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Slimo the fatter

2008-07-08

[]月を撃つ 19:19 月を撃つ - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - 月を撃つ - Slimo the fatter

 僕が覗き込んだとき、いつだってまんまるいお月様がぴかぴか光っていたんだ。

 そのとき、僕は酒をあびるように飲んで、べろんべろんに酔っ払いながら家への道を歩いてた。夜のとばりはとうの昔に降りていて、劇団「本日」の定期公演はもう全部終了です、ってなことを嫌味ったらしく教えてくれた。深夜のベッド・タウン、寂れた新興住宅地の路地なんか、誰も歩いているやつなんかいなくて、僕は、ひとりごとをぶつぶつ言いながらいつもみたいにシャッターの降りた商店街を通り過ぎるところだった。

 商店街は、もうひどくやつれていたよ。新しかったのは建物やアーチばっかりで、ほとんどの店舗には「テナント募集」の張り紙が張ってあったし、生き残ってる店も、なんだか店じまいとか書いた札を貼った衣料店や靴下屋か、パチンコしかない有様だった。だから、見るものもほんとになくてさ。酔っ払ってあっちの電柱からこっちの電柱へ、ふらふらしながら移動してたんだけど、その間じゅう奇麗なタイル張りの舗装路しか見てなかったぐらい。

 だから、その時そこの路地を曲がってみようかと思ったのは、まったくの思いつきだったんだ。まさに偶然、ってやつだな。丁度商店街の真ん中あたりに枝道みたいなの、よくあるだろ? ああいった路地がひとつ、その商店街にもあってさ。そこを、ふっと顔を上げたときかなんかに見かけて、入ってみようか、って気になったんだよ。どこに出るのか、知りたかったんだな。まったく単純な理由だった。

 その路地に入ると、商店街にこもってた湿気がふっと離散して、なんだか急に涼しくなった。それで、ちょっとだけ酔いが醒めた気がしたんだ。そうすると、なんだか、昔にここ良く見たようなことがある気がするんだよ。デジャブってやつかな、そう思ったんだけど、僕は、やっぱりここを確かに知ってる。ふいに立ち止まって、ぐるりと、あたりを見回した。この車が一つ通れるかどうかの狭い舗装路も、平屋の木がむきだしの妙に煤けた壁も、そう、このちょっと曲がった電信柱も、やっぱり僕は知ってた気がしたんだ。なんだか妙に気持ちが悪くなって、吐き気がした。ワルヨイって魔物はこういう出来事ですぐ回るんだ。あたまがぐるぐる回る感覚があって、僕の足までがそれに連動して回って、やがて止まった。そして、僕はふと首筋に、何かの視線を感じたんだ。

 僕は、その視線を探して、ふらつく頭をぶん、ぶん、とあちらこちらに向けて、探したけれど、結局その視線は見つからなかった。なにか、急にやりきれない気持ちになって、もう帰るか、と足を商店街のほうに向けたその時、側のしょぼくれた木造の長屋の二階に、なにかキラリと光るものがあった気がしたんだよ。僕はそっちを向いた。で、じっと眺めていたんだ。その、古い長屋に後付けした水色のペンキの窓枠と、その奥にあった光を。そしたら、不意に、僕は思い出したんだ。

 たしか、高校ぐらいだったか。年までははっきりと覚えていないけど、そのころ、僕はなんだかいつもひどくいらいらしてた。先生にもあたりまくってたし、その時の友人や彼女にも馬鹿みたいにつっかかっていた。いつもぎらぎら目を光らせてさ、ほんと馬鹿みたいだったと思うよ。いちおう、理由はあったんだ。あの頃からすれば。どうかなぁとも思うけれど、母さんに新しい彼氏ができてさ、それで僕は、メールかなにかで知っちゃったんだな、それを。とにかく、それで僕はいらいらしていて、友人は徐々に僕から距離を置くようになって、彼女はいつも悲しそうな顔をしていた。その時。たしか、夏ごろだったと思うんだけど、僕は家にいるのがどうしようもなく辛くて、彼女んちに二三日おいてくれないか、って話をしたんだな。彼女は、ちょっとやんちゃぶってた子だったけど、物腰も奇麗だったし、根は良い子で、物を知らないところなんかとても御嬢様っぽくて、ほんとあの頃の僕なんかにはもったいなかったと今でも思うんだけど、とにかくそんな子で、両親が共働きだってのも知ってたから、彼女んちなら空き部屋とかで二三日住めるだろう、と思ったんだ。彼女ははじめひどく断ったんだけどさ、なんども僕が頼み込むうちに、しぶしぶ承諾してくれて。そんで、案内されたのが、目もくらむような大邸宅……なんかじゃなくてさ、ちっぽけな寂れた木造住宅だったわけよ。玄関が土間みたいな。

 もうわかったと思うんだけど、それが、ここなんだよな。あの水色の窓枠は、そんときに僕とふたりで塗ったやつだった。あの頃は僕らは若くて、その二三日のあいだ、何度も何度もキスをして、何度も何度も、いや、こんなことをここで言うべきではないだろうからやめておくけれど。結局彼女の父さんと母さんには僕がいてたことはバレてたらしい。そりゃ、そうだよな。で、夏が終わって、僕らは自然と別れた。それからの彼女のことは覚えていない。噂じゃ、どこかの大学にいったとか、工場で働きながら誰かと同棲してるとか、大学を退学して駆け落ちしたとか、なんかいろいろと聞こえてきたけど、それはもう僕の関係するところじゃなかった。なんだか、急に半ダースとちょっとほど年が若かった青春時代のあのころを思い出して、ひどく、気持ちが滅入った。

