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ファッキンガム殺人事件 RSSフィード

2007-04-26

キレ理賞応募論文『体育会系文学少女の分解と投棄』

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「 nand 部長が何かを受信してぶち上げていた企画に気づかず、応募の機会を逸してしまったので書きます。とは言っても、直接的な人格否定や DIS平和と中立を愛する xx の好むところではないので、ここは一つ nand 氏の愛する概念"体育会系文学少女"を取り上げることにしましょう。」

体育会系文学少女とは

「最初に"体育会系文学少女"というものを簡単に整理しておくと、この概念は『BAMBOO BLADE』を読んだ nand 氏の感想に始まります。」

BAMBOO BLADE』第2巻通読。俺のブルーはこの巻も大活躍だったわけだがなんて借りてきたような美辞麗句は慎もう。ファック文芸部の裏テーマであるところの「体育会系文学少女」が遂に登場。これは一つの事件ですよ。

どこがどのようにパーフェクトか。自転車。負けず嫌い。とにかく血が熱い。手書き。伸びるのが早いタイプ。ただし、「上達」という言葉があまり相応しくない伸び方をする。持ち前の勢いを全て活かし切ったところで頭打ちになる。憧れで上達する。良くも悪くも健全で、芸術的な感性に鋭い角が無い。年の離れた兄貴がいる。声がでかい。向こう気は強いがS気のある人は苦手。むつかしい子。衝動的に出ていく。涙もろい。

パーフェクト。

こういう女子が何かの弾みで化けたら日本文学界も新たな局面を迎えて俺が主に愉快だろうと思います。成長の過程でつまんない思想に引っかかってほしくないですね。自転車で夜道を爆走して公園ロックを聴いたりする体育会系文学少女のための思想なんかこの世にはまだ有り得ないことを肝に銘じつつ世の中に少し色をつけてから結婚してください。

斜線を引かない。

モチベーションとは何か。

文科系はもっとモテるべき、或いはエビちゃん一本釣りへの助走
BAMBOO BLADE 2 (ヤングガンガンコミックス)

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「ノリノリです。『BAMBOO BLADE』作中で戦隊で言うところのブルーに引き当てられる桑原鞘子嬢、通称サヤは以降 nand 氏の心に深く住まうことになりますが、それは後述。
憶測ですが、この"体育会系文学少女"の裏に( nand 氏の中で)当たる概念が所謂"文科系女子"であり、同時期にこのような記述もあります。」

心眼で物を言うが、文科系女子は時代劇脚本を書くことができない。そして、時代劇脚本がどうしても書けなくて泣くことも無い。

文科系はもっとモテるべき、或いはエビちゃん一本釣りへの助走

「この"時代劇脚本が書けなくて泣く"という点が大変重要ポイントであるので各自五分間瞑目してください。」

五分間(性的な意味で)

「で。
登場人物というか、送信元オブジェクトを無視して手続きにのみ着目する分裂病的とも関数型言語的とも言えるわたくしの視点からすると、このキャラクターは李徴なのです。」

「いいですよね『山月記』。およそ文を作らんと欲する男の子で『山月記』が嫌いな者など存在しないことは既に常識ですが、それはひとえに彼の凄まじい中二病気質が時空を超えたシンクロニシティを巻き起こすためであり、それこそ id:nand から森見登見彦に至るまで李徴を無視できる男の子なんていません! それが心理だ!!」

新釈 走れメロス 他四篇

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「さてそこで、かねてより中島敦サンボマスターの類似性に着目していた(g:kill:id:xx-internet:20050918:p1)信頼の置ける blogger であるところの xx は一計を案じ、『BAMBOO BLADE』と『山月記』と『シグルイ』と『青春狂騒曲』と bloggerマッシュアップした短文をアップロードしました。」

