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虚構の辺、現実の庵

2009-03-07

小説工場

| 21:22 | 小説工場 - 虚構の辺、現実の庵 を含むブックマーク はてなブックマーク - 小説工場 - 虚構の辺、現実の庵

 私がカフェの『DEUX MAGOTS』で待っているとM沢がやってきて、彼は面白いことを話してくれたの。彼の所属する演劇サークルの仲間と見に行った私の大学の本部の文化祭の出し物のコントの話。本部の文化祭の規模は、やっぱり私の通ってるド田舎にある学部の規模なんかと桁違いだそうね。M沢もずいぶん驚いてたみたいよ、彼の大学は小さいからね。文化祭でやる演劇を見に来たっていうわけなのよ、それでね、あの広いキャンパスでしょ、迷っちゃいけないと思って先に上演場所を確かめにアリーナまで足を運んだんだって。そのとき丁度やっていた一人コントを見ていったのだそうよ、上演時間が短かったから、ちょっとした好奇心、気まぐれでね。彼が座席に着く頃には上演時間になっていてコントをやる一人の男子学生が舞台に出てきたところだったって。その学生、頬やら額やら鼻やら、要するに顔全体なんだけど、てかてかしてて、胴回りも早くもビール太りらしく丸まっていて、変に気取ったような歩き方や眼差しをして舞台をくるっと見回すと、くるっと横を向いてね、見えない相方に語りかけるような調子で、矢継ぎ早に喋り出したんだって。

「おやおや、皆さん、よくいらしてくださいました。わたくし、当工場の責任者で渡部秀美と申します。おお……、これはこれは、元気な挨拶を有り難う、こちらこそよろしくお願いします。皆さん元気がよろしくて大変結構。本日は当工場を余すところなく見学して頂こうと思います。皆さんは当工場で何が作られているかご存じですかな? そちらのボクは知ってるかな? そう、小説を産出している工場ですな。勉強熱心な皆さんはよおくご存じのこととは思いますが、我が国の小説のタイトルを総なめにした、我が国唯一にして最大かつ世界一の工場でございます。さあさあ、中へ案内いたしましょう。さあさあ、こちらへどうぞどうぞ……。

「さあ、皆さんよろしいですか? こちらが作家をモニターする監視室になっておりまして、このように無数にある画面から作家の書いた文章を書いた端から校閲して――」

「あ、主任、よいところへ来てくださいました」

 ってね、彼は立ち位置を変えて、それまで立っていた方を凝視しながらいって、一人二役をやってるわけね、で、またもとのポジションに戻って、てね、そんなふうに繰り返したらしいの、なかなか大変そうじゃない、いったりきたり、ねえ。

「なんだい君は。私は工場見学を案内している最中なのが見てわからんのか?」

「緊急事態なのです。こちらのモニターを見てください、〇四一三番の作家が――」

「え、なんだって? 狼狽、当惑、動揺、逡巡、躊躇がそれぞれすでに十回以上使われているだって? 全て使用禁止にしろ! そいつには向こう一ヶ月はそれらの単語を使わせるな!

「――いや失礼しました、見学者の皆様にはお見苦しいところをお見せしてしまって。当工場では様々な人材を駆使して小説を作り出させているわけですが、作家の皆さんが自主的に労働時間を一日十二時間にまで延長してくれたというのになかなか基準値以上の作品が完成しませんで。ちょっと目を離したらすぐあのような有り様でありまして。十分に見学出来ましたら、次は小説が原稿から一冊の本になるまでの過程をご案内するといたしましょう。ここから先はこちらの山田君に任せますので、山田君の言うことをよく聞くように。

「……」

「主任、よろしいでしょうか?」

「いったい、君はなんだね、あんなに目配せして、え、山田のやつなんか寄越しやがって」

「それが、今日も今日で手に負えない作家がたくさんおりまして……」

「それに対処するのが君の役目だろう、そんなこともできないから指示待ち人間などといわれるのだ。どれ、私が相手をしてきてやろう」

 でね、ここで場所を移動したことが分かるように舞台の奥へ歩いていってまた戻ってきたって、M沢がいってたわ。

「どうしたね、未来の芸術家諸君、また文句をたれとるそうだな。さあ、どいつからでもなんでもいうがいい。お前ら労働階級の言い分なんぞがどれほど甘ったれているか分からせてやろう。む、君は〇四一三番か、あれだけ同じ語句を使い回してしまうところを見ると語彙が少ないなどというレヴェルではないぞ、低能か?」

