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Slimo the fatter

2008-08-12

[][]僕はもう踊れない 1 23:20 僕はもう踊れない 1 - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - 僕はもう踊れない 1 - Slimo the fatter

 夏の午後。せーの、とクーラーの効いた家から飛び出した。すると、さっきまでのけだるさは一瞬だけ消えて、青臭い熱がじとりと僕に染み付いてきた。一瞬だけなら心地よいのに、と僕は思った。

「さて、コンビニってどっちの方角だったっけ」

「ええとね、左じゃなかった……っけ?」

「そうそう、こっち」

 そう言いながら僕たちは玄関を出て、熱く焼けたアスファルトに足を踏み入れた。シリコンのサンダルを履いた沙耶香がその熱さに不平を溢す。僕と直樹はそれを笑う。

「だから、靴を履いてくればよかったのに」

 ぷっとむくれた彼女はとてもかわいらしくて、彼女を包んでいる柔らかい肉が愛おしくて、なんだか、子豚みたいに思えた。子豚に例えられるほど彼女は太ってはいないし、背は小さいけれど、可愛い顔と、その大きな胸にはとても愛嬌がある。胸を見ながら形容詞を考えていると、彼女がそっと僕の手を掴んできた。それは、とても小さな手で。僕はやわらかいそれを握り返した。

「あー、お前らも熱いこったな」

 直樹が至極ダルそうに口を尖らせた。残念ながらその冷やかしは、この猛暑には少しの効果もないようだった。タンクトップを着ている直樹を見るのはその時が初めてで、その硬質の張り出した肩がとても奇麗だった。胸板もあつくて、硬く、頼りがいのあるかたちをしている。僕もあんなふうであればいいのに、と思った。

「直ちゃんもはやく彼女ができればいーのにねー」

 沙耶香がケケケと笑った。直樹はむっとして、「いーんだよ、俺はこのままで」と言い、女はよくわからん生き物で、理想の女にしても自分のものになるとは限らないという意味の言葉を口走った。

「ありゃー、それは寂しいことですね」

「あはは」

畜生

 僕が笑うと、直樹はそっぽを向いた。沙耶香の手が汗ばんで、僕の汗と混ざった。


 鳴き続ける蝉の音が、午後の日差しに溶けて、夏を形成し、その残骸がアスファルトにいくつも転がっていた。それをひとつひとつ確認しながら、僕たちはコンビニへと向かっていった。

2008-07-15

[][]医者と看護婦 01:41 医者と看護婦 - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - 医者と看護婦 - Slimo the fatter

男「羽根だけか」 
女「ええ、羽根だけです」 
男「そうか」 

男は手術台の上でしきりに手を動かしている。 

男「憂鬱だな」 
女「そうですね」 
男「この人の夫に言う言葉が見つからん」 
女「何も言う必要はないんじゃないですか」 
男「俺達の職分では無い、か」 
女「ええ、そうです」 

男「なぁ」 
女「はい」 
男「この縫合は」 
女「はい」 
男「どうにも切ないな」 
女「はい」 
男「だいたい俺達はふたつをひとつにするのが仕事なんだ」 
女「はい。汗拭きますよ」 
男「ありがとう、しかしだ、しかし。今俺達がしているのは」 
女「はい」 
男「いったいなんだ?」 


女「なんでもないんじゃないですか」 
男「え」 
女「だから、なんでもないんですよ」 
女「この人にとってだって」 
女「未来が無くなったわけじゃない」 
女「ただ、私たちがそう思うだけで」 

男「それは、詭弁だよ」 
男「現にこの子には、もう」 
女「なにもない、と」 
男「そうだろう」 

空白。 

女「それは違うと思いますよ」 

男は女を凝視する。 

女「この娘の未来がなくなったわけじゃない」 
男「だから、それはひとつの理屈であって」 
女「そんなあなた自体がその遠因じゃないですか」 
男「どういう」 
女「手、止まってますよ」 


女「歩くことはできるでしょう」 
男「そりゃあ、そうだ、だが」 
女「この娘がこれから抱く不自由さは決して」 
女「羽根がないからじゃない」 
女「あなたのような人がこの娘を不自由にするんです」 
男「空論だ」 
女「空論でもいい」 

