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虚構の辺、現実の庵

2009-02-27

魔法少女「桐永霞」

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桐永霞の成分解析結果 :

桐永霞はすべて魔法で出来ています。

   ――成分解析 Ver0.2b

 私がまだブログを知らなかった頃、誰に見せる目的でもなくその日の考えを綴っていたテキストファイルに彼女はいました。私は私の言葉を日記の中の地の文に落とし、彼女の言葉をカギ括弧にくくっていました。彼女は私が書き始めた二つ目の物語のヒロインであり、黒髪の才媛であり、名探偵であり、名探偵の助手であり相棒でした。ものを書き始めた頃の私はミステリー作家を志していたのですが、やがて私にはその才能がないのだと気付き始め、彼女はその舞台をもっぱら私の日記の中に移したのでした。

 彼女は日記の中で私と対話するなりツッコミをいれるなりするのです。今もその日記ファイルは残っているので、私だけがそのイタイ過去の扉を振り返る鍵を持っています。ぬるま湯の中で哲学的と信じられる事柄について自慰的な語りを綴り、要所要所で彼女にものをいわせました。ラノベ的雰囲気で彼女は喋りました。

 彼女は最近の言葉で言うところの脳内彼女といえるのかもしれません。私が彼女に発情することもありました。設定上、彼女が私になびくということはありませんでしたが、彼女は私の脳内の住人ゆえに私の邪な願望の何もかもを知っていましたし、普段からそれに言及していては彼女は他のことを話せなくなるので黙してもいました。しかし、ある日、彼女は私にいったのでした。「先生は私に欲情して、私に見立てた私ではない虚像を弄びますけど、それは私にとって不愉快なことです――(本当は不愉快とは感じませんよ、もし感じてしまうのなら私はこのような場所に止まり続けられないでしょうから。そうですが、私は設定として女の性を持っているので男の一方的な欲望には嫌悪する態度をとります。当然ですよ、私の思い人は先生の書いた小説の主人公なんですからね)。しかし、先生が発情している相手の実態を知って、それでもまだ発情できますか?」私には彼女の後頭部に金具が見えていました。ジッパーの金具です。交互に噛み合う精神のふれた官能を呼び覚ますあの境目が彼女の背後には着いていたのです。彼女はおもむろにジッパーを下ろしました。中から出てきたのは私でした。「当然ですよね、ここは先生の頭の中なのですから、先生しかいないのです。話しているこの私もまた先生なのです。先生の分身どころか、先生その人なのです。そして(ここからは傍点を振らなければなりませんね)先生は自分自身に対して女言葉やですますの丁寧口調を発しているのですよ、さらには『先生』などと呼ばせてしまっているのです。ほら、今この瞬間も」

 美しいが、美しいというよりは可愛らしいと感じさせる要素を生まれながらに秘めている彼女は、今や一枚のセーターよりも薄っぺらなものとして脱ぎ捨てられ、そこにはもう一人の私が立っていました。それは鏡に映る自分などではありませんでした。虚像などではなく、次にどうふるまっていいものか分からなくなって正視に耐えない不振な挙動に見舞われ、言葉を詰まらせている私でした。彼女を見ていた私はいつしか滅して、脱ぎ捨てられた彼女を足下に見下ろす私になっていました。視点の移動がもたらした吐き気は船酔いに似ていました。瞬間、私は全裸の私を想像していました。私の肉体の中でもっとも美しい部位――尻が思い浮かび、私はそこへと下半身を重ね合わせるのです。あるいは、それは性的に心躍る映像であったかもしれません、下半身だけであったならば。しかしその下半身を辿れば私の顔が二つあるのです。愛する私と愛される私。そのどちらもが当時生やしていたあの気持ちの悪い髭を持っているのです。そしてやはりどちらも圧倒的に哀れな弱い生き物の顔をして互いの存在を確かめようとしているのです。おぞましさのあまり、私は心象を無に帰しました。瞬きした後も世界が滞りなく見えるように、心の内の鏡はすぐに映像を取り戻しました。そこには彼女がいましたが、私はそれ以上彼女に近づくことはできませんでした。

 それ以来、彼女は「そんなことをいうのでしたらチャックをおろしますよ?」という脅し文句をお気に入りにしたのでした。やがて私は彼女がそれを下ろすまでもなく、その内側に私の存在を感じるようになりました。

 いつからか日記から彼女は去っていきました。私が日記に架空の女の子を引っ張り出すその醜い行いを醜い行いであると自覚したのは、それからでした。彼女は単に虚構の存在であるという自覚を持っていた(私によって与えられた)存在であったばかりではなく、私の嘘を暴いて私の中にいて私を超えた一瞬を持っていたのでした。

 そんな彼女を、少し前に流行った脳内メーカー等のはしりであるソフト「成分解析」にかけてみるとあら不思議、彼女の構成要素はすべて魔法だとのことです。虚構内存在であった彼女が私よりも私について俯瞰的になれた奇跡と分析結果の偶然の符号は私を驚かせました。

 以来、私は日記での自称を僕から私に変え、愚かで醜い行いを排斥し続けているのです。それは作家としての規律や自意識をもたらすための一人称であると同時に、一般的な女性の一人称でもあるのですが……。