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虚構の辺、現実の庵

2009-07-05

ガアガアさんとコケコッコーとカルガモとチョコレートの話

| 18:20 | ガアガアさんとコケコッコーとカルガモとチョコレートの話 - 虚構の辺、現実の庵 を含むブックマーク はてなブックマーク - ガアガアさんとコケコッコーとカルガモとチョコレートの話 - 虚構の辺、現実の庵

「では、レティシャちゃん、全部で何羽の鳥がいますか?」

 と、ミサは問いかけた。

 質問を受けたレティシャは、元気に答えた。

「ガアガアさんが2匹と、コケッコッコーが3匹と、カルガモが1匹!」

 どうだ、この見事な回答はといわんばかりである。

「レティシャちゃん、鳥を数えるときは、何羽って言い方をするの。1羽、2羽、3羽、っていうふうにね」

「うん! 知ってる! 裏庭には二羽、庭には二羽ニワトリにいますっていうもん!」

 ミサは頷いてから、「間違ってないわ。でも、全部で何羽かな、って訊いたのよ」

「アヒルさんが2羽、ニワトリが3羽、カルガモが1羽!」

 この上なく大きな声を発して、レティシャは、さあどうだと胸を張る。

 ミサはやれやれと思った。

「じゃあ、一緒に数えましょうか」ミサは黒板に貼り付けたイラストを指で示した。レティシャは心得たとばかり、「ひとーつ!」と、数え始めた。ミサが次々へと指を移していくと、レティシャは二つ三つと数字を唱えていく。そして最後に、「六つ!」

「そうね」と、ミサは頷いた。「全部で6羽いるわ!」

 レティシャも頷いた。「そうよ、全部で6羽いるのよ」

「じゃあ、ニワトリは何羽?」

「3羽!」

「全部で何羽の鳥がいる?」

「アヒルさんが――」

「アヒルさんもニワトリさんも、カルガモさんも、全部あわせて何羽いる? 鳥は、何羽、いるかしら?」

 レティシャは目をぱちくりとさせて、ああ、なるほど、分かった! と、目を輝かせると、

「ニワトリが3羽、アヒルが2羽、カルガモが1羽!」

 数が多い順に並べ直すことが、分類学上とても優秀なことなのだと発見した――とでも勘違いしていそうだ。一点の曇りもない眼差しに、ミサは疲れを感じた。教師生活六年目、もう新米ではないけれど、子供のエネルギーに圧されてしまうことがある。

「ニワトリは鳥? それとも馬?」

「鳥!」

「アヒルとカルガモは?」

「おももだち! じゃなかった。お友達!」

「アヒルとカルガモは、鳥かしら、それとも――」

「鳥よ、羽があるし、クチバチがあるもん」

「それじゃあ、鳥は全部で何羽いるの?」ミサの気持ちは、正答を期待して力んでいる状態だった。本来なら、回答する生徒が持つべき感情だ。

 レティシャはしかし、そんな緊張とは無関係な、可愛い目をして、「6羽よ。レティシャ知ってるもん」

 ミサはホッとした。これ以上、同じことを繰り返す気にはなれない。

「はい、正解!」晴れた日に洗濯物を干すのは気持ちがいい。今はそのときの爽快な気分に似ている。「着席していいわよ」

 レティシャは、えへんとばかり、席に着いた。

 ミサは、黒板に貼り付けたアヒルとニワトリを1羽減らし、カルガモをひとつ加えた。裏に磁石を貼り付けてあるこのイラストは、ミサが新米教師を務めた頃に自作したものだった。美術に興味があっただけに動物のイラストを描くぐらいのことは造作もない。

