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Slimo the fatter

2008-07-15

[][]医者と看護婦 01:41 医者と看護婦 - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - 医者と看護婦 - Slimo the fatter

男「羽根だけか」 
女「ええ、羽根だけです」 
男「そうか」 

男は手術台の上でしきりに手を動かしている。 

男「憂鬱だな」 
女「そうですね」 
男「この人の夫に言う言葉が見つからん」 
女「何も言う必要はないんじゃないですか」 
男「俺達の職分では無い、か」 
女「ええ、そうです」 

男「なぁ」 
女「はい」 
男「この縫合は」 
女「はい」 
男「どうにも切ないな」 
女「はい」 
男「だいたい俺達はふたつをひとつにするのが仕事なんだ」 
女「はい。汗拭きますよ」 
男「ありがとう、しかしだ、しかし。今俺達がしているのは」 
女「はい」 
男「いったいなんだ?」 


女「なんでもないんじゃないですか」 
男「え」 
女「だから、なんでもないんですよ」 
女「この人にとってだって」 
女「未来が無くなったわけじゃない」 
女「ただ、私たちがそう思うだけで」 

男「それは、詭弁だよ」 
男「現にこの子には、もう」 
女「なにもない、と」 
男「そうだろう」 

空白。 

女「それは違うと思いますよ」 

男は女を凝視する。 

女「この娘の未来がなくなったわけじゃない」 
男「だから、それはひとつの理屈であって」 
女「そんなあなた自体がその遠因じゃないですか」 
男「どういう」 
女「手、止まってますよ」 


女「歩くことはできるでしょう」 
男「そりゃあ、そうだ、だが」 
女「この娘がこれから抱く不自由さは決して」 
女「羽根がないからじゃない」 
女「あなたのような人がこの娘を不自由にするんです」 
男「空論だ」 
女「空論でもいい」 

女「だいたい、あなた自体も欠陥品じゃないですか」 
男「人間が全部、とでも言いたいのか」 
女「いいえ」 
男「じゃあ、どういう」 
女「自分の顔、鏡で見たことあります?」 


女「それに、あなたが私をいつもどういう目で見てるのか、気づいてないとでも思ってますか」 
男「それは」 
女「詭弁ですか? 空論ですか?」 
男は手を止める。

女「手が、止まってますよ」 

男はまた手を動かしはじめる。 

女「結局」 
女「あなたのような人がこの娘の首を絞めるんです」 
女「無意識に自分を普通だと思い込んで、『皆』と、人間全部を代表してしまうかのような」 
女「その最低な暴力性に気づきもしないあなた方が」 
女「そして、あなた自身の論理の優しさを、勝手に他人に強要するような」 
女「そんな、無意識のエゴこそが」 

女「この娘の首を、これから細い真綿で締めていくんです」 

舞台暗転。 

男「この娘には生き辛い世の中になるだろうな」 
女「ええ」 
男「生き辛い、ほんとうに生き辛い」 
女「ええ」 

照明が明るくなる。 

男は、仕事を放棄して、いつしか部屋の隅でうずくまっている。 
手術台の上では、ひとり女が忙しく手を動かして、男の仕事を肩代わりしていた。 
汗も拭かずに。