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Slimo the fatter

2008-06-29

[]25人の白雪姫(完全版/縛り無し) 23:47 25人の白雪姫(完全版/縛り無し) - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - 25人の白雪姫(完全版/縛り無し) - Slimo the fatter

 彼女の肌は雪のように白く、また唇は血のように紅く、黒檀のような黒髪は奇麗に風になびいていたが、何よりも美しかったのは、彼女――白雪姫の無垢さであった。

 白雪姫は、ある自然豊かな領地を治める国王夫妻の第二子として生を受けた。夫妻には前に女の赤子がいたが、彼女は生後三週間目に風邪をこじらせて天に召されてしまっていた。だからこそ、白雪姫を身篭った際の夫妻の喜びようは地を揺るがすほどであった。だからこそ、白雪姫を産んだ直後に王妃が高熱を出してそのまま二度と目を覚まさなかった時の、王の悲しみようも並大抵ではなかった。王は、七日七晩自室に閉じこもり、太陽が上っても沈んでも変わらず泣き続けた。しまいに彼の涙腺はにわとりのとさかのように真っ赤になり、彼の頬は世界の病を一心に受けたかのように痩せ細った。だが、彼の悲しみを作り出したのが白雪姫であったなら、その悲しみを癒したのもまた白雪姫であった。泣きはらして部屋から出た王様を出迎えた赤子の白雪姫は、たいそう優しい笑顔をしており、また、その顔にはどことなく母君の面影があった。王様はとてもとても彼女を可愛がった。その熱烈な可愛がりようは失った王妃の影を追い求めつつも忘却の彼方へ追いやろうとするかのようで――王は、まだ幼い白雪姫のために何十もの詩と歌を王宮付きの詩人に作らせたものであった。


 やがて、幾度もの春と冬が巡り、王様は、周囲の推薦を断りきれず、新たな奥方を迎えることにした。そして、再度円満に新婚生活と統治の日々を送り始めた。新たな奥方は、それほど高貴の出ではなかったものの、真珠のように美しく、また気高い優しさに満ちていた。彼女は、よき女、よき妻であるだけでなく、まだ幼い姫にとってもよき母でもあろうと、そうあるべきだと、日々真摯に心掛けており、その優しさの維持に注がれた努力は並大抵のものではなかった。そして、その努力は、充分に報われた。王も、前の王妃を忘れたわけではなかったものの、この新しい奥方を充分に愛したし、幼い白雪姫は、この新たな母に懐き、また長じては同じ女として敬意を抱いた。その幸せな暮らしは、永遠に、少なくとも季節と星座の許す限りに続くものと思われた。

 その美しい関係が徐々に変化したのは、いつごろからだっただろうか。十二になった白雪姫は、父と継母の限りない優しさと愛情に包まれ、まことに美しくすくすくと成長した。彼女は無垢で、純粋で、優しさに満ちていた。彼女の肌は雪のように白く、また唇は血のように紅く、黒檀のような黒髪はいつも奇麗に風になびいていた。精神という意味でも、肉体という意味でも、その美しさは世界中のどのような絵師にも描けぬほどであり、どのような宝石でも彼女の前では霞むほどであった。強いて似合いの財宝を挙げるならば、白い大きなオパール――前の王妃が好んで身に着けたネックレスならば、彼女には不思議と釣り合った。そして、そのネックレスを身に着けた彼女は、その微笑のなかにまるで死んだ王妃の生き写しかと思うほどに亡き王妃の面影を煌かせ、また、暗い部屋でも後光がさしてみえるほどに輝いていた。