「わざとやったのです。私はもはや我慢の限界です。十二時間も缶詰にされるのでは耐えられません! 窓もなくて太陽の光も浴びられない! これではブロイラーもいいところです」

「おかしなことをいうな。契約書には監視室と繋がっているワードプロセッサーしかない部屋で仕事をすることが明文化されておるぞ。お前ら作家という生き物は放っておいてもペンを握ろうとせんからな、缶詰は当然の処置だ。それに労働時間のことなら、労働基準法に則り九時間労働のはずだぞ。残業は労働者の意志で行うものだ。帰りたければ帰ればいい」

「残業をしなければ解雇させられるに決まっています」

「当然と違うかね? お前のような作家なんぞ代わりはいくらでもいるし、お前のような作家が何人束になっても、生まれたときから作家になるように英才教育を受けた一人の凡人を上回ることすらできんのだからな。そんな作家、残業もしないとなるといったいどこで差別化を図ればいいのかね? さあ、お前は帰った帰った。他の連中も似たような言い分だろう。さっさと持ち場に戻れ。

「まったく、どいつもこいつも甘ったれでいかん。作家なんぞ、社会への貢献率の低い非国民だろうに。さて、もののついでだ、非国民どもに発破をかけるため巡回してやるか。

「おや、君も働きたまえよ、六九一九番。昨日一冊仕上がったからって今日休んでいい法はないぞ。なに、もう書き始めている? 関心関心。どれ、ちょっと読んでみてくれんかね」

「《むかしむかしあるところに》――」

「おいおいおい、書き出しに気を遣えよ、いったいどういう了見なんだお前さんは!」

 顔芸っていうのかしらね、このとき役者さんの頓狂な顔にM沢は笑っちゃったんだって。でね、役者はぴょん、てね、サザエさんのオープニングが終わる間際にサザエさんがやるみたいに飛んで立ち位置を変えたんだって。ほら、スポンサーのテロップがでる前の辺りでさ、ぴょんて、機敏な動きでさ、手前に出てくるあれよ。分かるでしょう?

「しかし書き出しなんてああでもないこうでもないて唸りながら書いた割りには考慮していた複数のどのパターンから始めても微細な差でしかないし、しかもその差の蜃気楼的なことといったら優劣を見極めることもできませんし、書き出しに特効薬的効果はないわけですし、それだったらいっそのことぽんと紋切り型をですね、放り込んでやればいいと思うんですよ」

「阿呆が! 考えもなしに反動でやりゃいいってもんじゃあるまいに! お前のドタマは割ったら何が出てくるんだ! いい加減にせんと首を切るぞ! 一体どっからこんなカビくさいもの引っ張り出してきたんだか!」

「どこにでもありますよ、童話なんかには特に」

「クビだ、クビ! 代わりなんていくらでもいるんだからな、最近は暇を持て余した女どもがごろごろいるんだから、副業に丁度いいなんて思ってるやつがいるんだからな、こきつかってやるさ! お前程度いくらでもいらあな! それにしてもどいつもこいつもつかえねえやつだな、いっそ男全部ごっそり女に入れ替えようか、お前ら書き出しにどれだけ時間をかけるんだ、その結果が昔々たぁどういう了見なんだ? 女はすぐに書き始めらぁな! お前らみたく女々しくしちゃいねえ――ん? なんかへんだが、まあ、優柔不断じゃねえってことさ!」

「ちょっとクビは勘弁してもらえませんかねえ、私には妻も子もいるんですよ」

「いい年こいた大人が作家としての収入のみで家族を養おうだなんて正気か? 枯渇しようにも源泉のないてめえの才能も省みずに? お前さんは今に解雇してやろうと思っていたとこだ」