 レティシャの隣の席の、リチャードを当てた。リチャードは内気な返事をして、椅子から立ち上がった。

 ミサは、アヒルは何羽かと尋ねた。リチャードはもじもじとしていたが、1羽だと答えた。同じようにニワトリの数を聞くと、2羽だと答えた。

 さて、それでは、カルガモの数は? そう訪ねようとしたところ、先にレティシャが手を挙げて、

「カルガモはね、2羽よ、2羽!」

「そうね、でも、今はリチャードが答える番だから、レティシャちゃんはお口にチャックしていてね」

 ミサはカルガモを二つ増やした。そして今一度、リチャードに、「カルガモは何羽いるかしら?」

 リチャードは身体を揺すりながら、小さな声で、「4羽」と答えた。

「それじゃあ、全部で何羽の鳥がいますか?」

 リチャードは、目で鳥を数えようとしたが、上手く行かずに手こずっていた。コソコソと指を使って数え、そして、「8羽」と、答えた。

「8羽かな? もう一度数えてみよう。今度は、声を出して」

 ミサがアヒルを指さした。次はニワトリ、ニワトリ、そしてカルガモと続く。

「いち、にい……」と、リチャードはびくびくしながら数える。「さん、しい、ごお、なな、はち」

 ミサが間違いを指摘しようとすると、先にレティシャが笑い声を立てて、

「5の次は6なのよ。7はね、6の次なのよ。だからね、ごお、ろく、なな、はち、きゅう、じゅうなのよ。リチャード間違えてる!」

 それを言われたリチャードは、泣き出しそうな呼吸になって、うつむいた。レティシャは気付いていないらしく、「ごお、なな、はちなんておかしいの! そんなことしたら6が可哀想よ。6がないとね、10は10じゃなくなっちゃうのよ。だってレティシャは――」

 大きな声で、よく通る声で、とても素速くよく喋る。ミサが止めに入ったが、レティシャは勢いがついていて止まらない。「レティシャのチョコレートが10個あってね、6番目のチョコレートがなかったら、チョコレートは全部で10ひく1なのよ。9個しかないのよ。10個じゃないんだもん。レティシャのチョコレートなくなっちゃった。リチャードが6をいわなかったからよ」

 全部で何羽の問が答えられなかった割には、何とも明晰な概念を持ち合わせていることだろうか。ミサはレティシャの頭脳が基本的に聡明なものなのだと確信した。しかし、それを引き出すためには、まずは協調性と共通性が必要だ。それから数の抽象化の概念。それを教えるのが彼女の仕事だ。

 ミサが勢いづいたレティシャの発言を止められなかったので、リチャードはついに泣き出してしまった。チョコレートが一つなくなったというよく分からぬ責めを受けた気でいるようだ。

 ミサはリチャードの内向性やすぐに泣き出してしまう性分を責めるつもりはなかったが、授業のときくらいは泣かずにいられないものかと思った。

 ここでもレティシャはお喋りなもので、「もう! リチャードは泣いてばっかりなのね! 泣いちゃ駄目なのよ。先生が困るから、授業中は泣いちゃ駄目って、ママがいっていたもの! ほら、リチャードは泣きやむのよ。あとでレティシャのチョコレート一つあげるから。6番目のやつをあげるわ。そしたらぴったりだもの。ほら、泣いちゃ駄目なのよ。レティシャも一緒に数えて上げる」

 世話焼きで仕切りたがりのレティシャは、自分で泣かせておいて、自分で慰め、自分で教える。

 リチャードがやっと全部で七羽いるのだと答えた。

 ちょうどそこで鐘がなったのでミサは授業をお終いにした。

RainRain2012/10/16 10:01I think you hit a bluslyee there fellas!

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2009-05-04

「韻を踏むといいんだぜ」「だぜ」

| 07:45 | 「韻を踏むといいんだぜ」「だぜ」 - 虚構の辺、現実の庵 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「韻を踏むといいんだぜ」「だぜ」 - 虚構の辺、現実の庵