女「だいたい、あなた自体も欠陥品じゃないですか」 
男「人間が全部、とでも言いたいのか」 
女「いいえ」 
男「じゃあ、どういう」 
女「自分の顔、鏡で見たことあります?」 


女「それに、あなたが私をいつもどういう目で見てるのか、気づいてないとでも思ってますか」 
男「それは」 
女「詭弁ですか? 空論ですか?」 
男は手を止める。

女「手が、止まってますよ」 

男はまた手を動かしはじめる。 

女「結局」 
女「あなたのような人がこの娘の首を絞めるんです」 
女「無意識に自分を普通だと思い込んで、『皆』と、人間全部を代表してしまうかのような」 
女「その最低な暴力性に気づきもしないあなた方が」 
女「そして、あなた自身の論理の優しさを、勝手に他人に強要するような」 
女「そんな、無意識のエゴこそが」 

女「この娘の首を、これから細い真綿で締めていくんです」 

舞台暗転。 

男「この娘には生き辛い世の中になるだろうな」 
女「ええ」 
男「生き辛い、ほんとうに生き辛い」 
女「ええ」 

照明が明るくなる。 

男は、仕事を放棄して、いつしか部屋の隅でうずくまっている。 
手術台の上では、ひとり女が忙しく手を動かして、男の仕事を肩代わりしていた。 
汗も拭かずに。

2008-07-08

[]月を撃つ 19:19 月を撃つ - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - 月を撃つ - Slimo the fatter

 僕が覗き込んだとき、いつだってまんまるいお月様がぴかぴか光っていたんだ。

 そのとき、僕は酒をあびるように飲んで、べろんべろんに酔っ払いながら家への道を歩いてた。夜のとばりはとうの昔に降りていて、劇団「本日」の定期公演はもう全部終了です、ってなことを嫌味ったらしく教えてくれた。深夜のベッド・タウン、寂れた新興住宅地の路地なんか、誰も歩いているやつなんかいなくて、僕は、ひとりごとをぶつぶつ言いながらいつもみたいにシャッターの降りた商店街を通り過ぎるところだった。

 商店街は、もうひどくやつれていたよ。新しかったのは建物やアーチばっかりで、ほとんどの店舗には「テナント募集」の張り紙が張ってあったし、生き残ってる店も、なんだか店じまいとか書いた札を貼った衣料店や靴下屋か、パチンコしかない有様だった。だから、見るものもほんとになくてさ。酔っ払ってあっちの電柱からこっちの電柱へ、ふらふらしながら移動してたんだけど、その間じゅう奇麗なタイル張りの舗装路しか見てなかったぐらい。

 だから、その時そこの路地を曲がってみようかと思ったのは、まったくの思いつきだったんだ。まさに偶然、ってやつだな。丁度商店街の真ん中あたりに枝道みたいなの、よくあるだろ? ああいった路地がひとつ、その商店街にもあってさ。そこを、ふっと顔を上げたときかなんかに見かけて、入ってみようか、って気になったんだよ。どこに出るのか、知りたかったんだな。まったく単純な理由だった。

 その路地に入ると、商店街にこもってた湿気がふっと離散して、なんだか急に涼しくなった。それで、ちょっとだけ酔いが醒めた気がしたんだ。そうすると、なんだか、昔にここ良く見たようなことがある気がするんだよ。デジャブってやつかな、そう思ったんだけど、僕は、やっぱりここを確かに知ってる。ふいに立ち止まって、ぐるりと、あたりを見回した。この車が一つ通れるかどうかの狭い舗装路も、平屋の木がむきだしの妙に煤けた壁も、そう、このちょっと曲がった電信柱も、やっぱり僕は知ってた気がしたんだ。なんだか妙に気持ちが悪くなって、吐き気がした。ワルヨイって魔物はこういう出来事ですぐ回るんだ。あたまがぐるぐる回る感覚があって、僕の足までがそれに連動して回って、やがて止まった。そして、僕はふと首筋に、何かの視線を感じたんだ。