「それなら昨日仕上げた作品に見合うだけのお金を退職金に上乗せしてもらいましょう。相当の対価というやつです」

「雀の涙ほどもでやしないさ、そんな金! だがおおまけにまけてくれてやるさ! しかしこの際だからいっておくが、ありゃ対価だなんていわれたなら読み手の方が慰謝料をもらいたくなる有り様じゃないか、そりゃあたくさんの買い手がつくだろうがね、そこんところは請け合うがね、そこらを歩いてる連中にバカが多いってだけで、ちょっとでも教養のあるやつは代わりにトイレットペーパーでも買うだろうよ!

「だいたい、なんだあれは、お前、お前の小説では登場人物のどいつもこいつもがお互いに分かり合いやがってに、ええ、テレパシーで繋がってるのかよ、馬鹿野郎が。俺だったらお前、拳固でぶんなぐってやってらぁな、俺の心が分かるやつなんかいたらな! 本当に分かってりゃ俺の代わりにお前をぶん殴ってるはずってもんだ!」

「しかし実際繋がっているんです、コードで。ちゃんと読んでもらわなきゃ困りますよ!」

「くだらん設定だとは思わなかったのかね? 君はもう末期だ、頭がいかれっちまってやがんのだ!」

「そしたら、じゃあ、本当に私を解雇するっていうんですか? それは困ります、困りますよ、本当は困るんですよ、他に仕事なんて、つこうにもつけないじゃないですか、こっちは治療費をもらいたいほど、主任の言うように末期なんですよ、執筆症候群ってところですよ、書かないと落ち着かないんです。下手なのは知ってますよ、でも堪忍してください、その代わり売れるものは書いてるじゃないですか。どうかお願いします」

「急に下手になったな。ふん、自覚があったとは意外だ。そうか、ちゃんと書くというのなら考えてやってもいいな。けれどもだ、そろそろ飽きられてるというのが実情じゃないかね、読者もバカばかりではないのだし、バカもあまりに馬鹿馬鹿しいものを読むと醒めてくるんじゃないのかね、ここのところ部数が落ちているようだし。次辺り真面目に書いたらどうだね、お前から離れていこうとしている読者はきっとお前が成長したと勘違いして、興奮するんじゃないかね」

「いえ、それがですね、実を言うと昨日仕上がったあれは真面目も真面目、本気も本気、真摯に取り組んだ、私の全身全霊のありったけをぶつけた大作だったんですよ」

「なんだって? あれがか? あれが? あのクサい三流ラブロマンスものがか? 本気というのなら、え、お前、防臭加工をせんか! ここは世界の小説工場だぞ、防臭加工は十八番のはずじゃなかったのか?」

「へえ、すみません」

「お前の書いた一節なら覚えているぞ、あの気持ちの悪いくだりならな。《あなたにも魔法をかけてあげる》? 気持ち悪いにもほどがある! このあなたってぇのは読者のことだろう、言い逃れするまいな?」

「へえ。しかし何が悪いのやら」

「へつらいの笑みも消えたか。お前、本の中からあなたなんて語りかけられて、え、気持ち悪いとおもわんのか、そうか、むしろ嬉しいってのか、世も末だな! 語りかけられたってお前、相手はこっちのこと認識してないってんだからアホらしいってのが普通の感性ってぇもんじゃあないんですかね? どんなブスでもデブでもハゲでも一様の呼びかけってだけでへんちくりんだってのに」

「でもはやってんですよ、フレンドリー小説って新ジャンル知りません?」

「うちは高い水準の小説を送り出す世界の小説工場、世界の、小説、工場! お前はもういらん、でていけ!」

 蹴っ飛ばす真似事をしてね、そのまま退場かと思って拍手をしかけたお客さんがいたそうだけど。でも役者は舞台の端まで行くとまた中央まで戻ってきて、同じような調子で一人二役を続けるのね。

「あんなゴミくずはいなくなって当然じゃあないかね、え、まったく。おや! こんなところでどうしたんだい、竜崎君。悩ましげな顔をしている。君は我が工場の金の卵なんだから目一杯手を尽くして環境を整えてやっているんだ、気分転換に散歩というのはいいが、他の労働者の手前、具合が悪い。

「おやなんだ、それは? え、もう書けたのかい、どれどれ……。

「ふむ……。やあやあ、大いに結構……。

「うん?