 今日もやっぱり兄妹はおしゃべりをしています。

「この前、馬小屋の増築に大工さんが来たろ」

「うん、大工さんトンカチはらまきにさしてたよ」

「地震がきても倒れない頑丈なやつにして欲しいって母さん、いったろう、覚えてるか?」

「覚えてる、覚えてる」

「じゃあ、大工さんがなんていったかいってみろよ」

「うんと丈夫にするっていったよ」

「嘘つけ! いうもんか、そんなこと! 自信がありませんって、大工さん、そういったんだぜ」

「そう、そうだった、レティシャもそう思うの」

「ちぇっ! まあ、いいや、覚えてたってことにしてやるさ。でもお前、それが洒落になってるって分かってないだろう」

 妹は目をぱちくりとさせます。長いまつげが目に入ったみたいに何度もです。

「ダジャレって知らないだろうな。ふとんがふっとんだ、っていうのがダジャレなんだ」

「知ってる! レティシャ知ってる! パパがいってたから知ってるの、ふとんが、ふっ、とん、だあ、ていうの。レティシャ、ダジャレって知ってるかもしれない」

「じゃあいってみろよ」

「アリさんがチョコをちょこっとたべました」

「へえ! 知ってるじゃんか」

「そうよ、だからいったでしょ、レティシャ知ってたのよ、全部知ってたの、本当よ。他のだって知ってるの。はなくそのひみつをそっとはなくそう」

「なんだい、それ、変なの」

「はなくそのひみつを、そっとはなくそう」

 妹は辺りに仇敵でも潜んでいるかのように真剣な眼差しを振りまきながら繰り返します。

「ダジャレのジャレは本当は洒落っていうんだって母さんがいってたんだ。洒落っていうのはな、オシャレのことなんだぜ。オシャレって、服を着たりして飾ることばっかりじゃないんだぜ、知性と教養でも飾れるんだ。ユーモアともいうんだ」

「知ってる、レティシャ知ってる、ユーモアって、面白いこと!」

「そうさ」

「あひるさんが池でおぼれています。ぶっくぶっく」

「あひるなんか溺れたってしょうがないだろ、バカだなあ! 本がブックブックって溺れるんだ」

「でもレティシャはあひるさんが溺れる方が面白いと思うの」

「ははあ、本当はダジャレのことなんにもわかっちゃいないんだな、お前。じゃあ教えてやるよ。でも普通のダジャレなんかじゃないぜ、それよりもっと凄いやつさ。本当のユーモアっていうのは韻を踏むのがインだぜ」

「インを踏むのがいいの? でもレティシャ、もしかしたらインてなにかしらないかもしれない」

「もしかしなくたって知ってるもんか! 韻を踏むってのはな、同じ音をそろえるってことなんだ。例えば、空を飛ぶコンドル。どうだ、洒落てるだろ」

「はい! はい! レティシャもいう!」

「いってみればいいだろ」

「空を飛ぶチンパンジー!」

「ちぇっ! てんで駄目じゃないか。同じ音だっていってるだろ」

「空を飛ぶアブドルー!」

「へえ、今度は韻を踏んでるじゃないか。でもアブドルーってなんだ?」

「こうしておててでペケポンをつくってね、火を出せるの」

「そんな変なの、知るもんか!」

「レティシャ、まだいえるよ。パンダがピンポンをしていました、アブドルー」

「最後にアブドルっていえばいいってもんじゃないんだぜ!」

「カレーのルー、アブドルー。あっ! お兄ちゃん笑った! カレーのルー、アブドルー、アブドルー! ほら笑った!」

「笑うさ、こいつ、わけがわからないや、てんで意味がわかりゃしないや! でも伸ばすのはいいかもしれないな、うん、凄くいいぞ、伸ばして強調するんだな、そしたらくすってくるからな」

「くすってきたら、こんどはむふふってくるよ」

「ふうん、いいこというじゃんか、むふふってくるかもしれないな。空を飛ぶーコンドルー。むふふ!」

「空を飛ぶーアブドルー!」

「急降下するーコンドルー!」

「急降下するーアブドルー! あっ、お兄ちゃん、レティシャ、すっごくいいこと思いついた」

 妹は口を押さえながら、盗み聞きを恐れてか辺りを見回し、小声のつもりで元気にいいます。「最後に『る』をつけると面白いよ」

「知ってらあ! それが韻を踏むってことだからな」

「サボテンにぶつかるーアブドルー」

「なんだい、やっぱりお前のはわけがわからないや。なんだかアブドルが可哀想になってきた」

「そうかもしれない。アブドルーばっかり踏んづけちゃった、レティシャはアブドルーにごめんなさいっていわないといけないわ」

「そうだな、アブドルーを踏んづけるのにも飽きたな」

「アブドル、怒ってるかも」

「今度踏んづけるときは気を付けてやれよ、そうしないとアブドルーがやってくるー」

 兄は自分でいったことが面白くて口元を抑えてこっそり笑います。妹はそれに気付いていて、なんとなく面白く思って繰り返します。アブドルーがやってくるー、やってくるアブドルー。