 今じゃ僕はもう、高校を出て、浪人して、大学もでて、就職して。仕事だってしてるけど、あの頃の若さはもうどこかにいっちゃった。でも、そのあいだのことなんか、なんだって覚えてないんだな。大学の授業も結局単位をどうやってとったかぐらいしか覚えちゃないし、サークルやゼミの仲間だって、たまにあるOB会ででも名前が出てこなかったりするんだ。仕事なんかなおさらで、毎日毎日同じようなことやって、ビルからビルに回って、時間が来たら先輩と飲みにいって同じような話をして。どこか、空虚にしか思えない日々だ。なんだか、若さと一緒に、心をどこかに置き忘れたみたいな気がしたよ。

 結局、僕が我に返ったのは、それから数分後のことだったろうと思う。軽トラックが、この路地に入り込んできて、道のど真ん中でぼけっとしてる僕にクラクションを鳴らして、ようやく僕は意味もなく立ち尽くしていた自分に気づいた。はっ、として、後ろを見る間もなく慌てて横に飛びのいて、排水溝のなかに足を突っ込んで、軽くぐねってしまった。酔っ払ってたからそれほど痛みは感じなかったんだけど。いてぇ、とかいいながらそのまましゃがみこんで足をさすっていた、その時、偶然にも、僕が見ていたあの長屋から、誰かが出てきたのが見えたんだ。

 それは、紛れもない、彼女だった。後ろ姿しか見えなかったけど、確実にあれはあの娘だったと思う。あの頃の面影がひどく残ってた。すごく家着みたいな服を着ていて、エプロンみたいなのもかけてたんじゃないのかなぁ、そして、あの頃と変わらずひどく艶やかだった髪の毛は、後ろに奇麗にたばねてあって。……そして、その後ろから彼女のに向かって、てててと走りよって行った小さな男の子が、ふたり。おっきなほうが、ちっちゃなほうに、「おい、はやくこいよ」って声をかけて、声をかけられたほうが、小さな8インチぐらいのテープ留めの靴をさ、文字通り履きながら玄関からとびだしていったんだよ。そして、彼女は小さい子供達に歩きながらそっと手を回し、彼らはその指をつかんで、歩き出したんだ。路地の向こうに消えていっちまった。僕は、その後ろ姿を今でも鮮明に覚えてる。

 なんだかひどく切なくなったんだ。今までなかったぐらいに。そして僕は、片足を乾いた排水溝につっこんだまま、なぜか涙が出てきたのに気づいた。そしたら、それに気づいたのが引き金になったのか、もっともっと塩水が頬まで溢れてきやがるんだ。その速度はどんどん速くなって、気づけば僕はしゃがみこんで、頭を抱えておいおいと泣いていた。なんだか、置き忘れてきたものがあったみたいで、そして、その遠い昔に置き忘れてたものが、どうやら、ひどく重大で、大事だった、なんていうのかな、あったかいものだった気がして。ひとしきり泣いて、ふと我に返った僕は、彼女が帰ってこないうちにさっと帰ろう、と思って、顔を上げたんだ。そしたら。

 家屋の屋根に切り取られた夜空に、おっきな、まんまるいなお月様が輝いていて、僕の建っている路地を照らしていたんだ。そこで、僕は、ふっと理解したんだ。僕が置き忘れたものがひどく大事なものだったことの上に、その置き忘れたものは、今じゃたぶん、今の僕よりもずっと、ずっと奇麗に輝いているんだってことを。そして、その輝いてるのは、たぶんあの頃の僕には、勿論、今の僕にも、作り出せるべくもない大きくて、無垢で、生命感のある真珠みたいなもんだったんだってことを。

 なんだか、僕は、泣いていたのがひどくこっぱずかしくなってさ。頬にべたべた張り付いた涙を薄汚れちまったスーツの袖で拭って、すっくと立ち上がったんだ。そして、その、まるい真珠みたいなお月様に向かって、人差し指を立てたんだよ、馬鹿みたいに、そして

 「バーン」

 って、言って、お月様にピストルを撃ってやったんだ。たぶん、その弾は、お月様にはとどくはずもないんだろうけど。そしたら何故かさ、その弾は、長屋をすり抜け、ビルをすり抜けて、そのままぐるぐると地球を何週か回ったあげく……僕の胸にどん、と突き刺さったんだ。それは今でも僕の胸のなかに、そのまま沈み込んで、どうにも抜けない。これを取り去るには、ずっと手の込んだ開胸手術が必要なんだろうと思う。やる気もないけれどね。それから踵を返して僕は家路についた。商店街の明かりはやっぱりしょぼくれていたけれど、なんだか、その蛍光灯の灯りはいつもよりも、なんていうのかな、味のある光だったと思ってる、いまでも。

KayleenKayleen2013/09/18 07:00Gosh, I wish I would have had that intromafion earlier!

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