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2006-08-09

夏休み読書感想文『小説のゆくえ』(筒井康隆、中公文庫)

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小説のゆくえ (中公文庫)

小説のゆくえ (中公文庫)

「かなり前に読了してました。本の感想は普段メインの方でやってますが、これについてはファック文芸部でやった方がよさそうなので。」

なぜこの本を買ったか

「ある人間の優劣を判断する簡単な方法があります。それは、その人にしかできない仕事の数です。文筆家であれば、他の人が絶対に書かない(書けない)文章をどれだけ書けるか。プログラマであれば、その人以外作れないようなプログラムがいくつあるか。格闘家であれば、誰がその人よりも強いのか。」

「この本を買おうと決意させたのは、ある 4 ページのエッセイでした。タイトルは『星新一と共に四十年』。筒井康隆による星新一の追悼文です。見た瞬間「これは反則だ」と思いました。これほど完璧筒井康隆にしか書けない文章があるのか。もはや才能とか努力とかいうレベルではありません。どんな文豪が何億年努力しようが、この 4 ページは絶対に書けないのです。なんて卑怯な。」

メタフィクション書評

「『小説のゆくえ』の序盤は文学論がメインです。特に、ストーリーの逆関節を取りに行くスタイルの創作家諸兄には、 P51 からの『超虚構性からメタフィクションへ』が参考になるでしょう。ラテンアメリカメタフィクション作品などを例に、虚構性についての実地研修があります。これは『虚人たち』を始めとする馬鹿馬鹿しいまでのメタフィクションに手を染めてきた筒井康隆らしい文章です。」

「これに限らず、筒井康隆書評は面白いです。各種文学賞の選考委員も務めている筒井康隆ですが、他の委員とあまり話が噛み合ってません。個人的には飯嶋和一『神無き月十番目の夜』に「面白いけどこれ現代文学じゃないから他所で頑張りなはれ」(大意)と言ってたのがツボでした。 P193 『町田康くっすん大黒』を推す――第七回 Bunkamura ドゥマゴ文学賞選評』に至っては、第十回三島由紀夫賞落選した同作品に自前の賞を贈呈してしまいます。フリーダム極まりありません。」

Web への言及

「八章『筒井家覚書』の中で Web についての言及があります。」

ネット内にはあらゆる人間存在が許されます。歌仙大先生がいてもいいし、魯鈍者がいてもいい。狂人オナニスト、あらゆる種類の人格破綻者の存在が許されます。そしてそれらを差別する者、嘲り笑う人がいてもいいのです。小生のように彼らが現れると舌なめずりをし、やがて肥った頃を見はからって餌食にして自分の仕事の肥料にしてしまう者も勿論、許容されます。

(P308 『ネット内にはいろんな人がいてもよい』)

「これを読んで『ウェブ進化論』の帯の羽生善治コメントを思い出しました。実のところ、あの本で一番恐るべき文章は帯の「羽生善治」の名前だったと思います*1。一言で言うと、ネットのどこかには羽生善治筒井康隆がいるのです。これは非常に嫌です。我々は事と次第によってはあの日本有数に知能の形状がオリジナル*2人たちに全力で DIS られるかもしれないのです。相手したくないですね。相手したくなさのあまり第三の爆弾に目覚めそうなくらい相手したくないですね。」

その他面白かったもの

P222 『問題小説の三十年』
『弁天さま』『バブリング創世記』『蟹甲癬』『問題外科』『ヒノマル酒場』『死にかた』って、半分くらい個人的短篇ベスト 20 に入るラインナップなんですが。
P331 『若者グループと乱闘、死亡』
自筆の死亡記事。文藝春秋の『私の死亡記事』という企画に寄せたもの。「文豪とうたわれ」とか抜け抜けと書くか。

まとめ、或いはどうすれば筒井康隆に勝てるのか

「この問いには若干の設定不良があって、そもそもカタギは筒井康隆に勝とうなんて考える必要はない(考えるべきではない)んですが、筒井康隆に勝たんと欲する馬鹿者たちのために考えてみました。」

結論としては「『勝つ』の定義が曖昧だ」と言うのが一番手っ取り早いです。と、これだと逃げ口上と思われるので言い方を変えましょうか。「自分が勝てる場で勝ったと思えば勝ち」です。」

「もともと筒井康隆の能力というのは「考えてはいけないことを考える」だと思っています。他の人が思いつかないか、思いついてもやらないことをやるのがあの作家アドバンテージです。したがって、それに勝つ手段の一極端は「いくら筒井康隆でもこんなことは考えないだろう」という手を打つことです。」

「例えば、如何に筒井康隆といえども、 Ajax を使った小説は書かないでしょう。また、如何に筒井康隆といえども、 RMT(リアルマネートレード)に関するニュース発表された当日にそれをネタにした小説を書くことはできないでしょう。もっと言えば、筒井康隆無料公開した短編はてなブックマークの hotentry に入ることはおそらくありません。」

「こうした勝ち方はしょせん不意討ちです。しかしながら、もともと筒井康隆の芸風が不意討ち・闇討ち・ジェノサイド上等の戦場格闘術である以上、正攻法を以ってそれと勝負しようというのが間違いです。それを考えると Web の普及は場のルールを一新する反則バージョンアップだったと言えるでしょう。いまや、日本中の狂人筒井康隆の後頭部を一撃して逃げられる位置にいるわけです。あと我々がやるべきことは、筒井康隆が既に同じ方法で誰かを殺っていないかを過去の文献から確認しておくくらいなのです。というわけで、夏休みには筒井康隆を読みましょう。(奇跡的にまとまった)」

*1:本文にはあまり得るところがありませんでした。というのは、あそこに書いてあることは、例えばはてブの注目記事を片っ端から読んでいれば日常的な話題で自明のことだから。

*2政治的に正しい表現。