 二人は庭先へ出てきた黒豚を見付けるといっさんに駆けていきます。

「アブドルーがやってくるー!」

「たすけるーボスタフー」

「ボスタフーがアブドルー!」

 黒豚はいつものようにその場で二人を待ちながら、やれやれだぜと呟かんばかりに首を横に振っていました。

2009-03-29

「ときどき分類のへたっぴな大人がいてびっくりするよなあ」「する、する、あたしもすると思うの」

| 12:44 | 「ときどき分類のへたっぴな大人がいてびっくりするよなあ」「する、する、あたしもすると思うの」 - 虚構の辺、現実の庵 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「ときどき分類のへたっぴな大人がいてびっくりするよなあ」「する、する、あたしもすると思うの」 - 虚構の辺、現実の庵

 こまっしゃくれた兄妹がお喋りをしていました。

「おまえ、クジラって知ってるか?」

「知ってるよ、知ってる、レティシャ知ってるもん」

「じゃあなんだかいってみろよ」

「こんな、こおんな大きいおさかなさんでしょう。ボスタフの百万倍おっきいの」

「嘘ついてら、百万倍なんかあるわけないだろ」

 そこへ通りすがりの大人の男の人がやってきて、微笑ましい子供の会話にやはり微笑みを浮かべながら、誘われるように話しかけました。

「クジラは魚じゃないんだよ、ほ乳類なんだ。君たちのペットの黒豚くんと同じなんだよ」

 妹は宇宙にも似た黒くて深い目をぱちくりさせながら首をかしげました。「ボスタフと同じ?」

 ところが兄の方は大人の男の人を小馬鹿にして笑います。

「これだから大人はさ、駄目なんだ、頭でっかちで本質が見えてないんだぜ。なあ、レティシャ、お前いってやれよ、お魚さんってなんだ?」

「うんとね、海を泳いでいるの。泳いでいるのは川でもいいのよ。ひれがついていてさわさわって泳ぐの。こんなね、こんな、えっとね、鯛焼きみたいな形してるの」

「だろう? だのにこのおじさん、おかしいんだ、クジラはボスタフと同じですだってさ、笑っちゃうね! どこのどなたがクジラを魚類といいましたかってんだ。僕らはクジラが《おさかなさん》っていったんだ。それともボスタフにはひれがついてるってんだろうかね、大人の目はよく分からないや。ボスタフは長いこと水の中に潜っていられるんだろうかね、大人の考えることはよく分からないや」

「レティシャもわかんないよ、パパはね、ママのこと一番愛してるっていうのにレティシャのことも一番愛してるっていうのよ、一番って一番のことなのにね、変でしょう」

「それは変じゃないんだぜ、一番ってのはたくさんあっていいんだ」

「本当? でもかけっこは一等賞は一人だけしかいないのよ」

「いいったらいいんだ。言葉の幅ってんだ」

「知ってる、レティシャ知ってるもん、言葉の幅でしょう、こんなね、おもちみたいに伸びたりするの」

「伸びたりなんかするもんか! 知ったかぶり! でもレティシャだって大人の知ったかぶりには舌を巻くぜ」

「べろべろをまくの? メカレオンみたい?」

「馬鹿、カメレオンだろ。まあ、いいんだ、そんなこと。些細なことさ。その些細なことが分からないのが大人なんだ。たとえば、ほら、前にベジタリアンって覚えただろう」

「お野菜しか食べないひとのこと! 知ってる、知ってる!」

「俺だって、お前が知ってることくらい知ってるさ」

「ベジタラヤンはね、お肉は生きているから食べちゃいけないっていうの」

「そうさ。でな、ベジタリアンを批判する人はこういうんだぜ、お野菜だって生きてるだろうって。馬鹿だよなあ! クジラをほ乳類っていう大人みたいに馬鹿だぜ、だってそうだろう、それは正しいけど、それがどうしたのってもんじゃないか。お野菜は生物さ、そりゃ知ってらあ。レティシャも知ってるだろう? でもさ、それじゃ植物には肺があるのかよ、目があるのかよ、それから、お肉みたいな味がするのかよ、なあ? そこに生えてるタンポポとうちのボスタフ、てんで別ものじゃないか、そんなこと子供だって分かるぜ、なあ? 植物が生物の一種だからってどうだってんだい、ベジタリアンがいってるのは《どうぶつ》のことだぜ、そんなの当たり前じゃないか」