 僕は、その視線を探して、ふらつく頭をぶん、ぶん、とあちらこちらに向けて、探したけれど、結局その視線は見つからなかった。なにか、急にやりきれない気持ちになって、もう帰るか、と足を商店街のほうに向けたその時、側のしょぼくれた木造の長屋の二階に、なにかキラリと光るものがあった気がしたんだよ。僕はそっちを向いた。で、じっと眺めていたんだ。その、古い長屋に後付けした水色のペンキの窓枠と、その奥にあった光を。そしたら、不意に、僕は思い出したんだ。

 たしか、高校ぐらいだったか。年までははっきりと覚えていないけど、そのころ、僕はなんだかいつもひどくいらいらしてた。先生にもあたりまくってたし、その時の友人や彼女にも馬鹿みたいにつっかかっていた。いつもぎらぎら目を光らせてさ、ほんと馬鹿みたいだったと思うよ。いちおう、理由はあったんだ。あの頃からすれば。どうかなぁとも思うけれど、母さんに新しい彼氏ができてさ、それで僕は、メールかなにかで知っちゃったんだな、それを。とにかく、それで僕はいらいらしていて、友人は徐々に僕から距離を置くようになって、彼女はいつも悲しそうな顔をしていた。その時。たしか、夏ごろだったと思うんだけど、僕は家にいるのがどうしようもなく辛くて、彼女んちに二三日おいてくれないか、って話をしたんだな。彼女は、ちょっとやんちゃぶってた子だったけど、物腰も奇麗だったし、根は良い子で、物を知らないところなんかとても御嬢様っぽくて、ほんとあの頃の僕なんかにはもったいなかったと今でも思うんだけど、とにかくそんな子で、両親が共働きだってのも知ってたから、彼女んちなら空き部屋とかで二三日住めるだろう、と思ったんだ。彼女ははじめひどく断ったんだけどさ、なんども僕が頼み込むうちに、しぶしぶ承諾してくれて。そんで、案内されたのが、目もくらむような大邸宅……なんかじゃなくてさ、ちっぽけな寂れた木造住宅だったわけよ。玄関が土間みたいな。

 もうわかったと思うんだけど、それが、ここなんだよな。あの水色の窓枠は、そんときに僕とふたりで塗ったやつだった。あの頃は僕らは若くて、その二三日のあいだ、何度も何度もキスをして、何度も何度も、いや、こんなことをここで言うべきではないだろうからやめておくけれど。結局彼女の父さんと母さんには僕がいてたことはバレてたらしい。そりゃ、そうだよな。で、夏が終わって、僕らは自然と別れた。それからの彼女のことは覚えていない。噂じゃ、どこかの大学にいったとか、工場で働きながら誰かと同棲してるとか、大学を退学して駆け落ちしたとか、なんかいろいろと聞こえてきたけど、それはもう僕の関係するところじゃなかった。なんだか、急に半ダースとちょっとほど年が若かった青春時代のあのころを思い出して、ひどく、気持ちが滅入った。

 今じゃ僕はもう、高校を出て、浪人して、大学もでて、就職して。仕事だってしてるけど、あの頃の若さはもうどこかにいっちゃった。でも、そのあいだのことなんか、なんだって覚えてないんだな。大学の授業も結局単位をどうやってとったかぐらいしか覚えちゃないし、サークルやゼミの仲間だって、たまにあるOB会ででも名前が出てこなかったりするんだ。仕事なんかなおさらで、毎日毎日同じようなことやって、ビルからビルに回って、時間が来たら先輩と飲みにいって同じような話をして。どこか、空虚にしか思えない日々だ。なんだか、若さと一緒に、心をどこかに置き忘れたみたいな気がしたよ。

 結局、僕が我に返ったのは、それから数分後のことだったろうと思う。軽トラックが、この路地に入り込んできて、道のど真ん中でぼけっとしてる僕にクラクションを鳴らして、ようやく僕は意味もなく立ち尽くしていた自分に気づいた。はっ、として、後ろを見る間もなく慌てて横に飛びのいて、排水溝のなかに足を突っ込んで、軽くぐねってしまった。酔っ払ってたからそれほど痛みは感じなかったんだけど。いてぇ、とかいいながらそのまましゃがみこんで足をさすっていた、その時、偶然にも、僕が見ていたあの長屋から、誰かが出てきたのが見えたんだ。

