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Slimo the fatter

2008-06-28

[]セメント 2 21:27 セメント 2 - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - セメント 2 - Slimo the fatter

固まりかけたセメントの中で僕達は互いを認識する。

 いつだって俺はこの通りが嫌いだった。あそこのメキシコ人のタコス屋や、糞みたいな匂いのザワークラウトとケチャップのホット・ドッグの店、嘘吐きのウォップの経営してるバールや、もう、そういったものが嫌でどうしようもなかった。汚いと思った。洗練されていないと思ったんだ。だから俺はあのときペンだけを持ってここを出た。もっと洗練されたものの中で生活をしたいと思っていたんだ。だが、実際はどうだったかというと――君の前でいま俺が話していること自体がひとつの答えだろうけども、向こうで得られた物は、ここで俺が渇望していたようなものじゃあなかった。俺は確かに成功した。商業的には。出版社に入って働いて、その後ライターになってひとり立ちをして、チートスのように消費されて忘れられるペーパーバックを幾つか書いた。金は貰った。結婚もした。だが、それきりだ。金は妻の離婚費用と息子の養育費に取られちまったし、妻は俺の顔なんてもう覚えちゃいないだろう。息子にはもう何年も会っちゃいない。新しいお父さんがいるんだと。……所詮、俺はその程度でしかなかったんだ。何が残った? その答えすら出ない! 俺は消費財でしかなかった。向こうじゃひとりひとりの人間がひどく画一的で、個性は代替が効くもんなんだ。ちょっと我慢ならない欠陥があれば、すぐ捨てちまうこともできるし、マーケットに行けば、もっと出来のいいのがすぐ手に入る。何だろうと我々が望むものを。人間を。もっとコミュニケーションが上手くて、リーダーシップがとれて、人間的魅力と才能と学問的探究心に溢れた新しい“友達”をいつでも買えるんだ。


 それが、ここじゃどうだ? 見回してみるがいい、新しい“友達”なんてどこにもいないんだ。あそこでタコスとブリトーを売ってるサンチェズや、アドルフって名前を改名したあげくユダヤの女と結婚したアーサーに、パウロ、あそこの路地を曲がったところに住んでる藪医者のチェン。古くからの、それこそ親父やその前の親父の代からの馴染みの人間たちばっかりだ。全員がよく歪んでいて、腐っていて、発酵していやがる。俺のようにここで生まれ育った人間には、あいつら全員の考え方が手に取るようにわかるのさ。金曜の夜にでもなりゃ、腐れイタ公のバールやダンスホールはいつも馴染みで満員になるし、そうでなけりゃチンクのチェンの隣室に皆が押しかけて、マアジャンを朝までやってる。いつもそうだ。いつもそうなんだ。何十年も前から、いままで。新たな刺激なんて糞みたいな価値しかないんだ! ……だがな、若い兄弟よ、よく聞け。俺は、ここにいる。そう、俺は、なんだかんだ言いながらもここにいるんだ。お前もいつかこの街を出るだろう。そして、いい香水の匂いのする大都会で、自分の力を試そうと思うだろう。だが、いつか気づくさ。その場所が提示する人間の価値の低さに。俺達は、機械なんかじゃない。人間なんだ。人間なんだよ。俺は、だからこそ、ここで、こうして、あのもう充分以上に発酵しやがって焼き頃を逃しまくった“友人”どもとだべっていたいと思うんだ。たしかにここを支配しているのは倦怠だ。だが、だが。チンケな非人間じみた経済原理の中で旨い店を探してるよりも、この倦怠の中で、あいも変わらず糞みたいなザワークラウトとホット・ドッグで、アーサーのユダ公の嫁をいつもみたいにからかいながら、皆でゲラゲラ同じ話を繰り返してるほうが、よっぽど人間らしくて、俺は――変な話だが――俺らしくあれるんだ。俺は、俺でいられるんだ。何もしなくてもな。糞みてぇな人生だ、だが、糞みてぇなもんでいいんだよ。人間は、もともと、糞をたれるようにできてるんだ。それで、健康なんだよ。

――Matt "AUX" Ksomitee, Ex-Publisher