「ボスタフのほうがきっと美味しいよ! ポポンタはね、苦いの、すっごく苦いのよ、知ってる、レティシャ知ってるもん!」

「だろう? レティシャに分かることが大人には分からないんだぜ、まいっちゃうよ!」

「まいっちゃうね」

「俺たちも注意しなくちゃいけないぜ、そんな大人にならないために気を付けないと」

「きよつけ! まえにならえ!」

「そうそう」

「でもどうやってきよつけるの?」

「そんなこと知るもんかい。それより今日こそはマッシュのやつをこらしめてやろうぜ!」

「いや! レティシャ怖いもん、マッシュね、レティシャ見るとガウガウいうのよ、ウーッて唸るの、だからいかない!」

「平気さ、ボスタフをつれてくんだから。川に突き落とすんだ。噛み付かれちゃたまんないから、僕らに吠え立てたらどうなるか教えてやるんだ」

「ボスタフがいっしょだったらレティシャも行く!」

「よし、じゃあ決まりだ」

 大人の男の人はボスタフには予定があることを教えてやった。「君たちのお母さんが買い物につれていくといっていたよ。荷物持ちにするんじゃないかな」

 兄妹は歓喜の叫びとも悲鳴とも分類しがたい声を発しながら自宅へ引き返していった。

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2009-03-07

小説工場

| 21:22 | 小説工場 - 虚構の辺、現実の庵 を含むブックマーク はてなブックマーク - 小説工場 - 虚構の辺、現実の庵

 私がカフェの『DEUX MAGOTS』で待っているとM沢がやってきて、彼は面白いことを話してくれたの。彼の所属する演劇サークルの仲間と見に行った私の大学の本部の文化祭の出し物のコントの話。本部の文化祭の規模は、やっぱり私の通ってるド田舎にある学部の規模なんかと桁違いだそうね。M沢もずいぶん驚いてたみたいよ、彼の大学は小さいからね。文化祭でやる演劇を見に来たっていうわけなのよ、それでね、あの広いキャンパスでしょ、迷っちゃいけないと思って先に上演場所を確かめにアリーナまで足を運んだんだって。そのとき丁度やっていた一人コントを見ていったのだそうよ、上演時間が短かったから、ちょっとした好奇心、気まぐれでね。彼が座席に着く頃には上演時間になっていてコントをやる一人の男子学生が舞台に出てきたところだったって。その学生、頬やら額やら鼻やら、要するに顔全体なんだけど、てかてかしてて、胴回りも早くもビール太りらしく丸まっていて、変に気取ったような歩き方や眼差しをして舞台をくるっと見回すと、くるっと横を向いてね、見えない相方に語りかけるような調子で、矢継ぎ早に喋り出したんだって。

「おやおや、皆さん、よくいらしてくださいました。わたくし、当工場の責任者で渡部秀美と申します。おお……、これはこれは、元気な挨拶を有り難う、こちらこそよろしくお願いします。皆さん元気がよろしくて大変結構。本日は当工場を余すところなく見学して頂こうと思います。皆さんは当工場で何が作られているかご存じですかな? そちらのボクは知ってるかな? そう、小説を産出している工場ですな。勉強熱心な皆さんはよおくご存じのこととは思いますが、我が国の小説のタイトルを総なめにした、我が国唯一にして最大かつ世界一の工場でございます。さあさあ、中へ案内いたしましょう。さあさあ、こちらへどうぞどうぞ……。

「さあ、皆さんよろしいですか? こちらが作家をモニターする監視室になっておりまして、このように無数にある画面から作家の書いた文章を書いた端から校閲して――」

「あ、主任、よいところへ来てくださいました」

 ってね、彼は立ち位置を変えて、それまで立っていた方を凝視しながらいって、一人二役をやってるわけね、で、またもとのポジションに戻って、てね、そんなふうに繰り返したらしいの、なかなか大変そうじゃない、いったりきたり、ねえ。

「なんだい君は。私は工場見学を案内している最中なのが見てわからんのか?」

「緊急事態なのです。こちらのモニターを見てください、〇四一三番の作家が――」

「え、なんだって? 狼狽、当惑、動揺、逡巡、躊躇がそれぞれすでに十回以上使われているだって? 全て使用禁止にしろ! そいつには向こう一ヶ月はそれらの単語を使わせるな!