 それは、紛れもない、彼女だった。後ろ姿しか見えなかったけど、確実にあれはあの娘だったと思う。あの頃の面影がひどく残ってた。すごく家着みたいな服を着ていて、エプロンみたいなのもかけてたんじゃないのかなぁ、そして、あの頃と変わらずひどく艶やかだった髪の毛は、後ろに奇麗にたばねてあって。……そして、その後ろから彼女のに向かって、てててと走りよって行った小さな男の子が、ふたり。おっきなほうが、ちっちゃなほうに、「おい、はやくこいよ」って声をかけて、声をかけられたほうが、小さな8インチぐらいのテープ留めの靴をさ、文字通り履きながら玄関からとびだしていったんだよ。そして、彼女は小さい子供達に歩きながらそっと手を回し、彼らはその指をつかんで、歩き出したんだ。路地の向こうに消えていっちまった。僕は、その後ろ姿を今でも鮮明に覚えてる。

 なんだかひどく切なくなったんだ。今までなかったぐらいに。そして僕は、片足を乾いた排水溝につっこんだまま、なぜか涙が出てきたのに気づいた。そしたら、それに気づいたのが引き金になったのか、もっともっと塩水が頬まで溢れてきやがるんだ。その速度はどんどん速くなって、気づけば僕はしゃがみこんで、頭を抱えておいおいと泣いていた。なんだか、置き忘れてきたものがあったみたいで、そして、その遠い昔に置き忘れてたものが、どうやら、ひどく重大で、大事だった、なんていうのかな、あったかいものだった気がして。ひとしきり泣いて、ふと我に返った僕は、彼女が帰ってこないうちにさっと帰ろう、と思って、顔を上げたんだ。そしたら。

 家屋の屋根に切り取られた夜空に、おっきな、まんまるいなお月様が輝いていて、僕の建っている路地を照らしていたんだ。そこで、僕は、ふっと理解したんだ。僕が置き忘れたものがひどく大事なものだったことの上に、その置き忘れたものは、今じゃたぶん、今の僕よりもずっと、ずっと奇麗に輝いているんだってことを。そして、その輝いてるのは、たぶんあの頃の僕には、勿論、今の僕にも、作り出せるべくもない大きくて、無垢で、生命感のある真珠みたいなもんだったんだってことを。

 なんだか、僕は、泣いていたのがひどくこっぱずかしくなってさ。頬にべたべた張り付いた涙を薄汚れちまったスーツの袖で拭って、すっくと立ち上がったんだ。そして、その、まるい真珠みたいなお月様に向かって、人差し指を立てたんだよ、馬鹿みたいに、そして

 「バーン」

 って、言って、お月様にピストルを撃ってやったんだ。たぶん、その弾は、お月様にはとどくはずもないんだろうけど。そしたら何故かさ、その弾は、長屋をすり抜け、ビルをすり抜けて、そのままぐるぐると地球を何週か回ったあげく……僕の胸にどん、と突き刺さったんだ。それは今でも僕の胸のなかに、そのまま沈み込んで、どうにも抜けない。これを取り去るには、ずっと手の込んだ開胸手術が必要なんだろうと思う。やる気もないけれどね。それから踵を返して僕は家路についた。商店街の明かりはやっぱりしょぼくれていたけれど、なんだか、その蛍光灯の灯りはいつもよりも、なんていうのかな、味のある光だったと思ってる、いまでも。

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2008-07-01

[]僕はただただそれを見つめている 02:18 僕はただただそれを見つめている - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - 僕はただただそれを見つめている - Slimo the fatter

 「セックスなんてのはー、キゴーロンでしかないんすよー」

 そう言って笑う彼女に、僕は言葉をなくした。駅前の寂れた喫茶店で僕達は、もう――何時間喋っているのか、自分でもわからない。とりあえずコーヒーは一杯だけ。彼女はプリンを頼んで、楽しそうに食べていたけれど。

 「ぴーっときて、がーっときて、そいで、ぷいってして、おしまい」

 彼女は言いながら、とうの昔に食べ終わったプリンのスプーンを厚い唇に当てたり離したりしている。

 「なんだよその擬音語は」

 「えー、ゆーくん、わかんないんすかー」

 「俺、ぷいっとしたことなんてないから」

 「むーー」

 

