Hatena::Groupneo

Slimo the fatter

2008-07-01

[]僕はただただそれを見つめている 02:18 僕はただただそれを見つめている - Slimo the fatter を含むブックマーク はてなブックマーク - 僕はただただそれを見つめている - Slimo the fatter

 「セックスなんてのはー、キゴーロンでしかないんすよー」

 そう言って笑う彼女に、僕は言葉をなくした。駅前の寂れた喫茶店で僕達は、もう――何時間喋っているのか、自分でもわからない。とりあえずコーヒーは一杯だけ。彼女はプリンを頼んで、楽しそうに食べていたけれど。

 「ぴーっときて、がーっときて、そいで、ぷいってして、おしまい」

 彼女は言いながら、とうの昔に食べ終わったプリンのスプーンを厚い唇に当てたり離したりしている。

 「なんだよその擬音語は」

 「えー、ゆーくん、わかんないんすかー」

 「俺、ぷいっとしたことなんてないから」

 「むーー」

 

 「べつにいいっすよ、わかんなくて」

 彼女は手でスプーンをくるくる回している。目は、ガラス窓の外を見ていた。休日の午後の気だるい日差しの中、田舎の大学町の駅前を歩く人はみんなどこかのんびりとしている。ベビーカーを押した若い女が颯爽と歩くのが見えた。

 「あたしも、ああいうふうになりたかったけど」

 「ん」

 「もう、むりかな、っておもうんス」

 「なんで」

 「やってく自信がないんスよ」

 その目はじっとその若い母を見つめていた。母と子は、薄暗い喫茶店から見ている僕らの視線に気づくこともなく、そのまま歩き去っていつか見えなくなった。

 「みんなそう思いながらもやってんだから大丈夫だって」

 「だから」

 ふいに彼女の大きな目が僕を鋭く刺した。

 「だから、だから、むりなんすよ」


 「皆、てきとうなんすよ」

 「そりゃ、そうだ」

 「てきとうにあわせてるから、みんながんじがらめなんすよ」

 「うん」

 「みんな相対的な尺度でしかないから、あたしみたいなのはハイジョされるんすよ」

 「ん」

 「イシツなやつにはタイショできないんすよ、みんな」

 「そんなことは」

 「……ないっていえないんしょ」

 「……ごめん」

 「わかってるんすよ、ゆーくんのことは。ゆーくんは正直っすから。」

 やわらかそうな唇をつんと突き出した。

 そして、ぷっと吹き出して、それからおおきく背伸びをし、長くて白い両手をピン、と宙に伸ばした。「へへー」って笑う彼女の、その夏にはおよそ似つかわしくないシャツの袖から見えた無数の円いケロイド状の焼け跡が痛々しかった。

 彼女の薄くて柔らかい皮膚を、ずっと前に焼ききったのは、いくつものタバコの火。

 彼女の皮膚に押し付けられて消えたはずのその火は、たぶん、まだ、どこかで燃えているんだと思う。同じように、彼女の手首・足首を毎夜のように縛っていた縄も、引きちぎられた耳たぶのピアスも、殴られすぎて満足に動かなくなった右足の傷も、まだ、現実に存在しているんだと思った。足首に取り付けられた鈴は彼女が逃げ出すたびに鳴るんで、音を消すのは苦労した、って、奇麗な差し歯を抜いてみせ、金属を噛みつぶしたことを示して彼女が笑ってたのを思い出した。


 「……でもですねー」

 「ん」

 どうやら、僕が沈んでいたのに気づいたらしかった。

 この女は馬鹿みたいに勘がいいのがどうにも困り者でしょうがない。

 「どうしたんだよ」

 「んー」


 「……よっ!」

 彼女は、ぐいと立ち上がった。柔らかい髪がゆれ、ふわっと、女の子のいいにおいがした。彼女は、まるで議論してるみたいに、トン、とテーブルに身を乗り出し、じっと僕の目を見て、ゆっくりとひとつ空気を吸って……すぐに、もう一度、座りなおした。


 「……ゆーくんなら、いーかもな、と最近思うんス」

 頬杖をつき、恥ずかしがって窓の外を向いたままそう言った彼女は、どこか滑稽で、僕は、ちょっと笑ってしまった。

ゲスト



トラックバック - http://neo.g.hatena.ne.jp/slimo/20080701