「なあ竜崎君、まだ五枚ばかしさっと目を通しただけだが、書き出しからするとちょっと普通の小説の感じがするねえ?

「おや? どうもこの話は、なんだか、まともじゃあないかね、雰囲気からすると、起承転結もしっかりしてそうな気もするし……」

「ええ、そうです、おおむねしっかりとしていますよ」

 この頃になると太ったこの役者は顔に赤みが差してきていて、ちょっと汗ばんでるみたいで、体力的に厳しくなってきていたようだってM沢はいってたわ。それでももう一度明瞭に声を張り上げて、次は主任の役ね。

「しかし、どうも普通じゃないかね? 君らしい教養と知性を感じはするのだけれども、なんといっていいか……。ちょいと訊くが、今回はどういった具合に前衛的試みがなされているのかね?」

「さあ、どうでしょうな、特に意識しませんでしたから」

「どうしたってんだ、おまいさん、我が工場最大の前衛文学作家だったはずなのに!」

「もう歴史的な上昇なんてやっていられないですよ、私は、もう、オタク的に振る舞うことにします。前衛なんて才気溢れる若い感性にやらせておけばいい! 私はもとから古典が大好きなんです。現代の流行や風潮や歴史的流れなんてもうたくさんだ。自分の殻に閉じこもって一個の時代で時が止まってるみたいに生きて書いていきますよ。ここでそれがゆるされないのなら出ていくより他にないですな」

 この後は、小説工場最大の前衛文学作家が立ち去るのを呼び止めようと必死なふうに役者が舞台の端っこへ消えていってお終いというわけ。

 ね、あなたどう思う? あなたよ、あなた。他に誰がいるっていうのよ、巫山戯ないで頂戴。『小説工場』についてどう思う? 私の話ちゃんと聞いてた?

 それにしても世間は狭いのね、奇妙な偶然だと思わない? 本部で文化祭があるなんてすっかり忘れていたところにM沢が今日見に行って偶然見たコントの役者が、その後に偶然会うことにした私が付き合ってるあなただなんて、数奇なことじゃないの。あなたっていっつもそうよね、そういうことするんだったら教えてくれたらよかったのに。そしたら見に行ったのに。文化祭のことだって一向に教えてくれなかったしさ。でもいいわ、明日は見に行ってやるから。

 と、彼女が言っていたが、そういえば俺のコントは初日の今日だけだってこと伝えたっけ? まあいいや。眠い。寝る。おやすみ。

2009-02-27

魔法少女「桐永霞」

| 23:13 | 魔法少女「桐永霞」 - 虚構の辺、現実の庵 を含むブックマーク はてなブックマーク - 魔法少女「桐永霞」 - 虚構の辺、現実の庵

桐永霞の成分解析結果 :

桐永霞はすべて魔法で出来ています。

   ――成分解析 Ver0.2b

 私がまだブログを知らなかった頃、誰に見せる目的でもなくその日の考えを綴っていたテキストファイルに彼女はいました。私は私の言葉を日記の中の地の文に落とし、彼女の言葉をカギ括弧にくくっていました。彼女は私が書き始めた二つ目の物語のヒロインであり、黒髪の才媛であり、名探偵であり、名探偵の助手であり相棒でした。ものを書き始めた頃の私はミステリー作家を志していたのですが、やがて私にはその才能がないのだと気付き始め、彼女はその舞台をもっぱら私の日記の中に移したのでした。

 彼女は日記の中で私と対話するなりツッコミをいれるなりするのです。今もその日記ファイルは残っているので、私だけがそのイタイ過去の扉を振り返る鍵を持っています。ぬるま湯の中で哲学的と信じられる事柄について自慰的な語りを綴り、要所要所で彼女にものをいわせました。ラノベ的雰囲気で彼女は喋りました。