 「べつにいいっすよ、わかんなくて」

 彼女は手でスプーンをくるくる回している。目は、ガラス窓の外を見ていた。休日の午後の気だるい日差しの中、田舎の大学町の駅前を歩く人はみんなどこかのんびりとしている。ベビーカーを押した若い女が颯爽と歩くのが見えた。

 「あたしも、ああいうふうになりたかったけど」

 「ん」

 「もう、むりかな、っておもうんス」

 「なんで」

 「やってく自信がないんスよ」

 その目はじっとその若い母を見つめていた。母と子は、薄暗い喫茶店から見ている僕らの視線に気づくこともなく、そのまま歩き去っていつか見えなくなった。

 「みんなそう思いながらもやってんだから大丈夫だって」

 「だから」

 ふいに彼女の大きな目が僕を鋭く刺した。

 「だから、だから、むりなんすよ」


 「皆、てきとうなんすよ」

 「そりゃ、そうだ」

 「てきとうにあわせてるから、みんながんじがらめなんすよ」

 「うん」

 「みんな相対的な尺度でしかないから、あたしみたいなのはハイジョされるんすよ」

 「ん」

 「イシツなやつにはタイショできないんすよ、みんな」

 「そんなことは」

 「……ないっていえないんしょ」

 「……ごめん」

 「わかってるんすよ、ゆーくんのことは。ゆーくんは正直っすから。」

 やわらかそうな唇をつんと突き出した。

 そして、ぷっと吹き出して、それからおおきく背伸びをし、長くて白い両手をピン、と宙に伸ばした。「へへー」って笑う彼女の、その夏にはおよそ似つかわしくないシャツの袖から見えた無数の円いケロイド状の焼け跡が痛々しかった。

 彼女の薄くて柔らかい皮膚を、ずっと前に焼ききったのは、いくつものタバコの火。

 彼女の皮膚に押し付けられて消えたはずのその火は、たぶん、まだ、どこかで燃えているんだと思う。同じように、彼女の手首・足首を毎夜のように縛っていた縄も、引きちぎられた耳たぶのピアスも、殴られすぎて満足に動かなくなった右足の傷も、まだ、現実に存在しているんだと思った。足首に取り付けられた鈴は彼女が逃げ出すたびに鳴るんで、音を消すのは苦労した、って、奇麗な差し歯を抜いてみせ、金属を噛みつぶしたことを示して彼女が笑ってたのを思い出した。


 「……でもですねー」

 「ん」

 どうやら、僕が沈んでいたのに気づいたらしかった。

 この女は馬鹿みたいに勘がいいのがどうにも困り者でしょうがない。

 「どうしたんだよ」

 「んー」


 「……よっ!」

 彼女は、ぐいと立ち上がった。柔らかい髪がゆれ、ふわっと、女の子のいいにおいがした。彼女は、まるで議論してるみたいに、トン、とテーブルに身を乗り出し、じっと僕の目を見て、ゆっくりとひとつ空気を吸って……すぐに、もう一度、座りなおした。


 「……ゆーくんなら、いーかもな、と最近思うんス」

 頬杖をつき、恥ずかしがって窓の外を向いたままそう言った彼女は、どこか滑稽で、僕は、ちょっと笑ってしまった。

2008-06-29

[]25人の白雪姫(完全版/縛り無し) 23:47 25人の白雪姫(完全版/縛り無し) - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - 25人の白雪姫(完全版/縛り無し) - Slimo the fatter

