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ファッキンガム殺人事件 RSSフィード

2006-04-01

余は如何にして小説使いとなりし乎

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後にファック文芸部員として小説を使い始めることとなるイン殺であったが、少なくとも 2002 年の段階では、小説に対する認識は現在と異なっていた。それがかくのごとき惨状を呈すようになった原因は 3 人の作家との邂逅である。

まずイン殺は深堀骨と出会った。

アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

そしてイン殺は「小説は何を書いてもよい」という事実に思い至る。それまで愛読してきたミステリSF などの作品世界では、物語の辻褄が合わないことは忌避される傾向にあった。エラーは瑕疵として扱われたのだ。しかし深堀骨にそれはない。むしろ辻褄を期待する者は愚か者扱いされる。バカを信じる方がバカなのだ。こうしてイン殺は、精緻さが小説の必要条件ではないことを思い知る。

「"大岡越前のかみ★ただすけ"とか書いちゃってもいいんだ」

2003 年 12 月の出来事であった。

次にイン殺は荒山徹に出会った。

十兵衛両断 (新潮文庫)

十兵衛両断 (新潮文庫)

そしてイン殺は「捏造するから小説である」という事実に思い至る。それまで愛読してきたミステリSF なども所詮は嘘の集合である。しかし歴史事実ベースに、要所要所をオーバーライドすることで、小説は世界の挙動を操作できるようになる。三寸ずらせば歴史は死ぬのだ。こうしてイン殺は、真実小説の必要条件ではないことを思い知る。

過去に何があったかなんて誰にも分かりゃしないんだ」

2005 年 11 月の出来事であった。

最後にイン殺は古川日出男と出会った。

ベルカ、吠えないのか?

ベルカ、吠えないのか?

そしてイン殺は「嘘に責任を取らない」という技法を身に付ける。それまで愛読してきたミステリSF などは物語構造をきちんと設計し、伏線を張っては回収する作品が多かった。しかし、それとは全く逆のアプローチ、即ち局所的に物語ることも小説上はコンパイルエラーではない。静的構造のみが小説にあらず。伏線など不要。必要とあらば物語物語を繋ぐ更なる物語を動的に挿入すればよい。こうしてイン殺は、ただ書かれたものだけが小説であることを思い知る。

「『ベルカ、吠えないのか?』はなぜ面白いと思うね。もともと面白いからよ」
「虎や狼が伏線など張るかね」

2005 年 12 月の出来事であった。

事ここに至って一人の小説読みは一人の小説使いと化し、同時に小説というものを完璧に誤解する。

「引きませんよ斜線なんか。ファンタジーメルヘンじゃあないんですから」
四月一日にしか嘘を吐けないなんて、随分と真面目な人たちですねえ」

後の何者かであるが、何者であるかはここで語るべき物語ではない。

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