 彼女は最近の言葉で言うところの脳内彼女といえるのかもしれません。私が彼女に発情することもありました。設定上、彼女が私になびくということはありませんでしたが、彼女は私の脳内の住人ゆえに私の邪な願望の何もかもを知っていましたし、普段からそれに言及していては彼女は他のことを話せなくなるので黙してもいました。しかし、ある日、彼女は私にいったのでした。「先生は私に欲情して、私に見立てた私ではない虚像を弄びますけど、それは私にとって不愉快なことです――(本当は不愉快とは感じませんよ、もし感じてしまうのなら私はこのような場所に止まり続けられないでしょうから。そうですが、私は設定として女の性を持っているので男の一方的な欲望には嫌悪する態度をとります。当然ですよ、私の思い人は先生の書いた小説の主人公なんですからね)。しかし、先生が発情している相手の実態を知って、それでもまだ発情できますか?」私には彼女の後頭部に金具が見えていました。ジッパーの金具です。交互に噛み合う精神のふれた官能を呼び覚ますあの境目が彼女の背後には着いていたのです。彼女はおもむろにジッパーを下ろしました。中から出てきたのは私でした。「当然ですよね、ここは先生の頭の中なのですから、先生しかいないのです。話しているこの私もまた先生なのです。先生の分身どころか、先生その人なのです。そして(ここからは傍点を振らなければなりませんね)先生は自分自身に対して女言葉やですますの丁寧口調を発しているのですよ、さらには『先生』などと呼ばせてしまっているのです。ほら、今この瞬間も」

 美しいが、美しいというよりは可愛らしいと感じさせる要素を生まれながらに秘めている彼女は、今や一枚のセーターよりも薄っぺらなものとして脱ぎ捨てられ、そこにはもう一人の私が立っていました。それは鏡に映る自分などではありませんでした。虚像などではなく、次にどうふるまっていいものか分からなくなって正視に耐えない不振な挙動に見舞われ、言葉を詰まらせている私でした。彼女を見ていた私はいつしか滅して、脱ぎ捨てられた彼女を足下に見下ろす私になっていました。視点の移動がもたらした吐き気は船酔いに似ていました。瞬間、私は全裸の私を想像していました。私の肉体の中でもっとも美しい部位――尻が思い浮かび、私はそこへと下半身を重ね合わせるのです。あるいは、それは性的に心躍る映像であったかもしれません、下半身だけであったならば。しかしその下半身を辿れば私の顔が二つあるのです。愛する私と愛される私。そのどちらもが当時生やしていたあの気持ちの悪い髭を持っているのです。そしてやはりどちらも圧倒的に哀れな弱い生き物の顔をして互いの存在を確かめようとしているのです。おぞましさのあまり、私は心象を無に帰しました。瞬きした後も世界が滞りなく見えるように、心の内の鏡はすぐに映像を取り戻しました。そこには彼女がいましたが、私はそれ以上彼女に近づくことはできませんでした。

 それ以来、彼女は「そんなことをいうのでしたらチャックをおろしますよ?」という脅し文句をお気に入りにしたのでした。やがて私は彼女がそれを下ろすまでもなく、その内側に私の存在を感じるようになりました。

 いつからか日記から彼女は去っていきました。私が日記に架空の女の子を引っ張り出すその醜い行いを醜い行いであると自覚したのは、それからでした。彼女は単に虚構の存在であるという自覚を持っていた(私によって与えられた)存在であったばかりではなく、私の嘘を暴いて私の中にいて私を超えた一瞬を持っていたのでした。

 そんな彼女を、少し前に流行った脳内メーカー等のはしりであるソフト「成分解析」にかけてみるとあら不思議、彼女の構成要素はすべて魔法だとのことです。虚構内存在であった彼女が私よりも私について俯瞰的になれた奇跡と分析結果の偶然の符号は私を驚かせました。

 以来、私は日記での自称を僕から私に変え、愚かで醜い行いを排斥し続けているのです。それは作家としての規律や自意識をもたらすための一人称であると同時に、一般的な女性の一人称でもあるのですが……。