 彼女の肌は雪のように白く、また唇は血のように紅く、黒檀のような黒髪は奇麗に風になびいていたが、何よりも美しかったのは、彼女――白雪姫の無垢さであった。

 白雪姫は、ある自然豊かな領地を治める国王夫妻の第二子として生を受けた。夫妻には前に女の赤子がいたが、彼女は生後三週間目に風邪をこじらせて天に召されてしまっていた。だからこそ、白雪姫を身篭った際の夫妻の喜びようは地を揺るがすほどであった。だからこそ、白雪姫を産んだ直後に王妃が高熱を出してそのまま二度と目を覚まさなかった時の、王の悲しみようも並大抵ではなかった。王は、七日七晩自室に閉じこもり、太陽が上っても沈んでも変わらず泣き続けた。しまいに彼の涙腺はにわとりのとさかのように真っ赤になり、彼の頬は世界の病を一心に受けたかのように痩せ細った。だが、彼の悲しみを作り出したのが白雪姫であったなら、その悲しみを癒したのもまた白雪姫であった。泣きはらして部屋から出た王様を出迎えた赤子の白雪姫は、たいそう優しい笑顔をしており、また、その顔にはどことなく母君の面影があった。王様はとてもとても彼女を可愛がった。その熱烈な可愛がりようは失った王妃の影を追い求めつつも忘却の彼方へ追いやろうとするかのようで――王は、まだ幼い白雪姫のために何十もの詩と歌を王宮付きの詩人に作らせたものであった。


 やがて、幾度もの春と冬が巡り、王様は、周囲の推薦を断りきれず、新たな奥方を迎えることにした。そして、再度円満に新婚生活と統治の日々を送り始めた。新たな奥方は、それほど高貴の出ではなかったものの、真珠のように美しく、また気高い優しさに満ちていた。彼女は、よき女、よき妻であるだけでなく、まだ幼い姫にとってもよき母でもあろうと、そうあるべきだと、日々真摯に心掛けており、その優しさの維持に注がれた努力は並大抵のものではなかった。そして、その努力は、充分に報われた。王も、前の王妃を忘れたわけではなかったものの、この新しい奥方を充分に愛したし、幼い白雪姫は、この新たな母に懐き、また長じては同じ女として敬意を抱いた。その幸せな暮らしは、永遠に、少なくとも季節と星座の許す限りに続くものと思われた。

 その美しい関係が徐々に変化したのは、いつごろからだっただろうか。十二になった白雪姫は、父と継母の限りない優しさと愛情に包まれ、まことに美しくすくすくと成長した。彼女は無垢で、純粋で、優しさに満ちていた。彼女の肌は雪のように白く、また唇は血のように紅く、黒檀のような黒髪はいつも奇麗に風になびいていた。精神という意味でも、肉体という意味でも、その美しさは世界中のどのような絵師にも描けぬほどであり、どのような宝石でも彼女の前では霞むほどであった。強いて似合いの財宝を挙げるならば、白い大きなオパール――前の王妃が好んで身に着けたネックレスならば、彼女には不思議と釣り合った。そして、そのネックレスを身に着けた彼女は、その微笑のなかにまるで死んだ王妃の生き写しかと思うほどに亡き王妃の面影を煌かせ、また、暗い部屋でも後光がさしてみえるほどに輝いていた。

 白雪姫の美しさは、夫婦ふたりの仲睦まじい薫陶によるものだったが、王と奥方のよき夫婦関係に病を持ち込んだものも、また彼女の美しさであった。白雪姫が成長するにともなって、彼女の美しさは更に輝きを増してゆき、十七になったころには、その美しさは太陽の燦然と輝くかのようになった。そして、その美しさの隆盛と機を同じくして、いくつかの噂話が王宮内に流れ始めた。初めは給仕の召使たちが自室で語るような他愛もない噂話であった。奥方は不能の夫に愛想を尽かし、新たな恋を見つけたらしいとか、奥方が子を成せぬ身体だとか、そのせいで王様の寵愛が薄れ出したとかの類の卑しい噂である。だが、それは、ある種の事実を根底とした噂であったのだ。実際、奥方のベッドに王様がやってくる回数は近頃明らかに減っており、夜伽をもつこともこのごろはもう無いといってもよかった。日中二人がお会いになることも近年は稀になっていた。それと、同時に、王様は、日に日に亡き王妃に似てくる白雪姫と過ごす時間を大層大事になされるようになった。行幸には必ず彼女を御させ、時には一日のほとんどを彼女と過ごすことも多くなっていた。状況を食み、噂話は加速した。幾人かの侍女はまことしやかに言っていた/王様は近頃、毎『夜』のように白雪姫の部屋に通っておられるらしい。これはいつしか奥方の知るところとなった。もう長い間訪ねてこない夫を想い、憂鬱な日々を自らの塔の中で焦りとともに過ごしていた奥方は、その噂を聞き驚いたが、よくよく考えてみて、それは事実であることを確信した。彼女は、それほど高貴の出ではなかったのものの、真珠のように美しく、また、気高い優しさと、知性に満ちた女性であったので、夫の態度や目などを想起し、「それ」が有り得ることであると考えたのであった。詳しく調査した彼女は、その不安が事実であることを確認した。夫は、毎夜、実の娘の部屋を訪れていた。また、ここ数ヶ月、城内で白雪姫の姿を見たものは、お付きの給仕係以外誰もいなかった。彼女は、事態が予想よりも悪い方向に行ったことに気づいた。その事実は彼女を嫉妬という病に蝕みもした。見えぬ不安は抱えきれぬほどに大きくなるのが常であった。だが、気丈であった奥方は、それを見せまいと王にも、臣民にも、毅然として振舞った。だが、奥方のふくよかな頬は徐々にこけてゆき、それがまたあらぬ噂を招く結果になったのであった。そして、彼女は幾夜も孤独な時間を益のない思考のなかに潰したうえで、彼女はある結論を出した。