「――いや失礼しました、見学者の皆様にはお見苦しいところをお見せしてしまって。当工場では様々な人材を駆使して小説を作り出させているわけですが、作家の皆さんが自主的に労働時間を一日十二時間にまで延長してくれたというのになかなか基準値以上の作品が完成しませんで。ちょっと目を離したらすぐあのような有り様でありまして。十分に見学出来ましたら、次は小説が原稿から一冊の本になるまでの過程をご案内するといたしましょう。ここから先はこちらの山田君に任せますので、山田君の言うことをよく聞くように。

「……」

「主任、よろしいでしょうか?」

「いったい、君はなんだね、あんなに目配せして、え、山田のやつなんか寄越しやがって」

「それが、今日も今日で手に負えない作家がたくさんおりまして……」

「それに対処するのが君の役目だろう、そんなこともできないから指示待ち人間などといわれるのだ。どれ、私が相手をしてきてやろう」

 でね、ここで場所を移動したことが分かるように舞台の奥へ歩いていってまた戻ってきたって、M沢がいってたわ。

「どうしたね、未来の芸術家諸君、また文句をたれとるそうだな。さあ、どいつからでもなんでもいうがいい。お前ら労働階級の言い分なんぞがどれほど甘ったれているか分からせてやろう。む、君は〇四一三番か、あれだけ同じ語句を使い回してしまうところを見ると語彙が少ないなどというレヴェルではないぞ、低能か?」

「わざとやったのです。私はもはや我慢の限界です。十二時間も缶詰にされるのでは耐えられません! 窓もなくて太陽の光も浴びられない! これではブロイラーもいいところです」

「おかしなことをいうな。契約書には監視室と繋がっているワードプロセッサーしかない部屋で仕事をすることが明文化されておるぞ。お前ら作家という生き物は放っておいてもペンを握ろうとせんからな、缶詰は当然の処置だ。それに労働時間のことなら、労働基準法に則り九時間労働のはずだぞ。残業は労働者の意志で行うものだ。帰りたければ帰ればいい」

「残業をしなければ解雇させられるに決まっています」

「当然と違うかね? お前のような作家なんぞ代わりはいくらでもいるし、お前のような作家が何人束になっても、生まれたときから作家になるように英才教育を受けた一人の凡人を上回ることすらできんのだからな。そんな作家、残業もしないとなるといったいどこで差別化を図ればいいのかね? さあ、お前は帰った帰った。他の連中も似たような言い分だろう。さっさと持ち場に戻れ。

「まったく、どいつもこいつも甘ったれでいかん。作家なんぞ、社会への貢献率の低い非国民だろうに。さて、もののついでだ、非国民どもに発破をかけるため巡回してやるか。

「おや、君も働きたまえよ、六九一九番。昨日一冊仕上がったからって今日休んでいい法はないぞ。なに、もう書き始めている? 関心関心。どれ、ちょっと読んでみてくれんかね」

「《むかしむかしあるところに》――」

「おいおいおい、書き出しに気を遣えよ、いったいどういう了見なんだお前さんは!」

 顔芸っていうのかしらね、このとき役者さんの頓狂な顔にM沢は笑っちゃったんだって。でね、役者はぴょん、てね、サザエさんのオープニングが終わる間際にサザエさんがやるみたいに飛んで立ち位置を変えたんだって。ほら、スポンサーのテロップがでる前の辺りでさ、ぴょんて、機敏な動きでさ、手前に出てくるあれよ。分かるでしょう?

