の言葉をのどの奥でころがした。ああそうだ、ぼくはアタマが相当におかしい。言葉使いがライトノベルに挑戦するんだ、もしかしたら死ぬかもしれない。なぁに、いけるとこまでいってみるさ。