 ……計画の実行には慎重を期した。白雪姫を外の野に連れ出し、狩人に殺すふりをさせて「失踪」させ、意図的に彼女をある目的地まで逃がす。そして、誰も知らぬそこで毒を盛って、記憶を奪い、東国のエルワーの地、古えのフロルマーの地へと放逐する。ようは、白雪姫の「失踪」なのだ。彼女はもっと直接的な制裁をふたりに下したかったけれども、やはり王様を愛してはいたし、白雪姫のことも、継母なりに充分に愛していた。理想的な母になろうと心がけていた彼女の心は紛い物などではなかった。同時に、彼女は、夫の国を――自らの臣民をも、充分に愛する王妃であったので、そのような、直接的で破滅的な道は選ぶことはできなかったのだった。当時の彼女にはそれが精一杯であった。その後、できるだけ良い日を見繕って、王が隣国へ出かけると同時に彼女は計画を実行に移した。と言っても、自ら手を下したわけではない。やはり、彼女は充分な知性のある女であったのだ。

 彼女の努力と計算の甲斐もあってか、数日後には白雪姫は順調に「失踪」した。そして、あとは、予定の地まで白雪姫を探しにゆき、王宮お抱えの呪術師に念入りに作らせた毒――美味しそうな毒りんごを食べさせるだけとなった、だが。ここまで奥方を駆り立ててきたものは、王の罪深い悲しみと慈しみ、そして狂気であったことは疑うべくもないが、その最後の段になって、何の因果か、彼女は不意にその呪縛から解き放たれたのであった。白雪姫が哀れに思えてきたのだ。彼女は、美しく、そして少なくとも、無垢であった。無垢であるが故に誰からも愛される存在であった。彼女はまた純粋であった。気高い優しさは、私が教え、彼女が真摯に学び取ったものであった。そんな白雪姫を私は――。……彼女は自分を悔いた。自らの罪深さを悔いた。だが、悔いたが故にその罪深さから、逃げてはいけないとも思ったのだ。彼女は、せめて自らが手を下そう、自らが、出来る限り優しく毒りんごを食べさせてやろう、往年のように、痛みやつらさのない形で彼女の記憶の最後を彩ろうと、漁師から聞いていた小屋へとついに自ずから向かっていった。

 その小屋へは、馬で三日を要した。乗馬をたしなんだことのない奥方の腿は擦り切れ、血が滲んでいたが、彼女はそれをおくびにも見せず、白雪姫の見ぬところでも、優しい母を貫く気であった。そうでなければ、その優しさは、メッキになり、剥げ落ちてしまうと知っていたのであった。いくつもの森と山を抜け、ようやく見つけた小屋へ近づくと、中からなにやら笑い声が聞こえてきた。どうやら、幾人かの人間が中にいるらしい。低い声、高い声、さまざまな声が奇妙な早口で話し合っていた。これは、話が違う。計画を実行させた猟師からは、小屋にはもう白雪姫ひとりしかいない、と聞いていたので、奥方は訝しみ、そっと耳をドアに近づけた。慎重に、中の人間に気取られぬように……。そこから聞こえてきたのは、果たして、山賊や、無頼どもの声などではなかった。高低すべての声は、白雪姫ひとりの声であった。白雪姫ひとりの喉から紡がれたものであったのだ。彼女は、いくつもの声色を使って(冷静に計測したところ、男女含め25人分)、ただひとりで会話していたのである。それを確認した奥方は背筋になにか冷たいものが走るのを感じた。同時に、長年側にいながらも、この事態を見抜けず、防げなかった自らの罪と、少なからず嫉妬した自分自身を責めた。彼女の双眸にいつのまにか涙が溢れ、荒れた露地へと零れた。それを、彼女は丁寧にドレスの裾でぬぐい、やがて決意したように木製の寂れたドアをぎい、と開けた。果たしてそこには、あらぬほうを向いた目も虚ろな白雪姫が、ぎいこぎいこと耳障りな音を立てながら安楽椅子に大きく揺られていた。