 白雪姫の美しさは、夫婦ふたりの仲睦まじい薫陶によるものだったが、王と奥方のよき夫婦関係に病を持ち込んだものも、また彼女の美しさであった。白雪姫が成長するにともなって、彼女の美しさは更に輝きを増してゆき、十七になったころには、その美しさは太陽の燦然と輝くかのようになった。そして、その美しさの隆盛と機を同じくして、いくつかの噂話が王宮内に流れ始めた。初めは給仕の召使たちが自室で語るような他愛もない噂話であった。奥方は不能の夫に愛想を尽かし、新たな恋を見つけたらしいとか、奥方が子を成せぬ身体だとか、そのせいで王様の寵愛が薄れ出したとかの類の卑しい噂である。だが、それは、ある種の事実を根底とした噂であったのだ。実際、奥方のベッドに王様がやってくる回数は近頃明らかに減っており、夜伽をもつこともこのごろはもう無いといってもよかった。日中二人がお会いになることも近年は稀になっていた。それと、同時に、王様は、日に日に亡き王妃に似てくる白雪姫と過ごす時間を大層大事になされるようになった。行幸には必ず彼女を御させ、時には一日のほとんどを彼女と過ごすことも多くなっていた。状況を食み、噂話は加速した。幾人かの侍女はまことしやかに言っていた/王様は近頃、毎『夜』のように白雪姫の部屋に通っておられるらしい。これはいつしか奥方の知るところとなった。もう長い間訪ねてこない夫を想い、憂鬱な日々を自らの塔の中で焦りとともに過ごしていた奥方は、その噂を聞き驚いたが、よくよく考えてみて、それは事実であることを確信した。彼女は、それほど高貴の出ではなかったのものの、真珠のように美しく、また、気高い優しさと、知性に満ちた女性であったので、夫の態度や目などを想起し、「それ」が有り得ることであると考えたのであった。詳しく調査した彼女は、その不安が事実であることを確認した。夫は、毎夜、実の娘の部屋を訪れていた。また、ここ数ヶ月、城内で白雪姫の姿を見たものは、お付きの給仕係以外誰もいなかった。彼女は、事態が予想よりも悪い方向に行ったことに気づいた。その事実は彼女を嫉妬という病に蝕みもした。見えぬ不安は抱えきれぬほどに大きくなるのが常であった。だが、気丈であった奥方は、それを見せまいと王にも、臣民にも、毅然として振舞った。だが、奥方のふくよかな頬は徐々にこけてゆき、それがまたあらぬ噂を招く結果になったのであった。そして、彼女は幾夜も孤独な時間を益のない思考のなかに潰したうえで、彼女はある結論を出した。


 ……計画の実行には慎重を期した。白雪姫を外の野に連れ出し、狩人に殺すふりをさせて「失踪」させ、意図的に彼女をある目的地まで逃がす。そして、誰も知らぬそこで毒を盛って、記憶を奪い、東国のエルワーの地、古えのフロルマーの地へと放逐する。ようは、白雪姫の「失踪」なのだ。彼女はもっと直接的な制裁をふたりに下したかったけれども、やはり王様を愛してはいたし、白雪姫のことも、継母なりに充分に愛していた。理想的な母になろうと心がけていた彼女の心は紛い物などではなかった。同時に、彼女は、夫の国を――自らの臣民をも、充分に愛する王妃であったので、そのような、直接的で破滅的な道は選ぶことはできなかったのだった。当時の彼女にはそれが精一杯であった。その後、できるだけ良い日を見繕って、王が隣国へ出かけると同時に彼女は計画を実行に移した。と言っても、自ら手を下したわけではない。やはり、彼女は充分な知性のある女であったのだ。

 彼女の努力と計算の甲斐もあってか、数日後には白雪姫は順調に「失踪」した。そして、あとは、予定の地まで白雪姫を探しにゆき、王宮お抱えの呪術師に念入りに作らせた毒――美味しそうな毒りんごを食べさせるだけとなった、だが。ここまで奥方を駆り立ててきたものは、王の罪深い悲しみと慈しみ、そして狂気であったことは疑うべくもないが、その最後の段になって、何の因果か、彼女は不意にその呪縛から解き放たれたのであった。白雪姫が哀れに思えてきたのだ。彼女は、美しく、そして少なくとも、無垢であった。無垢であるが故に誰からも愛される存在であった。彼女はまた純粋であった。気高い優しさは、私が教え、彼女が真摯に学び取ったものであった。そんな白雪姫を私は――。……彼女は自分を悔いた。自らの罪深さを悔いた。だが、悔いたが故にその罪深さから、逃げてはいけないとも思ったのだ。彼女は、せめて自らが手を下そう、自らが、出来る限り優しく毒りんごを食べさせてやろう、往年のように、痛みやつらさのない形で彼女の記憶の最後を彩ろうと、漁師から聞いていた小屋へとついに自ずから向かっていった。

