現在と過去と空想の隙間 このページをアンテナに追加

2008-03-18

| 01:48 |  桜 - 現在と過去と空想の隙間 を含むブックマーク はてなブックマーク -  桜 - 現在と過去と空想の隙間  桜 - 現在と過去と空想の隙間 のブックマークコメント

桜の季節になると、この公園に足を運ぶ。

満開の大きな桜の木の下。

始まりも終わりも、此処だった。

僕はまだ君を忘れられずにいる。

 

 

飲み会が終わった帰り道。

幸い君と同じ方向なのは僕だけだった。

チャンスだ。心臓がバクバクしていた。

だって、ずっと前から…初めて逢った時から僕は君に惹かれていたから。

 

公園を通って帰ろうと君が言った。

暗い公園。桜並木。まだ肌寒く、桜は五分咲き。

一際大きな桜の木の下で君は立ち止まり

街頭に照らされる薄桃色の花を見て「綺麗だねー」と呟く。

「そうだね」僕は君を見ていたんだけど。

「私、桜が一番好きなんだー」

優しい笑顔で君が桜の木を見上げている。

…多分、酔っていた勢いもあったと思う。

「うん、僕も桜は好きだよ。でも一番好きなのは君だ」

振り向いた君にkissをした。

驚く君を見て急に焦った。どうしよう。もう誤魔化せない。

「突然で…その…びっくりしたと思うけど、君のことが好きなんだ。

 付き合って欲しいと思ってる。…きっと、君も僕を好きになってくれると思うんだ」

あぁ、何を言っているんだ僕は…。パニック状態。

断られる、と思った瞬間。

「いいよ」

嬉しくて、夢なんじゃないかと思うぐらい嬉しくて涙目になってしまった僕を見て

君は笑ったけど、本当にそれぐらい嬉しかったんだ。

こうして、信じられないぐらい簡単に僕は君と付き合うことになった。

…本当は僕にはそんな資格はなかったのに。

 

付き合いだすと食事の好みも、好きな音楽も

おまけに車が好きなこともぴったりで、話題はいつも尽きなかった。

帰らなくちゃいけない時間になっても、いつも電車の時間ぎりぎりまで

僕らは話し、酒を飲み、そして時に身体を重ねた。

 

本当は分かっていた。

この関係が長く続かないこと。

僕には…帰らなくちゃいけない場所があったから。

 

それでも僕の我儘と君の忍耐で季節は流れて。

五度目の春を迎える前に、まだ蕾もつかない桜の下で

僕は君にプロポーズをした。

「直ぐには無理だけど、これからの人生を一緒に歩んで欲しい」

勝手なことを言っているのは分かっていた。でも言わずにいられなかった。

どうしても君を失いたくなかった。

北極星を挟んで二人の星座が彫られた指輪。

君は初めて僕の前で涙を零した。

涙を拭いながら指輪を薬指にはめると君は涙できらきらしている瞳で

極上の笑顔をくれた。

問題は山積だったけれど、僕は世界で一番幸せな気分だった。

それなのに…。

 

「もうあなたには逢わない」

僕に告げた君は零れそうになる涙を拭いて毅然と顔を上げた。

その薬指に指輪はなくて。

何故、と問うことは出来なかった。

原因は他でもない…僕自身だったんだから。

桜が舞い散る中を去っていく凛とした後姿は涙に霞んで見えなくなった。

 

ちょっと低めの声が好きだった。

身長のわりに小さな手足が好きだった。

さらさらした短い髪が好きだった。

くるくる変わる表情が好きだった。

柔らかい唇が好きだった。

意志の強い目が好きだった。

しなやかで強い、その姿勢が好きだった。

強さの裏に併せ持つその弱さも好きだった。

君を構成する全てが大好きだった。

 

何故あの時、僕は…。

 

「パパー、何してるのぉ」

零れそうになった涙を拭いて慌てて振り返る。

幼い娘が僕を不思議そうに見上げる。

「…なんでもないよ」

「ママが早くってー」

「うん、今行くよ。先に行っててね」

「はーい、パパも早くきてねー」

小さな身体がパタパタと音をたてて走っていく。

桜を振り返るとザァッと風吹いて花弁が舞った。

追い立てられるように僕は娘の後を追って歩き出す。

「パーパー、早くってばぁー」

遠くから叫ぶ声が聞こえる。

「今行くってば!」

もう一度だけ桜を振り返る。

「……」

言いかけて…やめる。

…行かなくちゃ。

僕は娘たちのほうに向かって走り出す。

 

果たせなかった約束を抱えて、僕は来年もこの桜の下に立つだろう。

来年も、再来年も、その先も。

あの時の言葉を悔やみながら。

君がいま何をしているのか分からないまま、薄桃色の花を見上げて。

 

 

『ねぇ…手を繋いで桜の下を歩いてね。来年も、再来年も、その先もずーっとだよ?』

 

 

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