 「白雪や」

 彼女は声をかけた。できるかぎりやさしく。

 「だれ」

 白雪は可憐な声で応答したのも束の間、

 「『誰だ?』『誰』『どなた』『もしかして』『あの方かも』『お、』『オカ』『……お母サま!!』」

 いくつもの声色で早口に畳み掛けた。彼女の目は、喉の調子に合わせて様々なほうを向いた。

 「そうよ」奥方はにっこりと笑い、

 「今日は、あなたに、プレゼントを持ってきたの。りんごよ。一緒に食べましょう」

 そう言って、用意してきた毒りんごを出した。

 白雪姫の中のいくつもの声が感嘆の声を挙げた。

 「『りんごなんて』『見たの久しぶり』『ほんとだな、最近肉ばっかりで』『お城でなんか』『お父様の』『もう、あの臭いが』『お肉も、あの漁師の持ってきた野鳥の』『飲み物なんて……』」

 その後に続いた筆舌に耐えぬ言葉を聞かぬふりをするのは辛かったが、奥方は気丈ににっこりと、笑顔を絶やさなかった。幾度か涙は拭いたが、多分感付かれてはいないだろう。もう、そんなことはどうでもよかった。持ってきたナイフでりんごを丁寧にカットし、白雪姫に差し出した。

 「さぁ、どうぞ」

 焦点の定まらぬ目で、白雪姫は、嬉しそうにそのりんごをみつめ、ぱくりと一口に食べ……そのまま、気を失った。

 安楽椅子の上でくずおれた白雪を見た奥方は、もう、堰が切れたように涙を流し、嗚咽しながら、これでよかったのだ、これしかなかったのだ、と言いながら汚物の散乱した小屋の床にうずくまった。ひとしきり泣くと、白雪姫を優しく抱きかかえ、川へと連れてゆき、身をきちんと清めてやり、美しいドレスを着せ、涼しい丘に設置した奇麗な棺に少し冷たくなった身体を納めてやった。その時、その毒りんごが、彼女の喉にひっかかっていたことを確認したのであった。奥方はそれを見て、白雪姫の不憫のために泣くのを止めた。その目は、最早罪悪感に染まってなどはいなかった。その目は、決意と覚悟の劫火に燃えていたのだった。そうして、彼女は、その棺の上に、ごりごりと『王の最愛の娘、白雪姫』と金文字で刻み入れ、ぎゅうと頬を押し付けてキスをしたあと、きっと踵を返して、馬を駆り、自らの城のほうへと毅然として向かっていった。奥方には、まだなさねばならぬ、新しい仕事が残っていた。彼女は、白雪姫の死が、本当の死ではないことを知っていた。彼女はいまや、この城で起こった一連の出来事は、夢で終わらせねばならぬ、「悪い悪夢だった」その一言でで終わらせねばならぬのだ、と心に決めていたのであった。白雪姫のためにも、自分のためにも、そして、この王国の臣民達のためにも。そう心に刻み込み、彼女は馬を駆った。……これは、ここで終わるべき物語などではない。それは罪だ。これは、いつか覚める夢であるべきなのだ。

 数日後、匿名の密書を受けた王子が白雪姫を助け出した噂は、王国中を駆け巡った。王子に発見されたときの白雪姫は、まさに、すっきりした瞳でにこっと微笑んでいたという。まるでたちの悪い夢から覚めたように、以前の、無垢なままの美しい少女の瞳で。