 その小屋へは、馬で三日を要した。乗馬をたしなんだことのない奥方の腿は擦り切れ、血が滲んでいたが、彼女はそれをおくびにも見せず、白雪姫の見ぬところでも、優しい母を貫く気であった。そうでなければ、その優しさは、メッキになり、剥げ落ちてしまうと知っていたのであった。いくつもの森と山を抜け、ようやく見つけた小屋へ近づくと、中からなにやら笑い声が聞こえてきた。どうやら、幾人かの人間が中にいるらしい。低い声、高い声、さまざまな声が奇妙な早口で話し合っていた。これは、話が違う。計画を実行させた猟師からは、小屋にはもう白雪姫ひとりしかいない、と聞いていたので、奥方は訝しみ、そっと耳をドアに近づけた。慎重に、中の人間に気取られぬように……。そこから聞こえてきたのは、果たして、山賊や、無頼どもの声などではなかった。高低すべての声は、白雪姫ひとりの声であった。白雪姫ひとりの喉から紡がれたものであったのだ。彼女は、いくつもの声色を使って(冷静に計測したところ、男女含め25人分)、ただひとりで会話していたのである。それを確認した奥方は背筋になにか冷たいものが走るのを感じた。同時に、長年側にいながらも、この事態を見抜けず、防げなかった自らの罪と、少なからず嫉妬した自分自身を責めた。彼女の双眸にいつのまにか涙が溢れ、荒れた露地へと零れた。それを、彼女は丁寧にドレスの裾でぬぐい、やがて決意したように木製の寂れたドアをぎい、と開けた。果たしてそこには、あらぬほうを向いた目も虚ろな白雪姫が、ぎいこぎいこと耳障りな音を立てながら安楽椅子に大きく揺られていた。

 「白雪や」

 彼女は声をかけた。できるかぎりやさしく。

 「だれ」

 白雪は可憐な声で応答したのも束の間、

 「『誰だ?』『誰』『どなた』『もしかして』『あの方かも』『お、』『オカ』『……お母サま!!』」

 いくつもの声色で早口に畳み掛けた。彼女の目は、喉の調子に合わせて様々なほうを向いた。

 「そうよ」奥方はにっこりと笑い、

 「今日は、あなたに、プレゼントを持ってきたの。りんごよ。一緒に食べましょう」

 そう言って、用意してきた毒りんごを出した。

 白雪姫の中のいくつもの声が感嘆の声を挙げた。

 「『りんごなんて』『見たの久しぶり』『ほんとだな、最近肉ばっかりで』『お城でなんか』『お父様の』『もう、あの臭いが』『お肉も、あの漁師の持ってきた野鳥の』『飲み物なんて……』」

 その後に続いた筆舌に耐えぬ言葉を聞かぬふりをするのは辛かったが、奥方は気丈ににっこりと、笑顔を絶やさなかった。幾度か涙は拭いたが、多分感付かれてはいないだろう。もう、そんなことはどうでもよかった。持ってきたナイフでりんごを丁寧にカットし、白雪姫に差し出した。

 「さぁ、どうぞ」

 焦点の定まらぬ目で、白雪姫は、嬉しそうにそのりんごをみつめ、ぱくりと一口に食べ……そのまま、気を失った。

 安楽椅子の上でくずおれた白雪を見た奥方は、もう、堰が切れたように涙を流し、嗚咽しながら、これでよかったのだ、これしかなかったのだ、と言いながら汚物の散乱した小屋の床にうずくまった。ひとしきり泣くと、白雪姫を優しく抱きかかえ、川へと連れてゆき、身をきちんと清めてやり、美しいドレスを着せ、涼しい丘に設置した奇麗な棺に少し冷たくなった身体を納めてやった。その時、その毒りんごが、彼女の喉にひっかかっていたことを確認したのであった。奥方はそれを見て、白雪姫の不憫のために泣くのを止めた。その目は、最早罪悪感に染まってなどはいなかった。その目は、決意と覚悟の劫火に燃えていたのだった。そうして、彼女は、その棺の上に、ごりごりと『王の最愛の娘、白雪姫』と金文字で刻み入れ、ぎゅうと頬を押し付けてキスをしたあと、きっと踵を返して、馬を駆り、自らの城のほうへと毅然として向かっていった。奥方には、まだなさねばならぬ、新しい仕事が残っていた。彼女は、白雪姫の死が、本当の死ではないことを知っていた。彼女はいまや、この城で起こった一連の出来事は、夢で終わらせねばならぬ、「悪い悪夢だった」その一言でで終わらせねばならぬのだ、と心に決めていたのであった。白雪姫のためにも、自分のためにも、そして、この王国の臣民達のためにも。そう心に刻み込み、彼女は馬を駆った。……これは、ここで終わるべき物語などではない。それは罪だ。これは、いつか覚める夢であるべきなのだ。

 数日後、匿名の密書を受けた王子が白雪姫を助け出した噂は、王国中を駆け巡った。王子に発見されたときの白雪姫は、まさに、すっきりした瞳でにこっと微笑んでいたという。まるでたちの悪い夢から覚めたように、以前の、無垢なままの美しい少女の瞳で。