安寿土牢

2007-08-17

ボクが出会ったヤリマン ボクが出会ったヤリマン - 安寿土牢 を含むブックマーク はてなブックマーク - ボクが出会ったヤリマン - 安寿土牢

大学にいた頃の話だ。今で言う非コミュの癖に運動系サークルに入っていたボクは、ある面倒見のいい先輩のおかげでかろうじて浮いた存在にはならずにいられた。これから話すヤリマンを僕に紹介してくれたのもその先輩だった。

「そうか、お前まだ未経験か」

先輩は新しい煙草に火をつけるとそういって僕を見た。新宿で飲んでいたときのことだった。ありふれた通過儀礼のような対話だったけれど、当時のボクはそうはとらず、己の欠陥を指摘されたのだと思って萎縮してしまった。

「ああ、気にすんな。誰にでも初めてはあるさ」

それから、いい機会だから紹介してやる。といって先輩は電話をかけに出ていった。ボクよりはるかにノリのいい同期が「あ、俺にもいいっすか」なんて割り込んできたけれど「お前はこないだ自慢してなかったか。今日はこいつのために動く日」などとにやりと笑いながら答えた。ボクはそれを聞いてうれしく思うどころではもちろん無く、今まで溜め込まれた無駄知識がぐるぐると渦を巻いていて、降って沸いたこの出来事をどう処理すべきか見当もつかなかった。パニックに陥り「今のうちに帰るか」なんて腰を浮かせかけたところを同期にまあ待てと止められたりして。

そうこうするうちに先輩は帰ってきた。その30分くらいあとだったろうか、やってきた女性は肩のちょっと下まで伸びた黒髪が綺麗で、ボクより二、三歳年上に見えた。長身美人の部類に入ると思う。

「こいつが話してた後輩。で、こっちが俺の知り合いのヤリマン

「ども、ヤリマンっす」

先輩の紹介に厭な顔ひとつ見せず、おどけた調子で挨拶する彼女

「あ、え、えーとど、童貞です」

と、返したボクは正しかったのかどうか。彼女はケラケラ笑ってくれた。

「じゃ、早速童貞を失いに行きましょうか」

「は、はい?あ、えーと、はい。あー、なんとお呼びすれば」

「こういうとこじゃヤリマンでいいんだよ。名前は知らないほうがいい」

と先輩。脇でうなづく同期。リベラル学校出のボクはいささか抵抗を感じたが、逆らわずにおいた。

「じゃあヤリマンさん、お願いします」

「さんは要らないですよ。アンパンマンに『さん』をつけたりしないでしょう?アグネス・チャンにちゃん付けも文法的には正しくても据わりが悪い。同じようにただのヤリマンで」

彼女は一向に気分を害するわけでなく、朗らかに答えた。

そして、ボクとヤリマンは店を出ると、彼女が店の外に立てかけて置いた二本の槍を各々一本づつ手に取り、新宿の人込の中に踏み込んでいった。


童貞君は男の人と女の人どっちが好き?」ヤリマンに耳元で囁かれる。

「女の人のほうが」と答えかけたところで質問を勘違いしていたことに気づく。

「あ、男がいいです」

「そう、女の人のほうが簡単なんだけど。まあ男の子だしね」

完璧に見透かされている。見栄を張りたいのだ。たとえ非コミュのボクであっても。

「じゃあ、あの群れで見本を見せるから」

すっと気配を殺して死角から忍び寄ると槍で一突き。気づいたサラリーマンの群れがスタンピードを起こすけどそれは後の祭り。ぽっかり開いた空間に、背中に槍を突き立てたサラリーマンが一人倒れ、ぴくぴくと痙攣していた。お見事。次はボクだ。

「あの集団なんかいいんじゃない」

ヤリマンが指差す噴水の向こうには油断しきった学生の群れがいた。ボクはできる限りそっと近づくが気づかれ逃げられてしまう。学生の何人かは明らかに笑っていて、逃げることを楽しんでいた。ボクが肩を落としていると、ヤリマンは慰めるでなく嘲笑うでなく、淡々批評した。

ストーキングはいい線いってる。近づきすぎだね。あと槍の構え方」

細かいチェックをうけ、次に狙うはくたびれたサラリーマン。構える槍の重さが手のひらにしっくり収まる。投擲。狙いはちょっとずれて隣の男に突き刺さる。アレは最悪。遠目で判るくらい筋肉質の男は、自らの手で槍を引き抜くと着ているシャツをその手で引き裂いた。現れる和物のタトゥー。まぎれもないヤクザだ。辺りを睥睨して、投げたのがボクだとわかると、間にいる人たちを障害物として彼なりに適切に処理し、つまり投げ飛ばしたり突き倒したりして、僕に接近してきた。見るからに致命傷なんだけど、命を失うまでにもう一人分、ボクの命を消すことができそうだ。足がすくんで動けなくなっているボクにやくざの手がかかる一瞬、ヒュンと音がして横あいから飛んできた槍がやくざの頭蓋を串刺しにした。


「で、お前は一人も殺れなかったのか」話を聞いた先輩は首をふりふり。

「はい」ボクは恥じ入っていた。

「でも、致命傷だったし。逃げることができてたら、あたしのトドメはいらなかったなぁ」ヤリマンがフォローしてくれる。

「んじゃまあ、ヤクザ童貞喪失したってことで」やけに友達甲斐を発揮する同期。

店の親父に捌いてもらったヤクザの脳みそはほろ苦かった。


その後ボクは先輩を介さずにヤリマンと会っていた。僕とヤリマンはバディを組んで狩りに出た。ボクの腕前はみるみる上達していった。狩場も新宿にとどまらず、品川横浜まで足を伸ばしたりした。

結婚するんだ」

そう聞いたのは僕もまたヤリマンを名乗るようになった頃だった。ヤリマン師匠と呼ぶようになっていた。

「だれと?」

「あなたの知らない人」

「そう」

「だからこれが最後のハント」

「じゃあ、師匠

「なに?」

今日はぱーっといきましょう」

その日、ボクらは男女合わせて十数人をしとめ、知り合いを大勢呼んでどんちゃん騒ぎをした。呼ばれて現れた先輩は就職を決めていて、整った髪とスーツで「あの時童貞だったのが今じゃ立派な人殺しか」と感慨深げだった。みんな変わって行くもんです。そういう同期の友人はあまり変わらずにやっぱりちゃらちゃらしていた。師匠を景気よく送り出してから、先輩と同期で何軒かはしごした。少し泣いた。師匠の本名は結局聞かずじまいだった。

実は昨日、偶然師匠と会った。師匠は大きなおなかを撫で「今まで殺した分くらいは生んで穴埋めしないとね」とかつてのように朗らかに笑っていた。

objectOobjectO2007/08/17 16:45そういえば、女性なのになんで「マン」なのかも聞かずじまいだった。