「しかし書き出しなんてああでもないこうでもないて唸りながら書いた割りには考慮していた複数のどのパターンから始めても微細な差でしかないし、しかもその差の蜃気楼的なことといったら優劣を見極めることもできませんし、書き出しに特効薬的効果はないわけですし、それだったらいっそのことぽんと紋切り型をですね、放り込んでやればいいと思うんですよ」

「阿呆が! 考えもなしに反動でやりゃいいってもんじゃあるまいに! お前のドタマは割ったら何が出てくるんだ! いい加減にせんと首を切るぞ! 一体どっからこんなカビくさいもの引っ張り出してきたんだか!」

「どこにでもありますよ、童話なんかには特に」

「クビだ、クビ! 代わりなんていくらでもいるんだからな、最近は暇を持て余した女どもがごろごろいるんだから、副業に丁度いいなんて思ってるやつがいるんだからな、こきつかってやるさ! お前程度いくらでもいらあな! それにしてもどいつもこいつもつかえねえやつだな、いっそ男全部ごっそり女に入れ替えようか、お前ら書き出しにどれだけ時間をかけるんだ、その結果が昔々たぁどういう了見なんだ? 女はすぐに書き始めらぁな! お前らみたく女々しくしちゃいねえ――ん? なんかへんだが、まあ、優柔不断じゃねえってことさ!」

「ちょっとクビは勘弁してもらえませんかねえ、私には妻も子もいるんですよ」

「いい年こいた大人が作家としての収入のみで家族を養おうだなんて正気か? 枯渇しようにも源泉のないてめえの才能も省みずに? お前さんは今に解雇してやろうと思っていたとこだ」

「それなら昨日仕上げた作品に見合うだけのお金を退職金に上乗せしてもらいましょう。相当の対価というやつです」

「雀の涙ほどもでやしないさ、そんな金! だがおおまけにまけてくれてやるさ! しかしこの際だからいっておくが、ありゃ対価だなんていわれたなら読み手の方が慰謝料をもらいたくなる有り様じゃないか、そりゃあたくさんの買い手がつくだろうがね、そこんところは請け合うがね、そこらを歩いてる連中にバカが多いってだけで、ちょっとでも教養のあるやつは代わりにトイレットペーパーでも買うだろうよ!

「だいたい、なんだあれは、お前、お前の小説では登場人物のどいつもこいつもがお互いに分かり合いやがってに、ええ、テレパシーで繋がってるのかよ、馬鹿野郎が。俺だったらお前、拳固でぶんなぐってやってらぁな、俺の心が分かるやつなんかいたらな! 本当に分かってりゃ俺の代わりにお前をぶん殴ってるはずってもんだ!」

「しかし実際繋がっているんです、コードで。ちゃんと読んでもらわなきゃ困りますよ!」

「くだらん設定だとは思わなかったのかね? 君はもう末期だ、頭がいかれっちまってやがんのだ!」

「そしたら、じゃあ、本当に私を解雇するっていうんですか? それは困ります、困りますよ、本当は困るんですよ、他に仕事なんて、つこうにもつけないじゃないですか、こっちは治療費をもらいたいほど、主任の言うように末期なんですよ、執筆症候群ってところですよ、書かないと落ち着かないんです。下手なのは知ってますよ、でも堪忍してください、その代わり売れるものは書いてるじゃないですか。どうかお願いします」

「急に下手になったな。ふん、自覚があったとは意外だ。そうか、ちゃんと書くというのなら考えてやってもいいな。けれどもだ、そろそろ飽きられてるというのが実情じゃないかね、読者もバカばかりではないのだし、バカもあまりに馬鹿馬鹿しいものを読むと醒めてくるんじゃないのかね、ここのところ部数が落ちているようだし。次辺り真面目に書いたらどうだね、お前から離れていこうとしている読者はきっとお前が成長したと勘違いして、興奮するんじゃないかね」

「いえ、それがですね、実を言うと昨日仕上がったあれは真面目も真面目、本気も本気、真摯に取り組んだ、私の全身全霊のありったけをぶつけた大作だったんですよ」

「なんだって? あれがか? あれが? あのクサい三流ラブロマンスものがか? 本気というのなら、え、お前、防臭加工をせんか! ここは世界の小説工場だぞ、防臭加工は十八番のはずじゃなかったのか?」

