2009-07-05
ガアガアさんとコケコッコーとカルガモとチョコレートの話
虚構 | |
「では、レティシャちゃん、全部で何羽の鳥がいますか?」
と、ミサは問いかけた。
質問を受けたレティシャは、元気に答えた。
「ガアガアさんが二匹と、コケッコッコーが三匹と、カルガモが一匹!」
どうだ、この見事な回答はといわんばかりである。得意げな顔でミサを見返してくるレティシャであった。
「レティシャちゃん、鳥を数えるときは、何羽って言い方をするの。一羽、二羽、三羽、っていうふうにね」
「うん! 知ってる! 裏庭には二羽、庭には二羽ニワトリにいますっていうもん!」
ミサは頷いてから、「間違ってないわ。でも、全部で何羽かな、って訊いたのよ」
この上なく大きな声を発して、レティシャは、さあどうだと胸を張る。
ミサはやれやれと思った。
「じゃあ、一緒に数えましょうか」ミサは黒板に貼り付けたイラストを指で示した。レティシャは心得たとばかり、「ひとーつ!」と、数え始めた。ミサが次々へと指を移していくと、レティシャは二つ三つと数字を唱えていく。そして最後に、「六つ!」
「そうね」と、ミサは頷いた。「全部で六羽いるわ!」
レティシャも頷いた。「そうよ、全部で六羽いるのよ」
「じゃあ、ニワトリは何羽?」
「三羽!」
「全部で何羽の鳥がいる?」
「アヒルさんが――」
「アヒルさんもニワトリさんも、カルガモさんも、全部あわせて何羽いる? 鳥は、何羽、いるかしら?」
レティシャは目をぱちくりとさせて、ああ、なるほど、分かった! と、目を輝かせると、
数が多い順に並べ直すことが、分類学上とても優秀なことなのだと発見した――とでも勘違いしていそうだ。一点の曇りもない眼差しに、ミサは疲れを感じた。教師生活六年目、もう新米ではないけれど、子供のエネルギーに圧されてしまうことがある。
「ニワトリは鳥? それとも馬?」
「鳥!」
「アヒルとカルガモは?」
「おももだち! じゃなかった。お友達!」
「アヒルとカルガモは、鳥かしら、それとも――」
「鳥よ、羽があるし、クチバチがあるもん」
「それじゃあ、鳥は全部で何羽いるの?」ミサの気持ちは、正答を期待して力んでいる状態だった。本来なら、回答する生徒が持つべき感情だ。
レティシャはしかし、そんな緊張とは無関係な、可愛い目をして、「六羽よ。レティシャ知ってるもん」
ミサはホッとした。これ以上、同じことを繰り返す気にはなれない。
「はい、正解!」晴れた日に洗濯物を干すのは気持ちがいい。今はそのときの爽快な気分に似ている。「着席していいわよ」
レティシャは、えへんとばかり、席に着いた。
ミサは、黒板に貼り付けたアヒルとニワトリを一羽減らし、カルガモを一つ加えた。裏に磁石を貼り付けてあるこのイラストは、ミサが新米教師を務めた頃に自作したものだった。美術に興味があっただけあって絵を描くのは大得意だ。
レティシャの隣の席の、リチャードを当てた。リチャードは内気な返事をして、椅子から立ち上がった。
ミサは、アヒルは何羽かと尋ねた。リチャードはもじもじとしていたが、一羽だと答えた。同じようにニワトリの数を聞くと、二羽だと答えた。
さて、それでは、カルガモの数は? そう訪ねようとしたところ、先にレティシャが手を挙げて、
「カルガモはね、二羽よ、二羽!」
「そうね、でも、今はリチャードが答える番だから、レティシャちゃんはお口にチャックしていてね」
ミサはカルガモを二つ増やした。そして今一度、リチャードに、「カルガモは何羽いるかしら?」
リチャードは身体を揺すりながら、小さな声で、「四羽」と答えた。
「それじゃあ、全部で何羽の鳥がいますか?」
リチャードは、目で鳥を数えようとしたが、上手く行かずに手こずっていた。コソコソと指を使って数え、そして、「八羽」と、答えた。
「八羽かな? もう一度数えてみよう。今度は、声を出して」
ミサがアヒルを指さした。次はニワトリ、ニワトリ、そしてカルガモと続く。
「いち、にい……」と、リチャードはびくびくしながら数える。「さん、しい、ごお、なな、はち」
ミサが間違いを指摘しようとすると、先にレティシャが笑い声を立てて、
「5の次は6なのよ。7はね、6の次なのよ。だからね、ごお、ろく、なな、はち、きゅう、じゅうなのよ。リチャード間違えてる!」
それを言われたリチャードは、泣き出しそうな呼吸になって、うつむいた。レティシャは気付いていないらしく、「ごお、なな、はちなんておかしいの! そんなことしたら6が可哀想よ。6がないとね、10は10じゃなくなっちゃうのよ。だってレティシャは――」
大きな声で、よく通る声で、とても素速くよく喋る。ミサが止めに入ったが、レティシャは勢いがついていて止まらない。「レティシャのチョコレートが10個あってね、6番目のチョコレートがなかったら、チョコレートは全部で10ひく1なのよ。9個しかないのよ。10個じゃないんだもん。レティシャのチョコレートなくなっちゃった。リチャードが6をいわなかったからよ」
全部で何羽の問が答えられなかった割には、何とも明晰な概念を持ち合わせていることだろうか。ミサは、レティシャの脳味噌は基本的に聡明なものなのだと確信した。しかし、それを引き出すためには、まずは協調性と共通性だ。それから数の抽象化の概念。それを教えるのが自分の仕事だ。
ミサがレティシャのマシンガントークを止められなかったので、リチャードはついに泣き出してしまった。チョコレートが一つなくなったという、よく分からぬ責めを受けた気でいるようだ。
ミサはリチャードの内向性や、すぐに泣き出してしまう性分を責めるつもりはなかったが、授業のときくらいは泣かずにいられないものかと思った。
ここでもレティシャはお喋りなもので、「もう! リチャードは泣いてばっかりなのね! 泣いちゃ駄目なのよ。先生が困るから、授業中は泣いちゃ駄目って、ママがいっていたもの! ほら、リチャードは泣きやむのよ。後でレティシャのチョコレート一つあげるから。6番目のやつをあげるわ。そしたらぴったりだもの。ほら、泣いちゃ駄目なのよ。レティシャも一緒に数えて上げる」
世話焼きで、仕切りたがりのレティシャは、自分で泣かせておいて、自分で慰め、自分で教える。
リチャードがやっと、全部で七羽いるのだと答えた。
ちょうどそこで鐘がなったので、ミサは授業をお終いにした。