「これについては nand 氏から一応好評と思われるものをいただきました。
余談として、後に nand 氏はかく語っています。」

nand 『>好きになった女の子貧乳
ちょっと歯切れの悪い回答をさせていただきます。/実は最近好きになった女の子がいまして、剣道をやってる子で全身気合いの固まりみたいな、オリジナルの臓器でも有してるんじゃねえのって感じの太陽みたいな子で、でも繊細なところもあって尚かつ自転車で爆走するんです。そういう魂的なところに惚れたんだと自分では思っていましたが、この前その子の私服姿をよくよく見たら、乳が明らかに大きいんですよ。愕然としましたね。/記憶をさかのぼってみると、それまで僕が好きになった子っていうのは悉く乳が大きい子なんですよ。そういう法則めいたものがあるとは全く意識していなかったんですが、今回の一件では自分の隠れた性癖を眼前に突き付けられたような思いがして、かなりショックでした。/以上のことを踏まえた上で結論を申し上げます。「好きになる→貧乳だった→捨てたり馬鹿にしたり」は無いと思いますが、「貧乳と判断→好きにならない」ということは有り得るかもしれません。乳の大小は事前にある程度判ってしまいますからね。茂吉は評価のタイミング悪魔的です。』 (2006/10/14 00:42)

デス日本研究者の不倶戴天blog - 茂吉が小さい人は非モテになりやすい

「この記述に対し、信頼の置けるアルファブロガーであるところの id:kanose 氏より「それ何て時かけ?」との指摘があったのですが、マジレスすると紺野真琴嬢は物理的な意味で nand 氏の条件を満たすとは考えにくく(歯切れの悪い表現)、ここで言及されている対象はやはり彼のブルーと見るのが自然と思われます。」

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体育会系文学少女、危機一髪

「以上で既に読者諸兄は体育会系文学少女を愛すること白蟻の如しと思われますが、さてそこで、今まさに"体育会系文学少女"を解体せんと企む悪しき集団があると仮定しましょう。なぜ仮定するかというと、その方が面白いからです。」

「ここからが思考実験ですが、『山月記』の具現化である体育会系文学少女を DIS るには、もしかして李徴を DIS る視線がそのまま流用できるのではないか、というのがこの怪文書体育会系文学少女の分解と投棄』の試みです。そもそも皆さんはなぜ『山月記』が国語教科書に掲載されているかを想像したことがあるでしょうか。妄想結論ジャンクションすると、そこには作家という反社会的存在を潰すための企てが存在します。(ファック陰謀論!)」

「例えば『走れメロス』が教科書に載っているのは理解できます。友愛と誠実は社会統治に欠かせない市民的良識だからです。しかしながら、文名で身を立てることを目指した若き官吏が虎に成り下がる物語を、一律で若者に読ませる意図はどこにあるのでしょうか。
純粋文学的価値を除けば、そこには"芸術家なんて穀潰しは社会からつまはじきにされて野垂れ死ぬ"というメッセージがあるように思えないでしょうか。」

「彼らが言いそうなことを想定してみましょう。」

  • 李徴は痛い。
  • 作家気取りが見てられない。
  • 自意識過剰
  • 小説なんか書いてられる身分なの?
  • もっと他にやることがあるんじゃないの?
  • 作家になれる人なんかごく僅かなんだよ。
  • 身を立てられるほど文才あると思ってるの?
  • 家族をどうする気なの?
  • この甲斐性なし!

「そしてこの言説は李徴に憧れる全ての物書きの卵を自動的に襲います。もちろん、われらが愛しの体育会系文学少女も。さて、いかがなされますか?」

「このような稚拙極まりない誣告に対しても、脳内で反論を組み立てずにはいられない感情から発して理屈に至る動きが"愛"であり、上の文に感情を刺激されたあなたはもはや体育会系文学少女の虜です。その心の動き、そのダイナミズムこそが"キレ"なのですよ。」

まとめ。そうねえ。

国語教科書思想的意図を持ち込む輩は高く吊るすべきですね。高く高く吊るすべきですね。」

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