「へえ、すみません」

「お前の書いた一節なら覚えているぞ、あの気持ちの悪いくだりならな。《あなたにも魔法をかけてあげる》? 気持ち悪いにもほどがある! このあなたってぇのは読者のことだろう、言い逃れするまいな?」

「へえ。しかし何が悪いのやら」

「へつらいの笑みも消えたか。お前、本の中からあなたなんて語りかけられて、え、気持ち悪いとおもわんのか、そうか、むしろ嬉しいってのか、世も末だな! 語りかけられたってお前、相手はこっちのこと認識してないってんだからアホらしいってのが普通の感性ってぇもんじゃあないんですかね? どんなブスでもデブでもハゲでも一様の呼びかけってだけでへんちくりんだってのに」

「でもはやってんですよ、フレンドリー小説って新ジャンル知りません?」

「うちは高い水準の小説を送り出す世界の小説工場、世界の、小説、工場! お前はもういらん、でていけ!」

 蹴っ飛ばす真似事をしてね、そのまま退場かと思って拍手をしかけたお客さんがいたそうだけど。でも役者は舞台の端まで行くとまた中央まで戻ってきて、同じような調子で一人二役を続けるのね。

「あんなゴミくずはいなくなって当然じゃあないかね、え、まったく。おや! こんなところでどうしたんだい、竜崎君。悩ましげな顔をしている。君は我が工場の金の卵なんだから目一杯手を尽くして環境を整えてやっているんだ、気分転換に散歩というのはいいが、他の労働者の手前、具合が悪い。

「おやなんだ、それは? え、もう書けたのかい、どれどれ……。

「ふむ……。やあやあ、大いに結構……。

「うん?

「なあ竜崎君、まだ五枚ばかしさっと目を通しただけだが、書き出しからするとちょっと普通の小説の感じがするねえ?

「おや? どうもこの話は、なんだか、まともじゃあないかね、雰囲気からすると、起承転結もしっかりしてそうな気もするし……」

「ええ、そうです、おおむねしっかりとしていますよ」

 この頃になると太ったこの役者は顔に赤みが差してきていて、ちょっと汗ばんでるみたいで、体力的に厳しくなってきていたようだってM沢はいってたわ。それでももう一度明瞭に声を張り上げて、次は主任の役ね。

「しかし、どうも普通じゃないかね? 君らしい教養と知性を感じはするのだけれども、なんといっていいか……。ちょいと訊くが、今回はどういった具合に前衛的試みがなされているのかね?」

「さあ、どうでしょうな、特に意識しませんでしたから」

「どうしたってんだ、おまいさん、我が工場最大の前衛文学作家だったはずなのに!」

「もう歴史的な上昇なんてやっていられないですよ、私は、もう、オタク的に振る舞うことにします。前衛なんて才気溢れる若い感性にやらせておけばいい! 私はもとから古典が大好きなんです。現代の流行や風潮や歴史的流れなんてもうたくさんだ。自分の殻に閉じこもって一個の時代で時が止まってるみたいに生きて書いていきますよ。ここでそれがゆるされないのなら出ていくより他にないですな」

 この後は、小説工場最大の前衛文学作家が立ち去るのを呼び止めようと必死なふうに役者が舞台の端っこへ消えていってお終いというわけ。

 ね、あなたどう思う? あなたよ、あなた。他に誰がいるっていうのよ、巫山戯ないで頂戴。『小説工場』についてどう思う? 私の話ちゃんと聞いてた?

 それにしても世間は狭いのね、奇妙な偶然だと思わない? 本部で文化祭があるなんてすっかり忘れていたところにM沢が今日見に行って偶然見たコントの役者が、その後に偶然会うことにした私が付き合ってるあなただなんて、数奇なことじゃないの。あなたっていっつもそうよね、そういうことするんだったら教えてくれたらよかったのに。そしたら見に行ったのに。文化祭のことだって一向に教えてくれなかったしさ。でもいいわ、明日は見に行ってやるから。

 と、彼女が言っていたが、そういえば俺のコントは初日の今日だけだってこと伝えたっけ? まあいいや。眠い。寝る。おやすみ。